第12章 ハーレムタイムと2つの戦争 後編

1

「……なるほど。君たち5人の間には、これまでにそんな経緯があったというわけか。キョン。
まあ、四六時中顔を突き合わせていれば、自然とそういうことになるのも不思議はないのだろうね。
僕にはよく分からないけど」

こんな話題にわざわざ食いつくなんて、私らしくないといえばその通りだ。
……けど、こうして話を聞いてしまった以上、殊更に無関心を貫くというのも不自然だ。
私はキョンの「親友」として、事の経緯を聞いておく位のことはしておかないといけない。
たとえ、それがいかに私の心を騒がすとしても、ね。
「キョンはやたら人の気を引くくせに、放置して何もフォローしない外道だからね」
「それを言うなら、今までの俺に対するハルヒの態度についても、一言言いたいのだが……」
はいはい、痴話喧嘩は他所でやってくれたまえ、2人とも。ここには周囲の目もあることだしね。
それにしてもキョン、君がこんな色男だとは夢にも思わなかったよ、くつくつ。
なんと言っても、この涼宮さんにあっさりと長年のポリシーを捨てさせたのだからね。
「だ・か・ら、佐々木さん。あたしはこいつに病気をうつされたの!」
キョンと涼宮さんのやりとりを茶化しつつも、私は自分の心が、言葉を発する度に冷たく重く沈んで
いくのを痛いほど感じていた。
もうキョンの中に、自分の入る場所はないという事実。
このまま自分の心を偽り続けなければならなくなったという現実。
……3年前、自分がキョンにしたことが、今になってこんな形で戻ってきてしまうとは。
涼宮さん……貴女は、もしかして全て分かった上で私を牽制したのかな。


2

佐々木さんの口調と表情から、この件について彼女が実際にどう感じているのか、あたしは読み取る
ことは出来なかった。
ただ、事実関係をキョンに問いただしているところを見ると、無関心というわけでもないみたい。
あたしは正直なところ、佐々木さんがキョンのことをどう思っているのかということについては
どうでも良かった。
人の頭の中を覗くことは出来ないのだから、100パーセント本当の事など知りようがない。
けど事実はどうあれ、人間は自分の発した言葉に縛られるんだ。言ってしまった以上、簡単に引けなく
なる。あたしも似たような経験があるから、身に沁みてよく分かる。
「キョンのことをそういう目で見たことはない」と明言した以上、佐々木さんは争奪戦に参加する
ことは出来なくなった。
彼女が自分の美意識や信念に頑ななまでにこだわる人なのは、ちょっと付き合ってみて分かったしね。
それよりも、佐々木さんを問いただしたときの、キョンの反応の方が収穫だった。
佐々木さんは恋愛感情などないと明言しているんだから、答えなんて分かりきってる。
キョンがあの場面で慌てる必要などないはず。佐々木さんがやんわり否定するのをただ見ていれば
いいだけのこと。
あそこで慌てたのは、純粋に個人的感情からだと思う。
やっぱりあたしの読み、間違ってないと思う。キョンは昔、佐々木さんのことが好きだったんだ。
後で本人に聞いてみよう。真剣に聞けば、キョンは事実を話してくれるはず。


3

覚悟はしていたものの、新年早々みんなの前でハルヒが一発ぶちかまし、なんとも疲れる初日を
迎えることになった。
やれやれ、と部屋で寝転がっていると、携帯が鳴り出した。見てみると古泉からだった。
「……済みません、今、少しお時間よろしいでしょうか」
今日の件について、何か困ったことでも起きたのか。まさかまた閉鎖空間が……
「いえ、有難い事に、閉鎖空間は発生しておりません」
それじゃ要件は何だ。疲れてるんで手短に頼む。

