「最近よぉ、緋乃人のやつ付き合い悪いよなぁ」
話は、そんな他愛もない1つの呟きから始まる。
純光学園から近いマ○ド○ルドの一角に学生が四人。
赤い髪にピアスをつけた軽薄そうな男。
ドレッドヘアに浅黒い肌をした黒人とのハーフであることが伺える顔つきの男。
短く刈り込んだ金髪で目付きが鋭く横にも縦にも太い大柄の男。
黒いメッシュのかかった金髪を肩にかかる程まで伸ばした痩身の男。
どこからどう見ても不良ですといった風体の男達の中で、ドレッドヘアの青年がポツリとここにいない友人について呟いた。
彼の名は琵琶島北斗(びわじま ほくと)。不良だ。
自分の肌やハーフであることを弄る者があれば即座に拳が飛び出すバッドボーイである。
一方で見知らぬ小さい子供が彼の肌や見た目に言及してきた場合にはカタコトの演技をしてみせる不平等ぶりは、まさしくフダツキの悪と言えるだろう。
「そう言えば今日も用事あるとかで来てねえな。なんかあったのあいつ」
北斗の呟きに便乗した金髪で痩身の青年の名は古杣音也(ふるそま おとや)。不良だ。
パンクロックに傾倒するあまりに音楽一家の両親から勘当を言い渡され一人暮らしをしているロック精神の体現したファッ○ンガイである。
家族と縁を切ったと嘯きながらも三歳下の妹を親には内密でアイドルライブ(ジャ○ーズ)に連れ出し自分と同じ道を歩ませようとする所業は、まさしく極めつけの悪と言えるだろう。
「なんか新聞? 書いてるみてーだぜ。この前ウチの店の記事書かせろって来たし。お陰で最近純学の生徒がよく食いに来るようになって忙しいけど」
彼らの質問に答えた短く刈り込んだ金髪の大柄な青年の名は道成清次(どうじょう せいじ)。不良だ。
度胸試しと称して音也ともども踏切で我慢比べをするようなデンジャーな男である。
自分の気に食わない者、例えば「お客様は神様だるぉン!?」などと騒ぐ客を見れば他所の店であっても実力行使で叩き出す暴力性は、まさしく傍若無人な悪と言えるだろう。
「え、あの学校新聞の記事ってひーちゃんが書いたのかよ!? ウケるー! 全然イメージに合わねー!」
ゲラゲラと笑いながら猿の様に手を叩いてはしゃぐ赤髪のチャラけた男の名は赤家京兵。不良だ。
放尿の様に見せかけてプールに放水する動画で炎上したりもした悪ノリしがちなアナーキーである。
週末には定期的に年老いた老父母の元へ出向き、暴力(※一定感覚で肩に殴打を加えたり、腰部に圧力を加える行為)を振るったうえで金銭を徴収する、まさしく生粋の悪と言えるだろう。
模範的学生のレールをハコ乗りしながら蛇行運転で疾走する無軌道ボーイズ。
そんな彼らの本日のダベりの題材は今この場にいない共通の友人、賀田羽緋乃人に対するものになった。
「つーかなんであいつ新聞なんて書いてんだ? キョウも言ってたけどそういうキャラじゃねーだろあいつ」
北斗の疑問に追従する様に音也が頷く。
友人である以上は彼らとて緋乃人の趣味嗜好程度は把握している。
バイクにローラースケートなどアクティブな物を好む緋乃人に物書きやマスコミの真似事をする趣味があるなど見たことも聞いたこともない。
京兵の発言を借りればあまりにも"似合わねー"行動であり不可解以外の何物でもないのだ。
「学校新聞ってあれだろ、この前の七不思議特集だかなんだかの時に緋乃人が妙に真剣な顔で読んでたやつ」
遡ること数週間前。突如として学校新聞が貼り出された時期の事を一同は思い出す。
彼らが入学してから一度も発行されることの無かった学校新聞を物珍しそうに眺めていた彼らの内、ある記載に視線を向けた緋乃人の顔がにわかに硬直したのを京兵や音也は覚えていた。
