1
今年も残すところ、あと2日だ。
とりわけ日本の伝統文化を愛しているわけではない俺でも、年末年始ともなれば、なんとなく
厳かな気分にもなる。まあ、今年は受験生という身分でもあり、また年が明ければセンター試験という
大学受験の第一関門が控えているわけで、年末年始も当然、がっつり休めるわけではないのだが。
……いや、良く考えたら、中学3年生の時以来、年末年始にがっつり休めた記憶はないな。
中3の時は当然、高校受験というイベントのまっ最中であり、俺が通っていた学習塾でも、大晦日特訓
やら正月補講やら、いかにも塾の考えそうな「受験生仕様」のイベントが開催され、何かに追い立て
られるように、俺もそれに参加したのだった。
幼稚園のお受験や、小中学校の受験というものを経験していない俺にとっては、初めて社会様から
「選別」の洗礼を受けるイベントでもあったわけで、俺は俺なりに気張っていたのかもしれんな、今
思い返すと。
……そういや中学の国語教師が、孔子の論語の「我十五にして学に志し、三十にして立つ」の一説を
引いて、聖賢孔子も君たちも、15歳にして学に志す岐路に立たされるという意味では同じだ、なんて
話を高校受験にこじつけていたが、俺は十五にして学に云々って言葉より、三十にして立つって方が
気になったものだ。
自立するのが三十なんて、孔子ってヤツは聖賢だのなんだのと崇め奉られているが、実は「働いたら
負けだと思ってる」類のニート野郎だったんじゃないか、なんてな。
……ああ、良い子の皆さんはくれぐれも、中坊の時の俺の超解釈なんぞ、鵜呑みにしないように頼む。
「三十にして立つ」ってのは、十五からはじめた学問を土台に基礎を積み上げて、三十歳でようやく
一人前の人間として世に立つことが出来る、という意味らしいので、お間違いなく。
……思わず話が横に逸れた。すまん。元に戻す。
実際のところ、年末年始を勉強に費やしたことに、どの程度のご利益があったのかどうか分からん。
佐々木や
その他の友人と一緒だったから、すこしお祭り的ノリなんかもあって、実はそれなりに
楽しかったりしたもんだ。大晦日の夜、塾が終わったあと佐々木を自転車の後ろに乗っけて近くの
神社まで行って、2人揃って志望校合格を祈願したりもしたしな。
結果として第一志望に受かったのだから、文句を言えばそれこそバチが当たるだろう。
……で、高校に入ってみれば、俺の言ったとある一言がきっかけで作られた、奇妙奇天烈な集まりに
成り行き上、俺も名を連ねることになってしまい、その結果、偉大なる我らが団長様に時期を問わず
引っ張り回され、年末年始もイベントで碌に休めなかったりするのだから、俺はつくづく穏やかな
年末年始に縁のない男となってしまったわけだ。
そして高校最後の年を迎えたわけだが、まあ、今年は大晦日と元旦の2日くらいはちょろっとペースを
落として、ゆっくりしてみようかなどと考えている。
だが、こんなときにこそ、災難というのは思いもよらぬ形で、俺の下へとやってくるのだ。
それは一本の携帯から始まった。
自分の名前を名乗るという最低限の礼儀も守らず、甚だ耳に優しくないキンキン声で話す非常識
極まりないヤツなど、俺の知り人の中には多くないので、誰からの電話なのかは確認せずとも
容易に分かったわけなのだが、その人物の発した第一声の意味するところは、俺には容易に理解
できなかった。
何の前置きもなくいきなりこんなことを言われて、その言葉の意味するところを100%完全に
理解できるやつが居るとしたら、是非ご連絡を頂きたい。きっと貴方は新種の超能力者に違いない。
「キョン! あんた、よくもあたしの恩を仇で返したわね! この恩知らず!
