晩夏の二人 1


続編


晩夏の二人


「…わ、分かった!落ち着け!な!」
 現代っ子らしく俺と柊かがみの通信方法はメールが中心である。偶然携帯会社が一緒ではあるものの、大した通話割引があるわけでも無く、そう長く話してもいれん訳だ。
 久々の音声通話は、今日のデートプランをことごとく破壊する内容だった。帽子にサングラス着用でなるたけ地味な服装をしていろ、駅に付かず離れずの位置にて待機とはどういう意味だ?今日はそんなスパイめいたデートをするつもりか?
 サングラスは無いが去年流行りに乗って買っちまったビームスなるブランドのキャップがある。シャツはまあ、流行りに乗って買ったアディダスのレトロデザインポロシャツなら濃紺だし良いだろう。それに流行りに乗って買った古着のデニムを履けば、まあなんて地味臭い事よ。というよりも流行に流されるだけ流されている自分に気づくのはなかなかに心痛む事だ。中身の無い人間である事を物に教えられる気分だ。
 高校に入ってからどんな物が流行ったかの歴史が一目で分かるようなスタイルで、駅から付かず離れずの位置(と思うんだが)本屋に陣取ってメールをかがみへと送信する。
『ターゲットを捕捉中。南口時計台前にて待ち合わせの可能性あり。至急4番ホームにて合流せよ』
 言われるがままに北口にいた俺は周囲を警戒しつつ改札口を定期で抜け、4番線のホームへ向かう。なるほど、時計台がよく見える。そしてその袂にちょこんと立っている人物こそ我等の追うターゲットだ。よく見ればなんだか随分とそわそわしながら色々な方向を伺っているのが分かる。電車のホームは地面から5メートルくらいの高架上にあり、数十メートル離れた位置にあるので、表情までうかがい知る事が出来ない。
 合流する相手はすぐ見つかった。全身ダーク系で固めてはいるが、馴染んだ顔はすぐ分かる。
「お父さん!大事な娘の一大事に遅いわよ!」
「母さんや、娘ももう17なんだから、いい加減目くじら立てる事はないんじゃないか?」
「あなたがそんなんだから娘があんな男にたぶらかされるのよ!」
 どうやら今日の設定は放任主義のお父さん(俺)、子離れできないお母さん(かがみ)らしい。
 まあ、コントの設定はどうでもいい。俺はまず魂の叫びから処理しておかなければならない。
 ジーザス!
 今日の柊かがみ様のお召し物は、細身でオールドカラーのブラックジーンズに白のヤンキーズのTシャツ、グレーの半袖の上着はたしかライダーズベストだかいう上着の少し丈が長いタイプだ。それよりもな、それよりもだ。髪の毛をアップにして大きめの黒いサファリハットにたくし込んでるのが!うなじが!見えて!非常に!素晴らしい!
「帽子交換していい?さっき急いで買ったらメンズと間違えちゃった」
 俺のキャップのサイズを小さく調整し、背部の穴から団子にしてある髪の毛を出してやるのを手伝うが、さすがに長い髪の塊は帽子の穴からなかなか通すのに困難したが、なんとか帽子は多少ぶかっとしながらもかがみの頭に納まった。
 さて、もう一度俺は魂の叫びを上げなくてはならない。
 ジーザス!ワンモアセッ!
 うなじがはっきり丸見えだ。ああ、母さん、もう娘は忘れてこのまま人気の無いところへ行きたいよ父さんは。
 人生初のサファリハットは違和感満点だが、まあ大して問題無かろう。本当なら数駅先のミニシアターで単館上映の映画をこいつと二人で見に行く予定が変わってしまった事に不満を抱くのが普通なんだろうが、俺はボーイッシュファッションに身を固めるかがみ様を鑑賞できる事に大満足だった。
 しかし我等のターゲットこと娘の柊つかさ嬢の格好をよく見てから、かがみの姿をもう一度見てみると、ある一つの疑問が浮かび上がる。
「なあ、隠密行動の割にはお前つかさと服がかぶってないか?」
 二卵性とはいえ双子には変わらないのだから仕方ないのかもしれんが、二人の服の相違点は帽子の有無と半そでライダージャケットの色だけだ。つかさの方はチャコールブラウンである。
「あ、あたしが先に家出る時はあの子スカート履いてたのよ!」
 尾行すると思われないよう、つかさよりも10分程早く家を出たそうだ。だがそれは服装がばれているという事じゃないかね母さんや。母さんの服装を見て娘も着用する服を変えたんじゃないかね。
 まあ、あんまり疑問をぶつけすぎると後が怖いのでやめておく。
「おい、ターゲット2が来たぞ。どこ行くか分かってんのか?」
「当たり前よ。さあ、行くわよエージェントスミス!」
 返答に困るキャラ設定は慎んでいただきたい!


