「ちょっと!柊かがみが休んでるのよ!風邪で!」
何を言い出すと思えばそんな事か。二年に上がって俺の背後に座るコイツも少しは名探偵ごっこに飽きてくれたと思ったんだがな。
別に柊(姉)は皆勤だった訳でもないし、体調不良なら休む事もあるだろう。
つまりこいつの考えている事は一つだ。
「(ヒマだから)見舞いに行こうと何故素直に言えんのだ?」
「ハァ?風邪をひいた女ごときのためにあたしの高貴なる時間を浪費するはずないでしょうが!事件の匂いがするから言ってんのよバカを通り越したバカキョン!」
目眩がするぜ。まさかこんな理不尽な形で人生最大に近い罵倒を受けるとは。
とはいえ、昨日喫茶店で少々長めに言葉を交わした仲だ。薄汚れた懐中電灯の件といい、気にはなる…いや待て待て俺!それ程親しい訳でもないおなごの家に行く気満々になるんじゃありませんっての。
「とにかく行けばいいだろうが。念のため柊妹に容態だけは聞いておけよ?」
「バカの親玉のバカキョン!SOS団唯一の下撲のアンタが行かなくてどうすんの!誰が見舞いのハーゲンダッツを買うと思ってるわけ?」
やっぱり俺は金づるか。
「いつから俺は下撲になった?何故セレブスイーツなハーゲンダッツなのだ?何故俺が買わにゃならん?買ったところでお前には食わさんぞ!ガリガリ君でも願い下げだ」
…と反論したのは心の中でだけだった。校内で可愛い系トップクラス(谷口調べ)の双子の家に行けるのだ。
しかしあまり心は踊らん。俺は自分が予想する以上に淡白なのか、それとも朝比奈さんのデンジャラスロリ巨乳がロジャークレメンスの殺人ストレート級にストライクど真ん中だからか。 いや、違うな。現状を整理してみると、俺が一番いろんな意味で気にしている異性は当然ハルヒな訳で、次に来るのは朝比奈さんだろうか。いや(反語めいた表現が最近多いぜ)、昨日の懐中電灯の件で一気に半馬身差の二着に躍り出たのは柊(姉)である。
「あー懐中電灯…」
「かいちゅーかいちゅーかいちゅーでんとーキョン君大好き怪獣弁当~!」
訳分からんぞ我が妹よ。昨日から懐中電灯を連呼し過ぎたな。
とにかく着替えて柊の家に行かなくては。
柊の家は地元では初詣から夏祭り、学業恋愛安産厄除交通安全家内安全
その他諸々なんでもござれな地域一番の神社だ。
しかし隣のクラスの泉こなた曰く、「恋愛についてはイマ3デスヨ旦那。肝心の寺の娘が姉妹揃って…」
これ以降は柊(姉)が実力で阻止していたために聞く事は叶わなかったが。
俺は取り敢えず泉にかなり本気気味なチョークスリーパーをかける柊(姉)をなだめるつもりで、
「ほ、ほら!髪結いの乱れ髪ってやつだ、な?」
なんて事を言ってしまった。
『全然フォローになってませんぜ旦那!』
泉こなた死刑囚の絶望的な表情から心の内がよく読める。すまん。俺もすぐ逝くから。
「…そ、そうよ!分かってるじゃないツッコミの天才!」
柊(姉)が落としかけた獲物をぱっと離した。
な?正解?あれ?なんか目の前に満面の笑みを浮かべる濃ゆい顔の世界一忙しい司会者が一瞬みえたぞ。
記憶が蘇って来る。確か数週間前の文芸部室でのやりとりだ。そういえばこの頃から柊(姉)は俺に対してソフトになってきた気がしないでもない。
下らぬ事を考えつつ、俺の自転車は集合場所の神社付近に近づいていた。
ちなみにハーゲンは我が家に未開封の箱があったのでそれを失敬した。
すまん妹よ!
