かがみが親指を向けた方には、へこんだ顔のままでノートパソコンのマウスをものすごい速度でクリックしている泉の姿があった。
画面をちょっと覗き込む。
『nanakon:やべっ教頭きた!ヽ(´Д`;≡;´Д`)丿 』
見事にログインしてますな。
「ああもう…仕事とあたしどっちが大事なんだよ先生…」
泉に柊姉妹、そして今日はいないが高良さんはすっかり部室に馴染んでいる。
男性陣は更に肩身の狭い思いをするかと思いきや、実際そうでもなく過ごせているのは良い事だ。
ハルヒはなんだか落ち着いているんだか、人数がたくさんいて嬉しいのか分からんが、とにかく教室と部室にいる時はでかい声で笑ったり遊び狂ったりしているんだが、安心はしていられない。
ここ一週間ずっと、古泉の目の下は結構深く落ち窪んでいるのだ。一体どれくらい眠れぬ日々を過ごしているのだ。
「全員注目!」
団員の手本となるべく団長が挨拶の一つもできなくてどうする。しかも何故ジャージを着ている?
「うっさいキョンのくせに。まずは古泉君、ゲーム中大変申し訳ないんだけどその顔は何?団員の健康管理も団長の仕事としてプライオリティは結構高いのよ!分かる?」
「ぷらいぷりぽり?」
そんなにたくさん半濁音は無いですよ可憐なお嬢さん。
「プライオリティというのは、優先順位の事ですよ。確かに少々寝不足ではありますが、この対局に影響する程ではありません」
複雑だな。寝不足の原因は言うまでも無く、ここ数日は断続的に閉鎖空間が発生しているからである。発生させているのはその健康管理を担う団長様だ。
こいつの所属する組織ってやつはシフト勤務やフレックスタイムといったシステムは採用していないらしい。
超能力者にも優劣はやはりあるらしく、古泉は当然エースだからこそ最前線に送り込まれてきた訳だ。甲子園ピッチャー並みの連投をさせられるのは避けられないのかもしれん。
「問答無用!というわけで、今日はみんなでお昼寝タイムとするの!」
お前が眠いだけじゃないのか。
「ちょっと!あたしは別に眠くもなんともないんだけど」
「そういう事じゃないわよ!ドアの向こうを見てみなさい。ほれ!」
これは、シュラフというヤツでは?少なくとも十個はある。しかも全て未開封の新品ではないか。
「変に横文字使わなくてよろしい!」
お前もさっきプライオリティとか使っていただろうが。
「さあてキョン、机を全部はじっこに寄せて敷き詰めて。女子はジャージ着用!絶対領域厳守!教室に取りに行きなさい!」
部室をお泊り会の会場にする気か。こんなにたくさんどこで確保してきたんだか。
「部活掲示板にワンゲル部が休部って書いてあったから、ななこに部室の鍵開けてもらったのよ!そしたら新品の寝袋こんなにいっぱい!さらにこんなお菓子まで!」
大きいレジ袋いっぱいに詰められていたのは缶詰だった。コンビーフベースのれっきとした非常食だ。
その内の1缶は開封されて殆ど食い尽くされている。
1缶1000カロリーくらいある事を知っているのだろうか、ナイスバディのハルヒさん。かがみはちゃんと缶の横っ腹を見てそれがどれ程の危険物であるかを把握した様だ。
結構疲れちまった。
かっこつけて古泉に『疲れてる奴は座ってろ、俺がやる』なんていっちまったばっかりに、机の移動と寝袋10枚の開封及び展開はなかなか楽なものでは無かった。
元の持ち主であるワンゲル部の廃部理由は、活動実績がないためだそうだ。昨今の高校生が好き好んでクリフハンガー
ごっこをしに行くわけないもんな。
しかし我がSOS団もかなり危険な状況なのでは?と思ってしまう。なんせ一番活動実態が一番不明瞭な上に同好会ですらないのだ。しかもコンピ研だけにとどまらず、ワンゲル部員達が虚偽の活動実態を作る上で必要な予算を消化するために買い込んだとはいえ、れっきとした備品をかっぱらっちまうし。あの生徒会長なら問題ないとも思うが、いつまた暇つぶしに文芸活動をしろと言い出し兼ねない。
「いやあ~ふっかふかじゃないの!ナイロンはお肌に良くなさそうだけど。昨日ついにアタシん家にもケーブルテレビってやつが入ったわけよ。そしたらさあ、すごいプロレス団体がいて、リングの外に蛍光灯敷き詰めて戦うのよ!もう燃えちゃって燃えちゃって!気付いたらもう明け方だったのよ。お陰で眠くてさ」
「あんた授業中ずっと寝てたじゃない。なんでまた寝るのよ?」
ジャージに着替えて帰ってきたかがみが見事なツッコミを入れる。何故俺は喪失感を覚えているんだろうか。
いかん。いかんぞ俺。ツッコミ役は俺の本望じゃないはずだ。
「だって番組表見たら今日は後半戦の放送があるのよ!寝溜めしておかなくちゃ!もしかして古泉君も見てるんじゃない?そんな眠そうにしちゃって」