なにか弁明することがあるなら、一応聞くだけは聞いてあげるわ! どっちみち死刑だけどね!」
……この時点で俺が理解できたのは、「どうやら俺はハルヒを怒らせたらしい」ということだけだ。
2
私たちは結局、お昼ごはんも食べられず約5時間、ぶっ続けでハルにゃんの尋問に答える羽目に
なってしまった。
ええ、全部話しましたヨ。洗いざらいネ。
団長のハルにゃんに黙って、夏休みに温泉旅行に行ったこと。
そこで初めてキョン君とエッチしたこと。
黒井先生やゆい姉さんの策略のこと。
それをきっかけに私ら4人ともキョン君に告白して、そこから急激に仲が進展したこと。
勉強会の時にも、ちょくちょくエッチなことをしていたこと。
今月の初め、みんなでラブホに行って遊んだこと。
……いやいや、話が進むとどんどん険しくなっていくハルにゃんの顔。つかさなんか怖がっちゃって
ずっと震えている。
「……泊りがけの課外活動をするときは、団長のあたしに一言断わりなさいって言ったでしょ!
だいたいあんたら、受験生の分際で、なに温泉で面白いこ……じゃなくて、乱交パーティーなんか
してんのよ!」
「私らは最後までしてないわよ!」
かがみんや、今のハルにゃんに反撃しても無意味だヨ。
ハルにゃん……今、面白いことって言いかけたネ。正直言うと、言えばハルにゃんも参加するんじゃ
ないかと思ったから言わなかったんだよね。
「それにあの嫁き遅れ! 事もあろうにキョンに手を出すなんて! 懲戒免職よ首よ死刑よ!
キョンもキョンよ……あのスケベ! あたしには何もしなかったくせに、色ボケの年増なんかに
誑かされてチンポおっ勃てて!」
ハルにゃんってキレると、つい本心が出るよネ。あとチンポとか止めようネ、かがみじゃないけど。
私ら一蓮托生だからネ。黒井先生を刺したら、私らも巻き添えで地獄行きになるんで勘弁。
ゆい姉さんもグルだから、あっさり返り討ち食らいそうだし。
「官憲が一枚噛んでるとなると容易に手は出せないわね。それにまあ、これは団長たるあたしの
管理不行き届きでもあるからね……一概にあんたらだけを一方的に責められないわ」
怒りモードから一転、賢者モードに戻ったハルにゃんは、また直ぐに怒りモードに戻って私ら4人に
指を突きつけた。
ホント、忙しい人だネ。
「高校生活最後の1年、あんたら4人とキョンをくっつけたのはね、こんなことをさせるためじゃ
ないの! ものには常識、節度、手順ってモンがあるでしょうが!
一緒に目標に向かって頑張っていく中で、徐々にお互いを知って、気持ちが通じ合って……ああもう!
なんで中学生日記をすっ飛ばして、いきなり無修正のAVになるのよ!
2年間一緒に居たあたしの立場がないじゃない! ふざけんじゃないわよあんたら!」
3
……まさかアンタの口から、常識や節度なんて言葉を聞くとは思わなかったわ、ハルヒ。
あとアンタ、頭に血が上っていて気づいてないかもしれないけど、自分が何を言っているのか理解して
いるのかしら。自分が何に怒っているのかをね。
なんだ……やっぱり私たちの睨んだ通りじゃない。アンタ、やっぱりキョン君のこと……
「今はあんたらの話をしてんの! 話題を逸らして逃げようとしたってムダよ!」
「逃げてるのはハルにゃんの方じゃないのかい?
私らのしたことはまあ、ハルにゃんが怒る通り、倫理的に褒められたことじゃないんだろうけど、
キョンと私ら5人とも承知の上のことだからネ。
さっきも言ったよネ。私ら4人ともキョンの事が好きで、彼女の座を賭けて勝負してるんだヨ。
……団のルールに違反したこととか、団長のハルにゃんに黙ってたことは謝るけどサ、利害関係が
ないなら、私ら5人のことについては、とやかく言わないでくれないかナ?」
さっきまでの態度を一変させ、こなたのヤツがハルヒに詰め寄った。ハルヒも負けじと言い返す。
「こなた! あんた開き直る気? だいたいあたしが何から逃げてるっていうのよ!