「そうですか。それでは手短に一言申し上げます。
佐々木さんまで貴方の彼女候補に入れるのだけは、くれぐれもお止めください」

……は?
俺がいつそんなことを言った? それに毛頭そんな気はないぞ。
俺が佐々木を好きだったのはもう昔のことで、今はただの友達としか思っていない。
だいたい佐々木だって、そんな気はないだろうしな。
ま……釘を刺しておきたい気持ちは分かる。実際ハルヒの件では、おまえの意向に背いたわけだしな。
信頼度50パーセント減ってところだろう。けど、佐々木についてはあまりに心配しすぎだ。
「昔の素直でない貴方ならともかく、今の貴方が周囲の女性に対して仰ることには、まあ偽りは
ないのでしょう。それは信じます。
ただ……貴方はもう吹っ切っているとしても、佐々木さんはどうなのでしょう?」
……佐々木は俺のことを友人としか思ってないだろ。
おまえ、まさか佐々木まで俺のことを好きなんじゃないか、と疑っているのか?
「少なくとも涼宮さんは疑っています。今日のあの発言は、明らかに佐々木さんへの牽制です。
あなたはそう感じませんでしたか?」
それはあまりに穿ち過ぎだ。あいつの性格は知っているだろ、勢いに任せて喋りまくっただけだ。
したいことや言いたい事が先に来て、何も考えちゃいねえよ。

「いやはや……まあ、今言った事の真偽については、とりあえず置いておきます。
ただ、僕の言った事を、今度こそきちんと聞いていただきたいと切に思います。
もう現時点でも、収拾をつけるのは容易なことではありません。
これ以上は冗談抜きで、命にかかわるかもしれませんよ。
あと……僕の予想が当たっていれば、おそらく涼宮さん、いずれ貴方に佐々木さんとの事を聞いて
くると思います。それに対する対処策も考えられた方がよろしいかと」
佐々木とのこと……か。こういう関係になった以上、聞かれたら正直に話すべきなのだろうな。
佐々木が俺のことを好き云々はともかく、古泉の言うこと、心に留めておこう。

「本当に心に留め置いてくれると助かるのですがね。
僕は貴方のことを基本的に信頼してはいますが、こと女性が絡む問題となると、いささか心配でして」
……人を女たらしみたいに言うんじゃねえよ!
「さて、周囲にあれだけ女性をはべらかしている人は、世間から女たらしと呼ばれるに十分値すると
僕は思いますがね。
それではおやすみなさいませ」


4

とりあえず釘は刺しておきました。
ご本人にはその気はないとの事なので、涼宮さんの時のようなことはないとは思うのですが、
どうしても一言、言っておきたくなったのです。

……やはり、あの事は彼にはこのまま、言わない方が良いのでしょう。
口調からしてまず、気づいてはいないようでしたし、教えれば寝た子を起こすようなことにもなりかね
ませんしね。

彼女の存在に真っ先に気づいたのは長門さんでした。
「駅前で私たちが待ち合わせをしている時、必ずそこにいて、私たちの方を伺っている人が居る」
とね。
涼宮さんの周りには、彼女の持つ力をめぐって、様々な勢力が暗躍しています。
中には涼宮さんに、直接ないし間接的に危害を加えようと画策している勢力もいるかもしれません。
僕はすぐ森さんたちにこのことを伝え、件の「彼女」の身元調査を行いました。
その結果、彼女はキョン氏の中学時代の同級生で、背後に特定の組織の陰もなく、正真正銘一般人で
あることが分かりました。
とりあえず危険性はないということで、僕らもひとまずは安堵したのですが、ただ、彼女 ― 佐々木
さんの目的が純粋にキョン氏にあるとすると、涼宮さんと彼を結び付けようという、当時の機関の
方針に影響が及ぶ場合があります。
佐々木さんを、涼宮さんと彼に接触させてはいけない。
組織としても必要とあらば、物理力を行使してでも、接触を妨害する気でいました。
……幸い、佐々木さんは我々や彼の姿を伺うだけで、一切こちらには接触してきませんでしたが。
キョン氏に想いを寄せているのだとすれば、彼女には気の毒なことですが、当時の僕にはそんな
ことにまで想いを至らせる余裕はありませんでした。
キョン氏に近づく涼宮さん以外の同年代の女性は、基本的に「敵」だと認識していましたからね。

