「……はぁっ、はぁっ」
キョンの家に着いた。ここまで全力疾走で来たから、汗で髪や下着がべとべとになって気持ち悪い。
「はぁっ、はぁっ……ふぅぅー」
大きく息を吐いて呼吸を整える。こんな息が上がったままお邪魔したら迷惑だもんね。ハンカチを取り出して汗をぬぐう。私、今汗臭いかな?
妹ちゃんのお見舞いを済ませてから、キョンにシャワーを貸してもらおうかしら。
門の中を覗き込む。大丈夫、キョンはいるわ。だって、キョンの自転車が――
「あ、あれ?」
赤い自転車――キョンがいつも使っている自転車がない。おかしい。駐輪場を調べたけれど、キョンの自転車はどこにもなかったはず。
ひょっとして追い越したの? まさか、いくら私が全力疾走しても自転車のキョンに追いつけるわけがないじゃない。
駄目よハルヒ。落ち着いて考えなさい。なんでキョンの自転車が家の前に停まってないの?
「あ、なんだそっか」
確か、お義母さんが買い物に行きたがっていたといっていたわ。きっとキョンの自転車を借りて行ったのね。考えてみれば単純なことね。
まったく、驚かせないでよキョン。心臓停まるかと思ったじゃない。絶対に後で心臓マッサージさせてやるんだから。
ほっと息をつく。汗もだいぶ引いたし、これなら大丈夫かな? そう思い呼び鈴を押した。
――ピンポーン。
キョン、驚くかしら。さっき別れたばっかりなのに、変に思われないかな? 何か言い訳を考えておかなくちゃ。
そうね、「妹ちゃんをあんたに任せっきりになんかできないわ。私が面倒みるからあんたはあっち行ってなさい!」くらい言ってもいいかなぁ?
――ピンポーン。
いや、駄目ね。キョンが離れちゃったら意味ないじゃない、馬鹿。「ほら、あんたは私の助手! 私の言う通りに動いていればいいのよ!」かな?
それで色々と命令を聞いてもらうの。肩とか足とかも揉んでもらおうかしら。走ってきたから疲れちゃったし。
――ピンポーン。
SOS団のみんなも連れてきた方がよかったかしら? 有希はあれでなんでもできるしみくるちゃんは面倒見よさそうよね。
古泉君は……私の手が離せない時にキョンの相手になってもらうとかどうかしら?
――ピンポーン。
駄目。やっぱり私一人でいいわ。古泉君はともかく、有希にみくるちゃんは危険よ。ただでさえみくるちゃんは妹ちゃんに懐かれているんだから。
――ピンポーン。
――ピンポーン。
――ピンポーン。
「……ちょっと、何よ」
どうして出ないのよ? 私は携帯を取り出す。電話帳からキョンの番号――登録番号は000だからすぐに呼び出せる――に電話をかけた。
1コールもしないうちにキョンは出てくれた。ほっとした。
「ちょっとキョン! なんで呼び鈴鳴らしてるのに出てこないのよ! いい? 妹ちゃんが心配なのはわかるけど今すぐ降りて――」
「お客様のお掛けになった番号は、現在――」
どういうことなの? これ。ひょっとして、キョンも風邪引いて動けなくなっているのかしら? 私は気が動転して、玄関のノブに手をかけた。
――ガチッ。
鍵がかかっている。なんで? キョン中にいるんでしょ? この辺りってそんなに物騒じゃないじゃない。
「この……この!」
――ガチッ。ガチッ。ガチッ。
どれだけ力を入れて回しても玄関は開かない。しょうがないわ。こうなったら裏口から――
「あれ? ハルにゃんだー。どーしたの?」
振り返った先には、妹ちゃんが不思議そうな顔をしていた――なんで、ランドセル背負ってるの?
「あれ? 妹ちゃん、どうしてここに? あれ?」
「やだなーハルにゃん。学校行ってたに決まってるじゃん。んで、今からミヨちゃんとこに遊びに行くの!」
「ははは、は、はは。そ、そうなの。ねえ妹ちゃん、キョン、帰ってきてる?」
「キョンくーん? ちょっと待ってねー」
妹ちゃんはそう言って、玄関のノブを回した。
「まだ帰ってないよー。カギかかってるからー」
「……そ、そうなの」
「あれ? ハルにゃん今日はキョンくんと一緒じゃないの?」
「ええ、色々あってね。そうだ妹ちゃん、これあげるわ」
「あー、クッキーだ! わー、おいしそー。ハルにゃんありがとー! そうだ、キョンくん帰ってくるまで家の中で待ってる? ハルにゃんなら
オッケーだよ!」
「ううん。私もちょっと用事があるから。ありがとね、妹ちゃん」
「うん、それじゃーねー」
妹ちゃんが家の中に駆けこむのを見届けてから、私は駅前へと向かった。
ねえ、キョン。どこにいるの?
最終更新:2007年07月27日 05:21