1.
何?俺の仕事歴を知りたいだと?お前はアサシンとしての暗殺歴を知りたいのか.知りたいのなら話してやるが,もしお前と組むとしても,お前が出来損ないで役立たずだったらすぐに俺は抜けるからな.もしかすると,これから一緒に行動するお前を裏切ったり,果ては殺してしまうかもしれない.俺はプロで且つ残酷なアサシンだからな,ビリーとやらよ.
先ず俺の仕事のヤマだったものから話そうか.一番金になった仕事のことだ.
ガストラ帝国がちょうど海外遠征を始めた頃の話だ.当時帝国は度重なる戦争で,帝国軍こそは勢いが増しに増し,皇帝の思うまま世界を征服するばかりの兵力があった.しかし帝国の臣民たちは戦争で得た捕虜が増え,帝国内での臣民と捕虜との小競り合いが頻繁に起こって大分疲弊していたそうだ.そんな帝国の臣民たちを取り仕切る役職の者がいたのだが,帝国内部の官僚たちは,臣民あがりの青二才である彼を快く思っていなかったようだ.
そこでアサシンである俺と数人の仲間に,臣民を取り仕切るその男を始末する依頼が来てな.仕事を引き受けたからには,確実に冷静に対象を始末する.それがプロのアサシンには必須な事柄だ.しかし,俺と組むことになった数人の仲間たちは,ベクタ出身の者が多く,ガストラ帝国に少なからず関係がある者がいた.その仲間たちの中には,その依頼が来てビビったやつもいた.リーダーの俺から見れば,そいつらはただの役立たずに他ならなかった.帝国に対して何らかの未練があるようだったが,それではプロの暗殺者とは言えない.
暗殺の計画を,その皇室内の者であった依頼主と綿密に取り決め,そして計画実行の時が来た.計画は,俺たちが帝国兵に化けて対象の寝室まで行き,要するに寝込みを襲うという,至極簡単なものだったが,それに従うのもプロの内だ.
だが,俺たちがその計画通り,対象の部屋までやって来たところだった.部屋の中には,対象ともう一人の人物がいたことを部屋の外から認めることが出来た.女の喘ぎ声が聞こえたので,夜這いか,とすぐに判断した俺は,形振り構わず鍵がかけられたドアを打ち破り,早速対象を殺しにかかろうと忍者刀を構えた.裸で対象と交わっていた女を無理矢理引き剥がして,かの武器を構え直し,対象を討った.
あっけなく殺しは終わってしまったが,他の仲間は何もすることがなかったのか,或いは張り裂けんばかりの情欲があったのか,その女を強姦しようとした.対象の殺害が大前提の仕事だった.そしてそれ以外のことはするな,と依頼主が言っていたので,俺は仕事に支障をきたしている彼らのことを「対象」だと見なし,先程まで仕事仲間だった彼らを全員皆殺しにしたのだ.部屋に残っているのは,女と俺だけになったが,俺はそのまま対象の部屋を直ちに去った.
あとから聞いたことだが,その女は,俺が部屋を去ってから自殺したという.そして,ガストラ帝国の内部ではかなり上の身分にいたことも聞いた.
この仕事の後,俺は依頼主から多額の報奨金をもらった.依頼主の話では,この件での俺の仕事仲間も,対象と交わっていた女も,帝国の官僚から良く思われていなかったので,好都合だ,などと言っていた.俺は仕事をきっちりこなした相応の報酬を払ってくれるだけで良かった.帝国の内部事情など俺にとっては瑣末なものに過ぎなかった.
「どうだ,ビリー.これが今までアサシンとして生きてきた一番のヤマだ」
俺が話し終えると,このビリーという男は何やら腹を抑えながら前かがみになり,何かをこらえているようだった.俺は訊いた.どうしたんだ,と.するとビリーは大声で笑い出し,こう言ったのだ.
「クライド・・・あんた最高の殺し屋だな!その女と交わらずに仕事に集中してそのまま部屋を去っていった?普通,男だったら誰でもその女を手篭めにしたいもんだぜ?それをあんた・・・クックックッ,可愛がりもせずにただ仕事に忠実に・・・」
ビリーは笑うだけ笑うと,真っ直ぐ俺の目を見てこう言った.
