「……」
ノブを離すと、扉は静かに閉まって行く。心臓がどくどくうるさい。寒くないのに体が震える。なんで、自分の部屋の前から動けないんだろう?
右に五歩も歩けばキョンの部屋の前に行ける。扉に嵌めこまれているガラスは擦りガラスじゃない。……普通のガラスね。
大きく部屋番号が書かれているけれど、外から簡単に覗くことができるわ。
大きく息を吸って吐く。もし、キョンたちが部屋であれやこれや……あんなことをしてたら、私はどうすればいいんだろう?
部屋に乗り込む? それ、いいかも。あの泥棒猫を始末しないと、私たちは幸せになれないの。
きっとキョンはあいつに騙されているだけなのよ。ポニーテールに誘惑されただけなのよ。何よ。私だってあと一か月もすればポニーにできるんだから。
「よしっ!」
パンと頬を叩いて喝を入れる。覚悟は決まったわ。私はキョンの部屋の扉へと向かう。
まってて、キョン。今すぐ、泉こなたの呪縛から解放してあげるから。私はガラス越しに部屋の中を伺い――
「――嘘」
固めていた覚悟があっさりと崩れていくのを感じた。嘘。嘘よ。こんなの信じない。
目の前の光景を認められない。私は自分の部屋へと駆け戻った。
――バタン。
ゆっくりと閉まろうとするドアが鬱陶しい。力を込めて思いっきり閉じた。
「はあっはぁっはっ」
隣の部屋の光景が網膜にこびりついている。誰もいないはずのソファに、キョンと泉こなたが座っているように思えた。
「はあぁ、はあ、あ……くっ」
大した運動なんかしてないのに胸が苦しい。なんで? どうして私がこんな思いをしなきゃいけないの?
ソファを見る。キョンはそう、ここら辺に座って漫画を読んでたわね。うん、いつもみたいに不機嫌そうな顔をしてた。本当、いつものキョンと変わらなかった。
私は、キョンが座ってた場所の少し離れた場所に腰をおろした。そして泉こなたはアニメを見てたわ。うん。こっちで流れているのと同じやつ。
――こう、キョンに膝枕される形で。
泉こなたと同じように、横になった。頭の下のクッションは冷たく、柔らかい。うん。この大勢だと、確かにテレビは見やすいわね。高さも丁度いいし。
テレビでは、女の子が血まみれで倒れていた。いいな、代わってもらいたいわ。そうすればなにも考えなくてもいいもの。
「……ふ、ふふふ」
滑稽だった。面白かった。私、馬鹿みたい。
「ふふふ。ははは、あははははははは」
――キョン、泉こなたの頭を撫でてた。それも自然に。当たり前のように。
「あははははは、ははは、は、はははははははは!」
テレビは丁度終わったみたい悲しげなアカペラの曲がとても愉快に聞こえる。
「ははははは! うわはは! あはははははははははは!」
――キョンには幸せそうな顔をしていて欲しかった。そうすれば、ただ見せかけの恋愛に酔っているだけだと思うことができた。
それなら、目を覚ましてあげればいいだけだと思っていた。
「はっはっははははは! ひー! 可笑しすぎる! あっはっはっはっは!」
でも、キョンは普通どおりだった。本当の意味で泉こなたを受け入れていた。わたしの居る場所はどこにもなかった。
それをまざまざと見せつけられただけだった。
「ははは! ば、馬鹿みたいっ! はは! あははははははははは!」
クッションに顔を押しつけて笑う。嗤う。哂う。ぐちゃぐちゃに濡れた布地が気持ち悪いけれどかまうもんか。
テレビではCMが流れているらしい。そう、アニメはもう終わったのね。私と同じだわ。おそろいね。
「ははははは! あはははははははは……は、うわ、ああああぁぁぁぁああああああああああああ!!」
もうどうでもいい。私にはもう何もなかった。
最終更新:2007年07月28日 12:37