下らない言いがかりをつけないで貰いたいわね!」
「こなちゃん……ハルちゃん……喧嘩止めてよ……私が余計なこと話したりしたから……ごめん……
うっ……うわああん!」
つかさが我慢しきれずに、ついに泣き出してしまった。心配そうにみゆきが肩を抱いている。
「興奮してたら、冷静にお話も出来ません。2人とももう少し落ち着いてください!」
凛としたみゆきの言葉に、こなたもハルヒも我に返ったみたい。
「みゆきさんの言う通りだネ。うう、ごめんよつかさ、お願いだから泣かないでヨ」
「……声荒げたりしてゴメン、びっくりしたよね。つかさ、みゆき……あとこなたも」
ここできちんと謝るあたり、ハルヒも昔と比べたら、ホントに大人になったわよね。
昔なら「あんたが口を挟むんじゃないわよ!」とか「何泣いてんのよ!」くらいのことは平気で
言ってたでしょうに。
……と、ハルヒはやにわに、自分の鞄から携帯電話を取り出した。
「とりあえず、もう1人の当事者の話を聞かなきゃね。エロキョンを尋問するわ」
ご愁傷様キョン君。巻き添え食らわせてごめんね。
4
とりあえず私たちの尋問を切り上げ、キョン君の尋問に移ったのは、おそらく涼宮さん自身のクール
ダウンのためということもあるのでしょう。
ですが……キョン君に電話が繋がった途端、涼宮さんは怒涛のごとく怒鳴り始めました。やっぱり
相当頭にきているみたいです。
いきなりあんなことを言われたら、キョン君だって面食らうでしょう。
「……確かにあたしは、こなたたちがアンタのことを気にしてるみたいだったから、高校生活最後の
1年でいい思い出を作れるように、極力干渉しないで、一緒に居られる理由を作ってあげたのよ!
結果としてあの子たち4人のうちの誰かがその……あんたの……か、彼女に万が一なったとしても、
きちんと手順を踏んでの結果なら、どうこう言う気はないの! あたしは団員の恋愛にまで口を
出す気はないしね」
「……おいこら、SOS団では団内恋愛禁止って言ったのはどこの団長よ!」
かがみさんの突っ込みに、私たちは思わず苦笑してしまいました。幸い涼宮さんはキョン君への
「お説教」に夢中で、私たちの反応には気づかないようです。
「それが何……キョン! あんた、いくらこなたたち4人とも、あんたのことが好きだからって、
全員とヤッてるのよ! このケダモノ! 変態! エロゲ主人公! リアルと二次元の区別も
つかないの? そんなことだからマスコミに吊るし上げられるのよ! このアホンダラゲ!」
「ちょ……私らまだ最後までやってないヨ。それに言ってることがやっぱ変だヨ、ハルにゃん」
「アンタらは黙ってなさい! さっきからうっさいわよ! 話があるならこっちの要件が終わって
からにして!」
こなたさん、今の涼宮さんに、何を言っても聞く耳持たないと思いますよ。
「あたしだっていたずらに、性道徳なんか説く気はないの! あたしだって健康な女なんだから
身体を持て余すときもあるし、オナ……なんでもない! とにかくね、世の中には道徳的にいけないと
されてることでも、社会の安定のために許されてることはたくさんあるの! だから……え? なに、
よく聞こえない。言いたい事があるならはっきりと……って! 誰も小論文のネタの話なんかして
ないわよ! 人の話をちゃんと聞けっ! このアホキョン!」
キョン君、涼宮さんにいったいどういう返しをしたのでしょう。こなたさん、かがみさん?
