【小さな波紋】 文責:北上 信夜


ぽん、とプライベート用のスマホが通知音を奏でる。
はて誰からのメッセージだと目を通してみると、やがて十年ほどの付き合いになる、今朝話題に上がったばかりの男、佐倉こと佐倉流人(さぐら りゅうと)から。
「『時間があいてたら、今からいつもの宿で話そうぜ~(・◇・)』って…あんにゃろ、相変わらず気まぐれだな…」
今夜は特にこれといった予定は入っていない。炎上騒動で被害に遭った生徒達のSNSアカウントの巡回も丁度終わったところだし、と相手に返したメッセージは『5~10分ほど待ってくれ』。

"いつもの宿"と言われたからには色々と準備が要る。すぐさま専用PCの電源を入れ、久々ということもあり長話になるやも、と氷を入れた500mlタンブラーに白詰草茶を注ぎ、それを片手に奴特製の通信ソフトを立ち上げ、ヘッドセットを装着。勿論、使用するネット回線も専用のものだ。
「よう、入ったぜ」
『…お、結構早かったじゃんノブやん。おひさ~』
耳に入るのは相変わらずぽあっとした間延び声。
「"おひさ~"じゃねえよ、この連絡サボリ魔。リアルの忙しさの関係上お前が連絡くれねぇとこっちも連絡しづらい、って前にも言ったろうが」
『ははっ、悪い悪い。ここ最近はエストニアに出張行ったりマジで忙しかったんだって。あ、ついでに行ったフィンランド土産のサルミアッキ送ろうか?』
「いらねえぇぇぇぇ! お前俺が飴玉類ダメなの知ってるだろ、殺す気か?!」
悪名高い黒いダイヤの名前を聞いて震え上がる。…いや、ガキの頃にそうとは知らずキシリトール入りキャンディを食べて、三日三晩トイレに篭るハメになって以来、キャンディ類はトラウマなんだよ…なんとか黄金糖と小梅ちゃんだけは食えるようになったけど。
『はははっ、冗談だって! お前んとこに送ったのは干しダラだけだから安心しなよ』
「ったくよぉ……ん? 待て。"俺んとこには干しダラだけ"ってことは、もしかして」
『おう、フーすけんとこにはサルミアッキさんも一緒だぜ~』
「マ ジ か」
思わず吹き出す。ただでさえ眉間に皺が寄りがちな本田(俺がいうのもアレだが、普段の人相はザ・モブ顔だ)の盛大な顰めっ面が脳裏にまざまざと浮かび上がるが、重要なのはそこじゃない。

「…つーか、ウン年ぶりに"こいつ"を使うくらいだ、本題はそこじゃねえだろ?」
『さっすがノブやん、話が早い!
…確かノブやんが勤めてる学校って純光学園だったよな?』
「あ? まあそうだけどよ。…おい、俺もお前も今就いてる職が職だ、互いに足を洗うって決めたろうが」
学生時代はコイツを使って佐倉と一緒にホワイトハッカーじみた事をしていたが、それぞれ手に職を持つからにはリスクが高すぎる、と封印していたのだ。ぶっちゃけ本田にドヤされた(特に佐倉)。
と言うのも、こいつが持ってくるネタは良くて厄介事、悪くて犯罪に片足突っ込むような代物が殆どだから。学園の名前が出てきた事には警戒心しか浮かばない。
『分かってるって、ノブやんは尚更だもんなぁ。でも、コイツに関してはお前も知っていた方がいい気がしてさ…今データ送っから』
「仕方ねえな…今回限りだぞ?」
これまた専用のp2p回線でデータを受け取る。1分もかからずに落とせた事から、そこまでの量ではないようだが…。
「こいつは…画像に、アクセスログか? っておいおい、コイツは…」
『ああ。純光学園の校内ネットワークに外部からの不正アクセスのログが見つかったからさ、辿ってみたんだよ…そしたら最終的な出所がアメリカ。被害としちゃバックドア仕掛けられただけだったからすぐに対処は終わったんだけど、ちょっと無視するのもマズいかな、ってさ』
「なるほどなぁ…」
白詰草茶を一口飲んで腕を組み、思案する。
確かに佐倉の言うとおり、個人が遊び半分で仕掛けたにしちゃダミープロクシが周到に準備されているし、一度や二度だけというものでもない。
「…しっかし、よくコレに気付いたな。なんだ、たまたま見つけたのか?」
『…ほぇ? 純光学園の学内ネットワークのセキュリティはうちんとこが担当してるんだけど』
「マジか。俺初耳だぞ?」
『マジもマジ、大マジ。あれ、ノブやん知らなかったっけ? てっきり把握してるもんかと』
「一応言っとくが、俺がここに来たのは去年度からだぞ?」
『あれ、そうだっけか? ああ、なら納得だ。そっちと契約結んだのは2年前になるし』
マジか。
「なるほど、そりゃ俺が未把握なワケだわ…決定権持ってんのは俺なんかよりももっと上の人たちだし」
それにしても、アメリカからの不正アクセスか…狙いはなんだ? 個人情報目当てにしちゃアラが目立ちすぎる…。
『ていうかさぁ。どうしてノブやんは俺んとこに来てくれなかったんだよぉ…そしたら今こんな風にグレーラインでやりとりする必要なんて無かったのにさぁ』
「ははっ、それについちゃアキラメロン…ってな。とりあえず教えてくれてサンキュー。守秘義務云々には目をつぶっといてやるよ、社長サン」
『ははは…まあ明日の午前には学校側に報告する事になってる案件だし、オフレコのフライングゲット? てヤツでよろしく頼むぜ~。…っと、そうだ。ノブやんはいつまでキリエさんを待たせるつもりなんだよ? とっとと男上げてこいって』
「うるせぇ、こっちは親同士が決めた事ってのもあってイロイロとあんだよ。よりにもよって留学先のスウェーデンでショットガンウェディング決め込んだ手前ェにだけは言われたくねぇな?」
『ウグッ、ひとの痛いところを突きやがって…いいもんいいもん、家族全員ラブラブだからいいもんねー。…まあ、さ。できる限り早く安心させてあげなよ。とっても大切なんだろ?』
「ん…そりゃあ、な。…っと、悪ぃ。そろそろ明日の準備しねぇとだから、ここらでお開きにしていいか?」
『うぇ? おっと、もうこんな時間か。俺もいろいろ準備しなきゃだし、ちょうどいい頃合いかもなぁ。んじゃ、いつか時間空いたらフーすけんとこで駄弁ろうぜ~』
「おう、そんときは家族も連れてこいよ。色めいた話が一切無いあいつに見せつけてやろうぜ?」
『あははっ!! ノブやん、お主もワルよのぉ~! なんてな? んじゃ、またな~』
「ん、またな」

通信を終え、渡されたデータを改めて見なおす。
佐倉が言ったとおり、侵入者が行ったのはバックドアの作成のみ。何らかの目的の為の下準備、と見るのが自然だろう。
「…油断はできねぇ、か」
白詰草茶をぐびりと飲む。溶けて小さくなった氷がちゃりちゃりと鳴った。

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最終更新:2019年09月20日 22:05