お姉さま好きらしい妹は、かがみにべったりで、ハルにゃんとこなちゃんも呼んでよと駄々を捏ね、マジで電話をかけようとしたところを間一髪止めた。なんでよりによって俺の携帯電話の操作方法知っているんだ。しかもなんだ、俺的ブラックリスト上位二人をなぜピンポイントに気に入るんだこいつは!かがみは辟易しつつも、なんとか俺のごまかし作戦に協力してくれた。あの二人にばれたらマジでどうなるか予想がつかん。それよりも俺の大事な大事な大事な大事な(略)妹が泉の魔手によって池袋サンシャイン周辺とか千代田区外神田の辺りとか大きい本屋のピンクの背表紙がおいてある本棚ばかりに興味が行くような子になってしまったら目も当てられん!
(※泉こなたより註:いやさ、キョンの旦那はいわゆるアタシみたいなヲタクっていう生き物とパティとかひよりちゃんみたいな腐女子との区別がつかないらしいんだわこれが。)
妹を送り出した後、俺とかがみはしばらくシャミで遊んでいた。いや、正しくはシャミで無理やり間を持たせていた。時間も中途半端だし、テレビを点けても時代劇の再放送くらいしかやっていない。
しかし、シャミセンの奴は気まぐれにも俺達を残してリビングを去ってしまった。気まずいと感じるのは一瞬だけだった。かがみの奴は俺にべったりと密着してきた。
魔が差した俺は、今夜泊まって行かないかなんて言い出そうかと思ったが、ふと思えばとんでもない発言なのでそれは言わずに引っ込めた。
「あ!そうだ。あたし夕食作っていい?」
なんて事を言い出すんですかあなたは!あんまり上手じゃないけどと自嘲的に付け加えてはいるが、両親が去って以来、レトルトカレーしか食っていない俺には極めてありがたい提案だ。なんかニキビも増えてきたし、まともな食事がしたいところだった。
とにかく男の余裕を見せなければと俺は二つ返事でOKし、調理器具の場所は教えたが、途端に俺はなんともいえない充実感というか、満たされた気分に陥った。
手伝おうと申し出たが、結局かがみにソファで待ってろと命令され、俺はただぼさっと待っているしかなかった。
こうして座っていると、いると、なんていうか、その、なんだ、あれだ、あれみたいじゃないか。しかもキッチンの方を見れば女の子が料理してる。これって、これってやっぱり、そうだよなシャミ!ふ、ふ、夫婦みたいって感じだよな!ふらふらと戻ってきた猫にテレパシーで会話して見るが、残念ながら俺の幸せビームを感じ取る事はできないようだ。
「ペッ!」
それがお前の答えか。肯定と受け取っていいのだな。靴下に毛玉を吐きかけるシャミセンにもムカっとこないぜ。
「あ~あ。思いっきり足に炸裂してるね。駄目だぞシャミ公」
背後からかがみが抱きついてきた。めちゃくちゃ満たされた気分だったのはいいが、考えてみりゃずっと二人っきりだった。そう思うと緊張もしてくるが、もう長いことこうして暮らしているような気分にもなってくるのが不思議だ。シャミセンが俺の体を伝い、抱きついているかがみの首に襟巻きのようになってしがみついた。料理している間に相手してくれなかった腹いせだろう。かがみは緩みっぱなしの顔で、自分の髪の毛を使ってじゃれさせてやる。
その間に俺は慎重に靴下を脱いで風呂場の洗面器に放り込んできた。
「大したものしか作れなかったから、もうできちゃった。ちょっと早かったかな?」
確かに6時にもなってなかった。しかしまあ、女の子を長いこと引き止めちゃいかんしな。
それにしても助かった。オリーブオイルと醤油にバルサミコだけであんなにレタスが美味くなるとはな。
あり合わせで質素な料理だったが、町内のスーパーでかがみが誰かに目撃されようものならジ・エンドなので行けるわけも無かった。というわけで冷蔵庫と冷凍庫を片っ端から探し、ジップロックに入っていた鱈っぽい白身魚と冷凍野菜を適当に炒めて、スパゲッティと絡めたものに、日にちが経ち過ぎて表面が駄目になりかけていたレタスからなんとか食べられそうな葉を選り分けて作ったサラダだけだったが、俺の体は二日ぶりの生野菜を喜んで受け入れた。この程度でニキビが減ってくれるとは思えんが、明日からまた強く生きていけそうだ。
スパゲッティもなかなか美味かった。なんでこんなに臭みが無く仕上がるんだ。聞いてみると普通に料理酒を使うやり方しかやっていない。これが腕の差というやつか。
「B型のB型風いい加減料理でゴメンね」
また随分な謙遜だな。
「めちゃくちゃ美味かったけどな?」
「良かった。でももう二度と同じ味になんないからさ。残念ながら次がどうなるか分からないからね。この味忘れないでおいて」
なるほど、全部目分量でやってりゃそうなるだろう。
成り行きでご飯まで作ってもらうとは思いも寄らなかった。甲斐甲斐しく食器を重ねてキッチンに持っていくかがみを見ているのはなんともいえず心が和む。しかしいつまでも和んでもいられない。
「あ、おい。洗い物は俺がしておくから、ええと…」
次の言葉が出てこない。俺の潜在意識は帰したくないの一点張りだったが。