「そこまで殺しに執着できるのなら俺も躊躇わずに殺しが出来るってもんだぜ.なあ,クライドさんよ.俺が持って来たこの仕事をナシにして,新しい道に進んでみないか?」
俺は当時,その「新しい道」がなんであるか知る由もなかった.
2.
俺はすかさず返した.新しい道,だと?,と.するとビリーはこう言った.
「そうだ,新しい道・・・.クライド,あんたは始めにこう言ったな,もし俺と組むとしても,俺が出来損ないで役立たずだったらすぐ抜けると.そして,俺のことを裏切るかもしれないし,殺してしまうかもしれないと」
「ああ,確かにそう言ったな」
「クライド,あんたは確かにプロのアサシンだ.話を聞く前から修羅場を沢山くぐってきた男だなと思わされたものだよ.だが,他人と組むのは好きじゃないのか?」
「好きとか嫌いなどではない.ただ金の為なら誰とでも組むし,組まない時もある.それだけのことだ」
俺がそう言うと,ビリーは何か困ったようにして顎に手を当て,考え込んでいた.俺はそんなビリーに諭すように言った.
「ビリーよ.プロのアサシンはただただ冷静沈着に与えられた仕事をこなす.そこにはあらゆる感情が入ることはないのだ.お前が言った,好きとか嫌いなどといったそういうものを持ってはいけない.もしそれが表面上に出ようとしても,無理矢理押し殺すのだ」
するとビリーは,またもや真っ直ぐ俺を見て,こう言った.
「無理矢理押し殺す・・・か.クライド,あんたは自分自身まで殺してしまっているんだな.俺は見ての通り,感情で生きる男だ.気に入らないことがあったら平気で人を殺すし,自分の力を試す為に,所謂『辻斬り』ってやつもやったことがある.基本的に無節操なんだよ,俺は」
俺は返した.
「それで,『新しい道』って一体なんだ?」
すると,ビリーは真剣な面持ちで語った.
「クライド,決して無理を強いるわけではないが,よく聞いてくれ.俺は,感情を捨てて生きるあんたの姿や話を聞いて・・・可哀想な気持ちになったんだよ.自分のことをプロと言って立派に仕事をこなすあんたを見てて最初はすげえやつだと思ったさ.だけどよ,クライド,時には自分に素直になることも大事だぜ.与えられた仕事を着実にこなすのもいいが,自分が今一番好きだと思ったことをするっていうことも大切なことだと思うんだよ.・・・前置きが長くなっちまったな,すまねえ.さっき言った通り,決して無理を強いることはしないが・・・クライド,俺と一緒に盗賊団を組まないか?」
俺は思ってもみなかったことをビリーに言われ,一時の間だが混乱した.そして,こいつ・・・ビリーに言われたことを聞いて,何か新しい境地に着いたような気もした.だが,それはあくまでも一時の間だけだ.大きく心が揺り動くことはない.
ビリーは未だに真剣な面持ちで俺の顔を見ている.ビリーは真っ直ぐ,だけどワルでもある男なのだ.しかし,そういきなり頼まれても困る.
「ビリーよ,俺にアサシンという職を捨てて,気の向くまま,或いは好きなことをやれというのか?・・・ただのワルになれというのか?」
「あぁ,そういうことだ.だが最初に言った時のように,無理強いはしないぜ.決めるのはあんた,クライドなんだからな.ただ俺はあんたが可哀想に見えるから,何か一緒に好きなことをやれればいいな,と思っただけで・・・」
…ビリーの今までの話の中で,人生―と言ってもまだ若さでなんでも乗り切れるくらい青いものだが―で初めて「俺のことが可哀想」などと言われた.今までアサシンとして長らく生きてきた俺だったが,自分ではない誰かにこうまで思われたのは初めてだった.今までの人間関係と言えば,金で雇われ,仕事をして報酬を貰ったらそれで縁が切れるパターンが全てだった.
それを真面目な顔をされて,俺のことを思ってくれて・・・.感情など一切持たずにこれまで生きてきた俺にとって,それは例えて言うのならば,流砂に落ちて,戻ろうと一人で足掻いている者に手を差し伸べてそこから引き上げてくれる,そんな風に思われた.