それにしても引っかかる点がもう一つある。
ハルヒの奴が「事件」と宣言したのだ。今までの事を思えば、散々酷い目に遭ってきた俺は、念のため今回の見舞いメンバーには入っていなかった長門も古泉も、そして役に立つかは極めてグレーだが朝比奈さんもバックアップとして待機してもらうことにしたのだ。ハルヒの奴は大人数で人の家に押しかけるような失礼な行為はしない。そういう面では本当に出来た奴なんだが。
だがしかし、俺の高校時代はちゃんとした青春真っ只中~!みたいな道を進む事はできるんだろうか。きっとどんなに気になる異性が出てきた所で俺はこの涼宮ハルヒが一番気になって世話が焼ける相手で居続けるのだろう。これからもずっとだ。
案の定、ハルヒに泉、そして高良さんは既に待っていた。当然奢りルールは健在である。しかし、俺は多いに不満だった。ハルヒが大きく息を吸い込んで俺に奢りを命じようとする前に遮ってやった。
泉と高良さんが制服姿のままだったのだ。難癖をつけたがるハルヒの事だ。同じように難癖つけてやってなんとかワリカンに持ち込んでやるぜ。
「待て!この二人を見てみろ!俺たちは『着替えて集合』だったじゃねえか。泉も高良さんも任務達成してねえぜ?俺は奢らんからな!」
「すみません。家が遠いもので…泉さんは私に付き合ってくれただけなんで、今回は私が皆様にご馳走しますね」
フォォォォォ!
かの矢吹ジョーもここまで完璧なクロスカウンターを決めた事など無かっただろう。高良みゆきの華麗なる天然お嬢様攻撃は一気に俺を最低最悪の大悪人へと変貌させてくれた。
「嗚呼、みゆきさん!なんて不幸なの!小姑の執拗ないびりに耐えて!耐え抜くのよみゆきさん!」
誰が小姑か。
「じゃ、仕方ないわね。みゆきさんに奢ってもらおうかしら?」
リボンをつけた悪魔が俺に目一杯嘲笑と侮蔑をこめた視線を浴びせかけながら言い放った。
間違いなく、俺は今世界で一番かっこ悪い。
「いやいや、宇宙一カッコワルイですぜ、旦那ァ~」
ちんまいのが俺の二の腕をぽんぽんと叩きながら、ドラマの老刑事がしゃべるような口調で言ってきやがった。
「一人400円までな…」
さて、泉と高良さんに先導されて俺たちは柊家の前へとやってきた。念のため、長門にメールを入れてみると、「捕捉している」という素っ気無い返答。わざわざ来てくれた三人には奮発してコーヒーフロートをご馳走しようと心に決めた。
というわけで、俺たちは神社の程近くにある柊家へとお邪魔した。
やや大きい家だ。神社は儲かるんだろうかと邪推しつつ、『女の子の家』独特の桃色な(お父さんという異臭を放つ生き物も一緒に住んでいるのにどうしてだろうな)空気を感じつつ、その家の門をくぐった。
何かおかしな事があれば、長門ないし古泉から連絡が入るはずだ。朝比奈さんからはその、なんていうか、いや、応援してくれている気配を感じ取れる。俺には分かる!
「つっかさ~!」
「は~るにゃ~ん!」
ものの二時間前に分かれたばかりだというのに、何故女子共はこうも熱い抱擁で再開を祝福できるんだ。
そんなことよりも俺の足元の問題だ。谷口知識ではあるが、匂いをしゅしゅっと消してくれるアレを吹きかけて来るのを忘れてしまったのだ。しかも制服から着替えた時についつい面倒臭がって靴下も変えていない。
「ん?お父さんの毒ガスには勝てないから大丈夫だよ?」
朝比奈さんを凌駕する天然ボケ娘の柊(妹)がまるでフォローになっていない事を言う。ていうか、鋭いな。余程の猛毒なんだろうなお父さんは。
「あははははは!キョンあんたそこに立ってなさい。うわっ臭っ!口の中にがく感じるくらい臭っ!」
く…涼宮ハルヒめ…!
「あ、あの、後ろがつかえてますから、早く入りましょう。匂いなんて誰でもするものですし、ね」
天使ですか。あなたは天使ですか高良みゆきさん。あなたを罪人に仕立て上げようとした大悪党の私にそんな助け舟を授けるとはどんな女神ですか。
「のぐゎ!臭っ!目がぁ~!目がぁ~~!」
泉め、古典的なネタを。
「みんなが来るとおうちに入るところからイベント発生だね~」
本当にすまん、柊(妹)。それもこれも全て俺の足が異臭を放つ年頃だからだ。
最終更新:2007年08月16日 22:53