「ねえ、今どんな事考えてる?」
どんな事も何も、お前の事以外考えられることなんてあるか。
ベッドの上で、俺はかがみを抱きしめていた。お互いの方を向き合っていると、会話する時、顔に息をかけてしまうのは嫌だと言うかがみの気持ちに答え、俺はかがみを後ろから抱きしめるような格好になっている。考えてみりゃ俺も歯を磨いたとはいえ、野郎の汚い息をかがみの顔に吹きかけ続けるわけにはいかんので大歓迎だった。しかもこの体勢では髪の匂いはかぎ放題だし、髪の毛を梳るフリをしてかわいいうなじをたっぷり観察できるという特典もついている。
俺もかがみも、なんだか不思議と落ち着いてしまっていた。若い男女がこうしてベッドの中で抱き合っていたら、次の行動なんてのは、その、あれが始まるのだろうがな。俺はやっぱり淡白なんだろうか、そんな気分にならないし、かがみからもそんな気分を感じる事ができない。一つの枕、一枚のタオルケットを共有できるくらい密着していることに、俺は心底満みたされた気分になっていたのだ。
「お前の方は、どうなんだ?」
質問を質問で返すのは男らしくないが、ささやかな抵抗ってやつだ。
「あたしはやっとアンタの壁の殆どを突き破ることができて満足してるって気分かな。うーん…まだ満足してないかも」
思わずどきっとして体を震わせてしまった。それはつまりなんだ、やはり次のステップを求めているって事なのか。
間髪いれずに応えるって事は、もうこの質問返しは予想済みだったのだろう。
「そんなにびくびくしなくていいから。うーんどっからいこうかね。違う、誰から行こうかな?」
話の雲行きが少し怪しい。何を言ってるんだこいつは。だが、こんな風にしている時に、他人の話をする程無粋な奴じゃない。きっと意図があるんだろう。俺はかがみに対して壁を張っているつもりなんて無いが、かがみには壁が見えているようだ。
「まず、あたしが一番最初に気になったのはユキかな。必要な時以外は喋らないし、なんかぎこちない感じがするしね。
そりゃ、彼女の魅力かもしれないけど、なんだか抑圧されてるみたいに見えてさ、たまにすっごく心が締め付けられるよ。きっと彼女色んなこと我慢して生きてるように見えるんだけど、間違ってるかな?笑ってるところとか一度も見た事無いし。数式とかすっごく詳しいし、なんでも秒単位で覚えてたりするの。デタラメとは思えないくらい正確なんだよね」
俺はかがみの手を握り返した。嬉しかった。ちゃんと長門の事を気にかけてくれている人がもう一人いてくれたのだ。
「彼女が文芸部員で、SOS団に部室ごと組み込まれちゃったのって、本当に偶然なの?あたしにはそうは思えない。
偶然じゃなかったらなんなの?って訊かれたら答えようがないけどさ」
何も言えない。正直このまま部員一人ひとりの話が続き、最後に核心を突かれてしまったらという恐怖が俺を支配し始めていた。
「みくる先輩も、なんだか不思議な感じがする」
どうやらそういう話のようだ。俺はとにかくこの話をしっかり聞かなくてはならない事だけは確かだ。逃げるわけにはいかんだろう。
「ある部分が犯罪的大きいのを除けば、すっごく幼く見えるんだけど、たまにあれ?って思うんだよね。本当はあたし達よりも一つどころから二つも三つも上なんじゃないかなって。つかさとこなたの事をよく可愛がってくれてるけど、あたし達より一歳年上なだけであんなに親みたいなあやし方普通できるのかなあって。なんだかたまにすっごく大人の女に見える時があって憧れちゃうんだ。そんな時ない?なんかすごく達観してる感じもするし」
無いといえば嘘になる。俺も彼女の実年齢を少々疑っているところだ。達観してるのはまぁ、ハルヒのせいかもしれんが。
「じゃあ次は古泉君かな」
俺はまた体を震わせてしまった。かがみは自分の体に回っている俺の手を握り締めてくれた。大丈夫と諭してくれているらしい。
すぐに話題を他の人物に変えてしまうという事は、核心を下手に突く気は無いのかもしれない。
「古泉君は…なんだか行動パターンが読めないし、物腰が優雅で繊細なんだけど、普通の高校生とはかなりかけ離れ過ぎってくらい普段は落ち着いてるしね。つかさがあいつの事す…じ、じゃなくてき、気になるのも仕方ないなっていうか、まあやたら大人の男みたいな感じがするし」
「お前はつかさのお父さんじゃないんだし、姉妹とはいえ同い年なんだから誰を好きになろうが、暖かく見守ってやってもいいんじゃないのか?」
少し余裕が出てきたので、古泉とつかさを弁護してやる。俺は普段から古泉には一定の感謝の気持ちを抱いているし、これからもそうだ。好意を持つ者同士を引き剥がしにかかるような無粋極まりない事をせずに済むなら、その方が良い。
「うーん、そうね」
良かった。なんとなく大事な妹が男に取られてしまうのは納得がいかないんだろうが、人の恋路を邪魔する程柊かがみは愚かじゃない。
「で、キョンがいて、変な口調の…ええと、鶴屋先輩がいて、みんなの中心には必ずハルヒがいるんだよね。もうなんだか色々揃いすぎてて、疑ったらキリがないわ」
