【夜祭みゃーこのありふれた夜】 文責:夜祭 みゃーこ


AM.00:30
チクタクチクタクチクタク――ピ

AM.01:00
チクタクチクタクチクタク――ピ

AM.01:30
チクタクチクタクチクタク――ピ

AM.02:00
チクタクチクタクチクタク――ピ

AM.02:30
チクタクチクタクチクタク――ピ

AM.03:00
チクタクチクタクチクタク――ピ

……。
耳を、すます。
寝息が聞こえる。
この寝息は果たしてどちらのものだろうか。
野波さんか、はたまた雛代さんか。
……。
そもそも寝ているのなら雛代さんは意識を保っておらず、ただの人体模型に戻っているのではないだろうか。
気になるところだが、いざベッドを覗いてみたら中に人体模型が転がっていたでは、覚悟していても心臓に悪い。
見ないことにする。
まあ、ともかく。
少なくとも二人は寝ているらしいと当たりをつけてできるだけ音を建てないようベッドから身を起こす。
次いで視線を向けるのは右掌に巻いた腕時計と、ストラップを通して左掌にがんじがらめに固定した懐中電灯。
その様を目にした生徒や同僚からはみゃーこ先生は心配性過ぎると言われるいつものセットだが……。

うん、大丈夫。アレしてない。

どうやら今回も無事、一眠りできたらしいことに安堵する。
……自分でも、逆効果では、と思うことも何度かあった。
浅い眠りを取っては起きて確認し、とっては起きて確認し。
これでは日頃から眠気がたかってうっかりしてしまいかねないのでは、と。
眠りが浅いと夢を見やすいと言うし、夢の中でアレしてしまい起きたら現実でも……なんてことにもなりかねない、と。
……けど、仕方ないじゃないか。
こうでもしないと眠れない。
子どもの頃は寝ようとも寝ようとも悲鳴を上げては飛び起きてよく家族を心配させたものだ。
言うなればこれはアレしてないかの安全チェック以上に、少しでも眠るための折り合いの付け方なのだ。

それに。

これから数日は特に気が休まることはないだろう。。
宿泊学習に修学旅行と、十年以上も教員を続けていれば、生徒と同室で寝ることも慣れたものだが。
それでも、どうしても、家で一人で寝るよりも。何倍も、何十倍も、心が休まらない。
もしも子どもたちの中に寝相の悪い子がいたら。
もしも子どもたちの中に寝ぼけて私のとこに潜り込んでくる子がいたら。
もしも……そんな子たちにこの手で触れて、無意識にアレをしてしまったら。
……。
一人は、気楽だ。
目覚ましもかけ放題だし、手に固定しておくものだって他人の目を気にしないで適当な選別でいい。
アレしてしまったところで、最悪でもアパートがもう一軒増えるか、或いは、ギリギリ責任を取れると言えなくもない――が増える止まりだ。
教員採用試験をわざわざ実家から遠く離れた地方でばかり受けたのも、早々に家から出るためだった。

でも、誰かと一緒の旅行は違う。
自分だけではどうにもできない不確定要素も。
絶対にアレしてはならない存在も。
すぐそこにいるのだ。

……。

いや、なんで私、教師やってるんだろ?
宿泊学習に修学旅行がない学校とかそうそうないからね!?

まあ、うん。うん。
そんなセルフツッコミは置いておこう。
結論なんて、なんで私がアレのせいで教師できないなんてことになってたまるか、ボケがああああああああああああああああ!
になるんだし。
昔そう叫んでうっかり同僚の先生起こしちゃって、またですか、って目で見られたことあったし。
うん。

「はぁ」

たまらず、声に出してしまい慌てて口を塞ぐ。
生徒には聞かせられない声。
疲れたとか、しんどいとか、そういうのが籠もった声で。
……いやまあ雛代さんには散々聞かれてたから今更なのだけど。
それでもこれ以上は聞かせたいとは思わない。
しかもこの疲れたやしんどいは完全に私個人に由来するもので、子どもたちは全く悪くないのだ。
これで自責させたり、気遣わせてしまうなんてことになったら……。
……なったら?
なっていいわけないでしょが、このアホンダラ?
やめよう。
なっていいわけがない以上は、このまま気落ちしているわけにはいかない。
いつものように平然と、朝起きなければならない。