気になったのは中学時代、彼が佐々木さんとどの程度のお付き合いをしていたのかということですが、
面と向かって彼に問いただすのは憚られました。下手に佐々木さんの名前を出して、彼が佐々木さんを
あらためて意識してしまうような結果を招いてしまうと、任務に支障が生じます。

……ところがしばらくして、思わぬ形で彼の口から、佐々木さんとの事を伺う事が出来ました。
涼宮さんへの彼の態度を窘めて口論になった際、彼の口から、佐々木さんとの過去の話が語られたの
です。
キョン氏は中学時代、佐々木さんのことが好きだったが、佐々木さんは恋愛に興味がなく、また彼が
向ける好意を悟られてしまい、きっちり予防線を張られて告白すらさせて貰えなかった、とね。

しかし、その話が事実ですと、駅前で団活の待ち合わせをしている彼の姿を、毎週伺っている
彼女の行動は、いかなる理由によるのでしょうか?
……まあ、大抵の事情は予測できます。
佐々木さんは彼の好意をやんわり拒絶し、告白すらさせなかったわけですが、彼と離れてはじめて、
自分の正直な気持ちに気づいた、と……まあそんなところでしょうか。
仮にそうだとしても、彼女の気持ちを斟酌する理由はこちらにはありませんがね。

このような状況を加味して分析すれば、心配するほどの事態が起きることはないと思います。
トラウマの原因である佐々木さんを、いまさら彼が恋人に選ぶとは思えませんし、佐々木さんにした
ところで、過去に彼を必要以上に傷つけたという自覚はおありでしょう。彼女の性格から考えて、
過去の彼に対する仕打ちに口を拭って、彼に近づくなどという行動は、まず取れないでしょう。
加えて涼宮さんも今日、みんなの前できっちりと佐々木さんから言質を取っていましたしね。

……ただ、なにせキョン氏は予想斜め上を行かれる御仁なので、これだけ「安全弁」があっても、
何が起きるのかは分かりません。
冬期講習が終われば、時期が時期ですからそう会う機会もないでしょうし、僕も少し慎重に監視を
するとしましょう。
本当は、目下迫る入試に集中したいのですがね。まあ何とかなるでしょう。


5

冬休みが終わって新学期が始まってから、佐々木さんの様子がちょっとおかしいのです。
センター試験も近いというのに、なにか心ここにあらずという感じでぼーっとしていることが
多くなりました。
私たち3年生は、1月は学校も午前中だけで、2月に入れば完全に自主登校になりますから、もう
そんなに一緒に居られる時間は長くありません。
なのに佐々木さんのこの様子。何か心配になっちゃいます。
「いや、橘さん……心配されるようなことは何もないよ」
何か心配事があるのですか、と水を向けた私に、佐々木さんは笑いながらこう答えましたが、その
笑顔にも心なしか力がありません。
思い当たることは1つ……予備校の冬期講習で出会ったあの人たち絡みでしょう。
私個人は、つかさちゃんやみゆきちゃんと仲良くなれて、新しいお友達が出来たから良かったですが、
佐々木さんはどうだったのでしょうか。涼宮さんのお話に、随分とつき合わされていたようでしたし。
あの人、悪い人ではないと思いますけど、やっぱりちょっとおかしいですよね。ムダにパワフルだし。

それに、年明け早々の涼宮さんのお話には、私もびっくりしました。
キョンさんをめぐって、涼宮さんやつかさちゃんたちが、恋の鞘当てを演じていること。
そりゃ……確かにキョンさんは結構カッコいいし、モテるというのも分かりますけど、まさか
彼女候補を5人もはべらかして平然としているなんて……
佐々木さんも驚いたみたいで、キョンさんをあれこれ問いただしていましたけど……
思えばここからですね。佐々木さんの様子が沈みがちになったのは。
佐々木さんのことだからまさかとは思いますけど、佐々木さん、キョンさんのこと……