「ここでボケるなんてさすがキョンだネ」
「いや、キョン君のことだから、素にマジ返しでハルヒを怒らせたのかもよ」
「ね……ネタにマジレス、キョン君カコイイ、あhhhh( ゚∀゚)」
「ちょ……つかさ、アンタ何言ってるのよ」
「つかさが壊れたヨ!」
……つかささん、さっきのショックから立ち直れていないのでしょうか。
5
話が進むにつれ、俺はようやく事態を把握した。
おそらくはこなたたちと俺との関係が、ハルヒに露見したのだ。
恩を仇で……なんていきなり言われたときは、一体何事かと思ったものだが。
……ハルヒの怒声を聞きながら、俺は思考をめぐらした。
ハルヒは一体どこまで、俺たちの関係を把握しているのだろう。
おそらくはこなたたち4人のいずれかが、不用意にハルヒの前で口を滑らせ、ハルヒのヤツに尋問
されたのだろう。だが、いくらあのハルヒに尋問されようが、あいつらが俺たち5人の関係を、
洗いざらい吐いたとは考えられん。
あんなことやこんなことをしてましたなんてバレたら、電話どころか、直にここへ乗り込んで
きて、俺を拷問にかけるだろう。ハルヒはそういう女だ。
こなたたちがなにをどこまで喋ったのか、それを把握した上で対処しないと、ハルヒの誘導尋問に
引っかかって地雷を踏み、あの4人を巻き込みかねん。
もしあいつが閉鎖空間など作ろうものなら、古泉のヤツにまた狩り出されるだろうし、根掘り葉掘り
事情を聞かれ、あの忌々しい似非スマイルで、嫌味の1つ2つは言われるだろう。
まあそのくらいなら良いのだが、これで世界が終わったりなどしたら、俺たちの今までの苦労が
水の泡だ。
せっかくハルヒが真人間に更正しかけているのだ。なんとかハルヒの怒りの矛先をかいくぐって、
事態を収集しなければならん。
「お前が団員の恋愛に口を出さんとは初耳だ。俺の記憶では、SOS団は団内恋愛禁止のはずだが」
「原則禁止よ! ただ、こなたたち4人とアンタについては、どうせ誰かと付き合うことになっても、
大学入学後のことだろうから、その前準備期間として、特別に認めてあげたのよ!」
それはどうもご配慮いただきまして、誠にありがとうございます。で、そのご配慮に沿って、
こなたたち4人とは順調に仲良くなっているわけだが、それが何か問題なのか、ハルヒ?
「大いに問題ね、その仲良くなる方法がね! 節度をもって付き合ってる分には問題はないの!
それが何……キョン! あんた、いくらこなたたち4人とも、あんたのことが好きだからって、
全員とヤッてるのよ!」
……おいこら、おまえら4人のうち誰が喋ったか知らんが、ハルヒに何話してやがるんだよ!
続けてハルヒがなにやら俺に罵声を浴びせているようだが、頭の中が真っ白になった俺は正直、
何を言ってるのか音としてしか理解出来なかった。
俺が我に返ったのは、怒声から一転、ハルヒの声のトーンが落ちたときだった。
「あたしだって健康な女なんだから身体を持て余すときもあるし、オナ……」
すまん、今何て言ったんだ。おな何だって?
「なんでもない! とにかくね、世の中には道徳的にいけないとされてることでも、社会の安定の
ために許されてることは世界にたくさんあるの! だから……」
ああ、よく聞く話だな。大学入試の小論文のネタとしては昔から定番だ。悪法は法なり、悪法は法に
あらず、ってヤツだな。いろんな社会問題と絡めて出題されるケースが多いみたいだが、理論的には、
前者が法実証主義、後者が自然法論のバックボーンを持っていてな、それで……
「誰も小論文のネタの話なんかしてないわよ! 人の話をちゃんと聞けっ! このアホキョン!」
……どうやら俺もかなり動揺しているらしい。いや、これは動揺ってより現実逃避っていうのか。
それはそうとハルヒよ……
「何よ!」
さっきおまえ、話の途中で「あんたらは黙っていなさい」なんて言ってたが、もしかして今そこに、
こなたたちが居るのか?
「居るわよ、4人とも。さっきまで話を聞いてたからね」
おまえ……まさかこなたたちに、何かしてないだろうな!
