ダム、ダム、ダムと規則的にボールがバウンドする音と夏の暑さを際立たせる様な蝉の鳴声をBGMに私は目の前に立ちふさがる男を見る。
屈強なガタイに見合った厳つい顔に降り注ぐ日差しを反射するつるりとしたハゲ頭。
沖縄で知り合った同郷の後輩、賀田羽緋乃人君は真剣な表情でバスケットボールを手にした私を先に進ませまいとしていた。
今やっているのは1on1のミニバスケだ。バイトもなく暇になった私が体を動かしたくなったので誘ってみたら彼は二つ返事で承知してくれた。
3本先取制で戦績は2-2。体格差から手加減しようとしていた彼の思惑を見抜いた私が”本気で来い”と伝えるために軽くあしらって華麗に1点を決めてから彼も本気になり拮抗している形だ。
体格面では彼に分があるうえに意外とすばしっこくで跳躍力もあるせいで遠距離からのシュートは防がれる。つまりここから私が勝つには彼のディフェンスを掻い潜ってシュートを決めなければならない。今まで私が勝負してきた相手の中でも結構な強敵だ。
だから、楽しい。
私の体質のせいか、こうやって拮抗できる人にはなかなか出会えず、対戦形式のスポーツをすることが少なかった。張り合いがない勝負というのはつまらない。つまらないことは好きじゃない。
さて、問題はどうやって抜くかだ。
1回目は油断を突いた。二回目はシュートをすると見せかけてすり抜けた。同じ手は二度と使えないだろう。
だけれど、攻める手はまだある。
私は左、緋乃人君の前足側方向へと体を動かすと彼がそれにつられて前足側を後ろに下げて私を通さない為に動く。私の狙い通りに。
即座に私は左に動かしていた体を急転換させて右に向かって踏むこむ。横移動のフェイントはバスケの1on1においての常套手段だ。
フェイントに引っ掛かった緋乃人君を悠々とすり抜ける。抜いてしまえば勝負は決まりだ。
そう確信した私の視界に太い腕が伸びて来た。
腕の主は語るまでもない。フェイントに乗せられた彼から見て右側に傾いた体勢から強引に手を伸ばして来たのだ。
ボールさえ弾いてしまえばそこで攻守は入れ替わる。私の手にしたボールに向かって緋乃人君の腕が伸びる。
咄嗟に私は腕を避ける様にくるりと体を右回転させる。彼の腕が後もうちょっとという所で空しく宙を切った。
予想外の反撃を幸運にもかわして私は走る。走って、完璧なフォームでゴールリングに向けてシュートを放つ。綺麗な放物線を描いたバスケットボールが吸い込まれる様にリングに入った。
予想外の反撃と運動によってドッドッとなる鼓動を深呼吸で落ち着かせながら振り向くと、急な方向転換で体勢を崩しながら悔しそうに顔を歪める緋乃人君の姿があった。
「いやー、最後のアレはヤバかったね。でもまあ私の勝ちってことで」
「あークソッ!取れると思ったのによォ!」
悔しそうな顔をする彼を見ると年相応の男の子なんだなぁ、などと思う。
久しぶりに、そう、本当に久しぶりに充実した試合が出来た私の表情は自然と笑っていた。
一試合を終え、ベンチに座って一服タイムとなる私達。
勝者の特権として買ってきてもらったキンキンに冷えたスポーツドリンクがスポーツと夏の暑さで汗をかいた体に心地いい。
降り注ぐ日差しがあまりにも眩しくて目を逸らす様に緋乃人君へと視線を逸らす。彼の表情は心ここにあらずといった感じで、アスファルトで舗装された地面を眺めていた。
「なになに? なんか悩み事?」
冗談交じりの軽い調子で尋ねてみると、ビクリと微かに体が撥ねたまま彼の表情が堅くなった。
「……悪ィ、折角誘ってくれたのに水を差しちまったか?」
頭の後ろに掌をあてながら、バツの悪そうな表情を浮かべる緋乃人君。どうやら図星だったらしい。
申し訳なさそうな彼を見ながら、不良な見た目や態度に反して根っこが真面目なのかなぁなどという考えが脳裏を過る。
もしかしたら、体を動かせば気も紛れるかと思って私の誘いにOKを出したのかもしれない。
「まーまーまー、別に試合中にボケッとしてた訳じゃないし、そんなに気にしないって」
バシバシと背中を叩きながら笑い飛ばしてやる。
変に負い目を作られるのも据わりが悪い。じめっとしたのは嫌いだ。