6

平常心のつもりでいたけど、橘さんにまで心配をかけてしまった。
涼宮さんの話から、キョンとの関係を聞かされて以来、私は時間があるとすぐ、そのことに想いを
めぐらしてしまう。
去年の12月頭に、ホテル街でキョンたちを見かけたのも、おそらくそういう関係絡みであることで、
間違いないのだろう。私の希望的観測は、はかなく崩れ去った。
涼宮さんはひどい人だ。
彼女はおそらく、私という「女」を半ば理解した上で、揺さぶりをかけてきたんだろう。

この期に及んでも「恋愛なんか気の迷い」という持論を頑なに捨てられずに、意地を張る女。
自分か昔、キョンにした仕打ちをそのまま返されるのが怖くて、自分の気持ちから逃げている女。
キョンに告白したところでもはや相手にされず、惨めな思いをするのが分かっているから
傍観者を気取ることで自分のプライドを保とうとする女。

涼宮さんに、私に対する本心を語らせたらきっと……

「どうせ割り込んでくる勇気も気力もないんでしょ、佐々木さん。
ならキョンが、あたしたち5人のうちの誰かのものになるのを、指を咥えて見てればいいのよ。
たとえキョンがあたし以外の誰かを選んだとしても、キョンが真剣に考えた結果ならそれでもいいの。
戦わずに逃げたヘタレなんかよりずっとマシだわ!」

なんてことを言うのだろうね。
そして、そんな場面を想定しても、キョンと向かい合う勇気をもてない自分にますます嫌悪感が募る。
……もう諦めよう。それに今この時期に、延々と悩むようなことではない。
そう心の中で口にしてみるけど、言った端からまた、キョンのことを考えそうになってしまう。
……さあ、勉強、勉強。


7

「あんたらって、お互いの家で持ち回りで勉強会してるんでしょ。
……それじゃ今日は、あたしのうちで勉強しましょ」
ハルヒのこの一言で、私たち6人は初めて、ハルヒの家の敷居を跨ぐ事になった。
「ハルにゃんの家ってどんなんだろうね」
こなたが楽しそうに言う。
実は私たち、ハルヒの自宅には一度も行ったことがない。私もちょっと楽しみ。
でもさ、なんで今の今まで、一度も自宅に招いてくれなかったのかしらね。うちには結構来てたのに。
「団長様の私生活はベールに包まれているのよ! おいそれとは見せられないわ」
「ふふん、きっと見られるとまずいモノとかいっぱいあるんでしょ(・∀・)ニヤニヤ 」
……こなた、それお前が言うことじゃないから。
「見られるとまずいもの……ねえ。いまさらこいつに何見せられても、驚かない自信はあるがな」
キョン君も苦笑している。
「なんだろ……ハルちゃん、お部屋に怖いものとか置いてないよね」
何を想像したのか震えているつかさ。
「あんたらねぇ……あたしをどんな人間だと思ってるのよ!」
膨れているハルヒも、その表情ほど不機嫌そうでもない。久々に私らと一緒って事で、それなりに
楽しみにしているのだろうか。
ホント、昔に比べたら、こいつも穏やかになったもんだわ。

「みゆきやかがみばっかりに、3人のお守りは任せられないわ。ホントにこれまで
要らないことも含めてよくやってくれたし、あんたら2人はSOS団のエースなんだから、自分のための
勉強に少しリソースを割きなさい!
2人で3人面倒見るより、3人で3人面倒見る方が効率いいしね」
要らないことも含めて……か。感謝の言葉の中に、ちゃっかりと嫌味がこめられている。
どうやらハルヒはまだ「抜け駆け」を根に持っているようだ。
でもアンタ、キョン君と最後までしたんだから、抜け駆けの件は帳消しでいいでしょ。