『な、なんでお姉ちゃんがいるの!?』
 思わず叫びそうになってしまった。昨日の夜にミニシアターの映画を見に行くって言ってたのに!でも今駅に立ってる人はお姉ちゃんに決まってる。
 あれ?なんか誰かと話してる。キョン君しかあり得ない!二人で尾行なんてどんだけ…!とにかく待ち合わせ場所変えなきゃ!ええと、ええと、メールしないと。
「お待たせしてしまいましたか?」
「うひゃあ!」
「驚かせてしまいましたか。これは失礼」
 心臓止まるかと思った。やっぱり見られてるよね。早く移動しないと追いつかれる!
「え、えと、おはよう!早く行こう、ね!」
「は、はい…そうですね。時間はあればある程良いものです」
 ああもう!ドラマでヒロインの彼氏にちょっかい出すから回りな女の子みたいになってきた。ああもうなんか振られキャラフラグが立っちゃったかもしれないよ。ああ!フラグとかこなちゃん語普通につかっちゃってるし!ああもう!


「おい、なんかすげー勢いでつかさが古泉の手引っ張って走ってるぞ」
「ぬああ!あんの男つかさの手を!」
「少しは静かにしゃべってくれ!」
 本当に子離れできてないお母さんみたいに。しかも一方的に古泉の事を引っ掴んで走ってるのはつかさの方じゃないか。
「黙れ!あの男殺す!」
 でかい声でバイオレンスな台詞はカンベンしてくれ!


 どうしよう。すごく恥ずかしい!もし遭遇しちゃったら引き剥がされそうだし、で、で、デートなんて何着ていいか分からないからお姉ちゃんの服装丸パクリなのもばれちゃう!

 今日古泉君を誘おうと思ったのは、ちょっとしたきっかけだった。
 なんだか恥ずかしくてお姉ちゃんには相談できなかったけど、古泉君と毎日メールで話してた。夏休みになってから、顔を全く合わせる日が無くなってからも、電話はちょっと勇気が出ないし、料金が嵩んだら没収されちゃうし。だからメールだけ。なんだか、毎日が不思議と寂しくて、夜泣いてしまったりする理由が分からなかった。
 でもその理由はお姉ちゃんが電話している声を聞いて、すぐに分かった。
「スプラッタ系なんだけど叙情的って言うのかなあ?」
 わわ!こなちゃんとまたホラー映画見に行こうとしてる…!なんか、なんか断る方法考えなきゃ!「いや、それがこなたの奴は最初から最後まで血みどろぐちゃぐちゃがいいらしくてフラれちゃったんだよね。つかさを誘うのは酷だし」
 あれ?相手はこなちゃんじゃない?
「はいはいあたしもよ。名前で呼んでくれって言われてもなあ…名字も名前もキョンでしょあんた」
 やっぱり怪しいと思ったら、キョン君と、その、そういう関係なんだ。
 いっぱいからかってやると決意したけど、今の電話を聞いて閃いた。やっと寂しくならない方法を見つけた!
「あ、ええと、古泉君?明日、一緒に、ええと(ああ!何にも考えてなかった!)、ええと、漫画喫茶行こう!」


