【野波流根子先輩へ】 文責:榛名 颯


 野波流根子先輩へ

 榛名颯より


 いきなりノートをカバンに入れるような真似をしてすいません。

 しばらく前に、先輩の休学した事情のことで呼び出して話をさせてもらいました。
 その時のことで、どうしてもあと一つ伝えたいことがあって、手紙の形にさせてもらいます。
 直接質問するにはかなり立ち入った話になるし、メッセージアプリから送るには長文になるし、万が一他の人に聞かれても困るようなことだったので、ノートに書かせてもらいました。
 廊下で手渡しすると他の人から意味ありげに見られてしまうかもしれないので、こっそり部室に持ち込ませてもらいます。
 カバンの中身は絶対に見ないようにすっと入れますけど、失礼には違いないので、それはごめんなさい。

 先輩がご家族とのもめごとは終わったと言っていた以上、その結果について立ち入ったことを訊いたり、和解できたという話を疑ったりはしません。
 その上で、話をつけたというご家族がいわゆる『カタギ』ではない繋がりを持っているからには、どうしてもこれだけは気をつけてほしい、ということがあります。

 俺は、そのご家族がどういう人なのかは知りません。
 先日の地域交流の勝負でお姉さんたちにもお会いしましたけれど、どの人が先輩ともめたとかは聴いていません。
 だから事情も知らずに失礼なことを書くかもしれないけど、改めて強調しないといけないことがあります。
『こちら側』は、『人や妖怪を殺す』、あるいは『陥れたり騙したりする』ことを仕事にしている人もいる場所です。
 もちろん仕事の種類や部署にも左右されるし、自分のいるところだって山荘旅行の時ほどの事は滅多に無いらしいので、ご家族の所属しだいでは杞憂かもしれません、と付け加えておきます。

 これは内部情報なので他言無用でお願いしますと前置きした上で、悪質さを少しだけ明かします。
 夏休みの山荘の一件で、俺の元に来ていた命令を正確に書きます。
 あれは、本当のところは、『オランピアは絶対に殺して止めなければならない』、そして 『オランピアを殺すことになるのは新聞部の誰でも構わない』というものでした。
 あれは、最悪の場合は、新聞部の誰かが人殺しになることも想定した計画でした。
 オランピアは自由になるために雛代千依の能力を殺して奪おうと思っているし、雛代千依をはじめとした新聞部のことも『自分の同族が自由に過ごしている』として妬んで恨んでいる。だから遭遇させれば殺し合いが起こる。
 だから榛名颯は無理をしなくていい。皆をあの地下室に連れて行くだけでいい。
 ただみゃーこ先生を絶対に守って、新聞部ではオランピアを止められなさそうだった時だけ手を汚せばいい。
 兄はそういう言い方をしました。
 自分はその命令を聴いた上で、それなら自分がオランピアさんを殺そうと決行しました。
 オランピアさんがそれまでどういう境遇にあったのかもうっすら察した上で殺そうとしたので、俺もそういう『悪質』な人達の一人でもあります。
 擁護というわけではありませんが正確さのために付け加えておくと、新聞部の誰かが本当に人殺しになることは兄も望んでいませんでした。
『オランピアさんの寿命が近い』ことをあらかじめ皆が知ってしまうと、新聞部や関係者の行動が予知から大きく変わってしまい、未来がもっと悪い方に変わらない保証がなかったので、ああいう命令にするしかなかった、という理由はあります。
 それでも、千依先輩に知られたら、改めて激怒されても当然のことだと思います。

 自分のいる側、おおざっぱに『組織』と一まとめにすると、組織とは『そういうこと』がある場所です。
 そして、先輩のご身内にも組織に食い込んだ人がいます。
 先輩のご家族は悪人だ、と言いたいわけではありません。
 ご家族が自分の仕事をどう思っているのかについては、家族のお話でこれから話題に出るか、もう話をしたことだと思います。