「ならそれで新聞部に行った後に理由はわかんねーけど新聞書き始めたってことか?」
「でもよぉ頼まれたからって新聞書くかぁ?」
「もしかして、元々新聞書くのに興味があったとか?」
北斗と清次がそれぞれ口に出した疑問に対し京兵が提示した1つの仮定。
全員が思い思いの表情でデスクに座ってカリカリと楽しげに記事を執筆する緋乃人の姿を思い浮かべた。
「ねーな」
「言っといてなんだけどねーわ」
「似合わねー」
「そーいやウチの記事書くために取材してる時に『なんで結局オレも書く羽目になってんだよ』とか愚痴ってたわ」
「「「それ先に言えよ」」」
清次のスロウリィな反証の提示に残った3人がぺしりと短く刈り込んだ金髪の頭部を叩く。
彼の証言の通りならば"新聞を書くことに興味があった"という仮定は成り立たない。想像するだけ時間の無駄である。
ハァ、という嘆息が清次以外の全員から漏れ、もともとダラっとしていた場の空気が更に一段階だけ弛緩した様に見えた。
「でもよぉ、愚痴ってたって事はあいつ新聞書く気なかったのに書かされてるってことだろ? それって変じゃね?」
「まー、緋乃人ならやりたくねーことやれって言われりゃキレるなりバックレるなりするだろうしな」
「つまり、ひーちゃんが渋々書かざるをえない事態になってるっつー訳だ」
「……なんか弱味握られてるとかか?」
沈黙。
神妙な表情で四人が顔を見合わせる。
キョロキョロと周囲を見回したかと思えば、肩を寄せ合い幾分かトーンとボリュームを落として再び口を開いた。
「ちょっとちょっとダチとしては何とかしなきゃいけねーんじゃねーの?」
「部員……なら緋乃人が半殺しにしてるだろーし先公か? 場合によっちゃ殴り込まなきゃいけねーな。キョウ、なんか知らねーのかよ」
「いやー、新聞部っつっても少し前に出来た部だしな、完全にノーマークだったわ。出してる新聞でも見りゃあ記者とか顧問の名前とか書いてそーだけどよぉ」
「あ、緋乃人から取材の礼にって一部貰ってたわ」
「「「でかした!!!」」」
清次が学生鞄の中から丁寧にクリアファイルにしまわれていた新聞を取り出す。
不良と呼ばれ爪弾きにされてきた彼らは同族意識が強い。もし友人が不当な目にあっているのだとすればそれをなんとかせねばという義憤があった。
果たして彼らの友人をいいように使っているであろう教師は何者か。ともすれば実力行使も辞さないだろう。
そんな決意の灯が点いた四つの双眸が件の人物の名を捉える。
顧問の箇所に書いてあった名は――夜祭みゃーこ――
「「「「ねーわ!!!!」」」」
異口同音の声が上がった。
「ンだよぉみゃーこチャンかよ。ねーわねーわ。解散」
「緋乃人を脅すみゃーこ先生もみゃーこ先生に脅される緋乃人も想像できねーわ」
脱力した音也の言葉に便乗する北斗。
夜祭みゃーこという教師を知る学園生徒であれば、彼女が脅迫などという真似の出来る人間ではないことくらい分かりきったことである。
マーモットもかくやといわんばかりの奇声など奇行が目立つが不良というフィルターをかけず公平に接してくれる稀有な教師だ。
それもあって不良にカテゴライズされる生徒達の評価は舐めてかかるか一定以上の信頼を得ているかの二極化をしており、彼らは後者の方であった。
「しっかし先公に脅されてる線は消えたとしてよ、ならなんで緋乃人が新聞書いてんだ? 記事足りなくてみゃーこチャンに拝み倒されたとかか?」
「みゃーこチャンから緋乃人に頼む理由がねーだろ。文才期待出来る顔じゃねーぞあいつ」
緋乃人が嫌々新聞記事を書く理由の見当がつかない。北斗と清次と音也が揃って首を傾げる。
そんな中、"我、真意を得たり"とばかりに意味深長な笑顔を浮かべる男が一人。誰あろう赤家京兵である。
