敗戦Ⅲ

 市営グラウンド、映画撮影に使った公園、市民プール。どこにもいない。駅前の喫茶店、ファーストフード。
 どこにもキョンの姿はなかった。もう、SOS団で使ったところはほとんど探したわよ。一体どこにいるのよ?

「……ッ痛」

 強く指を噛み過ぎた。見ると歯型と共にうっすらと血が滲んでいた。これがキョンの歯型だったら痛くないのに。

「キョン……」

 日はそろそろ沈もうとしている。まるで砂時計みたい。
 これが沈むころまでにキョンを見つけられなかったら、キョンとはもう会えない気がする。
 ――馬鹿馬鹿しいわね。そんなことあるわけないじゃない。
 大体、教室で席は前後の関係で放課後は毎日活動しているし、土日もいつも顔を合わせているのよ?
 私、一日の半分以上をキョンの近くで過ごしているのよ? よそのクラスの、まして団員でもないポッと出の女にキョンを取られるわけないじゃない。
「ははは、そうよ。心配のし過ぎよ! 駄目よね。こんな後ろ向きな考えじゃ、見えるものも見えなくなってしまうわ。
 夜空でも上を向いてさえいれば明るいものよ。私に今必要なのはキョンを信じることなんだわ!」
 そうだ。何もキョンだけを探す必要はないのよ。泉こなた。彼女とキョンが別々に行動しているということを突き止めればいいんだわ。

 ――でも仮に、万が一、もしも、キョンが泉こなたと一緒にいたら私はどうすればいいんだろう?
 そんなもの、一九九九年七の月を本気で信じるくらいにあり得ない話。けれど、どれだけ笑い飛ばしても、その不安は私にまとわりついてくる。

「キョン……信じているからね」
 そう、私はキョンを信じている。当然よね。でも、それなら、なんでこんなに胸が苦しいんだろう? 私にはわからない。

「あ。涼宮さん?」
 どれくらいそこで立ち呆けていたんだろう? みくるちゃんがこちらに寄ってくるのに気づいた。
 みくるちゃんの隣には、眼鏡をかけた女がいる。たしか高良みゆき。泉こなたの友人だったわね。
「どうされたんですか? 涼宮さん?」
 高良みゆきが尋ねてきた。丁度いい。
「ねえ高良さん。泉こなたさんって知ってる?」
「ええ、泉さんとは親しくさせていただいておりますが」
 ビンゴ。流石私ね。冴えてるわ。
「彼女、今どこに居るかわかる?」
「す、涼宮さん?」
 みくるちゃんが青ざめた顔をしてこっちをみている。……いけない。目つきがきつかったかしら。
「彼女、結構変わっているって聞いたのよ。ほら、優秀な人材なら是非とも我がSOS団に欲しいじゃない?」
「そ、そうなんですか?てっきりキョン君のことで……」
「キョン? あいつ、泉さんになにか嫌がらせでもしたの? あ、もしそうなら安心して高良さん。あいつ、とっちめてあげるんだから!」
「い、いえ……それだけなんですか?」
「他に何があるていうのかなーみくるちゃーん?」
「わひゃあああ!?」
 みくるちゃんの胸を後ろから鷲掴みにする。やっぱり大きいわ。
「そうなんですか。泉さんなら……この時間だと、きっとあそこですね」
 高良みゆきが言うには、泉こなたは郊外のネットカフェの常連らしい。最後にそこへ行ってみよう。大丈夫。きっとキョンはいない。
 それを確認するだけでいいのよ。なんでキョンが嘘ついていたかなんて、明日問い詰めればいいんだから。
「そ、ありがと。でも遠いわね。いいわ。明日学校で会うことにするから」
「そ、そうですかぁ~」
 みくるちゃんは安堵したように息を吐く。
「それじゃみくるちゃん、また明日ね。高良さん、さようなら」
 二人に手を振ってその場を離れた。

 さて、タクシーを探さなきゃね。


 郊外にあるのネットカフェまでタクシーで十分。歩いて通うには少し距離がありすぎるわ。
 私はまず、駐輪スペースへと足を運んだ。大丈夫。ここは泉こなたの行きつけの場所。キョンの自転車があるわけないじゃない。
 一通りぐるっと見回す。キョンの自転車は――

「あ、あれ? おかしいな?」

 少し奥まったところにある赤い自転車。すごく見覚えがある。
「あはは、は。そんなわけないじゃない!」
 笑えないのに笑いが止まらない。近寄れば近寄るほど、それはキョンのものに似ているなと思った。
「ま、自転車なんて既製品なんだし、似たのなんかいくらでもあるわよ」
 そうよ。こんなの、キョンのと同じ種類の同じ色なだけだわ。だって、キョンの自転車はここに――

「あ……あ?」

 何で? 何でこの自転車、フレームの隅っこに『ハルヒ』って小さく彫ってあるの?
 それもここ、私がキョンの自転車に彫ったところと同じ場所じゃない!
「え……あれ? なんで?」
 認めるしかない。これはキョンの自転車だ。間違いなく、そうだ。でもなんで?

 なんでキョンの自転車がこんなとこ――泉こなたの行きつけの店なんかに停めてあるの?

 もうなにがなんだかわからない。茜色に燃えていた空は暗く、今にも燃え尽きそうな色になっている。

 明るいところに行こう。そう思い、私は明るく輝くネットカフェへと足を踏み入れた。


――intermezzo:閉鎖空間

「なんでこんなに神人が!? 今までとは規模が違います!」
「古泉! 口より先に手を動かせ!」
「圭一さん! ご無事ですか!?」
「……ああ。しかし、涼宮の嬢ちゃんは何だって……こっちよりも頭数が多いじゃないか!」
「裕さんが見当たりません! 圭一さん、まだ来ていないのですか!?」
「あいつのことは気にするな! いいから何としても数を減らすんだ! このままじゃ食われるのはこっちだ!」
「……わかりました。ふんもっふ!!!」


「……はぁ、はぁ……全く数が減りませんね。これは一体? 涼宮さんに何が起こったというのです?」
「古泉い! 逃げろ!!」
「――え?」

「古泉ィイイイイッ!!!」

――fine


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最終更新:2007年07月28日 20:04
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