 ただ、ご家族の立場を先輩が知らされることがあったとして。
 一つだけ、おそらく先輩にとって隠されたくないことを、隠すかもしれないと思っています。
 ほんとなら家族間の話し合いに意見を挟むのは絶対にいけないことですが。
 それでも、『なぜ組織がこれまで先輩に接触してこなかったのか』は、食い下がって訊いてみてください。

 俺には、自分より立場が上の人や所属が違う人の考えはまったく分かりません。
 それでも、『何でも道具や財物を取り出すことができる能力』を利用したくない悪い大人はいないと思います。
 こちらも下っ端なので『組織ならこうする』と断言はできないけれど、部署によってはオランピアさんをああいった形で利用もするような人達が、先輩にはこれまで何も触れなかったというのは、そこそこ例外的なことだと思います。
 実は先輩と同じ力を持った人がいて、その人がもう十分なぐらい協力していた、とかでも無い限りは。

 あるいは、先輩のご家族が、先輩のことを組織に報告しなかった、先輩を隠匿していた可能性も考えましたけど。
 これは入院騒動で動揺していた佐多豪先輩から聞いたんですが、『先輩のことで何年も前に何かの悪い噂が広まったことがある』、つまり世間的にもそれなりに目立ったことがあるなら、組織が先輩にまったく無知だった可能性も低いと思います。 
 だから、『野波流根子という人には、組織の研究や任務のために声をかけることなく、普通の暮らしをしてもらう』という了解ができていたと、自分は想像するのですが。
 もしも先輩を病休させたご家族が偉い人だったのなら、例えば大病院の院長さんのように入院したと偽れる地位がある人だったなら、そんな了解を取り付けるのも難しくはなかったのだろうと思います。
 けど、そうでないのなら。例えば我が家のように表向きはただの興信所職員だったり、学生だったりする人が、学校に偽りの入院をごまかしきれるほどのコネクションを持っているのなら。
 前にみゃーこ先生がパパ活事件で、『どんな対価の支払いがあったのか曖昧にしてはいけない。ただで何かしてくれるほど怖いものはない』と言っていたのと、似て非なることかもしれませんが。

 先輩を組織と関わらせないために、ご家族が『組織の偉い人』に何かを差し出したりはしていないかどうか。

 もしも先輩が辛いことであっても全て知りたいと望むなら、そこに注意してください。

 もちろんご家族にも守秘義務などありそうだし、内情を全部話してもらえ、という事ではありません。
 あくまで想像なので、俺が悪い方に心配して的外れなことを考えていただけ、という可能性もあります。
 万が一当たっていたとしても、ご家族が先輩に向けた配慮を台無しにする、酷いことを書いているのかもしれません。
 何より、全部が悪い方に当たっていたとして、先輩にとって知るべきことなのかどうかも、分かりません。

 それでも。自分の場合は、『もっと大きくなってから本当のことを知らなくてよかった』と思いました。
 勝手に自分の家と重ねて、似たようなことであってほしくないという偏った感情移入をしているだけかもしれませんけど。

 もしも、先輩の生活が、『先輩を組織に入れないことと引き換えに、誰かが組織に入って悪事をやらされたり、本当なら差し出したくない対価を支払う』ことで成り立っているなら。
 万が一にも、その人に急な不祥事や、精神的な限界が来たりして、取り返しがつかなくなってから本当のことを知ることで。
 先輩に、もっと大きな後悔をしてほしくないと思っています。

 後悔してほしくないと言っても、この手紙のせいで焦ってほしいわけではないです。
 先輩の心の準備ができている時に、ご家族の中でも事情を知っていて、なおかつごまかしの無さそうな人に、『これまで野波流根子を利用したい人は本当にいなかったのか』と聞いてみる、ぐらいの方がお互いに落ち着いて話せるかもしれません。
 地域交流の時には、お姉さん以外にもオカルトの話ができそうなご身内やその恋人の方も来ていたようだったので、先輩にとって頼もしい人がいるなら、頼るのがいいと思います。

