こんにちは。中野梓です。
高校生活も1年が過ぎ、私には二人の親友ができました。
一人は平沢憂。とても気立てが良くて、やさしい女の子です。
おっとりしているけれどしっかり者な一面もある、私たち三人組のまとめ役です。
料理も家事も、勉強もスポーツも、何でも出来る優等生。
私は憂のことが大好きです。
そしてもう一人が
「おはようあずさ!」ガバッ
「ひゃぁっ!」
いきなり抱きついてきたちょっと地味な女の子、鈴木純です。
「あずさぁ、今日の宿題やった?見せて欲しいんだけど」
頭も良くないし、運動もからっきし、おまけにものぐさな女の子です。
「ねぇ、あずさ?聞いてるぅ?」ズイッ
それにちょっと・・・臭いがキツいんです。
彼女は自覚がないのでしょう。顔を思いっきり目の前に寄せて覗き込んできます。
「あずさってばぁ?」
「もう、宿題くらい自分でやりなよ」
息がかかって咳き込みそうになるのをこらえて返事をします。
「まぁまぁ。そんな固いこと言わないでぇ」
ニッと笑う歯に歯垢が溜まっていて、黄色くなっています。
歯ぐらい磨けば良いのに。どこまでものぐさなんだろう。
臭いのは口だけではないんです。
純は汚らしい癖毛をモップのように二つに括った髪型をしています。
その髪にもフケが溜まっていて、頭皮の脂の甘ったるい臭いと
洗っていない髪の臭いが混ざり合って、雨に濡れた犬のニオイがするんです。
そういえば、髪型も野良犬っぽいかも。
「ねぇ。お願い!神様、あずさ様ぁ!」
「もう、しょうがないなぁ」
これ以上臭いをかぎたくないのでさっさとノートを渡します。
あとでファブリーズしなくちゃ。
本当にめんどくさいです。私は憂とだけ友達になりたかったのに。
「純ちゃん、あずさちゃん。おはよう。」
朝にふさわしい爽やかな香りとともに、彼女がやってきました。
憂はとってもいいにおいがします。
と言っても、香水のようなけばけばしいものではありません。
例えるなら、幼い頃に感じた母親のエプロンの香りでしょうか。
洗濯用洗剤のような、石鹸のような、甘いミルクのような。
その憂が柔らかな笑みを携えて近づいてきます。
「あっ、憂おはよう。」
「おはよう」
私も挨拶を返します。なんだか自然と笑顔がこぼれてくるみたい。
「憂、今日の宿題やった?」
「うん。ちょっと時間かかっちゃったけどね。」
憂はとってもやさしい子です。
純の口の臭いを嗅いでも、眉ひとつ動かさずに笑顔でいられます。
むしろ、憂の方が純に顔を近づけているぐらい。
ひょっとして鼻が良くないのかな?お料理上手なのに。
そうしていると、チャイムが鳴って朝のホームルームが始まりました。
皆が慌てて席に着きます。
「起立、礼、おはようございます、着席」
今日の日直は憂です。
授業の始まりと終わりに可愛い声が聞けるなんて、なんていい日なんだろう。
ホームルームが終わって、次の授業は体育です。
1時間目に体育なんて、最悪な時間割ですよね。
みんながいそいそと体操服に着替え始めました。
今日の憂の下着は・・・制服の下に体操服を着てきたみたいです。
これだから1時間目体育はイヤなんです。
純の下着は・・・たまたま目に入ったんですが白いパンツにシミができています。
ちゃんとパンツを履き替えているのでしょうか。
酢だこのような臭いまであたりにたちこめて、朝から気分が悪くなります。
もう一度言いますが、これだから1時間目体育はイヤなんです。
三人並んでグラウンドへ向かいます。
「あ~あ。朝から体育なんてついてないよねぇ」
純のジャージは臭いです。どうせちゃんと持って帰ってないのでしょう。
「ほんと。時間割を作った人が恨めしいよ」
臭いをこらえて私が言うと
「そうかなぁ?朝運動すると体にいいんだよ」
憂が笑いながら答えます。そんな前向きなところも大好きなんです。