第一、こういう話なら何故、当事者の俺を真っ先に呼ばないんだ。そもそも事の発端は俺の行動に
あるんだから、まず俺に話させるべきだろう。先にこなたたちを責めるんじゃない。
「自覚あるんだ……あんたの優柔不断さが、一番の元凶だってこと?」
……認めたくはないが自覚してるさ。だから俺は、こなたたちとちゃんと向き合いたいと思ってる。
実際、友人にせよ、まして彼女になってくれるにせよ、こなたたちは俺には過ぎた相手だと思う。
今まで俺の鈍感さや、優柔不断な態度のせいで、こなたたちには辛い思いをさせたんだ。
だから4人がして欲しいことには、可能な限り応えたいんだよ。
「で、だからこなたたち4人とエッチしてるってわけね……ふ ざ け ん な っ !
このヤリチン野郎っ!」
確かに、ハルヒにしてみりゃ、そういわずには居られないのだろう。ムカつくが甘受してやる。
「なんでこなたやかがみたちは……私だって……」
最後の方は聞き取れなかった。
「とにかく、あんたには後日、話を聞かせてもらうから! あんた等5人の処分はその後ね。
覚悟して待ってなさい!」
声の終わりと同時に携帯が切れた。
……さて、おそらくこの後、ヤツから電話が来るだろうな。どうしたものか。
6
「あの……ハルちゃん……」
つかさが話しかけてきた。その声を聞いて、ようやく私は迷宮から抜け出す。
「ああ、ごめん。長々引き止めちゃったわね。お昼も食べ損なっちゃったし。今日はもういいわ。
帰っていいわよ」
「ハルにゃんは?」
あたしはしばらくここに居るわ。あんたらが困ったこと仕出かしてくれたお陰で、色々考えたいことが
出来たしね。あとね、あんたたち……
「何かナ?」
今回の一件、つかさの自供で露見したわけだけど、これを理由につかさを苛めたりハブったりしたら、
あたし許さないからね、覚えておきなさい!
「私らがそんなことするはずないでしょうが!」
「私らの仲を軽く見ないで貰いたいネ」
「そんなことはしません!」
ん……それなら良し、女に二言はないわね。今日はもう解散!
あたしは正直、キョンやこなたたちのことを舐めてた。
自分が2年間、キョンの側に居続けたにも関わらず、まったく何の進展もなかったのだから、異性に
対して奥手なキョンやこなたたちが1年間で、仲を進展させられるなんて思ってなかった。
キョンにはあたしみたいなヤツより、こなたやかがみやつかさ、みゆきの方が彼女として相応しい、
という事を認めつつ、私は、自分の目の前で、キョンが自分以外の女の子を彼女にして付き合っている光景を見ることはまずない、という考え方に縋っていた。
大学に入れば皆バラバラになる。そうすれば、キョンが誰とくっ付こうが諦められる。
キョンは2年間、あたしの我儘に文句を言いつつ付き合ってくれた。
こなたたちがSOS団に入ってきたのは、コンピ研で有希とこなたが知り合ったというのが発端だけど、
こなたとキョン2人の繋がりで、かがみとつかさ、みゆきまで団に入ってきてくれて、4人は中学以来、
同性の友達が居なかったあたしの友達になってくれた。ああ、有希とみくるちゃんは別カウントよ。
面と向かって言葉には出来ないけど、キョンたちには感謝してるのよ。だから恩返しがしたかった。
だからこの1年、あたしはキョンたちに極力干渉せず、受験にかこつけて5人をくっ付け、あたしの
目を気にせず、仲良くなって貰おうとした。
最初からそのつもりで画策したことなのに、キョンたち5人の仲が予想以上に進展していたから、
あたしはみっともなく逆上してキレてしまった。すごい自己嫌悪。