 どれも想像だし、もし外れていたら心臓に悪いことを書かないでほしいと怒っていいです。
 でも、そういう裏取引めいたことが起こらない組織かと言われたら、起こらないとは言えません。
 これも内部の話なので、ふわっとした書き方にになりますが。
 我が家の二人の兄は、イヴちゃんと同い年か、それより少し年下ぐらいで組織の中に入りました。
 当時のことを語る時に、うちの両親は『二人は弟の為なら何でもする子だった』と言っています。
 もちろん今の兄二人が組織にいるのは脅迫や無理強いとかではなく自発的な意思で、夏休みにホテルで話したような未来への懸念もあってのことですが。
 兄達が組織のすることに協力して、自分が庇護されるよう徹底してくれたおかげで、例えばオランピアさん達がそうだったような不自由や不健康なことにはならずに暮らしてこれたのも、間違いないことでした。
 もちろん組織の誰もがそういう訳アリではなく、予知という替えのきかない能力者が関係することも一因だった、あくまで特殊寄りの事例ではあると思います。 

 念のために書いておくと、仮にそういう『我が家の事情』と、野波家の事情が似たような方向性だったとしても。
 『事情を知った後のこと』まで我が家を見習うようなことは、絶対にしない方がいいです。
 もっと具体的に書くと、家族に何か事情があったからといって、『組織』に深入りしたり、共犯になったりする前提で考えることは無いと思っています。
 むしろ先輩に手紙を書いた理由としてはまったくその逆で、我が家みたいに『責任をとって一緒に非合法行為します』になってしまうと、あまり自己肯定感とかにも良くないんじゃないかと思います。

 榛名家と自分は、先輩と新聞部の皆さんのおかげで、夏休み以前よりもずっといい方向に変わったと思っています。
 夏休みに色々と明かした時には、これまでのことを謝ることはしても、こちらがお礼を言うことはしてなかったと思うので、改めて『ありがとうございます』と書きます。
 かなり先輩の家族に踏み込んだことを書いてしまったのと、スパイの勉強で『人に情報提供するときは、信用してもらうためにちゃんとなぜ知らせたのか説明しなさい』と言われているので、自分の動機も白状します。
 この手紙は、兄に何か言われたからではなく、個人的な独断で、先輩の助けになればいいと思って書いています。

 実はまだ知り合ったばかりの頃、自分は野波流根子先輩をひそかに嫌っていました。 
『普通に生きるには、利用する余地も、利用されるリスクも大き過ぎる力』を持っているのに、その自覚も自衛の意識もなく生きている未熟な人。
 姥ケ火の事件とか、絡新婦さんの事件とかが起こっていた頃は、そんな風に思っていました。
 実際は先輩も自分が守られることについて真面目に考えていたのに、守ってもらうだけの人だと勝手に決めつけていました。
 そのせいで意地の悪い態度をとってしまったことも、何度かありました。
 初めて本田さんのところに行くことになった時に『みゃーこ先生にお礼を言った方がいい』と言ったのも、本当は善意からではなく、痛いところをつくような意地悪をしたくなってのことでした。
 これまでの騒動で、何度か 『怖いなら安全圏にいていい。一緒に捜査しなくてもいい』と言っていたのも、正論を自分に言い聞かせて悪感情をごまかそうとしていただけで、沖縄ではかなり先輩の気持ちを無視したことも言いました。