楽しくおしゃべりしながらグラウンドについて準備体操。
憂と組みたかったのに、他の女の子にとられてしまいました。
しょうがないから純と組んで腹筋をはじめます。
まずは私が腹筋。純が押さえます。
「いーち、にーい、さーん」
私が体を起こすたびに純の臭い息が顔にかかって気持ち悪くなります。
息を止めながらの腹筋は本当につらいんです。
必死の思いで20回の腹筋を終えましたが、まだ終わりじゃありません。
交代して、今度は私が押さえる番。
「いーち、にーい、さーん」
「はぁ、はぁ、ふっ、ふっ!」
臭い息が思いっきりかかります。さっきの方がまだマシです。
それに純の体がだんだん汗ばんできて、ヨーグルトみたいな臭いがしてきました。
「はぁ、ちょっとあずさ、ふぅ、ちゃんとカウントしてる?」
息を止めるのに必死でカウントを途中で忘れてました。
「してるよ。じゅうはーち」
本当は12回くらいですが、早く終わらせたくてサバを読みます。
どうにか腹筋も終わり、ランニングに入ります。
やっぱり3人で走るんですが、並んで走ると怒られてしまうので一列に固まって走ります。
早く憂の香りを嗅いでリフレッシュしたい。
憂の後ろにつこうとする私の前に純が割り込んできました。
「憂、待ってよぉ。」
三人の中で一番体つきがいいくせに、一番体力のない純が
体を揺らしながら、はぁはぁ息を弾ませながら憂の後を追いかけます。
後ろにいる私はたまったもんじゃありません。
臭い息、ヨーグルトの体臭にアンモニアのにおいまでたちこめて、息が詰まりそう。
「昨日テレビでさぁ・・・」
「あ、それ私も見たよ」
純の体臭にあえぐ私を置いてけぼりに、楽しそうに話す二人。
わたしのイライラがどんどん溜まっていきます。
思いきりスピードを上げて、純と並びました。
そしてさりげなく、でも勢いよく、純に肩をぶつけます。
「わあっ!」
純が大げさに転びます。いい気味です。
「いたぁい!ちょっと何するのよ、あずさ。」
「純ちゃん大丈夫?」
憂が心配そうに駆け寄ります。
その様子を見てたらなんだか悔しくて、黙って走っていってしまいました。
その後、憂とは話しましたが、純とは一言も口を聞いていません。
もやもやした気持ちのまま、授業の終わりを告げるチャイムが鳴りました。
教室で着替えをすませ、席に着きます。
純は絆創膏を一枚ヒザに貼っただけ。ケガはたいしたことなかったみたいです。
そのまま純とは口を聞かないまま、昼食の時間になりました。
いつものように、私たち3人は机をくっつけ、お弁当箱を広げます。
「憂のお弁当はいつもおいしそうだね。」
私がほめると
「毎朝自分で作るなんてえらいよね。」
純も一緒になってほめます。
「えへへ、そんなことないよ。」
照れたように笑う憂はとてもかわいくて、抱きしめたくなるんです。
毎日一緒にいられる唯先輩がうらやましいな。
そう思っていたら
「あずさのお弁当もおいしそう!玉子焼きもーらい!」
さっきのことなど気にしていないかのように、純が私に話しかけてきました。
こういう切り替えができるのは純の数少ない取り柄のひとつかもしれません。
汚い手で玉子焼きをつままれたのはしゃくに触りますが
「もう!ちょっと、純!」
と、いつものように反応して仲直りします。
元はと言えば純が臭いのが悪いんですけどね。
「ごめんごめん。ほら、私のチョコドーナツあげるからさ」
そう言って差し出してきたドーナツは、食べかけ。
臭い口でかじったドーナツなんて食べたくないよ。
そう言いたいのをガマンして、横から一口。
チョコドーナツはおいしいけど、複雑な気分。
そういえば、純はいつも購買のパンばっかりです。
お母さんがお弁当を作ってくれないのかな。
そう思ったらなんだかかわいそうになってきました。
そうだ、せめて歯磨きをするようにそれとなく言ってみよう。
