敗戦Ⅸ

 学校へと続く坂道を上がっていく。空は暗く、遠くにあるはずの校舎は真っ暗で見えない。振り返ってみる。ふもとは街頭で華やかに輝いていた。
 まるで空の星がみんなあそこに降りちゃったみたいね。
「疲れたな……」
 口にして驚いた。この坂道を駆け上がるのが日課だった。でも、疲れたなんて思うことなんて一度もなく、いつだって学校へと向かう足取りは軽かった。
 ……なのに、どうして? 今はまるで鉛でも引き摺っているみたいに足が重いの?
「あ、そうかぁ……」
 学校に行けばSOS団のみんなが居た。そしてキョンが居た。だから、私はいつもこの坂道を走って上れたのよね。
 教室でキョンが来るのを待つのが楽しかった。授業中、キョンの背中を眺めているのが楽しかった。
 SOS団で一緒に活動するのが楽しかった。有希はいつも本を読んでて、みくるちゃんはメイドさん。古泉君はいつもキョンとゲームをしてたわね。
 本当、下校時刻なんか来なければいいと思ってた。高校生活がこんなに楽しくなるなんて、中学の時はこれっぽっちも想像できなかったもの。

「遠いなあ……」
 楽しかった学校生活は今日で終わっちゃった。明日からは、周り全てがひっくり返ったかのような――ううん。ひっくり返ったのは私の心だけ。
 それでもきっと辛くて、痛い。
 今まではキョンの何気ない優しさを期待した。そして色々と希望を持てた。でも、明日からはダメ。キョンの優しさも、昨日と変わらない空気も、私にとっては絶望でしかなくなるの。私にとって楽園だった場所は、地獄へと変わってしまった。本当なら行きたくない。もう、生きたいとも思わない。

 それでも、学校に行きたかった。夜の校舎。あの、青い巨人とキョンしかいない夢で見た場所。あそこなら、あれに近いところなら逢えるかもしれない。
 泉こなたのものではなく、私だけのキョンに。

「どうしようかなぁ……」
 楽しかった記憶。その殆どがキョン。そして、SOS団のみんな――有希にみくるちゃん、古泉君で出来ていた。
 キョンは、もうSOS団から解放してあげた方がいいのかもしれない。その方がキョンにとっても泉こなたにとっても都合がいいでしょうし、正直に言えば、キョンの顔を見るのはもう耐えられない。
 でも、キョンが居ないSOS団って何? 思い浮かべてみる。私はSOS団のアクセルで、キョンはブレーキだった。
 キョンがいたから私はどこまでも思い通りに突き進むことができたし、だから私たちはいいコンビだと勝手に思ってたの。

 キョンの抜けたSOS団はブレーキの効かなくなった車みたいなもの。私、怖くてアクセルなんか踏めない。

 解散。こんな二文字が私の脳裏をかすめた。――もうそれしかないのかもしれない。みんなには悪いけれど、私はもう、SOS団長をやれない。
 有希はまた一人で文芸部を続けるのかな? あの子、確かキョンによく懐いてたはずだったわね。泉こなたの事をしったら悲しむかしら?
 みくるちゃんは涙目でオロオロしてそう。でも、鶴屋さんもいるし大丈夫よね。
 古泉君は、きっと残念がるけれど、受け入れてくれるわ。
 キョンは――どうだろう。喜ぶのかな? 泉こなたと過ごせる時間が増えるんだし、喜ばないわけがないわ。

 ――嘘。キョンなら絶対に怒るはず。「お前が無理やり巻き込んでおいていきなり辞めるなんて無責任にも程があるぞ」とか説教してきそうね。
 だってキョン、SOS団をすごく大切にしていたもん。だから有希はキョンに懐いたんだし、みくるちゃんも笑顔だったし、古泉君ともなんだかんだ言いながら友達やってた。そして、だから私も――

「もういいわ」
 もういい。もういいの。何をどうしても、私はもうあの二人の中に入っていけないと思っちゃったから。だからもういいの。

 キョンが私じゃなくて泉こなたを選んだのが悔しい。キョンを独り占めしている泉こなたが羨ましい。
 ――そして、自分からキョンを求めなかったくせに嫉妬している自分がとても醜く、すごく憎い。
 それでもキョンに逢いたがっている浅ましい自分を止められない。本当、最悪よね。

 校舎がぼんやりと見えた。あちこち歩き続けたせいでもう足はボロボロ。棒のようになってる。明日があるならきっと筋肉痛ね。どうでもいいわ。
 あと少し頑張ろう。青い巨人と、私のキョンしかいない世界があるかもしれない。

 やっと校門までたどり着いた。この先で待とう。私のキョンが来てくれるのを、いつまでも待とう。私は門へと近づいて行って――

「涼宮ハルヒ。あなたを待っていた」

 校門の陰から現れた人影に、驚いた。なんで有希がここにいるの?

 目の前の有希はいつもと同じ人形みたいな表情で、私をしっかりと見据えていた。


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2007年07月28日 12:01
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。