 それも本当のところは野波先輩という人を嫌っていたのではなく、羨ましさからでした。
 この人は他と違う異能を持っていても、『その力を世の中のため、科学のために役立てなさい』とは言われないんだな、と。
 うちの両親もそうだったら良かったのに、という気持ちがあるのを認めたくなくて。
 一方的な八つ当たりで、良い後輩ではない態度をとっていました。
 もし認めてしまったら、きっと兄達に見抜かれて、『進学したら家を出て、家族とは関わらずに普通に生きなさい。両親が反対しても自分達が何とかする』とかなんとか言われるかもしれない。
 自分は兄と関係ない人生を生きるなんて考えられなかったし、かといって『本当は人殺しなんて嫌だなぁ』と思いながら組織に居続けても兄や周りに心配や迷惑をかけるだけなので、その時点でスタンスとして詰んでいました。
 オランピアさんみたいな人を傷つけるどころか、そうまでして守りたい兄達の為にもなっていない、誰の役にも立っていない悪事のために人を殺そうとしていました。
 山荘の件がああいう形で終わったのと、ホテルで皆さんと話すことがなければ、もっと大きな被害を出していたと思います。 
 なので、『組織に深入りすることだけは絶対にお勧めできない』という事でもありますが。

 ホテルの話し合いで、先輩は後ろ暗いことも見ていた上で、「ありがとう」と認めてくれました。
 本当は、あの場で『榛名君も悪意からの行動では無かったんだろう』 と気遣わせてしまうのは、スパイとしても人としても加害者のスジを通していなかったので、反省しないといけないのですが。
 まさか組織の外の人から、スパイの仕事を褒められるとは思わなかったので、すごく衝撃でした。
 兄から任務成功を言われたのと同じくらいに、その言葉でほっとしたのと。
 何より、今までしてきたことに一つでも悪いことではない意味があったのが嬉しかったです。 
 ずっと、『自分は悪い人にしかなれないけど、せめて身内の役に立つ人にはなりたい』と思ってきたので。
 自分にもまだできることがあるかもしれないと、背中を押されました。
 二重スパイをやると決められたのも、兄と皆さんが険悪になったおかげでした。
 好きで険悪になったわけでもないのに、険悪になったおかげと言うのは不謹慎かもしれませんが。
 どちらも見捨てたくないし、どっちの言っていることも分かるから喧嘩を止めたいというのは絶対に本心だったので。
 兄達と新聞部の場合だけじゃなく、人間の側と妖怪の側の対立とかの、この先ずっと将来の話としても。
 たとえスパイ行為でも、相容れない人達の間にたって争いを減らすための仕事ならやりたい。
 そう思ったら、先輩への良くない感情とか、周りの大人をうっすら信用してなかったこととか、色んなマイナス感情がすっかりいなくなって、これは自分がやりたくて選んだ進路なんだと頭がすっきりしました。

 実際の立場としては、何かが劇的に変わったというわけではありませんが。
 皆さんから、兄と新聞部とどっちの味方もしていいと認められたのと。
 『こんな悪い兄貴の味方をするな』という一番言われたくなかったことを誰も言わなかったから、今の自分があります。 
 対面ではないので、いくらか恥ずかしいことも書いてしまいますが。
 先輩が新聞部にいてくれて、本当によかったです。 
 おかげで自分が本当にやりたい事を見つけられたし、兄弟の会話でも以前より気持ちを伝えられるようになりました。

 なので新聞部にいられる限りは、いい後輩でいたいと思っています。
 先輩に、自分だけが何も知らなかった方向で、しんどさを抱えて欲しくなかったのと。
 何より、先輩のことを一方的に苦手にしていた俺でさえ印象がまったく変わったのだから、たとえこれから話がこじれたとしても、先輩なら人間関係が終わったりしないんじゃないかと、楽観視しているのもあります。
 無責任な楽観視には違いないので、どう判断するかは先輩にお任せします。
 悪い予想については外れていた方がいいと思いますが、身内の立場を知ること自体は、それが先輩にとって何か参考になればいいと思っています。

 色々と重たいことも書いてしまいましたが、気まずくさせたいわけではないので、学校では明日からもいつも通りにします。
 文化祭も近くて慌ただしい時期に、ここまで読んでいただいてありがとうございました。

 敬具とか早々とか付けるような文でもありませんが、これからも部活ではよろしくどうぞ

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最終更新:2024年07月17日 20:14