「ビリーよ」
俺は言った.
「もう少し,決断するまで考えさせてくれないか?」
と.するとビリーは,
「あぁ,いつまでも待っているぜ」
と返したのだった.
3.
「あぁ,いつまでも待っているぜ」
ビリーのこの発言を受け,俺にはアサシンのままでいるか,それともビリーと共に盗賊団を組むか,二つの選択肢を選ぶ決断の猶予を貰った.
ビリー,そして俺,クライドは,一度入ったら二度と脱出できないとされる通称・「迷いの森」の,更に奥にある最早廃屋と化した無人駅にて,それぞれの考えを巡らせていた.アサシンという孤高の道を歩み続けるか,盗賊団というただのワルに成り下がるのかどちらかを選ぶ立場になった俺.そしてビリーはというと,無人駅の壁にもたれ立ちながら腕組みをし煙草をふかして俺の決断を待ってくれている.ビリー・・・あいつは自分自身言ってた通り,感情で生きる男だ.俺とは全くと言って良いほど性格が反対のビリーは,多分内心では俺とその盗賊団とやらを組みたがっているのだ.そこを「決して無理強いはしないが」と言ってくれたのはきっとやつなりの配慮なのだろう.
ビリー・・・やつと出会ったのは,ほんの数日前だ.・・・無人駅の外に出た俺は,かの駅のプラットホームに立ち,空を見上げながら,少しばかり回想に浸ることにした.
ガストラ帝国の領土になったばかりの地に作られた,未だ発展途上の中都市にあるいくつかのパブでのこと.そのパブ「死の宣告」にて,じっと同じ席に何時間も座っていた時だった.
先の依頼主からの報酬をかのパブで受け取る為にもう何時間になるのだろう,
と思っていた.依頼主は一向にやって来ない.これでは約束通りではないと,パブのマスターに伝書鳩による手紙を書こうと手続きをしようとしたその時だった.明らかに新米帝国軍幹部と思われる男たちが数人,突然パブの入り口からどやどやと入って来たかと思うと,俺とは違う席に座っていた破落戸どもの方へ向かい,何やら強制連行しようとした.その時の俺は,彼らのことは自分には関係のないものだとして,特に気にせずやり過ごそうと思っていた.だが・・・その破落戸たちの中の一人の男が,こう叫んだのだった.
「待ってくれ・・・俺は今日ある人の代理人で,人と待ち合わせてんだよ・・・悪ィが,そいつに金を渡すまでは,少しの間待っていてはくれないか,お偉いさんたちよ・・・ヘッヘッヘッ」
そして,幹部は,その待っている男の名を問うた.しかし,その破落戸は,決してその待っている人の名を言わなかった.そこで,幹部たちは彼へ暴行を始めたのだ.新米の帝国の者のことだ,治安を守ることを建前に,日頃のうっ憤を晴らそうとしているのだろう.
やがて,その幹部は,その男が持っている多額の金を奪おうとした.その男は,
「待ってくれ,ダンナ!この金を持っていかれたら俺ァ酷い目に合うんだ.・・・渡す相手の名前を言うからどうか勘弁してやってくれ!・・・クライド.クライドって奴だよ」
その瞬間,俺は思わず,その時飲んでいたカクテルのバリナビーチを吹き出した.成程,依頼主は破落戸などに金を渡して俺と縁を切ろうとしていたのか・・・.そうとなれば,その金を奪われてはなるまい,と俺はその新米帝国軍幹部の者たちをその場で全員皆殺しにし,その破落戸だけを連れ急いでその中都市を後にしたのだ.
そして,帝国に追われつつも,ここ迷いの森は無人駅に辿り着き,その破落戸・・・ビリーと色々とお互いの身の上を話し合ったというわけだ.
そうだ,俺はあのパブ「死の宣告」で帝国軍幹部たちを皆殺しにした時点で,プロのアサシンとは呼ぶに相応しい存在ではなくなって来ていたのをうすうすと感づいていた.依頼主が直接俺に金を渡しに来なかったのも,相手の俺に不信を抱いていたからだろう.
"自分も殺られるのではないか"
と.それだけに俺はこの業界では道を外していたのだ.まぁ,この業界自体が,既に道を外したものなのだが.・・・それならば.
