1.
ゾゾの町で一番高い建物の最上階の奥に,ティナはいた.彼女は幻獣ラムウに守られて,
静かに眠っていた.私たち・・・ロック,私,エドガー,マッシュは,ラムウから20年前
の「幻獣狩り」という悲惨な出来事を聞かされ,そしてラムウ自身が,魔石と化して私た
ちに力を貸してくれたのだった.
魔導研究所に行けばティナは助かるかもしれないというのね・・・.魔導研究所・・・か.シドは元気にしているのかしら?裏切られても,シドの心配をしているとは・・・私はどれだけシドに依存しているというのだろう.帝国からリターナーに寝返った私が,再度そこへ足を踏み入れることになろうとは・・・.おかしなものだ・・・.
ナルシェからやって来た皆と,ゾゾの建物から降りる時,交わしていた会話の中で・・・
「私が帝国に行くわ.ガストラ帝国内部でのことに詳しいから」
帝国潜入をいち早く買って出た理由は,勿論ティナを助ける為でもあるし,ガストラ帝国
と私自身との関係に,きちんとケジメをつけたいと思っていたからだ.そう,一人で行け
ば,問題ない・・・.と思っていたところにロックが,
「俺もついて行くぜ」
と言い出した.そうだ.ロックとは,守り守られる関係にいたんだ.私は一応,彼に何故
私と一緒に帝国へ行くのか訊いてみた.
「ロック」
「ん?どうした?」
「どうして私と一緒に行くって?」
「ああ,秘宝のこともあるしな」
えっ,それだけ?私と守り守られ生きてゆくってことは・・・どうなったの?それに彼が
言った,秘宝・・・.
ゾゾの町に辿り着く前,コーリンゲンという小さな村で,ロックが思い出すように語った,
彼自身の過去の内容が脳裏を過ぎる.
ロック・・・彼には,昔,レイチェルという恋人がいた.ある日のこと,レイチェルはロ
ックとトレジャーハンティングをしている最中,崖から落ちて,記憶喪失になった.今ま
で自分がしてきたこと,そして何よりもロックという存在すらも忘れてしまったのだ.
『出ていって!あなたが誰かは分からないけど,
あなたが来ると,家族皆が辛い顔をするの!』
大切な恋人自身からそう拒絶され,ロックはコーリンゲンから出て行った.そして一年後,
彼が村へと戻った時,聞かされた事実.レイチェルは帝国軍からの攻撃で命を落としてし
まっていた・・・が,亡くなる前に彼女は,ロックのことを思い出し,彼の名前を呼んだ
という・・・.
私は,彼がしきりに「俺が守る」という言葉を繰り返し言っていた理由がそこで分かった
のだ.守るべき人を・・・大切な人を守れなかった苦しみ・・・.その苦しみは,私にも
分かる.私もかつて守る側の人間だったからだ.
秘術の薬液で,亡くなる寸前のまま,止まった時間の中に,レイチェルはいた.その時に
ロックが言っていた,彷徨える魂を呼び戻すことが出来る,幻の秘宝・・・その為に彼は,
帝国に忍び込もうとしている・・・.
じゃあ,私の存在はどうなったというの?彼の頭の中には,レイチェルしかいないという
の?私は,私は・・・.
ゾゾの町から出た私たちは,ロックの提案で,ジドールという,貴族たちが住んでいる街
へ行くことになった.
2.
「さぁ,着いたぜ.此処がジドールという街だ」
ロックは相変わらず私たち一行の先頭を歩いていた.私のすぐ後ろに着いているエドガー
がジドールという街のことを説明してくれた.
「此処は,金銭と地位が全てだと信じる上流階級の人たちが住む街だ.オークション会場
もある.噂では,先日『魔石』が入荷したらしいぞ」
「魔石もオークションで売ろうとしているの?それさえも売り物にしてしまうなんて…」
と,私が言うと,エドガーはこう返した.