常識とか道徳とか、そんなことを怒った理由にするのは、自分の心を偽るための言い訳に過ぎない。
……あたしはこなた、かがみ、つかさ、みゆきの4人に、女として負けたんだ。
キョンはあたしのことを女として見てくれなかった。それどころか、見ようともしてくれなかった。
でもこなたたちのことは、女として意識している。自分のことを好きだと言ってくれた相手として、
きちんと向かい合おうとしている。
こなたたちが今、ここに居たと知って、キョンが真っ先に4人を庇おうとしたのを目の当たりにして、
私はショックだった。
キョンがあの4人と仲良くなって、身体の関係まで持つ仲になっているのが悔しい。
キョンが私を女として求めてくれないのが悲しい。
キョンに女の子として見てもらえている4人が恨めしい。
私のことを女としてみてくれないキョンが憎らしい。
この期に及んでも……素直になれない自分が大嫌い。
……ネガティブな感情が代わる代わる噴き出して来て、鋭い針で私の心をチクチクと刺す。
痛いよ……苦しいよ……キョン、助けてよ……
7
「……古泉です。こうしてこちらから連絡するのもお久しぶりですね」
ハルヒからの電話が切れて2~3分経っただろうか。予想通り、古泉からの電話がやってきた。
「さて、こうしてこちらからご連絡を差し上げる場合、要件については重々ご承知のことかと」
やれやれ、ハルヒのヤツが、ご機嫌を損ねて閉鎖空間を拵えたわけだな。
「そのご様子ですと、なにか心当たりがおありのようですね……ここ最近では例がないくらい
巨大な閉鎖空間でして、こちらとしても少々戸惑っています。なぜ今の時期に、とね。
今の涼宮さんの精神状態は極めて安定しています。ちょっとやそっとのことで、こんな巨大な
閉鎖空間を作り出すとは思えないのですが……どうしたことでしょうか、ね?」
さて、何をどの程度説明したものか……なにせ事が事なだけに話し辛いなと、少々思案していると、
「年の瀬に恐縮ですが、とりあえずご足労願います。お迎えにあがりますので、何を言って涼宮さんの
ご機嫌を損ねたのか、弁明は車内でお聞かせ下さい。あと5分ほどでご自宅の前に参ります」
こりゃ、今年も平穏な年末年始は過ごせそうにないな。
古泉のヤツには、洗いざらい4人との関係も含めて、話さざるを得ないだろう。
はてさて、話を聞いた奴がどんな面をして、どんな嫌味を言うことやら。
ハルヒの説得役も俺に丸投げだろう……俺も憂鬱で閉鎖空間を作り出せそうだ、やれやれ。
とりあえず着替えるか、外は寒そうだ。
「……いやはや、全くもって貴方という人は……何と言っていいものか、言葉に困りますね。
涼宮さんでなくとも、そんな話を聞かされて、貴方に対して良い印象を持つ人は少数派でしょう。
混浴で女性6人相手に奮闘したり、ラブホテルに女性4人を引き連れて行くなんて、いったい貴方どこの
<禁則事項>ですか?」
俺の話を聞き終わった古泉は、まったく困っている様子も見せず嘆息した。
確かに俺は悪者なんだろうよ。ただ、その手を広げるジェスチャーはやめろ、なんかムカつく。
「まあ、少し安心した、という気持ちもありますがね、正直なところ。
なにせあれだけ美しい女性陣に囲まれていたにも関わらず、貴方はいささかも彼女たちを意識して
いるようには見えませんでしたので、貴方は若年にして、男性としての機能がもうダメになっていて、
それを隠すために、朝比奈さんや高良さんの胸を凝視するふりをして、不能がバレないように必死に
カモフラージュしておられたのかと……」
ふざけんな。貴様にインポ呼ばわりされる覚えはない。俺は元気だ!