8

……意外と普通。
ハルヒの部屋に足を踏み入れたときの、俺の率直な第一印象だ。
部屋は落ち着いたグリーン系で統一されている。なんというか、こいつの性格を考えると少し意外だ。
「いやいや、なんというかビックリだヨ」
「あまりにいい部屋過ぎる!」
こなたとかがみも同じ事を考えたらしく、部屋を見渡して感心している。
「可愛い……っていうより、なんかかっこいいお部屋だね」
つかさの言いたい事は、分かるようなよく分からんような……と首を捻っていると、
「あー、おこただ!」
部屋の中央に置かれたコタツを見て、つかさの顔がほころぶ。その大き目のコタツを見てあらためて
気づいたのだが、ハルヒの部屋は結構広い。みゆきの部屋ほどではないが。
「それ、普段はリビングに出してるんだけどね。あんたらが来るんであたしの部屋に持ってきたのよ。
……お茶持ってくるわ。あんたらは、コタツに入って暖房もつけて、適当にくつろいで待ってて」
私もお手伝いします、というみゆきを手で制し、ハルヒは階段を降りていった。
……団長様自らお茶の用意をなさるようだ。
まあ、はじめて来た人さまの家、手伝うと言ったところで勝手も分からないだろうし、ここはハルヒに
まかせて俺たちは待っていよう、とみゆきを宥めて、俺も荷物を置くとコタツに足を入れた。
コタツと暖房のスイッチは、こなたとかがみの手で既に入れられており、つかさは既にコタツ猫状態。
「こいつ、家でもこんな感じで……センターも近いんだからしゃんとしなさいつかさ。
勉強しに来たのよ!」
やれやれと、つかさを見やりながら溜息をつくかがみ。まあ、つかさの気持ちも分からなくはない。
「キョンー! お茶入ったから、持っていくの手伝ってー!」
階下からハルヒの声がする。
「バカキョン、ボケっとしてないでとっとと来なさい! 雑用係の自覚が足りないわ!」
などと言わなくなったところに、ハルヒの精神的成長が伺える。
SOS団での都合2年間にわたる性格矯正は功を奏したようだ、などと頭の中で思いながら、俺は階段を
降りてハルヒの元に向かった。


9

勉強会は静かに進んでいます。
涼宮さんはキョン君から、受験科目の中で不安なところ、弱いと思うところをあれこれと聞き出して
いました。そして、どこから出されたのか「超家庭教師」と書かれた腕章をつけて、キョン君に
なにやら課題を出すと、キョン君の様子を伺いつつ、ご自分の勉強もしています。
対するかがみさんは、つかささんが余程心配なのか、ご自分の勉強は程ほどに、つかささんに英文法
の問題の解説をしています。つかささんはとりわけ英語が苦手なようで、かがみさんも随分と心配
していましたしね。
そして私はというと、黙々と自分の勉強をしています。こなたさんが気を使ってくださって、

「わかんない所があったら聞くから、かがみみたいにつきっきりで見てくれなくていいヨ。
医学部だとセンターで9割近く取らなきゃいけないんだから、みゆきさんほどの頭をもってしても
油断大敵ですヨ。
私が色々面倒かけてみゆきさんの勉強時間を削っちゃって、みゆきさんにもし万一のことがあったら、
ハルにゃんに殺されちゃうしネ」

なんておどけた口調で言って下さったので、お言葉に甘えて、自分の勉強を進めさせて貰っています。
キョン君争奪戦の事はありますけど、それはそれ、これはこれ、今の私たちに必要なことはきちんと
やらなければいけません。
ここで受験に失敗したら、争奪戦どころの騒ぎではなくなりますし。

……でも、思うに私たち、キョン君をめぐって結構角突き合わせたり、際どいことをしている割に、
色恋沙汰で勉強が手につかないということもなく、集まると結構真面目に勉強していると思います。
受験時に恋愛沙汰はご法度、心がそちらに囚われて勉強が手につかなくなると言いますけど、そう
言われているだけに、きちんと意識して、恋の鞘当てをストレス解消にうまく使いながら、勉強と
恋愛を両立できていると思います。
おそらく皆さんも、きっちりその辺りは意識されているのでしょう。
基本的に真面目な方が多いですし。


