甲斐性無しと懐中電灯1


「あれ?点かなくなっちまったな」
100円ショップのミニ懐中電灯のキーホルダーは、お世辞にも都会とは言えない我が家の周辺では必需品だ。
 特に妹の奴が間違えて玄関の電灯を消してしまった時には、こいつで照らし出さないと鍵穴も見えやしない。
 まあ、携帯のフォトライトを使ってもいいんだが、取り出すのは面倒この上ないからな。それにしてもずいぶん手垢で汚れてるし、替えの電池はこの本体+電池と同価格の105円だ。よってこやつはお役ご免とする。
 俺の華麗なるフリースローは、ミニ懐中電灯を音も無く教室のゴミ箱へと吸い込ませたと言いたいところだったが、懐中電灯はむなしく空を切り、床に転がった。
「こら!めんどくさがらないでちゃんと捨てなさいよね!」
「ああ、ワリい柊」
「さて、(朝比奈さんに癒されに)部活へと行きますかね。柊もうちの部室遊びに来るのか?」
「え?え、ええと、つかさ達とあとで行くから」

 数日後の事。
 いや、まずは先に断っておこう。俺は生まれてこの方、高校に上がった今でさえ、色ボケ谷口のように彼女が欲しいと思ったことも何度かはあったが、それは俺の下半身の欲望を満たしたいという生理的欲求から来る物で、女の子とデートしたいだのいちゃつきたいだのと思ったことは一度としてなかった。
 異性の姿や仕草を見てどきっとしたことすらない。朝比奈さんの着替えシーンは…まあこれは意味が違うだろう。
 話を戻そう。休日だったその日、俺は長門の奴が進めてきた本を購入し、いつもの喫茶店に入った。
「あれ?柊?」
 そこには、なにやら難しい顔で金属のパーツめいた物をいじくり回す柊かがみの姿があった。
「げ!キョン!じゃなくて、じゃなくてええとキョン君?」
 お前まで俺をキョンと呼ぶか。
「い、いや、ええと谷口が本名で呼ぶのは気持ち悪いから辞めてくれっていうから・・・その、ごめん」
 そんなしょぼくれなくたっていいんだが。俺を本名で呼んでくれるチームの手勢がまた一人減っただけのことだ。
 それにしてもなんだコイツの態度は。教室じゃ妙にトゲトゲしいというか、休み時間中は隣の妹がいるクラスに行ってしまって会話のチャンスなど皆無に等しい。だが、最近になって隣のクラスで泉というちんまいキャラが長門に妙に懐いてしまい、泉に柊姉妹、そしてたまにだが高良さんという眼鏡美人が文芸部室に入り浸るようになったのだ。
 ハルヒの奴もコイツらがなかなか気に入ったらしく、既に名誉団員の地位を得ている。つまり唯一の平団員である俺よりも立場は上という事になるのではないか。なんて可哀そうなんだ俺は。
 他の席も空いてはいたが、声をかけてしまった手前、俺は柊の前に座った。
柊はびくっと反応して手でいじっていたものを両手で隠したが、俺はしっかりとその物体が何であるかを認識できた。
「そこをひねってもランプがむき出しになるだけだぞ?電池を替えるならそこのケツの所をひねるんだ」
「え?ええと・・・どこ?」
 それは俺が愛用しているミニ懐中電灯と同型のシロモノだった。
 しかし律儀に電池交換とは。すぐ隣に同価格の新品があるというのに。成績優秀なこいつとは思えん。
 俺は柊の手から懐中電灯を受け取ってケツの部分を力をこめてひねった。随分硬いな。100円ショップの品物はハズレを引くとロクな事が無い。
「よし、点いた」
「あ、ありがとう」
 俺から懐中電灯を受け取ると、やたら大事そうに点けたり消したりしてから、携帯のストラップに紐を通した。
「なあそれ・・・大事な物なのか?」
「う、うん・・・」
「そ、そうか。良かったな」
 それから他愛の無い会話をし、俺と柊は店を出た。
 柊が視線を合わせてくれないのが少々敬遠されているようにも思えたが、それはそれで妙に可愛く見えるのだから不思議だ。しかし、どうもおかしい。俺は色々な可能性を探りに探ったが、どう考えてもあの懐中電灯は俺が捨てたものだ。
 なんであいつがあれを大事そうにしてるんだ。
いや、まさかな。だが、一つの可能性に気づいた時、俺の心臓は古い表現だが早鐘を打ち始めた。
 いや、うぬぼれるなよ俺。考えても見ろ、きっかけも何もないじゃないか。恋愛って奴はこう、きっかけがあって始まるものなんじゃないか。俺はあいつになにかしたような記憶もないぞ。
 やべえ。あいつの顔ばっかり浮かぶ。勘違いするんじゃない。
 俺はそんな女子に気に入られるようなキャラじゃないはずだ。
 おかしい。何かがおかしい。月並みな表現だが、俺の中で何かが変わっていることだけは確かだった。


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2007年08月16日 22:52
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。