どれだけ泣いたかなんてもうわからない。涙なんかとっくに出しつくしてしまった。喉はがらがら。顔もきっと酷い事になってるわね。
「……」
どうでもいいか。もう髪を伸ばす努力、身だしなみ、何もかも意味がなくなったんだから。
伝票を取り部屋を出る。キョンはまだ中に居るのかしら? もう、怖くて確認する気にもなれなかった。
「あ、ありがとうございましたー」
会計を済ませて店を出る。もう夜もかなり遅い。横から射す明かりのが眩しく、ついそちらを向いてしまった。
駐輪場――見なければよかったと思った頃にはもう遅かった。
――まだある。
ふらふらと、蛍光灯に吸い寄せられるように私は赤い自転車のそばに立った。
キョンの自転車、その後部の隅っこに彫った文字を眺める。
「ここは私の特等席だったはずなんだけどな……」
確か、ここに初めて乗ったのは……うん、覚えている。プールの時。あの時は有希も一緒だったわね。
キョンったらぶつくさ言いながら汗だくになって漕いでいたわ。あの時はとても、本当に楽しかったわ。
それから何度かキョンの後ろには乗せてもらったのよね。なんだかんだ言いながら、キョンったら後の私を気遣ってくれるのよ。
揺れないように慎重に運転してくれて、本当に優しいなと思ったのよ? それにキョンの肩、すごくしっかりしてて手を置きやすかったわ。
この自転車だけでも、キョンとの思い出がありすぎる。当然、それは教室も部室も同じ。町中だってそう。団の活動であちこち探索した。
――この町に、キョンとの思い出がない場所なんてないのかもしれない。
「本当、しくじったなぁ……」
こんなことになるならキョンへの気持ちに気付いた瞬間に打ち明けておくべきだったわ。例えキョンに拒絶されたとしても今よりもきっと軽傷だったはず。
勇気が出なくて告白を保留し続けた結果がこれよ。その間に積もりに積もった思い出がざくざくと心を切り刻んでいる。
――臆病者。卑怯者。お前なんかが泉こなたに嫉妬だなんて片腹痛いわ。
「解ってるわよそんなこと!」
思わず叫んだ。がらがらの声だった。
「そんなこと解ってる。悪いのは私……キョンも、それから泉こなたも悪くないのは解ってる。それでも納得できないの! 割り切れないのよ!」
誰に対して言い訳をしているのか、叫んでいる私が一番分かっていなかった。もう嫌。帰りたい。何もかも忘れて眠りたい。嗚咽が止まらなかった。
自動ドアが開く音が聞こえた。こんな姿、誰にも見られたくない。私は、奥の暗がりへと逃げ込んだ。
「……たく。こんな遅くまでアニメに夢中になりやがって」
「いつものことじゃん。それにキョンキョンだって見てたじゃないサ」
「最初から見てないから話なんてわからねえよ」
「ダイジョブダイジョブ。家に来ればみんな録画してあるヨ!」
「……お前の親父さん、俺を目の敵にしてる気がするんだが? 正直、お前の家には寄りたくねえ」
「とかなんとか言いつつ家まで送ってくれるキョンキョンでした」
「こんな時間に一人で帰らせるわけにはいかんからな。ほら、乗れよ」
「へへへ。あじゅじゅーっす旦那~」
「はいはいっと。じゃ、掴まってろよ?」
「さあ出発ザマスよ!」
「はいはい。行くでがんすよっと」
「フンガー!」
「一人二役かよ!?」
声が出ない。キョンの自転車がどんどん遠ざかっていく。私の出した手は中空をさ迷い、何も掴めない。脚が崩れ、その場にへたり込んでしまった。
「――」
なんであんな気軽にキョンの後に乗れるの? なんで私の思い出をあっさり潰してくれるの?
「――?」
頬にむずがゆい感触が走った。手で拭う。手のひらはぐっしょりと濡れていた。
「あ、あれ? なんで?」
もう涙は出しつくしたはず。それなのに枯れない。もう、いいのに。
「――痛い。痛すぎるよキョン……」
私の中の思いが壊されていく。大切だった、特別だったことがシャボン玉のように弾けて消えていく。
きっと、泉こなたは今のように、自覚することなく私とキョンとの思い出を次々と壊していくに違いない。だって、彼女は悪くないんだもの。
そう、彼女は悪くない。悪いのは私。でも、私は思い出を壊されるのに耐えられない。
「そうだ……」
ふと、頭に浮かんだ場所。私の中のキョンの、ある意味一番大切な思い出がある場所。最後にあそこへ行こう。
あれは夢の中の世界。だから、泉こなたには絶対に壊せない。あそこにいるのは、私だけのキョンなんだから。
立ち上がる。足取りはおぼつかない。私はただ、夜の校庭がどうしても見たかった。
最終更新:2007年07月28日 18:26