10

「……そろそろ一息入れましょう!」というハルヒの一声で中休み。
さて、いつもの勉強会だと、この中休みの間に息抜きがてら、色んな駆け引きなんぞがあったり
するわけだが、今日は何が起こるのだろうかね。
こなたやかがみたちも、この期に及んで自重などしないだろうし、ハルヒの奴も事情聴取で、普段の
俺たちの勉強会の様子などもおそらく、詳細に聞き出していることだろう。
参戦が遅れたという意識もあるだろうから、ハルヒ主導で何かを仕掛けてくる可能性は十分にある。
まあ……そんなことを考えつつも、俺は実のところ、そんなに慌てているわけでもない。
これが団活絡みなら、何か起これば俺が苦労したり疲れることは目に見えているのだから、緊張して
身構えもしようが、まあ、この場合は俺の身に、危険が及ぶということはまずない。
危険どころか、おいしかったり気持ちい……いや、そういうことを考えると鼻の下が伸びそうなので
自重しよう。
……俺だって思春期男子。こんなシチュで、何も期待するなという方がしょせんムリなのだ。

「キョン。冷蔵庫にシュークリームが入っているから取ってきて頂戴。あと、コーヒーと紅茶の用意が
机の上にしてあるから、お湯を沸かしてポットに入れて、一緒に来てね。
……あたしとキョンとかがみはコーヒー。つかさとみゆきは紅茶ね。ミルクとスティックシュガーも
出してあるから、忘れずに持ってくるように」

それきた。
俺を部屋から追い出して、その間に何かを仕込む気だな。が、ハルヒの命令をそのまま素直に聞くのも
何か癪だ。それに……唯々諾々と使われるのは、俺のキャラじゃないしな。そうだろ?

「それを俺が全部一人でやるのか? それに……あいにく俺は、人様の家の冷蔵庫を平気で空けても
いいなんて教育を、親から受けてはいないのだが」
「……いいご両親ね。でも、あたしが許可を出したんだから問題なし!
別に冷蔵庫に見られて困るようなモノも入ってないしね。雑用係は屁理屈こねずキリキリ働く!
あんた、ハーレムでは王様でも、SOS団では一番下っ端の雑・用・係なのよ!
それを忘れないでね! 」

嬉々としてハルヒは言い放った。このところ団活をしていないからか、このテのやり取りを妙に
懐かしく感じるのは何故だろうね。下っ端根性が染み付いてしまったのか。
「キョン君もハルヒも、相変わらず息の合ったやりとりで……」
「ふふ……久しぶりですよね」
「ハルちゃんはやっぱり強いね」
「これでこそSOS団だネ……しかし、ハルにゃんはこの期に及んでもデレないのか!」
とりあえず、いつものアレでしめとくか。
やれやれ。


11

「さて、ハルヒ。あんたどんな仕込みをする気なの」
「もう少し暖房を強くした方がいいわね。風邪ひくといけないから」
私の質問を受け流して、ヒータの温度設定を変えているハルヒ。なにをさせる気だこいつ。
まさかここでみんな、裸になれという気じゃないだろうな?
……常識で考えればそんなことはありえないのだけど、なにせハルヒだしね。
「流石にそれはないわよ、でもね……」
…………

「えー、ホントにそれするのー」
つかさはなぜか、少し困った顔をして渋っている。
「私は構いませんよ。キョン君の反応が見てみたいですし」
平然と言うみゆき。アンタ本当にキャラ変わったわよね。
「私もいいわよ」
別に異議なし。キョン君と会う日は、いつも気合入れてるのはここだけの話だ。
「はいはい。それじゃちゃっちゃと準備するわよ。あとね……」
さて……キョン君の反応が楽しみ。なし崩しに何か起きる可能性もあるしね。


