夏時間の二人 1


続編




 なんでだろう。なんでまたこういう状況に陥ってるんだろうなあ、運命の神様とやらよ。
 ここは俺のホームタウンから数駅離れたちょっとお洒落なお店がたくさんある町だ。まあ、東京様でいうところの下北沢とかそんな街だ。
実際下北沢なんていう場所に行ったことは無いが。手ごろな値段の古着屋や小物屋が軒を連ねているようなところといえば分かりやすいだろう。
 で、俺がなぜこの街でぶらついているかといえば、たまにはジーンズの一本くらい欲しくなったりもする年頃だからだ…いや、すまん。それだけではない。正直に告白すれば、俺が今一番意識している異性で僅差の第一位を走る奴にばったり遭遇してしまい、なおかつその光景を僅差の第二位を走る奴に目撃されるなんていう大失態を再び犯してしまわないようにこんな所で買い物をしているわけだ。ああ、甲斐性なしとでも意気地なしとでも馬鹿とでもケツの穴が小さいとでもなんとでも言うがいい。これがダメ男というものだ。良く見ておくがいいさ。
 にもかかわらず、俺はその第一位を走る奴と遭遇してしまったわけだ。
 しかも同じ理由でわざわざこんな遠い所まで来ていてなおかつ同じタイミングで足が疲れて、人気の喫茶店はあまりにも列が長く、猛暑の中並ぶ気がせんので駅前のどうでもいいようなチェーンの喫茶店に入ったと、そこまで重なっちまったわけだ。
「あ、あたしその古着屋なら知ってるよ?タグ切り落とされちゃってるジーンズなら千円くらいから売ってるとこだよね」
 なあ、お前はなんでそんなに可愛いんだ?なんて訊きたくなってしまう程、俺の悩みなんて露知らず、楽しそうに話す少女がまぶしすぎる。
 最近は学校でこいつを見かけるとついつい目で追ってしまっているという非常にまずい状況に気づく。
 今もこいつから視線を外せない。普通なら直視できないと悩むところなんだろうが、俺はこいつの瞳とか髪の毛とか、
「キ、キョン?」
 ちょっと特徴的なリボンとか、頬のラインとか、
「えと、なんかあたしの顔についてる?」
首筋とか、セルリアンブルーのええとなんていう名称だったっけかこの露出が多いやつは。そうだ、キャミソールとか…
「キョン!」
「おわ!すまん」
 どうしようもないムッツリスケベだな、俺は。
「もしかして見とれてた?あたしのどこ見てた?」
 こいつの精神的余裕が羨ましい。多少照れたような顔はしているが、こんな軽口を叩いてきやがる。どう応えりゃいいんだ畜生。正直に答えるか?目と髪とリボンと唇と頬のラインと首筋とキャミソールなるセクシーアイテムとさらにそのキャミソールをすこし出っ張らせている膨らみを見てましたと。言ってたまるか!
「いや、目きれいだなと思ってな。うん」
 嘘は言ってない。実際そう思う。そりゃ妹のつかさに比べりゃ多少きっつい目をしているようにも見えるが、ハルヒくらい目つきが悪くなったりする事も無けりゃ、道端で犬やら猫やらを見かけると途端に緩みっぱなしになるのがなんとも可愛い。ハルヒの場合可愛いものを発見するとセクハラオヤジの視線になる。可愛さの欠片もなくなるのはある意味才能だ。
 我ながら嘘もつかずによく誤魔化しきったもんだと自画自賛したいところだが、俺はなかなかに大きなミスを犯してしまったらしい。目の前の美少女は下を向いてぴくりとおも動かなくなってしまっていたのだ。
「お、おいかがみ?」
 やばい。やばいぞ。そういえば意外と女心に敏感な国木田の奴が言っていた。これがあれか、女子特有の地雷か?
「ご、ごめん。出よう。せっかくだからちょっと付き合ってよ」
 俺に目を合わせてはくれないが、かがみは気丈にも席を立って俺の服の袖を掴んで引っ張った。一歩前に立って表情を見せたくないのかもしれない。
 行きたいところがあるようなことを言っていたが、喫茶店の外に出ると、かがみはそわそわしだした。とにかく人がいるところは嫌だっただけなんだろう。
 よし、ここは一つ男の俺が頑張らないとな。
 俺が歩き出すと、かがみは呆気に取られたようにとまっていたので、肩に手をかけてこっちだと促す。全く持って自然な動作だったが、露出しているかがみの肌を直に掴んでしまった。全身に電流が走ったがここは我慢だ。