勢いよく背中を叩かれた緋乃人君は咳き込みながら。半目で私を見てくる。そこにさっきまであった陰はないので良しとする。
どんな悩みなのかはちょっと気にはなったけれど、そこまで親しい間柄でもないしなぁ。なんて考えている自分にちょっとだけ嫌気がさしたが、まあちょっとだけなのでスルーすることにした。
「何に悩んでるかは知らないけどさ、そっちは残り少ない折角の夏休みなんだし、時間はパーッと楽しむのに使う方がお姉さんは正しいと思うけどねえ」
「……オレも、そういう使い方をしたかったんだけどよ。なんつーか、どーも行く先行く先で変なことに巻き込まれちまってなー。沖縄の時といいついてねーぜ」
そうボヤき天を仰ぎながらため息を吐く緋乃人君。
沖縄の旅行が台無しになったのは私もその場にいたから知ってたけど、どうやら別の日の旅行でも似たようなトラブルに遭っていたらしい。
「ちなみに、それも新聞部絡みだったりする感じ?」
「あー、まあ、そんなところだ」
私の質問に緋乃人君は微妙な表情を浮かべながらも肯定する。
沖縄からの帰りに皆がどういう経緯で新聞部を作ったのかは聞いたし、沖縄以前にトラブルに巻き込まれていたらしいこともその時の会話で察することはできた。
「だったらさ、もう新聞部に顔出さなきゃいいんじゃない? なんて言うかさ、そこに来てから色々と大きなトラブルに巻き込まれてるみたいだし、正式な部員って訳じゃないんでしょ?」
正式な部員と同じ様な扱いであっても彼が正式な新聞部の部員ではないというのは本人の口から聞いていた。
だったら、そんな面倒を呼び込むところから遠ざかってしまえばいい。自分から進んで入った部活でもないのにわざわざ残ってトラブルに巻き込まれる必要もないだろう。少なくとも、私なら御免だ。
我ながら冴えたアイディアだと思ったのだけれど、緋乃人君はそれに対して困った様な、迷っている様な、そんな表情を浮かべてしまった。
「少し前なら、それも出来たとは思うんだけどよ」
そう言って額に手をあてながら緋乃人君は大きく嘆息する。
「オレみてえな不良が言えた義理じゃねえけど、どいつもこいつも危なっかしいんだわ。変に思いつめてたり責任だの使命だの持ち出してさ。勝手に動いたらよ、一緒にいるオレやセンセーらだって止めねえ訳にゃいかねえってのを分かってんのか分かってねえのか」
そう言いながら彼は苦笑を浮かべる。
思い返せば私が雇い主のお爺ちゃん達に呼ばれてあの馬の人を呼びに行く前も新聞部の皆でそんな言い合いをしていた様な気がする。
みゃーこちゃんが奇声を上げながらワタワタしているのが目に浮かぶ。ああ、でも生徒が本当の本当に危ない時は噂のシリアスモードなみゃーこちゃんになるかな。
しかし、緋乃人君の話が本当ならトラブルを呼び込みそうな見た目と態度に反して本当に巻き込まれる側のようだ。
なら、尚更のこと新聞部に関わる必要なんてないだろう。少なくとも在学中の私だったら親しい人でもいなければ早々に退散していた気がする。
「でも、あいつらがイイやつらってのも分かっちまったからさ、あいつらとつるんでまた面倒に巻き込まれんのが理由で抜けるっていうのもカッコ悪ィかなって」
だから当分はつきあうつもりでいる。笑いながら緋乃人君は答えた。
カッコいいとかカッコ悪いという感性にはピンとこなかったけれども、その笑顔にはどこか惹かれるものがあった。なんか、ちょっと悔しい。
「なんていうか、男の子だねえ」
「は? ンだよその感想」
「んー、思ったまんまの感想。さ、休憩終わり!もう一試合しよ、もう一試合!」
怪訝そうな顔をする緋乃人君に笑顔で返し、試合を再開することで煙にまく。
私のマイペースさに彼は呆れた様に溜息を一つ吐いたけど、それからすぐに真剣な表情に変わる。
そうだろうそうだろう、負けっぱなしは悔しいだろう。でも、簡単に負けてあげるつもりもない。
高校の夏休みはそろそろ終わる時期だが、またこうやって一緒に勝負できればいいな、と思っている自分がいた。
そういえば、秋は純光の学園祭もあった。どうせ暇しているだろうし遊びに行くのもいいかもしれない。
こうして新たな出会いのあったいつもと違う夏の一日は更けていくのであった。
最終更新:2020年05月11日 18:01