まだ7時にもなっていないのは確かだ。確かなんだが、高校生がもうこれ以上長いこと外出してたらいかんしな。
「ああ、ええと、あれだ、駅まで」
「洗い物してるから」
そうですか。そりゃー帰れませんね。うん。おい、待て俺。
「いや、でももう7時に…」
「妹ちゃんがひっくり返しちゃった洗面所きれいにしないと駄目でしょうが」
「そ、それは俺が」
「いつやるんだよ?」
「き、今日じゃないのは確かだが、な、なあ、その、時間が…追い出したいワケじゃないんだ。決して」
ふと気づいた。まさかな。
「いつまで押し問答繰り返すつもりだ?」
「うーん洗い物してる無防備な女の背中を見て何も思わない男には分かんないだろうね」
ドラマの見過ぎだろう。しかし欲求は抑えられん。
後ろから近づいて、肩越しに包丁などの危ない物を洗っている最中でないか確かめてから、かがみの腰に手を回し、頬に唇を押し付けてから、髪の毛に鼻を埋めてうなじの辺りの匂いを気づかれないように嗅いで見る。
「ちょっと!に、匂いかいだだろ今!」
急に男っぽい口調になりやがって。そうだ、これが猫かぶってもない本物のかがみだ。
嬉しくなって俺はもう少しちょっかいを出すことにした。髪の毛を掻き分けて、首筋に唇を押し当ててなぞってみる。
「な、なにしてんのや、やめ…」
「やめて欲しいのか?」
俺も負けてはいない。
「む…や、やるようになったわね…うーん、じゃあ不許可にしようか?」
「く…許可を願います」
「素直で宜しい!」
こいつには敵わんな。駄目だ。もう我慢できん。
かがみの両手が何も持っていないことを確認して、俺は無理やりかがみの自分の方に向かせて唇を押し付けた。
どちらからとも無く舌を絡める。今までで一番激しい。お互い唇が溶けてくっついてしまってもいいと思うくらいに絡めあう。かがみの方からゆっくりと唇を離した。
「洗面所片付けて、あんたの洗濯物も処理しましょ」
やっと分かった。時間稼ぎをしたいってわけか。そんな事をするっていうなら、外泊OKをもらえる自信もあるってことなんだろうと俺は良い方に解釈する事にした。
「いや、俺も自分で何とかするからさ、なあ、終電過ぎるまで時間稼ぎするっつってもあと4時間以上はあるんだぜ?良ければでいいんだけどな、その、まあ親も妹もいない事だし、泊まっていかないか?」
今度はかがみの方から唇を押し当ててきた。前歯同士が当たってカチカチという音がする気がする。舌を思い切り吸われて痛みが走るが、それすらも気持ちがいい。ハルヒの奴が「うたかたの幸せ」なんていう言葉を使っていたが、うたかたの幸せっていうのはやはり知っておくべき事柄だ。
洗濯機の音がわずかに響く中、風呂から出てきたかがみはソファに座っている俺に、甘えるように抱きついてきた。
そんなに狭いソファでは無いんだがな。軽く唇を合わせてから、テレビの方に目を向けた。
シャワーを浴びた後で、お互い汗ばんでいたが、もうそんな事を気にする間柄でもなくなっていた。
「ねぇ、白のシャツ無かったの?」
黒いシャツを着たかがみがイタズラっぽい視線で俺の方を見てくる。おいおい、気を使ったんだぞ俺は。
「白のうす~いシャツが置いてあったとして、お前はそれ着るんか?」
「あったりまえじゃん。男のロマンって奴でしょ」
ラノベの読みすぎですよかがみさん。俺はそういう紳士で無上の優しさをもってなおかつ清らかな交際を望んでしかもちょっとでもエロい展開がやってきたら鼻血を噴出して倒れるようなキャラじゃないぞ?
やばい。想像の翼が、もとい妄想の黒い鉤爪のついた汚らわしい翼が広がっていく。
「か、髪の毛ほどいてるのも可愛いな」
とりあえずかがみを黙らせるには、褒める事が良いのではと一計を案じた俺は、頭を撫でてやりながら言ってみる。
実際本当に可愛いから目のやり場に困ってしまっているのだ。
「え?お、おいどうした?」
泣いてる?なんで!?さっきの事と喫茶店の事と言い、わけわからん。
「お、俺さっきから気に障ることばっかり言ってるか?そうだとしたらすまん。だけど教えてくれないと分からねえんだ」
「違うよ!」
嬉しくてたまらないからと聞こえたような気がした。
嗚咽しながらゆっくりとかがみは話してくれた。目が可愛いなんていわれたことは一度もないし、目線がきついといつも言われ続けたそうだ。妹の方がやたらと柔和な目をしているからだろうな。これはちょっと可哀そうだ。
高校二年になっても左右にリボンをしてないと、すごくとっつきにくい女に見られるかららしい。髪の毛を下ろしていて褒められた事なんて一度も無いそうだ。随分見る目がない人間に囲まれてるな。
頬に伝った涙を唇で舐め取ってから、抱きしめてやる。きっと今は顔を見られたくないだろう。
そりゃあ、今俺やSOS団の面子が抱えている数多の悩みと比較すれば、それはとても小さいものに思えてしまう自分が腹立たしい。こいつにとっては大きな問題だったのだ。
まあとにかく、俺は他人と違ってこいつの瞳もほどいた髪も可愛く見えるんだから、しっかり受け止めてやらなきゃな。
最終更新:2007年08月17日 12:57