その姿に胡散臭そうなものを見る三つの視線が集まった。
「教師から脅された訳じゃねえ。自分から書きに行った訳がねえ。そうなると後は……」
ピン、と京兵が自分の右手の小指を立てる。
「"コレ"しかねえっしょ?」
それが意味するものは、好きな人。恋人。ステディ。
ドヤァという効果音が聞こえてきそうな京兵とは対象的に3人の表情は冷ややかなものだった。
「オイオイなんだよその目! 実際先公に脅されてねーんだったら新聞部にひーちゃんが惚れてる女がいてさ、その子の為に慣れねーことやって協力してるっていうんだったら筋は通ると思うぜ俺は! 」
「いや、なくはねーかもしれねーけど、緋乃人がそういうことするイメージがわかねーっつーか」
「つーことはよ、オメーの言ってることが正しかったらこの記事書いてる奴の中に緋乃人が惚れてる奴がいるって訳だろ?」
「オー、オー、もしそうだったらその女子は災難だねぇ。あんな強面の不良に好かれたとあっちゃぁ変な噂も……」
不意に、音也の声が途絶える。
何事かと他の3人が視線を向ければ、そこに映ったのは目を見開いた驚愕の表情で新聞の一点を見つめている音也の姿があった。
なんだなんだと3人の視線が音也の見ている記事に目を移す。そこに書かれているのは今回の新聞の目玉記事である調理部の青空カフェの特集記事だ。
その記事の著者である"光園寺舞衣"という名前を目に留めた音也以外の口から「あっ」と何かを察した声や「げ」とひきつった声がこぼれる。
「いやー、おとやんさ。流石にひーちゃんその子が目当てじゃあないと思うぜ? うん」
「……」
「おとやーん? 音也くーん?」
「あンのハゲ! さては光園寺さん狙ってやがるなぁ!?」
「あー、ダメだこりゃ」
額に手を当てる。脱力して肩を落とす。肩を竦めながらため息を吐く。三者三様の反応だがその根元にある感情は揃って"呆れ"である。
古杣音也、16歳。同学年の光園寺舞衣に絶賛片想い中の恋に恋するお年頃なのだった。
「音也よー、落ち着けって」
「これが落ち着いてられるか!?あのハゲ俺が光園寺さんに惚れてるって知りながらこんな、こんな真似……!」
「だからひーちゃんが光園寺に惚れたって決まった訳じゃねーだろ。ひーちゃんのタイプにゃ見えねえし」
「光園寺さんが魅力的じゃねえってかァ!?」
「本当に光園寺絡むと面倒くせえなオメエ。とにかく店に迷惑だから少し声のトーン落とせや」
キレながら勢いよく立ち上がった音也の肩をむんずと掴み、有無を言わせぬ迫力で清次が宥めつつ強制的に座らせようとする。飲食店での迷惑行為には人一倍敏感な男なのだ。
口ではイキっていても素の力と体格差で負けている音也はなす術なく椅子に座らされる結果となった。
「いや、でもよぉ」
「キョウが言った通り緋乃人が光園寺に惚れてるたぁ限らねえだろ。第一にあいつがお前に黙ってコソコソとアタックかけるような奴だと思うか?」
「そりゃあちげーとは思うけどよ。だけどあいつ最近何かとコソコソしてるし」
北斗の説得にいくらかの理解を示しつつも、自身の片想い相手が関係している可能性があるせいか音也の態度は煮え切らない。
彼の言うとおり緋乃人が4人に内緒でなにやらやっていたというのも不信に繋がってしまっている。
音也の懸念事項には他の3人も思うところがあるのか反論することも出来ずに微妙な表情を浮かべてしまう。
空間に漂う奇妙な沈黙。
「あー、ここであれこれ悩んでも埒開かねえし、もう直接緋乃人に聞きに行きゃいいんじゃね? 今日も用事ってことはその新聞部に顔出してんだろ?」
その沈黙を破ったのは北斗であった。