「セリス,そう気に病むことはないさ.貴族の連中なんかにとっては魔石はただの宝石で
しかない.ただの物珍しさで買っていく奴らが殆どなんだから.その買ったものの本当の
意味なんて求めずに,ただキラキラしていれば良い,そんな連中ばかりが住んでいるとこ
ろに過ぎないのさ」
「でもロックは此処に手掛かりがあると・・・」
「それはきっとあいつなりの勘ってものが働いたためだろう.ロックの勘って,良く当た
るんだよな」
「それは,彼がトレジャーハンターだから?」
「そう・・・だな,そうとも言えるかもしれないね」
と,そこで街中を回ってきたロックが,街の入り口で話をしていた私たちのところに帰っ
てきた.
「街の奥にでっかい屋敷があってさ.なんでも,オペラ劇場の団長が訪れているらしいぜ」
「何故,ジドールに?」
「分からない.でも,何かものごとが動き出そうとしているっていう雰囲気だった」
「そうか・・・.じゃあ俺たちも行ってみるとするか,其処へ」
というエドガーとロックのやりとりもあって,私たちはジドールで一番大きな屋敷へと向
かっていった.ロックによると,アウザーという富豪が住むその屋敷は,沢山の絵画があ
らゆる壁にかけてあるサロンがあるらしい.
絵画に,オペラか・・・.軍事国家であるガストラ帝国で育ってきた私には,全くと言っ
ていい程,無関係なものだった.だけど,幼い頃から絵本を読んでいたから,絵画には興
味あるかな・・・.
そう思いながら,アウザーの屋敷に入ろうとしていたところと,ちょうど人が屋敷が出る
ところとで,その人と私がぶつかって倒れてしまった.私は起き上がり,その人に謝ろう
としたところ,その人は,私を見て何を思ったのか,
「マリア・・・なのか?」
と言ってきた.ロックが,
「何を言っているんだ?こいつは俺たちの仲間のセリスだよ」
と言ったからなのか,
「すまなかった,どうやら人違いのようだ.君たちの仲間のそのセリスという女性が,私
の劇団の女優にあまりにも似ていたのでな.ふゥー,それにしても困ったものだ.それで
は諸君,失礼した」
と言って,チョコボに乗って街の外へ出て行ってしまった.
私が,この私が,女優に似ているって?それ程の女性なの?私って・・・.
「『私の劇団』ってことは・・・もしかしてあの人が,オペラ劇場の団長さんなのか?」
「ああ,そうなんだろうきっと」
そう話しているロックとエドガーに,私はそれ程の女性なのか訊いてみたくなった.だけ
ど,ロックとは守りあう関係で,だから,その・・・過去のこともあってか,私のこと
を見ても,きっとレイチェルの姿に重ねてしまうんだと思う.エドガーは・・・口説きの
王様のことだ,きっと飾りげの無い,でもさりげなく女性の心にスッとしみこむような言
葉を言ってみせるのだろう.なら,マッシュは・・・?山で禁欲生活をしてきた彼なら,
きっと率直に私の事を見てくれるだろう.
私はマッシュに話しかけようと,彼を探したが,見つからない.やがて,エドガーが,
「おーい,マッシュ,どこ行って来たんだ?」
と言って,街の外から走ってこっちに向かってくるマッシュに呼びかけた.
彼が言うことには,
「それがな,兄貴,あの人が落としていった手紙を届けようとして,でも追いつかなくっ
て・・・仕方ないから帰ってきた」
「手紙・・・?」
と言って,エドガーはその手紙を開いて,書いてある言葉を読み上げた.
「『おたくのマリア,嫁にするから,さらいに行くぜ さすらいのギャンブラー』」
3.
「誰なんだ?その『さすらいのギャンブラー』って」
と,手紙の文を読み上げたエドガーに向かってロックが言った.エドガーは,
「さぁな.俺にも分からない.まずこのアウザーの屋敷に入って,詳しく事情を訊くの
が一番だろう」
と返した.