「いえ、ちょっとアルバイトをしてましてね。最近景気が良くて忙しいんですよ。すみません、寝る前にちょっとトイレにでも行ってきますか」
俺に目配せをしてから、古泉は立ち上がった。
こいつとはかれこれ何度目の連れションになるんだろうな。古泉が疲れているのは、数日前から気づいてはいたが、俺自身の問題を処理するのに手一杯だったせいで、こいつの話を聞く事ができていなかった。
「5分ばかりよろしいですか?」
「ああ、何分でも構わねえぜ。俺から訊く事なのにすまねえな。で、どうなんだ実際」
「ありがとうございます。そうですね、ここのところ毎日です。先程涼宮さんはプロレスを見ていて眠れないとおっしゃってましたが、涼宮さんが好むプロレス番組は長くて1時間程度でしょうから、涼宮さんの心はなかなかに乱れていると思って間違いないでしょう。あなたのせいではありませんよ。これは誰しも直面する事ですからね。問題は涼宮さんだからということです。別にあなたと涼宮さんは男と女として見た場合の特別な関係にあるわけではありませんが、涼宮さんにとってあなたに好意を寄せてきたかがみさんはあまりにも意外だったんでしょうね。涼宮さんは自分がどういう気持ちになるかも知らずに、貴方達が進展するように後押しするような行動に出てしまいました。これが大きな問題です。しかもあなたは、あの一件以来かがみさんとさらに仲が良くなってますね。下の名前で呼ぶようになったり、ゲームや本の貸し借りなどもするでしょう。教室でも、部室でも」
まあ、そうだな。しかもハルヒの目の前でそれをしているというのも大きいのかもしれないな。
「最近の神人は少々毛色が違います。前にも何度かありましたが、ここ毎日出現する神人は、全く破壊活動をしません。ただ、立っているだけなんです」
「立ってるだけ…?」
「立っているだけです。ですが、我々の上層部は破壊行為は行わないものの、閉鎖空間及び神人に変わりはないとして、排除を決定しました」
「そんな容易い相手ならお前が毎日出張る事もないだろう?」
「残念ながら、手強いんです」
立ってぼさっとしてる奴の何がどう手強いんだ。いや、分かった。簡単な事だ。
古典的な表現だが、『楽天的』という言葉がしっくり当てはまるハルヒだ。ここまで思考の海に埋没した事はそう何度も無いんだろうな。
「その通り。一体倒したところで次々に現れて来ますからね。機関では、殆どの超能力者達が過労気味ですよ。これは全く持って思わぬ展開です」
眠そうに目の下辺りを揉む古泉がなかなかに痛ましい。
「少々愚痴っぽくなっても宜しいですかね?」
「ああ、構わん」
いちいち断るこたぁない。
「神人とはいえ無抵抗な相手に攻撃を行うのは、なかなかに気が滅入るものです。通常通り建物を壊して回る神人は、いつも怒りに駆られて己の四肢が破壊されていくことを気にも留めないのですが、立っているだけの神人は、何故自分がこんな目に合わねばならないんだという仕草をするんです。それが涼宮さんの姿に重なってしまう時があるんですよ。確かに涼宮さんは僕の仕事のターゲットではあるんですが、同時に大切な友人でもあると私は思っています。あなたも、朝比奈さんも、長門さんも、泉さん達もね」
俺の方ではなく、便所の窓の方を向いて話し続ける。俺に出来るのはただ黙って聞いてやることだけだ。
「一つお願いがあります」
お前の要求は分かってる。
「ええ。どうか今まで通りにしていてください。いつまで続くかは分かりませんが、部室に寝袋がある間はできる限り就寝させていただきますよ。ゲームのお相手ができなくて残念ですが。ああそれから、あのつかささんの『だい!せー!こー!』も個人的に気に入ってますから、飽きるまではお付き合いください」
いや、つかさが考えた踊りじゃないんだがな。
「おう、やっと帰ってきたんかホモカップル」
「なにしてんすか黒井先生…?」部室のドアを開けると、上下しっかりジャージに着替えた黒井ななこが世にもだらしない格好で寝転び、泉とノートパソコンでネトゲの真っ最中だった。
「いやあなかなかええやんこれ!SOS団が同好会になったら顧問やったるわ。頑張りや」
黒井先生がロハでワンゲル部室を開けてくれる訳がない。ちょっと考えれば分かった事だがな。
とにかく先生が一枚噛んでるなら、ワンゲル部室の備品窃盗は表沙汰にならないだろうに。
古泉はつかさが手招きする場所へふらふら歩いて行き、促されるまま横になった。ボケボケしているが、一番労わなければならない人物をよく分かっているようだ。
ハルヒの奴は一人で二枚のシュラフの上に埋まって寝息をたてている。
「ちょっとキョン君早く!」
先程中途半端で止めてしまった対戦を再開するか。
「負けた方が全員にみつ豆!」
ふ、その勝負買った!