済まん、これ以上追求しないでくれと懇願しようと口を開いたが、いつの間にか俺の方を向いていたかがみに口を口で塞がれた。ひとしきり舌を絡め合うと、すぐにかがみは元の方向を向いてしまった。
「別に追求しようってこんな話してるんじゃないんだから、黙って聞きなさい」
真意がまだ見えない。とにかく黙って聞くしかないわけか。
「例えばさ、あたしが実はキョンと古泉君とか、谷口や国木田君の事をものすごい腐った目で見てて、夜な夜な男同士が濃厚に絡み合ってるマンガを描くのが辞められなくて苦しんでいるなんて言ったらどう思う?」
悪寒が走るぜ。すげぇ恐怖だ。知りたくも無い事実ってやつだな。
「でしょ。で、もしあたしが実際そうだとして、キョンはあたしに対する態度を変えたりする?」
そりゃあ断じてないと言い切れる。
「じゃもう一つ質問。あたしがそんな変態趣味である事は知ってる方がいい?それとも知らないほうがいい?」
すんません、全てを受け止めたいってのは事実なんだが、話さなくていい事は話してくれなくて一向に構わんってもんだ。
「でしょ?それはあたしも一緒なんだけど?何が起きてるか分からないけど、ちょっと普通じゃない連中が寄って集ってハルヒに振り回されてるんだからね。おかしいと思わない方が変でしょ。だけど、あたし達になんにも話さないって事は、結構のっぴきならない事になってるって事なんじゃないの?あたしもラノベの読みすぎかな?」
いや、大正解だ。世界がのっぴきならないことになってやがるんだ。
ハルヒの秘密をかがみが知ったところでどうなるだろう。きっと心強い俺の味方になってくれる。だが、話すわけにはいかん。俺みたいな単純馬鹿がこんな事実を握ってしまうよりも、こいつの明晰な頭脳だったら、重圧に押しつぶされてしまうかもしれない。
とにかく、やっとこいつがいいたい事が分かった。隠し事なんてどうでもいいと、そういってくれてるんだな。俺は、その気持ちに答えないといけないみたいだ。
「なあ、正直に一つだけ告白する」
どうしても言いたくなった事を俺は口走っていた。
「しなくてもいいよ?どうしてもっていうのなら聞いたげる」
「お前の事もっと好きになった」
かがみはゆっくりと両手で俺の片手を掴み、自分の胸に押し当てた。手のひらに広がるなんとも柔らかく、そして中央に感じる小さな突起のような感触に俺の精神が蝕まれていく。
「ふう~ん。じゃ、今はハルヒの事なんてどうでも良くってあたしの事だけしか考えてないってことだよね?」
「あ、ああ、もちろん」
俺の頭の中も俺のスケベ心も洗いざらい全部自分の方に向けようとしているのかこいつは。なんて可愛いことしてくれるんだ。我慢できる事もできなくなっちまう。
無理やりかがみの体の向きを変えて唇を奪う。さすがに驚かれたらしく、小さな抗議の声が聞こえたが、気にしてなんかいられるか。俺は今すぐキスしなけりゃ気が狂っちまいそうなんだよ。
今までよりずっと甘美な感じがするのは気のせいじゃないだろう。お互いもっていた壁という壁が取り去られ、二人しかいない世界に閉じ込められてしまった気分だ。
ひとしきり唇の感触を堪能すると、かがみは再び向きを変えて同じ体勢をとってしまった。俺は少しだけ体を離した。
いくら気持ちが落ち着いてはいても、まあ、俺も男なんだから、下半身が反応し始めてくるのは仕方ない事だろう。
それから俺達は、お互いの体をいたずらをするように触れ合ってふざけあったり、お互いの顔にキスの雨を降らせたりもして、家族の話とか、学校の話をずっとしていた気がする。
どちらが先に眠ってしまったかは分からない。
ふと意識を取り戻した俺は、視界の中に誰もいないことに気づいた。
「夢…か?」
ぺしっと額を叩かれた。
「バーカ。夢オチにすんな!」
頭に不思議な違和感があると思ったら、どうやらかがみの膝の上に乗っかっているかららしい。
急に愛しくてたまらない顔が自分に覆い被さってきた。朝一番から深いキスだった。俺の口の中へ、かがみの唾液がとめどなく流れ込んでくる。
いつか必ず、毎日こんなキスができるようにしてみせたいもんだ。
ああ、しかしだ、健康な高校生男子の猛り狂った朝のアレをどう誤魔化そうか。まあ、今はこの甘いキスをずっと味わっていたい。
真夏の朝はもう既に耐えられない程暑かった。お互い前髪が額に張り付いてしまう程の大汗をかいてしまっている。
かがみも暑かったのか、俺の洗顔用ヘアバンドらしきもので髪の毛をポニーテールにしている。
ああ、ポニーテールだ。俺はポニーテールについてなら文庫本一冊分くらい語れる自信があるぜ。ましてやこいつのポニーテールときたもんだ。グインサーガもびっくりな大長編を仕上げてやろうかという気にもなる。いや、ペリー=ローダンシリーズも超えてみせる!
などと馬鹿な事を考えていると、今度はとんでもない提案が降ってきた。
「ねぇ、一緒に風呂入ろっか?」
「ほ、本気か?」
答える代わりに、かがみの唇が深く重なってくる。
俺の心の平静はまだ遠い様だ。いや、幸せなんだがな。
完
続編
最終更新:2007年08月26日 23:31