この場であれこれと確証のない詮索をしたところでそれが真実であるかは分からない。で、あれば本人に直接確認すればいいというシンプルなものだ。
「ひーちゃん答えてくれっかな?」
「流石に新聞部にいる現場抑えて質問責めにすりゃ観念すんだろ。あいつ押しに弱えーし」
「部室は……新聞にゃ旧校舎ってあんな。珍しい」
清次が広げた新聞の奥付に記載されている部室の場所を確認し、それを聞いた京兵、北斗が共に立ち上がる。
思い立てば即行動。脊髄反射レベルの考えなしから来るフットワークの軽さこういった時には利点となるのだ。
そんな3人組を尻目に突然まごまごしている男が一人。音也である。
「いや、でも、ってことは光園寺さんとこに行くって事だろ? ならそれなりに準備ってもんをよ……」
「不良の身なりが汚ねーのくらいで誰が気にすっかよ。早くしねーと部活が終わるかもしんねーんだからとっとと行くぞ」
片想い相手に出会う可能性を考えた途端に急にへたれて尻込みした学友の首根っこをひっ掴みながら、四人の不良は学舎へと舞い戻るのであった。チャリで。
◆
「で、ガッコまで来た訳だけどよ。新聞部の部室ってどこよ」
夕焼けが空を茜色に染める中、不良四人組が物陰から旧校舎を眺めている。
この場所を使用しているのは現状新聞部のみであるせいか人通りは全くない。
新校舎の方角から微かに吹奏楽部の演奏や運動部の練習音が聞こえる程度で一帯を不思議な静寂が支配していた。
放課後の喧騒から離れひっそりと佇む旧校舎に彼らはどこか不気味なものを感じる。
「あ、あそこの教室の窓ガラスだけ開いてんな。あそこじゃね」
京兵が1つだけ窓の開いている教室を指さす。
見上げる形になっている彼らから中の人影は確認出来ないが、窓の施錠忘れでもない限りそれはその教室の中に人がいるということの証左となるだろう。
「他は閉まってる、ってことは使われてねえんだよな? なんで新聞部だけこんな薄っ気味悪ぃとこ部室にしてんだろーなー」
活気のない古びた木造の建築物を見やりながら清次が呟く。
恐いもの知らずの不良ですらもここを根城にするものはいない。
威勢よく単身で出かけた不良が半狂乱で出てきたという噂もあり、好んで近づくものはいない場所となっている。
「そういや、緋乃人が新聞部探してた頃だよな、ここで人骨見つかったの」
音也の声に全員の表情が僅かに凍り付いた。
ガス爆発未遂事件に加えて、人骨が見つかり警察までやってきた事は彼らの記憶にも新しい。
先の半狂乱で出てきた不良もその人骨の主の幽霊でも見たのでは、などと囁かれてもいた。
その場所に、緋乃人が足しげく通い、あまつさえ慣れない新聞を書いてる。その奇妙な事態を改めて認識した少年たちの頬を冷たい汗が流れた。
誰ともなくゴクリ、と緊張から唾を飲み込む音がする。
「……今更ビビッてなんかねーよな、オメーら」
「たりーめだろ。ここで逃げるなんてダッセぇしな。男、魅せてやる」
北斗の問いに緊張の色を見せながらも清次が不敵に笑って見せる。
音也と京兵の顔は微かに青いが、友人二人が行く気である以上ここで逃げ出す訳にはいかなくったといった感じだ。
互いが互いに顔を見合わせ、こくりと頷き旧校舎へと視線を向ける。
そうして一歩踏み出そうとして、
「君達、何やってるの?」
「「「「ぎゃあああああああああああああああっっっっっ!?」」」」
不意に後ろから声をかけられたことで全員が絶叫を上げながらその体勢を大いに崩し地面に転がるのだった。
土埃が舞う。鼓動をバクバクと鳴らしながら無様に地を這う不良4人の視界が声をかけられた方向に向かえば、そこにあったのは一つの人影。