「いやあ、いいんですかい旦那?」
泉が嫌らしい声で訊いてきた。落ち物には自信があるんだよ。
「ほうあ!」
DSの蓋を開けて1秒で俺の敗北だった。俺がポーズし忘れたのをいいことに、かがみのやつはギリギリまで放っておいてポーズをかけやがったのだ。
泉と黒井先生が笑い転げる。
「みつ豆みつ豆!」
かがみは携帯を引っ張り出して早速みつ豆の有名店をさがしているらしい。何という鬼!
「みつ豆みつ豆!」
ハルヒめ。狸寝入りか。
「いやあ、ご馳走になります」
古泉も大人しく寝てろ。
「いえーい!」
「いえーい!」
つかさが古泉とブイサインを交わす。ああ?なんだか古泉の頭の位置の直上につかさの頭があるんだ。しかも頭一つ分程度しか離れていないように見えるが気のせいか。
他の奴らも気づいた様だ。しかしまあ、みんな一様になんていうか、少女マンガの口をひし形にするびびった顔の表現はこういう表情をベースに生まれたんだろうなって顔をしてやがる。
ええと、ええと、もう他に状況説明が必要なところは無いのか!無いもんか!今ならなんに対してでも突っ込んでやるさ!あそこの仲むつまじそうな二人組の事以外はな!
『なにやってんのこいつら!』
『なにやってんだこいつら!』
とりあえず目でかがみに目で問いかけるが、百戦錬磨のFCバルセロナに所属しているわけでもない俺たちにアイコンタクトなど出来るわけが無かった。
「う・お・あ・お・あ」
泉、お前普段からギャルゲーとやらでこんなシーン見まくってやがるくせになんでそんなに狼狽するんだ。
一瞬遠く遠く遥か遠くを見た彼氏のいない先生の目はなんとも可哀想だった。
「なにやってんのよつかさ!」
「ひざまくら。ねー」
「ねー」とそれに答える古泉が酷くムカつく。んなこたぁ分かっとるわ。何故お前がその純情可憐を絵に描いたような美少女のおみ足を穢しているのか聞いているのだ。
「え?だってこなちゃんがひざまくらは男のロマンってよく言うし…」
こいつが全ての原因か。いや、その意見は極めて正しいというかそのとおり。寸分の狂いもなく正しい。それを否定するのは地球に酸素が無いといっているようなものだ。
「はっは!眼福眼福ってやっちゃこりゃ!かっわええなあ!」
気を取り直した先生が高笑いする。不純異性交遊推奨ですか黒井先生。
「この閉鎖空間で教師もくそもあらへんわ。大体おまーらの時分に一匹二匹捕まえとかんと孤独な老後が待っとるんや!分かったらその場で襲うくらいの気概見せんかいオナゴ共!」
先生が『閉鎖空間』という言葉を使ったのに一瞬ドキっとしたが、意味が違うようだ。
「先生!」
つかさにしては怖い顔で黒井先生の大声を咎めている。口の前には人差し指一本。どうやら古泉は体力の限界が来たようだ。
「な、なんやこれ!なんやこれめっちゃ健気やん!めっちゃかわええやん!」
小声で皆の同意を求める。シャッター音がすると思ったら、ジャージに帰ってきた朝比奈さんが携帯でつかさを撮りまくっていた。
メイド服から制服に着替え、なおかつ一番遠い3年生の校舎へ戻ったのだから、少々時間がかかったんだろう。長門がいない理由は分からんが。
ジャージに隠れていても分かるほど華奢なつかさのひざの上で、古泉はこの世の極楽と言った顔で寝息を立てていやがった。
羨ましくない。羨ましくない!