人のことをどうこう言う前に、自分のガチホモ疑惑の方を心配しろ。一部人間の間では有力説だぞ。
「その件については以前申し上げた通りです。もう一度ご説明いたしましょうか?」
要らん。言い寄られて困るからなんて、色男の自慢話なんぞ聞く趣味はない。
「失礼、話題がそれました」
一礼した古泉は、あらためて俺を見ると、改まった口調で言った。
「とにかく、涼宮さんときちんとお話をしてください。今の涼宮さんはきっと、貴方と一番話をしたい
と思っているはずです。それに……もうそろそろ、きちんと決着を付けるときではないでしょうか」
とにかくハルヒのご機嫌を取れ、そのためなら何でもしろとは言わないんだな、古泉。
「それはもちろん、今日、貴方が涼宮さんに告白し、くっついてくれればそれに越したことはないの
ですが……まあ、おそらくそれは貴方も涼宮さんも、望むところではないでしょう」
昔は散々理不尽なことを抜かしたくせに、随分と物分りの良い超能力者になったもんだ。
「貴方が誠意をもって彼女と話をすれば、その結果、自分が選ばれなくても、涼宮さんは世界を改変
したりはしないでしょう。今の彼女には、そのくらいの理性はあります。それに……」
いったん言葉を区切って、俺の目を凝視し、古泉は言葉を続けた。それはいいとして顔が近いぞ。
「僕からも個人的にお願いします。涼宮さんにきっちりと、貴方を諦めさせてあげてください。
今のままだと、彼女はこの先、おそらく前に進むことが出来ないでしょう。
きっちり失恋して、そこから立ち上がったとき、彼女は成長してもう一段、魅力的な女性になること
が出来ると思います。
佐々木さんとの失恋の痛手を克服して、きちんとあのお四方と向かい合っている、今の貴方がそうで
あるように、ね」
8
ハルヒは俺のことが本当に好きなのだろうか。正直、俺はそんなことを考えたことがなかった。
「恋愛なんてのはしょせん気の迷い、精神病の一種」というハルヒの言葉を聞いたとき、俺は無意識の
うちに佐々木のことを思い出し、ハルヒをそういうことの対象から外してしまったのだろう。
「それがハルヒの真意なのか」という、当然問うべき事柄についても、俺はそれを考えることなく
放置した。
……佐々木の時のように、自分に都合のいい解釈をした挙句、勘違いに陥るのが嫌だったからな。
たいたいハルヒの俺に対する態度からして、到底、好きな男に取れるような代物だとは思えない。
周囲のヤツは、俺とハルヒが付き合っているなんて思っていたようだが、どこをどう見ればそう
見えるのか……正直、おちょくられているとしか思えなかった。
一万と六千歩譲って、仮にあれが古泉の言うように、ハルヒ流の好意の示し方なのだとしても、俺は
そんな屈折した好意など、断固ゴメン被ると思ったものだ。
好きな子にちょっかいかけて苛めるようなメンタリティは、小学校卒業と一緒に卒業して欲しい。
その点、こなたたちは違った。決して愛想が良く、親しみやすいとは言えない俺と友達になってくれ、
あまつさえずっと好きでいてくれたのだ。この差は大きい。
「あと、最後にこれだけは言わせてください」
考え込んだ俺を邪魔しまいと口を閉じていた古泉が、俺の様子を見て、考えに一段落ついたと判断
したのだろう、やにわに口を開いた。
「貴方が誠実に涼宮さんと向き合った結果、涼宮さん以外の女性を選び、それが原因で世界の改変が
起こったとしても、僕は貴方を決して恨みません。喜んで運命を甘受しましょう。
ただし……もし不誠実な態度で涼宮さんを悲しませたりしたら、たとえ世界に何等異変がなくとも、
僕は貴方のことを絶対に許しません。たとえ涼宮さんが許しても、ね。
……涼宮さん絡みで困ったときは、直ぐに貴方を頼りにするくせに、こんなことを言うなんて
一方的な言い分とお思いでしょうが、それが僕の正直な気持ちです。
心に留めておいていただけると幸いです」
……ああ、まったくもって一方的にして、勝手極まる言い分だな。古泉よ。
第一、言ってる本人が、自分の言葉の意味することを自覚してないようじゃ、話にもならん。
人の事を鈍いだのなんだのとは言えないぞ、古泉。
ま、お前らの望むとおりの結末を導き出せるか分からんが、まあいっちょ頑張って見るさ。
で、ハルヒ様のお作りになられた閉鎖空間はどこにあるのかね。
「もうすぐ着きます」
見慣れた風景……おい……ここって……学校じゃないか。
「そうです。閉鎖空間の中心は部室です。涼宮さんはそこにいます」
車が止まった。灰色のどんよりした空間に囲まれた校舎……間違いないな。
「中にお連れします。手を……」
古泉に手を取られ、閉鎖空間に身を滑らせる。
「それではよろしくお願いします」
……さて、それじゃ久々に団長さまと、サシでお話をしに行きましょうかね。
やれやれ。
最終更新:2010年04月25日 22:05