アウザーの屋敷にて,情報収集をしているロックとエドガーを余所に,私は沢山の絵画
がかけてあるサロンで,じっくりとそれらを眺めていた.そう眺めながら,私が思って
いたこと.三年前・・・シドから,私の15才の誕生日プレゼントとして貰った,バラ
の株に添えてあった言葉・・・.
"お前はもう立派な女性だ.
気品のある振る舞いを忘れぬことじゃ.常に凛々しく健やかであれ"
果たして私は立派な女性なのだろうか・・・.気品のある振る舞いというのも,分から
ないでいた.具体的にどうすればいいのか分からない.帝国にいた頃は,周りに女の人
がいなかったから・・・,立派な女性だと言われるひとがいなくて,学習しようにも学
べなかった.仲間と共に戦うことには自信があるけれど,傍から見て私が本当に立派な
女性かは,自信がないし,そもそも分からない・・・.
そうこうしている内に,次の目的地が決まったようだ.なんでも,世界に一台しかない
飛空挺を所有しているセッツァーという人物に会いにオペラ劇場へ向かうそうだ.確か
に,飛空挺があるのなら南大陸の帝国へ向かうことができる.
このようにして,私たちはジドールからチョコボに乗ってオペラ劇場へ行くことになっ
た.そこにはアウザーの屋敷の前で私とぶつかったあの人がいた.
「よぉ,団長さん.あんたが落としていった手紙を読んだぜ.なんでも,マリアをさら
いにセッツァーという男が来るそうだな?」
と,ロックが声をかけると,団長は困った顔をしながら,
「劇は成功させたいし,かといってマリアをさらわせたくないし・・・」
と,悩んでいた.その言葉を受け,ロックが額に指を突きながら,何かを考え込んでい
るようだった.やがて,彼はハッと何かを思いついたようにして,こう言った.
「なら,本物のマリアさんには安全な場所に隠れてもらって,マリアに化けたセリスを
わざとさらわせて,その隙にセッツァーの飛空挺に乗り込むっていうのはどうだ?」
私と団長は,そろって「へ?」と開いた口が塞がらなかった.団長は,
「マリアに化けたセリス・・・?」
と言ったが,
「似てるんだろ?セリスとマリアは」
と言ったロックに対して,「名案だ!」と言った.だけど・・・.
「ちょ,ちょっと!私を置き去りにして勝手に話を進めないで!」
と,私は抗議した.
「ああ,ごめんな,セリス.でもお前に頑張ってもらわないと,帝国に潜入できないん
だ.それとも,何かセリスなりの案があるのか?」
ロックは穏やかに話してくれたけど,私は黙ってしまう他なかった.
どうしてこうなったんだろうか?
"マリアと私が似ているから"
たったそれだけのことで,私は今まで考えてもみなかったことをやらされそうになって
いる.女優に似ている,ということは,私は外見としては「それ程」の女性なのだろう.
でも中身は・・・.
黙ったままで悩み込む私を気遣ってくれたのか,エドガーは,
「みんな.これはセリス自身の問題だ.しばらく一人にさせてあげた方が良さそうだ.
セリス,俺たちは2階の観客席にいるから」
と穏やかに言った.これは,私自身の問題・・・確かにそうだ.
私は楽屋に入り,考え込んでいた.似ているから,という理由で私は,私は・・・舞台
女優にならざるを得なくなっている.こんな,元帝国軍の将軍だった私が,オペラ?絶
対,ムリ!私は台本を机の上に投げ出し,机の上で塞ぎ込んだ.
ややあって,塞ぎ込んでいた私の肩にトントンと,触れた感触がしたので,私が起き上
がると,私とそっくりな姿をした女性がいた.彼女って,もしかして・・・
「あなたが私の代役を引き受けてくれるという,セリスね?私はマリア」
やっぱりそうだったんだ・・・.