「ねぇ」
「うお!」
小声だったが、ハルヒの顔がいきなり近くに寄っていたのでひどくびびってしまった。
「『うお』じゃないわよ。いつからあの二人急接近してたわけ?」
「俺が知るか。昨日だいせーこーだのなんだのやってる時くらいしかこいつらがしゃべってるのなんて見た事もねえぞ」
「ゆるさんぞ…」
「うお!」
今度はかがみが俺の顔の近くでぼそっと恨めしげな声で囁いた。心臓に悪いからやめてくれ。
「あんな男許さん…!」
お父さんかお前は。説明するのは難しいが、古泉に限って間違いは起こさんから大丈夫だ。
むしろつかさの方が古泉を気に入ってるのが分からんのかお父さんよ。
ドアが開き、入って来たのは制服のままでいる長門だった。
「おう、どこ行ってたんだ?」
無言で表面が白いCDを俺の方に向ける。『明日のサジタリウス3β 長門さん検証用』と恐ろしく下手な字で書いてある。
「なにそれ?見して!」
変わり身早いな泉。長門はすんなり泉にCDを渡す。暇を持て余してコンピ研に行ってたのか。
これで決まった。今日は何も起きない平和な日だ。
ひざまくらには多少びびったが、まあ古泉はその扱いを受ける権利かまある。つかさは古泉が寝不足になっている理由なんぞつゆも知らないのに膝を貸すのは、やはり古泉が気になるんだろう。まあ、つかさはそんな理由だのなんだのを超越して古泉が何か大変な目に遭っているのが分かるのかもしれない。
父さんな発言をするかがみではあるが、そこは姉妹だ。無理やり行動を阻害したりするほど野暮ではないが、まだこの光景には多少納得行かないようだ。
ハルヒは二人をどうおちょくってやろうか考えているらしく、ニヤケ面をしていた。
長門が帰ってきた事でやっと気が抜けた俺は、両手で二人の肩を同時に叩いた。
「寝ようぜ」
そしてひっくり返って大の字をかいた。なかなかいい寝心地じゃないか。
ハルヒは自分専用の二枚重ね寝袋の上に倒れ込んだ。かがみはその真横にどさっと寝転んだ。ただしつかさと古泉がしっかり見える向きでだが。
ハルヒは笑って寝袋の半分を明け渡した。海外製だからか、小柄な二人の女子が簡単に眠れる大きさはある。
男女入り乱れて、いちいち何も気にする事もなく雑魚寝とはなんと幸せ気分な事か。
泉がコンピ研のゲームを見ようと戦線離脱したので、先生はノートパソコンの蓋を閉じて寝入っていた。
「そう。そのライブラリファイルと一緒にコピーすれば起動できる」
「おおーβっぽいね!」
長門指導の元にやや面倒なインストール作業を行っているらしい。
例の間抜けな単音の音楽が鳴り出した。泉なら間違いなく5分で飽きる。そうすれば本当に静かになるだろうさ。
朝比奈さんはつかさの頭を撫でたりするくらいに可愛がりまくっている。困った顔で笑うつかさの膝の上には古泉の汚らわしい頭部があるのを忘れてはいけませんよ!接近し過ぎです!その御胸が古泉の鼻っ柱にでも接触しようものなら、私めは古泉一樹を討ち果たす決意を固めた気高き復讐鬼として余生を送らねばならなくなります!
馬鹿馬鹿しい事を考えていると、俺は強い睡魔に襲われ、目を閉じた。
本当に静かに、穏やかに時間が過ぎていく。
再び目を開けると、長門までもが眠っていた。長門の腹を枕に泉が眠っている。
朝比奈さんはつかさと古泉の近くで崩れ落ちたかのように倒れて寝ていた。勿論つかさも古泉も眠っている。
かがみはハルヒの頭を自分の胸のあたりに抱え込んで眠っている。仲が良いな。
しかしハルヒは意外とマザコンっぽいところでもあるのか?これだけでかい寝袋の上で胎児みたいに丸まっている。
静かだ。本当に静かだ。
部活終了時間のチャイムで俺は目を覚ました。
つかさは既に起きているらしい。
まだ去らない睡魔になんとか耐えて、二人を眺めていた。
ひざまくらをしたままで、つかさは眠ってかいる古泉の手を握ったり、顔をいじくったりして楽しそうだ。
この光景はちょっとかがみに報告できんわな。
しかし、よく寝た。俺は起き上がり、わざとつかさに気づくよう、大げさな伸びをした。慌てて古泉の手を離す仕草が可愛い。顔が真っ赤だ。この果報者の超能力者が!
