柊家の母上に自身では極上の笑顔で挨拶したつもりだ。印象は悪くないだろう。そう思いたい。
しかしここに来て普段から邪険に扱ってきた古泉のヤツがどれほど貴重な存在だったかを思い知った気分だ。男はこの場に俺一人。何という多勢に無勢、孤軍奮闘であろうことか。
柊(姉)の部屋の前まで来たところで柊(妹)だけが姉の容態を見に部屋に入り、俺達はしばし待たされた。
「ありゃ、随分厳重ですな。いつもだったらどーんとドア開けてミル=マスカラスを彷彿とさせるプランチャーをかけて叩き起こしてやる所なんだけどねぇ」
例えが古すぎる。レイ=ミステリオにしておきなさい。
心の中で突っ込みつつ、俺も内心心配で仕方が無かった。柊(妹)が普通に部屋を出入りしているので、いきなり巨大カマドウマが現れる事は今の所無さそうだ。いや待て俺。心配するのは柊(姉)の容態であって宇宙人未来人
その他諸々の引き起こす怪現象ではなかろう。
「いいよ~入って」
ものの一分足らずで俺達は中に迎え入れられた。
「なにそれ!?誰にやられたの!?新種の昆虫!?宇宙から飛来した謎の物質が衝突した!?まさか宇宙人に拐われてインプラントされた!?キャトルミューティレーション!?」
柊(姉)は羊じゃないし解剖されてたらこの世におらんだろう。
とにかく柊(姉)はベッドに突っ伏していると思いきや、普通に服着ていつものリボンで髪の毛結わいて椅子に座っている。ただ、右目を覆う形でタオルを顔に巻いているのが痛々しい。
「んなわけあるか!相変わらずだねハルヒ」
柊(姉)のタオルをひっぺがして検分しようと突進するハルヒの両脇に背後からなんとか腕を入れて抑えつけるが、コイツは本気で心配しているらしく「離せバカキョン!」などと吠えつつ大暴れしやがる。
「かがみがやられたのよ!我らが名誉団員の一人が!しかも相手は宇宙人か異世界人よ!大丈夫!かがみの仇は必ず取るわ、このキョンが驚く程ボッコボコにやっつけてくれるわ!」
星から星を巡り巡ってきた猛者達に生身のへたれ男子高校生が勝てるか。
「いざとなったらダイナマイト体に巻いてUFOに突っ込めばいいじゃないの!骨なら拾ったげるわ。残ったらね」
「はるにゃん違うよ。お姉ちゃんたらずっとかいちゅ…」
言いかけた柊(妹)は姉によって口を塞がれた。
「なななんと!まさか世界中のセレブが愛用しているというかの回虫ダイエットというヤツですかい!?」
意味が分からんぞ泉。なんだそのデンジャラスな香りがするダイエットは。
「少々強引なダイエットとして寄生虫をわざと寄生させて痩せるというダイエット方法があるそうですよ」
丁寧な解説ありがとう高良さん。セレブって意外とエグいのね。
話を元に戻さなくてはならんが、俺が「かいちゅ」こと懐中電灯の事を言う訳にはいかんしな…。
「ふーん。こなたの小指くらいしかなさそうなリチウム電池に白色LEDの懐中電灯で夜中中ずぅ~っと
本読んでたら片頭痛が酷くなって隈が消えなくなったと。そういうワケ?」
ニヤケ顔でハルヒが真相らしい事をズバリ言い当てた。
「なななややや!」
柊(姉)がかなり大袈裟に狼狽している所を見ると、図星なのだろう。しかし柊(姉)よ。
「ふもぉ~ふもっふ~!?」
妹が締め上げられてどこぞの戦闘スーツみたいな声しか出なくなってるぞ。
とにかく、事の真相を整理すると、柊(姉)は俺が投げ捨てた懐中電灯を見てもったいないと思って拾っておいたわけだ。懐中電灯の腹部に書いてある電池の型番を頼りにリチウム電池を購入し、休憩がてら喫茶店で電池交換しようと四苦八苦していたと。
しかしこんなミニ懐中電灯だ。親に寝たように見せるために布団を被って本を読んでいたらいつの間にか夢中になり、果ては疲れ目による酷い片頭痛とまあ、そんなんでどうでしょうかねえ。ま、ハズレなんだがな。ハルヒが求める結末はこんなもんじゃないはずだ。
「…死ぬかと思った」
乱れたリボンを高良さんに直してもらいながら柊(妹)は不満を口にした。
「ご、ごめんつかさ」
なんかぎこちないな柊(姉)よ。考えてみればこの部屋に入った男は俺が初めてなんじゃないのか(除く父親)?そりゃまあぎこちなくもなるわな。
「さてと、みゆきさん!あのゲームなんていうんだっけ?なんちゃら脳力トレーニングまたやりましょ!」
「ええ、是非。私にあそこまで肉薄したのは涼宮さんが初めてです」
「今日こそ成敗してやるわ!」
「返り討ちにして差し上げますわ」
可愛い笑顔でハルヒと対等にやりあうとは。お嬢様パワー恐るべし。
「あ、あたしも観戦する~!」
「あ、あたしも!」
妹の後すぐに立ち上がろうとした姉はハルヒによって両肩を掴まれ、ベッドへと押し倒された。
「病人はベッドで寝てなさい。ただし我らSOS団唯一の貴重な下撲のキョンを置いていくわ。鞭で打つなりヒールで踏むなりチョークスリーパーで沈めるなり好きになさい」
何を言ってるんだこのハルヒという女は。嫁入り前の娘の部屋に健全男子を投げ込んで放置するとはどういう考えだ。
「アンタがかがみ専用下撲になるってことよ。今日だけね。ただしそこのカーペットの縁からは立ち入り禁止!ウィットに富んだギャグでかがみを笑かしてあげるなりなんなりできるでしょ」
「それじゃあ何にもできん」という反論を見越しての発言だろう。しかもウィットに富んだギャグだ?ハードルを上げるなハードルを!