だから。

手を伸ばす。がさごそと暗闇の中、旅行かばんを漁る。
お目当てのものはすぐに見つかった。



花酒 どなん



いくつかは家に送っておくよう手配しておいたが、こんなこともあろうかと手元に残してたものもある。
流石にいつものように一升瓶丸ごととはいかないが、生徒もいるしそこは我慢だ。
酒気が苦手な子だっているだろう。
明日の朝、起きてそうそうみゃーこ先生お酒臭い、なんてなった日には申し訳ない。
……えっと、雛代さん、流石に呼気センサーとか搭載してないわよね?
そ、そこまで行くとお手上げなんだけど……?
自分は呼吸してないのにそういうのだけは搭載しているとかすごいありそうなんだけど!?

……う、うん。大丈夫ということにしよう。大丈夫だと思おう。
このまま堂々巡りだと、次の睡眠ローテーションに入れなくなる。

よし。

ぐっと小瓶を掴む。
せっかくの沖縄のお酒だ。
本当はお猪口にでも入れてお洒落に飲むべきなのだろうが……。
お猪口は持ってきてないし、コップを取りに行こうにも、その動きで子どもたちを起こしてしまうなんてのは避けたい。
なので普通にそのまま口をつけて、コポコポと口の中に流し込む。
あまり褒められたものではないだろうが、どうせ今すぐ飲み切るのだから衛生面では問題ないだろう。

とぽごきゅとぽごきゅとぽごきゅとぽごきゅ

「あ、美味しい……」

情緒もヘタっくれもない飲み方に反して、とろっとした舌触りが心地いい。
それにとてもなめらかだ。このまま一気飲みしても特に問題ないだろう。
あー、うん。おトイレには気をつけなきゃだけど。

とぽごきゅとぽごきゅとぽごきゅとぽごきゅとぽごきゅとぽごきゅとぽごきゅとぽごきゅ

「ふぅ……」

瓶から、口を離す。
適当に振ってみるも水音はなく、どうやら飲み干してしまったらしい。
美味しかっただけに量が少なかったのは物足りなく感じてしまうが、仕方ない。
これ以上瓶を開けても酔えそうにはないし、偶然起きた雛代さんや野波さんに目撃されてしまう危険性も否応に増す。
……あ、あれ?
も、目撃と言えばこの部屋に棚元さんも……。
……。
メガネはかけないままでいよう、うん。

とりあえず精神的には誤魔化せたからとっとと手洗いに行って、もう数ルーチンこなさないと。

そろり、そろりと足音を消して歩く。
トイレに入って腰を下ろそうとして、ふと、小窓の向こうの景色を目にする。

綺麗な、星空。
空気が澄んでいて、とっても近くに思える。
まるで手を伸ばせば掴めてしまいそうなくらいに。

それは、なんて






――怖いんだろ






大丈夫
大丈夫
大丈夫
私は大丈夫
地球は大丈夫
私は星を掴めない
だから大丈夫
今日も私は大丈夫
今日も地球は大丈夫
大丈夫
大丈夫
大丈夫
……

しゃー、からから。じゃー。ぱたん。そろり。そろり。

とぽごきゅとぽごきゅとぽごきゅとぽごきゅとぽごきゅとぽごきゅとぽごきゅとぽごきゅ
とぽごきゅとぽごきゅとぽごきゅとぽごきゅとぽごきゅ


AM.04:00
チクタクチクタクチクタク――ピ

AM.04:15
チクタクチクタクチクタク――ピ

AM.04:30
チクタクチクタクチクタク――ピ

AM.04:45
チクタクチクタクチクタク――ピ

AM.05:00
チクタクチクタクチクタク――ピ

AM.05:15
チクタクチクタクチクタク――ピ

AM.05:30
チクタクチクタクチクタク――ピ

AM.05:45
チクタクチクタクチクタク――ピ

AM.06:00
チクタクチクタクチクタク――ピ

AM.06:15
チクタクチクタクチクタク――ピ

AM.06:30
チクタクチクタクチクタク――ピ

AM.06:45
チクタクチクタクチクタク――ピ

AM.07:00
チクタクチクタクチクタク――ピ

AM.07:15
チクタクチクタクチクタク――ピ
むくり、がさごそ。ごろごろ、ペ

AM.07:30

「お、おはよう、野波さん、雛代さん、棚元さん。いい朝ね。きょ、今日も、楽しみましょう!」



                                  life goes on.

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2019年12月27日 23:30