予想外の反応に唖然とした表情で固まっている風紀委員。御津知カムイの姿があった。
「げ、御津知……」
北斗が引き攣った声をあげる。
一度喧嘩の仲裁に入られた際に殴りかかったのをカムイの合気道で容易く制圧された事から苦手意識を持っているのだ。
もっとも苦手意識を声に出して表明したのが彼だけであって他の三人の顔も苦々しい。腕っぷしの強い風紀委員。これほど不良の天敵と呼べる存在も少ないだろう。
4人の「面倒な奴に見つかった」と言わんばかりの反応に、呆けていたカムイの顔がキッと引き締まり微かに眉間に皺が寄る。不良達が風紀委員を忌避するのと同じように風紀委員も校内の風紀を乱す不良を嫌う。犬猿の仲というやつだ。
「旧校舎に入ろうとしてたのかな? 君達、旧校舎に用事があるような人達には見えないけど?」
「テメエにゃ関係ねーよ。それとも俺達不良はどこ行くのも風紀委員サマのお伺いを立てなきゃいけねえ決まりでも作ったのか?」
敵意を向けられれば敵意で返す。
パンパンと服に着いた土汚れを払いながら立ち上がった不良達が、北斗を先頭に不審の眼差しを向けるカムイと睨みあう。
彼らの今回の行動理由は友人を心配してであり疑惑を向けられる謂れはない。そこで不仲な相手に疑いの眼差しを向けられれば反発してしまうのもやむをえないだろう。
対してカムイの視点からすればコソコソと新聞部以外に人のいない旧校舎の様子をうかがっていた彼らは明らかに不審だった。そこでその様に返されたことでカムイの中にある不審が一層強まる結果となる。
「そんな決まりはないよ。でも風紀委員としては人気の少ないところにコソコソと忍び込もうとする君達を見過ごす訳にはいかないしね。納得できる理由を話してくれるならいいよ」
「うぜーな、イチイチこっちのやることケチつけんじゃねえよ」
カムイの売り言葉に北斗の買い言葉で空気がヒリつく。
剣呑な雰囲気を漂わせた不良と風紀委員。まさしく一触即発の状態だ。
「オイオイオイ、何やってんだよテメーら」
そんな空気を打ち壊すかのように旧校舎の方角から新たな声が響く。
反射的にその場にいる全員が目を向ければ、旧校舎の昇降口から出てきた一人の学生がこちらに向かって歩いてくる。
強面を心底面倒くさそうな表情を浮かべガリガリと首筋を掻きながら、対峙する不良と風紀委員を見やる禿頭の男の名は賀田羽緋乃人だ。
「ひーちゃん!」
「緋乃人君!」
京兵とカムイが同時に緋乃人の名前を呼ぶ。
「変な叫び声は聞こえるわ榛名が外で不良っぽいのが4人もいるなんて言うから様子見に降りたらよぉ。オメーらマッ○行ったんじゃねえのかよ。なんでカムイと喧嘩しそうになってんだよ」
「い、いやあ、ちょっとひーちゃんに聞きたいことがあったからガッコに戻ってきたっつーか」
「ハァ?」
京兵が事情を話す為に緋乃人の元に駆け寄る。
北斗とカムイが顔を見合わせる。気付けば周囲に漂っていた剣呑な気配は既に霧散していた。
「君達、緋乃人君に用があったの?」
「あ? まあ、最近あいつが付き合いワリィうえに慣れねー新聞なんて書いてるって話だったからよ。ちと事情を聴きにな」
「新聞……、ああ、そういえば新聞部と一緒に活動してるって八目さんが言ってたな。……え、緋乃人君もあの記事書いてるの?」
「おう、ラーメン屋の記事あんだろ。あれウチの店で書いたのあいつ」
「えー……」
「似合わねーって顔してんな風紀委員。いや、俺らも同じ気持ちだけどよ」
「うるせーな、似合わねー真似してんのは分かってんだよ」
風紀委員と不良3人の会話に緋乃人と京兵が混ざる。
不機嫌そうな半目の視線が向かう先は清次だ。
「清次テメェ、面倒くせー事になっからこいつらにゃ黙っとけって言ったろうが」