12

準備は終わった。
……って言うか、実質お湯を沸かすことしか、手間はかからなかった。
1人用のドリップコーヒーとティーパックがもうカップにセットされているし、シュークリームは
ビニールの袋に入ったまま冷蔵庫の上から2段目、手前に無造作に置かれていた。
ハルヒは俺を働かせるのではなく、単純に時間稼ぎのためにこれを仕組んだようだ。
ま、何を仕込んであるのか、お手並み拝見といきましょうか。
それにしてもこれ……1人で持ち運ぶのは少しばかり骨だな。
ヘルプを呼びたいところだが、全員が仕込みに関わっているとなると、邪魔をするのも野暮だな。
シュークリームの入った袋の取っ手を左手の腕にかけ、左手でポットの握りを持ち、右手……一回で
持っていくのは危険極まる。二度に分けるか。
そんなこんなで、1回と2回を2往復。扉の前に一旦モノを置き、一応ノックをしてから部屋へと
戻った。

そのままティータイムになった。
……どうも見たところ、何かを仕込んでいるようには見えん。変わったところといえば、俺が居ない
間に座る位置が動いていることくらいだ。入り口に一番近い席が空いているのは、まあそこに入れと
いうことなのだろう。とりあえず、大人しく座る。
今回の仕込みは、この席位置にひっかけたものなのだろうか。さてね……
何が起きるのかワクワクしつつ、こなたやかがみたちと雑談に興じる。そこにハルヒの一声。

「キョン。暖房も効いてるし、こたつが少し熱いみたい。
アンタんとこにコタツの温度調節のアレがあるから、温度、1つ下げてくれない」

失礼……とこたつぶとんに潜って、温度調節のつまみをいじろうとしたとき、俺はようやく気づいた。
一瞬、全員パンチラサービスかと思ったが……こいつら全員、スカート脱いで、下がパンツ一枚に
なってやがる。

正面のこなたは……横縞、ボーダーだ。赤外線のせいでちょっと色が……白と水色か。
おなじく正面でこなたの隣に座っているつかさは、白……だよな。柄物ではないようだ。
そして左のかがみ。色はピンク……か。小さいリポンがついている。
かがみのとなりに鎮座するみゆきは……これまたピンク。俺が贈ったのとは違うな。
そして右の席を独占するハルヒはというと……色はおそらくイエローか。多分無地だ。
……さて、なんで俺は必死になって、全員のパンツを分析しているのだろうか。

「こなた……やっぱりお前、スポーティーなのが似合うな。ボーダーはいいチョイスだと思うぞ」
……なにか言われる前に、たまにはこちらから攻めるのも悪くない、だろう。
どうせこいつら、俺がびっくりして絶句するとでも思ったんだろう。
「キョ……キョンがいきなり攻めてきたヨ! うう……やるネキョン。
褒めてくれたお礼に、後で顔の上に乗ってあげるヨ!」
「こなた……ドサクサ紛れに何言ってんのよ。アンタが乗るなら当然私も乗るわよ!」
かがみ、俺が突っ込むのもなんだが、お前の今の便乗発言もドサクサ紛れの類だぞ。
「つかさは白なのか? うん、つかさらしくていいと思うぞ。似合うし」
……褒めたつもりなのだが、当のつかさはなぜか少々うろたえている。何かまずったか俺?
「座ってると見えないからネ」
「お尻にキャラもののでっかいバックプリントがあるのよ」
「わわ、お姉ちゃんバラさないでよー」
そういうことか。いや、気にしなくていいぞ。
「そうそう、エロキョンは何見ても勃つから大丈夫よ!」
俺はどこぞの新宿の種馬ですかハルヒさん。ま、正直すでに……だが。
「かがみはいつも大人っぽいのが多いけど、今日みたいなのも可愛くていいな」
さっきの便乗発言はどこへやら、なぜか下を向いて照れるかがみ。
「みゆきは……正直、ベストフィットだ。やっぱりみゆきはピンクが映えるよな」
「あ……ありがとうございます。キョン君」
「ハルヒもよく似合ってる。イエローはお前のイメージカラーだしな。正直顔を埋めたくなった」
「なっ……あんた、何言ってんのよ! ここ……このエロキョン!」
最後の一言は参戦記念だ。前はいざ知らず、今の俺はパンツ程度じゃうろたえないんだよ。