「そういえば、こないだ虫歯ができちゃってさー」
「えぇっ、あずさちゃん大丈夫?」
私が切り出すと、憂は大げさに心配してくれました。
「うん。それで歯医者さんに行ったらすっごく痛くてさ。」
「わかるなぁ。歯医者さんって怖いよねー。」
「これからはちゃんと歯磨きしようと思ったよ。純はどう?」
ここぞとばかりに尋ねました。
返ってきた答えは
「え?私は一度も虫歯になったことないよ。」
・・・なんて羨ましい体質。
私はなんだかばからしくなってその話をやめてしまいました。
5時間目のホームルームは、林間学校のための話し合いです。
六人一組で班になることになりました。
もちろん私たち3人は一緒です。
3人組を探して、一緒の班を作ることにします。
「あっ!そっち3人?一緒に組もう?」
憂が3人組の女の子を見つけて声をかけました。
「あ、平沢さんに、中野さん。それに・・・鈴木さん。」
女の子たちはひそひそと相談をはじめました。
「どうする?」
「鈴木さんとは同じ班になりたくないな」
「わ、私も他の人と・・・」
聞こえてないと思ったのでしょうが、こちらには筒抜けです。
同じ班になったら、一緒に入浴して、一緒の部屋で寝なくちゃいけないもんね。
ぼんやりそう思っていると
ドン
机を叩く大きな音が響きました。
クラスのみんなの視線がわたしたちに集中します。
「どうしてそんなこと言うの!純ちゃんに謝ってよ!」
憂が怒った顔ははじめて見ました。
「ご、ごめんなさい」
思わず謝る女の子たち。
「憂、いいから。気にしないで」
泣きそうな憂を純がなだめています。これではあべこべです。
私は少しイラついて
「ちょっとは気にしなよ!どこまで鈍感なの!」
思わず本音が出てしまいました。
「あずさちゃん!そんな言い方!」
憂の大声にびっくりしているうちに、純が教室を飛び出していきました。
その後を憂が追いかけます。
私はしばらくその場を動けずにいました。
「あずさちゃん。行ってきた方がいいよ?」
クラスメイトの声で我に返った私は慌てて二人を追いかけました。
廊下を曲がったところに、二人はいました。
「私、クラスで嫌われてたんだね。」
「そんなことない!私は純ちゃんのこと、大好きだよ?」
憂が優しく抱きしめて、純を慰めます。
「憂・・・」
純が泣きながら、憂の胸にすがりつきます。
はじめて見る、純の泣き顔でした。
「・・・ずるい」
二人の仲に嫉妬心を覚え、私は下唇を噛み締めました。
スカートの端をぎゅっと握り締めた手はぶるぶると震えています。
私は・・・気付いてしまったんです。
私は憂が大好きです。
でもそれと同じくらい・・・いえ、それ以上に純のことが好きなんだって。
涙が止まらなくて、その場でうずくまって泣いてしまいました。
二人がそれに気付いてそばに寄って来ます。
「あれ?あずさちゃん。」
「・・・なんであずさが泣いてるのよ。おっかしぃ。」
泣いている私を見て、純が涙でぐしょぐしょの顔で笑います。
それを見てたらなんだかおかしくて、三人で笑い出してしまいました。
いつものように三人で。
仲直りするにはそれで十分でした。
三人で教室へ戻ると、みんな何事もなかった様に接してくれます。
さっきの女の子たちもやってきて、一緒に組むと言ってくれました。
「もう、あずさったら泣きすぎだよ。」
みんなのやさしさにまた泣きそうになった私を純がからかいます。
「純だってさっきまで泣いてたくせに」
その日は久しぶりに三人でおしゃべりしながら仲良く帰りました。
そして次の日、私は純を誰もいない教室に呼び出したのです。
純は、私の大切な親友だから。
ものぐさで、地味で、これといった取り柄もなくて。
だけど気まぐれで、人懐っこい純のことが大好きだから。
今から私は、勇気を振り絞って親友を傷つけます。
おしまい
最終更新:2011年03月15日 14:36