「あ、ヤベ。そうだったわ」
ハッとした表情を浮かべる清次に対し眉間に皺をよせながら緋乃人が一度だけ深く溜息を吐く。
「で、京兵から聞いたけど俺が新聞書いた理由が知りてーって話だったよな?」
「おう、なんで書いてんだよ」
「……まあ、付き合いっつーか」
「付き合い!?光園寺さんとか!? テメェこのハゲ俺があの人を……」
本題を思い出した音也が掴みかかって追及しようとしたのをヒョイと躱し、緋乃人がお返しとばかりに腹に軽いボディーブローを叩きこむ。
「ぶげ」と情けない声が響いた。
「違ぇよタァコ! 勘違いで人に掴みかかろうとすんな。ぶん殴んぞ!」
「もう殴ってる……」
蹲る音也を尻目に、緋乃人が至極面倒臭そうな表情でボリボリと後頭部を掻く。
事情を説明せねば、友人達は納得して帰ってくれないだろう。だからといって幽霊の元新聞部員の度重なる勧誘に根負けしたなどと言ったところで黄色い救急車を呼ばれるのが関の山である。
どうそれっぽい理由をでっちあげるか。それが問題だ。
「で、付き合いって何よ」
「あー、まあアレよ。ちょっとみゃーこセンセが新聞部の部員が足りねーって悩んでてよ。この前ちょっと他校の奴のカツアゲに割り込んで喧嘩した時に庇ってもらって貸しが出来ちまったから、その恩返しにな」
「なんだよオメーまた喧嘩に巻き込まれたのかよ」
無論、嘘である。だが、似たような理由で緋乃人が喧嘩に巻き込まれるのが日常茶飯事である以上、信憑性を高く見せることは出来る。
現に真相を知っているカムイ以外はその嘘に納得しているようだ。みゃーこの人柄というのもこの嘘を信じ込ませる一因になっていただろう。
「そういう訳でよ。籍はおいてねーけど当分は新聞部の手伝いすることにしたんで、まあ付き合いは悪くなっちまうんだわ、ワリぃな」
「ひーちゃんそういうとこ義理堅ぇもんなぁ」
「まー、そういうことならしゃーねーか」
「じゃあ理由も分かったし帰るか。部活頑張れよー、他にいい店あったら紹介してやっから」
「だなー、あ!光園寺さんによろしく言っといてくれな!」
「やだよ面倒くせぇ。テメーで言え」
音也のお願いを冷ややかに足蹴にしつつ、やいのやいのと騒ぎながら遠ざかっていく悪友達の姿が見えなくなるまで、緋乃人は黙って見送る。
そうして少しして脱力するように長く息を吐く。記事を書く羽目にならねば背負い込む必要のなかった苦労だが、なんとか新聞部の中にある一般人にバレれば面倒くさいことになるアレ(某幽霊)やコレ(某人体模型)を隠し通すことには成功した。
「なんていうか、お疲れさま」
「おう、なんでこんな苦労してんだろうなオレ」
数分のやり取りでゲッソリとした顔をする緋乃人を見てカムイが苦笑する。
「まあ、でもよ。あんなんでもダチだからな」
「友達、か」
「ツナの時みてえに”あんなのとはつるむな”って風紀委員らしく忠告でもするか?」
微かに口角を釣り上げ、試す様な表情で緋乃人がカムイを見る。
「そうだね、あの四人も色々と問題行動してるのは知ってるから、風紀委員としてはそう言いたいところではあるけれど……」
そう言って、カムイは諦めた様な笑顔を浮かべる。
「君が“友達”だって言うんなら、僕が言ったところで聞かないでしょ?」
「よく分かってんじゃねえか」
呵々と笑う緋乃人に対し、カムイが呆れた様に肩を竦める。
気付けば夕日が沈み、空のグラデーションは橙から濃紺へと移り変わっていく。
緋乃人とカムイもまた互いに別れを告げ、それぞれ別の方向へと歩き出す。
そんな、どこにでもいる学生たちのある日の光景。
怪異が跋扈する舞台では語られぬ幕間の物語。
最終更新:2019年10月28日 07:33