「流石のキョンも、いろいろあって耐性がついちゃったみたいだネ」
「まあ、当然パンツ見せる程度で、終わりにする気はないからいいけどね」
「うう……今度からは絶対気をつけよう。キョン君、今日はこれで我慢してね」
「キョン君からいただいたのを、穿いて来れば良かったですね」
「このエロキョン。お望み通り顔を埋めさせてあげるわ。たっぷりあたしの匂いを堪能しなさい!
あと……ここあたしの部屋だから。液体や汁を撒き散らしたりしたら殺すわよ! 」

おまえ、液体とか汁とか、下品なこと言……という俺の言葉を、口ごとこなたの尻が押し潰した。
……ていうか、いきなり座ってる俺の前に立って、尻で俺を押し倒して上に乗るなよ。
ま……なんとまあ心地よい重さであることか。
「ふふーん。たっぷり視覚、嗅覚、触覚をフル動員して楽しんでネ、キョン」
「お漏らしすると大変だから、キョン君もズボンとパンツ脱いじゃおう? キョン君、コタツから
足出してね」
今俺の下半身に手をかけてるのはつかさか? 俺のズボンがパンツが、マイサンが……
「キョン……アンタ、もうフルボッキ状態じゃない! 床や絨毯に出すんじゃないわよ」
「あの……キョン君……今日は私がお口でしますから、私の口に……」
「みゆきは口の中、大丈夫なの。流石に精液の匂いのするティッシュ、ハルヒの部屋のゴミ箱に
捨てるのってまずいわよね。やっぱり飲んじゃった方が……」
もう何がなんだか、誰がなにをしているのか分からん。俺は考えることを放棄して本能に身を
委ねることにした。
こっちの戦争も今後、激化しそうだな。
やれやれ。


13

私だって生身の身体を持つ健康な女性だから、時には身体をもてあまして、自分で自分を慰める
ことだってある。
はじめてそれを覚えたのは中学3年の時。受験勉強のストレスが、私にこの行為を覚えさせた。
キョンには悪いが、彼との性行為を想像して指を使い、絶頂に達したことも何度もある。
その行為の是非自体を、私はさほど問題にはしていない。別に私はキョンとセックスをしたい
わけではない……のだ。
私は同性愛の嗜好を持っているわけではないので、仮に性行為をするとなると、当然対象は男性と
いうことになる。
私には同世代の親しい男性の友人が、キョン以外におらず、男性との性行為を仮想して事を行うと
なると、自然にキョンを想定することになる。
可笑しなものだ、と自分でも思う。相手はそれこそ仮想の人物でも、実在する人物であっても
良いのにね。私にはいささか、想像力が足りないようだ。

困ったのはここ最近、頻度が急激に増えたことだ。
勉強に疲れると、無意識のうちに自然と身体をなぶってしまう。
寝る前など、ぐったりするまで激しく慰めてしまったりもする。
原因は……認めたくはないけど分かっている。キョンと涼宮さんたちだ。
彼女たちはみんなキョンと、身体の関係を持っている。
その事実が狂おしいまでに、私の心を苛んでいるのだ。
キョンのことが好きなのか、と冷静に考える以前に、私は端的にキョンが欲しくてたまらないのだ。
……そのくせ、いまさら自分の気持ちを素直に認め、キョンに想いを伝えるという決心はとても
つかない。この期に及んでも、自分が傷つくことに耐えられないのだ。
キョンのことをあれほど手ひどく傷つけたくせに。
自分の心がこんなにも脆く、弱いという事実を突きつけられ、私は自己嫌悪に陥りながらも、
どうしても非生産的な行為と思考を、止める事が出来ないのだった。

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最終更新:2010年04月25日 22:06
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