「…なんてでかい声で電話してたのよ!」
 いや、だからそれは古泉じゃなくてつかさの方から誘ってるじゃないか。
 俺達の言う漫画喫茶とは、駅ビルの中を2フロア専有しているなかなかの規模を持った店だ。かなりマニアックな漫画からライトノベルまで見事に完備している。何よりもカラオケボックスの様なブース構造がカップルの人気を博しているのだ。
 なんとかつかさと古泉が入った部屋の向かい側を確保し、ちらっと覗けばガラス張りのドア越しに二人の姿は確認できた。しかしドアの真横にでも移動されてしまえば姿が見えなくなってしまう。
「むう…!」
 複雑な顔をしてかがみは向こうの部屋を覗いている。あんまりガン見するとばれちまうからやめて欲しいんだが。


 お姉ちゃんに少し悪い事しちゃったかも知れない。確かに古泉君と二人で会いたくて仕方なかったけど、今日になってすごく緊張してしてたから、お姉ちゃんの姿が駅のホームに見えた時は少し安心した。違う。すごく嬉しかった。
 でも今日はお姉ちゃんに頼っていたら駄目だ。今は古泉君と二人なんだから。どこへ行くかなんて一言も言ってないし、それにほら、ホームでキョン君と待ち合わせしてたのかもしれないし…そんな訳ないか。ミニシアターの駅は反対方向だし。
 あれ?なんか引っかかる。昨日の会話で忘れてる部分がある気がする…。
昨日お姉ちゃんが一人で映画見て来るって言うから、わたしは嘘だと分かってた。でも会話はそこで終わらなかった気がする。
 そうだ!お姉ちゃんが本当に一人で行くつもりでわたしは誘われて行く羽目になったらどうしようって心配になって、応えたんだ。
「あ、あ、明日は学校の駅にある大きい漫画喫茶行こうと思ってたから、ごめんね」
 言っちゃってる!言っちゃってるよわたし!
「どうしたんですか?」
「わ!わあ、ありがとう」
 ああ、飲み物とかDVDとか全部持って来てくれてる。女性がこういう事をしなきゃ駄目なのに!
 どうしよう。わたしと古泉君が一緒に遊んでるの良く思ってないから尾行されてるのかな。でもそれはわたしが頑張って理解してもらわなきゃいけない。それにほら、言った場所に素直に行くなんて疑り深いお姉ちゃんなら思いも寄らないだろうし。
「気のせいかもしれませんが、かがみさんらしき人が見えた気がしましたよ。合流する予定でしたか?」
「え!?無いよ!無いよそんな予定!お姉ちゃんなら今日はキョン君と映画…うわわ!」
 駄目だ。わたしはやっぱりお姉ちゃんに秘密を打ち明けてもらう権利なんて無い。
「映画ですか。泉さんとですかね?」
 あれ?聞こえてなかった?そんな訳無い。気をつかってくれてるんだ。さっきからずっと気をつかわせてばっかりいる。なんでこんなに駄目な人間に生まれたんだろう。さっきから焦ってばかりでまともな会話もしてないし、いきなり手を掴んで走ったりして。何してんだろうわたし。せめて謝らないと。
「あの、ごめんなさい…さっきからわたし、変で、その…」
「そうですか?いやあ朝から女性に手を引かれて走るなんて、男から言わせればなかなか無い幸運ですよ」
 古泉君ってやっぱり大人だ。
「そんな顔も可愛いですが、出来れば笑っていて欲しいものですよ」
 なんだかあやされてるような気分になってきた。やっぱりわたしは子供だと思う。
 今日誘った理由だって、古泉君と会えない事が無性に寂しかったからという理由だけだと思う。
 こんな理由で人を誘ったらいけないのになんでだろう。
「さあ、ちょっとこのDVDでも見ませんか?長いものではありません。気に入るかは分かりませんが」
「う、うん」
 備え付けのDVDプレーヤー付液晶テレビに映ったのは、外人の不精ひげを生やしたボーカルのバンドだった。ライブのDVDなんだと思う。
「趣味を押し付けて申し訳ありません。毎日このバンドの曲を聞いてないと調子が出ないものですから」
 なんだかやる気があるんだか無いんだか分からない声で歌ってるし、英語の歌詞なんて分からないけど、すごく耳に残る。
 不思議なバンドだった。いきなりバンドの演奏が終わったかと思ったら、ボーカルがアカペラで歌い出したり、ギターを弾いていた人が一人ステージに残ってギターだけで歌い出したり、いきなり関係ない曲のサビを織り混ぜたり。 でも、聞いてると気持ちが軽くなっていく。