 真夏の公園には、あまり人はいなかった。木陰に入ればそれなりに涼しいが、あっという間に熱中症になってしまいそうな暑さだ。あまり大きくない公園だが、一応カップルで座るのにはいいベンチはある。いや、カップルというわけではないのだが、とにかく俺は何かまずい事を言ってしまったのだから一言謝罪したい。
 先にベンチに腰を下ろす。やべぇ、こういう時はまず女に座らせるべきだった。誤魔化すためにかがみが座りそうな位置を手で払ったが、かがみはその払った位置には座らなかった。
 俺とは視線を合わせずに、俺の真横に密着するように座ってきたのだ。かがみさん近すぎませんか?ベンチは頑張れば四人は座れる広さがあるんですが、男の汚らしい汗があなたの二の腕にしみこんでしまいますよ。
 かがみの頭が、音も無く俺の肩によりかかり、鏡の体が密着している側の俺の手には、かがみの両手がからみついてきた。そして強く握りこまれる。
 心地良い感触だった。俺の中でいつもひっかかってしまっていたSOS団の隠し事やらなにやらが全てどうでも良くなってくる程、俺はこの柊かがみにはまり込んでしまっていたことに今更気づいた。
「ごめん…許して」
 何についてのごめんなんだ。俺が謝らないといけない立場なんじゃないのかと言おうとした瞬間、俺の口は彼女の唇で塞がれた。ほんの一瞬のことだった。俺はごく自然にそのキスを受け入れてしまっていた。
 俺の中で何かが崩れた。俺も一言謝ってから、俺の肩に再び収まった顔を、握られていない方の手で上を向かせ、唇を合わせた。なんの抵抗もない。彼女の舌らしきものが俺の唇に当たった。俺が唇を開けると、そのまま奥へと侵入してきた。
 やがて舌同士が触れ合う。かがみの腕が俺の体に回され、俺もかがみの細い体に腕を回して、ぐっと抱き寄せる。 かがみの部屋で初めてキスをした時は、何の味も無かったが、今は先程かがみが飲んでいたコーラフロートのバニラの味が広がってくる。
 お互い不器用でどうしようもないキスだと思う。だが、正解なんてきっと無いんだ。俺もかがみもただ、自分の舌がより多く絡み合うように動かしているだけだ。
 少しずつ気持ちに余裕が出てきた俺は、薄目を開けてみた。かがみの閉じられた瞳と、耳だけが見える。耳はもう真っ赤だった。それに気を取られてしまったせいか、緩慢になった俺の舌の動きに違和感を感じたかがみも薄目を開けた。思いっきり目があってしまったが、かがみは一瞬驚いただけで、すぐ甘えたような視線に戻ると、そのまま瞳を閉じてより激しく舌を絡ませてきた。
 経験したことの無い感覚に陥ってきた。キスなんて物足りない。もっと密着してしまいたい。お互いの体が溶け合ってしまってもいいとさえ思ってしまう。いや、そうできない事に酷く腹が立つ。思わず俺はかがみをより強く抱きしめてしまった。
 かがみの腕も俺の首の後ろに強く食い込んでくる。
 俺の頬になにか濡れたものが当たった。かがみの涙だということはすぐに分かった。驚いて俺は唇を離そうとしたが、かがみがそうはさせまいと俺の頭をしっかり押さえてくる。
 やがてかがみの方から唇を離すと、俺の胸に顔を埋めて嗚咽し始めた。
 何か小さな声でつぶやいていたが、すぐ分かった。俺に対してひたすら好意の言葉をかけているのだ。俺も泣いてしまいそうだった。俺もこいつの事が馬鹿みたいに好きだ。
 好きじゃないならキスなんてするはずもないし、お互いの体が溶け合ってくっついてしまえばいいのにとも思うわけがないだろう。

 なかなか落ち着かないかがみを電車に乗せるわけにもいかず、一緒にタクシーに乗って自宅へ戻った。1500円くらい夏休みの小遣いをたっぷりもらっていた俺には痛くも痒くも無いぜ。その代わり両親は盆の旅行に出ていて、俺は妹の世話をせにゃならんかったのだが。本来ならかがみの家まで送るのが筋だろうが、そうなれば4000円は覚悟せにゃならん。落ち着いたら電車で送ってやろうと思ったのだ。
 両親がいないのは気まずさが少なくて良い。しかも今は妹が家でシャミセンと戯れでもしてるはずだ。
 俺の妹は癒し系キャラらしく、数週間前の夏祭りで皆に紹介済みだし、かがみに結構懐いていた。
 案の定、かがみも妹の姿を見て顔をほころばせた。癒し作戦成功のようだ。あとはどう今日の事をハルヒやこなたにしゃべったりせんよう口止めするかだな。来週末の花火大会までに考えねば!
 その妹も今日から友達の別荘へと小旅行へ行くらしい。その準備と称して洗面所をめちゃくちゃにしてくれていたのが非常にムカつくが。
「ほら妹ちゃん、こんな大きいドライヤーいらないよ。タオルも一枚で大丈夫だから。石鹸もキンカンもあっちのおうちにきっとあるからいらないよ。ファブリーズも使わないから。げ!シャミ!?」
 道理でバッグがパンパンでしかも重たいわけだ。やや肥満に悩む我が家の愛猫は、カバンの中に無理やり押し込められていたらしい。だってシャミの方からバッグに入ってきたんだもんと妹はぶーぶー抗議したが、そりゃあ蓋の開いたカバンがおいてあったら入り込むのが猫の性ってもんだ。
 かがみによって救い出されたシャミセンは、一目散に台所の水飲み場へと走って行った。可哀そうに。
 それにしても、さすがは柊家潜在的長女といわれるかがみである。面倒見の良さはトップクラスだ。たった二泊しかしないのにパンパンに膨れ上がった妹のボストンバッグを見事にスリム化してくれた。4時に迎えに来てくれるらしい妹の友人が来るまで、俺とかがみと妹は三人で格ゲーで遊んでいた。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2007年08月17日 12:49
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。