「もう何十分もそうやって塞ぎ込んで一体何を考えていたの?あなた,自分が『女』だ
っていう自覚はあるのかしら?」
私は鏡を見ているようだった.だって,自分とそっくりなひとが目の前にいるんだもの.
4.
自分が「女」だって自覚があるのかって・・・?
マリアにそう問われ,私は考え込んだ.帝国にいた時,私は,女性として扱われた経験が
ほとんどない.だけど,シドと一緒にいる時は,なんというか,ありのままの自分でいら
れたような気がする.帝国を離れ,リターナーに入ってからはどうだろうか.リターナー
に入ってから,本当に色々な人と出会うことができて,自分が少しずつだけど変わりつつ
あることは,自覚していた.けれど,女としてはっきりと自覚出来ているのかは・・・分
からない.
机の向こうに座ったマリアは,そういう風に考え込んでいる私を見て,こう言った.
「あなた,好きな人はいるの?この人の為なら,どんな地の果てでもついて行こうと思え
るような男性が」
「分かりません・・・.そこまで思えるような男の人はいないから・・・.でも,守り合
うと決めた男性はいます」
「あら,そうだったのね.あなたはその人のことをどう思っているのかしら?」
「いえ,ただ守り合う人だとしか・・・」
「守りたいって思える男性がいるのね.私はそれだけで,あなたに好きな男の人がいるっ
て十分すぎる程感じられるわ」
「でも!彼には,昔,恋人がいて・・・それでその人と私が似てるから,という理由があ
って・・・彼はきっと私を見ても,昔の恋人に重ねてしまうと思うんです」
「セリス,あなた,実際にそのことを彼に聞いてみたの?恋する女はもっとアクティブに
ならなきゃ.あなたは今,輝いているのよ,恋する女として.だから『女』としてもっと
自信を持って良いと思うわ」
この私が,悩んでばっかりの私が,恋する女として輝いているだって・・・?
私はマリアにドレスを着るのに少しだけ手伝ってもらった.そして彼女は最後に,
「恋する女は無敵よ.彼とうまく付き合っていけるよう,応援しているから.・・・じゃ
あ私,観客席の方へ行っているわね」
と言って,楽屋から出て行った.
恋する女は無敵,か・・・.そうよね,もっと彼・・・ロックに対して色々聞かなくちゃ
いけないわね.と,思った矢先,ノック音の後に,ロックが楽屋に来た.
「セリス・・・お前,こんなに綺麗だっけ・・・」
あら,失礼しちゃうわ,私は普段着でも見目麗しい女優として勘違いされる程なんだから
!そこで,私がふと思ったことを尋ねてみた.
「ロック.何故あの時,私を助けてくれたの?」
彼は返す.
「好きになったなった女に,何もしてやれずに・・・守ることも出来ずに失ってしまうの
は・・・もうゴメンなだけさ」
彼は照れくさそうに言った.
「好きになった女」って・・・私のことなのよね?本当にそれで,いいのよね?でもまだ
心の中で突っかえていることがあった.ロックは顔を赤らめて楽屋を去ろうとしていた.
私はすかさず,
「待って,ロック!私は・・・私はあの人のかわりなの?」
と,一番確かめたかったことを彼に訊いたのだった.すると,彼は,
「・・・・・・似合うぜ,そのリボン」
と言って楽屋を去っていった.私・・・変なことを言ったかな・・・?それが少し心配だ
ったけれど,もうすぐ出番がやって来る.気にしちゃいけないわね.そう,私は恋する女
なんだから!マリアに感謝しなくてはいけないわね,私・・・.思い悩む私の背中を押し
てくれたのは,自分とそっくりな女性だった.
平和な世界になったら,彼女から,色々と女性について聞いてみたいし,ロックとの関係
―どこまで進展したか―を話しに訪れてみたいものだ.マリアだけではなく,仲間にも色
々聞いてみたい.
みんな!
それまでは・・・それまでは,これから始まる私の人生の大舞台を,オペラグラスの向こ
うから観ていてね・・・!
最終更新:2012年05月23日 17:59