 向こうの部屋の様子は全く伺い知る事ができない。それというのも、なんだか暗い顔をしているつかさを見て、古泉が何かをやらかしたと勘違いし、特攻しようとしたかがみを羽交い締めにしているからだ。
 本当は俺も間近で見てみたい事がある。古泉の顔色だ。
 夏休みも残り少ない。絶えず連絡は取り合ってはいるものの、実際会う機会は少ないしな。閉鎖空間がどれだけ発生しているかはっきり質問できないというのもある。訊いた所で無力感が募るだけだからだ。
ちゃんと眠れてるのかあいつは。
 わずかにだが音楽が聞こえてきた。確か高~い国産MP3プレーヤーのコマーシャルで流れている洋楽だ。
音が漏れてくるとすれば、結構壁が厚めなので正面の部屋くらいしかあり得ない。取り敢えず俺の腕の中で隙あらば突っ込んで行こうとする奴を説得する材料にしてしまおう。
「ほら、音楽鑑賞してるだけじゃないかよ、な!洋楽なんていかにも古泉らしくキザなセレクションじゃねぇか」
「…むう」
「むうじゃない。なんなら覗いて見ろ。ちらっとな」
 まあ、これは賭けだった。古泉の紳士度が試される!
「むう…」
「ほら見ろ、な」
 グッジョブだ。古泉は相変わらずドアから見える位置のソファに座っているし、つかさは古泉から少し離れた位置に座っているのがよく分かる。


 内心音楽で雰囲気を作って美味しくいただいちまおうと毒牙を伸ばすなんてシナリオ浮かんだが、まあそれほど分かっているとは言えんが、古泉に限ってあり得んしな。
 一安心した所でかがみと目が合った。納得行かない顔をしながらも、真横にぴったりとくっつく様に腰を下ろして来る。
「良く堪えてると思うぞ。まあ尾行する時点でイマイチ堪えきれてないかもしれないけどな」
 かがみは目を合わせる事なく、俺の腕を自分の体に抱え込んだ。
「ごめん。あたし何やってるんだろ…自分でも変な事してるの分かってるんだけど、心配で頭の中めちゃくちゃになってくんの」
 そういえばこいつはつかさを上回る寂しがり屋だったな。
「つかさはどこにも行かないと思うぞ?お前が俺と秘密で会ってる時なんて、つかさが今お前が感じてる寂しさみたいなのを味わってるかも知れないんだぞ?」
 しまった。寂しいなんて言葉を使っちまった。寂しがりやだということはかがみには禁句だ。しかしかがみは理解してくれた様だ。
「秘密にするつもりなんて無いのに…」
 まあ、俺も家族の誰にも打ち明けてないしな。もしもう少し年の近い兄妹がいれば俺も悩むんだろうに。
 小さな声でごちるかがみが可愛くて仕方がなくなってきた。もう探偵ごっこは止そうぜ母さん。
 どちらかともなく視線を合わせ、お互い被っている帽子を軽くはね上げ、唇を合わせる。寂しくない寂しくないと暗示をかけてやりながら、俺とかがみはしばらくそのまま動かなかった。

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最終更新:2007年08月26日 23:20
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