しかし、なんだこの良く寝た感は。昼寝をした後というのは大体喉がひりついたり、体がやたら硬直したり、口の中が変なにおいになったりするものだが、まるで朝すっきり目覚めたような気分だ。
皆もなんだかすっきりした顔をしている。
それにしても腹が減った。みつ豆よりも高くついていいからみんなでファミレスにでも寄りたいもんだな。本当に清々しい。
校舎を出るまでたっぷり30分はかかった。女の子は色々大変なようだ。黒井先生は髪の毛がぼさぼさのまま、楽しそうに笑いながら残務処理のために職員室に戻っていったが。
帰り道も、つかさは古泉の服の袖を握り締めて楽しそうに会話していた。一応かがみ父さんと一緒に会話に耳を傾けてはいたが、まったくキャッチボールが成立していない謎の言語を話しているとしか思えなかった。
だが、二人とも心底楽しそうで、かがみもすっかり牙を抜かれてしまっていた。
毒気を抜かれたというのはまさにこういう事を言うのかもしれん。
「私は通常の時間軸から部室が取り残されることを察知して戻ってきた。私が戻ったと同時に、部室は時間軸から完全に孤立、以後独自の時間軸及び概念で推移していた」
ああ、そんな難しい言葉で言わんで良いぞ長門。俺は疑問に感じて全員と別れた後、長門の家へと転がり込んだ。一応古泉と朝比奈さんも同伴でだ。
「で、どんな具合だったんだ?」
「時間経過は通常の20%の速度。私を含む全員に向けた催眠作用、体力の回復」
道理で起きた時にやたらと静かだったり、やたらと体が軽い感じがするわけだ。ハルヒの奴がいつかみたいにずっと同じ日をループするようなことが無いだけ、ハルヒの奴も精神的に成長しているのかもしれない。
「ハルヒが演出してくれた戦士の休息ってわけか」
「え?でもそんなことが起きちゃったら…」
「別の時間軸で動く物が通常の時間軸の空間に存在するとはあり得ない。ただし、それはあくまでも涼宮ハルヒという存在が無い場合と訂正しなければならないのが現状」
ところでこの現象はしばらく続きそうだが、この世に絶対影響を及ぼしたりしないんだろうな。
「内部にいる人間は時間軸通りに加齢する。問題があるとすればそれ」
まあ、数日程度だろうからそれほど困る事は無いと思うんだけどな。
長門の家からの帰り道、俺は思い切って古泉の奴に質問してみた。
「このハルヒの一件が終わったら、お前はここを去るのか?」
「そうですね。恐らくはそうなるでしょう。組織は存在理由をなくし、僕もここでの存在理由を失いますから」
普通の高校生とあいなってしまうわけか。
「なあ、俺達がいるって理由じゃ足りないか?その、なんてんだ…」
「ええ、あなたが言いたいことが少しずつ見えてきましたよ。そうですね。ここにいることが出来れば最高です。ですがそれが叶う確率はそう多くはありません。超能力を授かったからここにきた。ですが、僕は今この超能力というものが疎ましくて仕方ありません。僕の秘密を話せるのはあなた達だけに限られてしまいますからね。僕という人間を一番理解して欲しいと思う相手には、何一つ言えないんですよ。その点は、あなたと同じです」
心臓がちくりと痛む。古泉の飄々とした表情は変わらないが、やはりどこか影がある。
「でも、望むくらいなら人間誰でも出来ることです。僕は今日みたいな事が、永遠に続けばいいと本気で思いました。そう思える時間を経験できた事、時間を共有したいと思える人に出会えた事を、僕は神に感謝しています」
遠まわしだな。
まあでも、どんなに時間がかかてってもこいつらなら大丈夫だろう。どんなに秘密があろうと、だ。別にこいつらはある種の契りを交わさなくても良い気がするんだがな。
まあ、今もこれからも楽しく過ごせるように頑張ろうぜ、古泉。
それからハルヒ、今日はすごくいい時間だったぜ。面と向かっては絶対に言えないが。
ありがとな。
完
続編
最終更新:2007年09月11日 12:42