回想に耽るのを止めた俺は,長いプラットホームを歩き,ビリーのいる廃屋へ歩を進めた.静謐を湛えんばかりのこの森の中,聞こえるのは俺の足音のみだった.
廃屋に辿り着いた俺は,ビリーがかなり長時間煙草をふかしていたようだったのを認めることが出来た.ビリーは何も言わずに,真っ直ぐに俺の深い緑色の瞳を見るだけだった.そして,俺が
「俺たちは帝国軍から追われるだけの身だ.そうとなったら,せいぜい楽しく残りの人生を歩むことにしたよ」
と言うと,ビリー・・・やつは,たった一言,
「ありがとう」
と言ったのだった.
4.
ビリーは片方の眼で,また真っ直ぐ俺を見やると,こう言った.
「俺の夢だったんだ.こうやって,すげえやつと何かでけェことをすることがな・・・.まあ,その『でけェこと』って言っても,ただのワルに落ちぶれた俺にとっちゃあ,カッコいい盗賊団を作ることくらいしか思いつかなかったんだがよォ・・・」
俺はさして返す言葉も無かったので,少しの間,黙していた.そして,狭い無人駅の廃屋の中でしばしの沈黙があった後,薄汚れて最早読み取れなくなった,おそらくはこの駅の時刻表らしきものを眺めていた俺がふと,ビリーの方へ振り向きざまに尋ねた.
「俺と盗賊団を作るのは良かったんだろうが,具体的にこれからどうするつもりなんだ?何時列車が来るか分からない,そもそもここを列車が通っていないかも分からないのに,立ち往生するだけなのか?そんなのだったら,じきに帝国兵に見つかって晒し首にされるぞ?」
俺が一気にそう言うと,ビリーは何だか自信ありげにこう言ったのだ.
「実はな,クライド,この無人駅だが・・・.偶ァに列車が通ることがあるのさ.帝国のお偉いさん方を乗っけた高級な列車がなァ・・・.俺たちゃ盗賊団はその列車を先ず襲うことから始めようと思っている」
「『思っている』なんて簡単に言うが・・・.俺たちたった二人でトレインジャックするなんてかなり厳しいものだぞ?」
「クライド,お前は知らないと思うが,ここを通るものは意外と『壁』が手薄なものなんだよな.なんでも,『死地へ赴く旅に使われる列車』だそうで・・・」
「その話なら聞いたことがあるな.帝国でも,早く死にたがる者を乗せて,ゆくゆくは死なせる列車だとか」
「さすがクライドだな.なんでも知ってる,すげえやつだ」
「そんなに大したことじゃないさ」
列車強盗の話をしていた積りだったが,いつの間にか俺たちの間には友情・・・と呼べるものが出来ていたようだ.
それから俺たちは,その自殺志願者を乗せた列車が果たして何時やって来るのかを,その廃屋の中にあるカビ臭い本や紙を念入りに調べた結果,判明した.・・・運が良かったのかどうかは分からないが,あと30分でその列車はこの無人駅にやって来るらしい.俺はビリーに,武装をさせ,そしていかにしてビリーの言う「お偉いさん方を乗っけた列車」をのっとるかを二人で一緒に考えた.
残り数十分考えつけることと言ったらほんの僅かなことだと思われるのかもしれないが,俺たちのことを舐めてもらっては困る.
ここ無人駅一帯の地理と情勢に詳しいビリーと,暗殺術に長けた俺の力を二つに合わせれば,警備が薄い列車の強襲など,赤子の腕をひねるより簡単なものなのだ.否,そうだと信じたい.
やがてその30分の間が過ぎ,例の死地へ赴く列車がやって来た.幸い,俺たちがいる無人駅からは,俺とビリーの他に乗るやつがいなく,俺らは難なくその列車に乗ることが出来た.
ビリーの言う通り,車内は体中に宝石をつけた貴族たちが大半を占めていた.これまたビリーの言う通りだが,なるほど,確かに『壁』は薄い.つまり,列車を警備する帝国兵がほとんどいないのだ.車両と車両を繋ぐ連結部分へと移動した俺たちだったが,別段誰にも怪しまれる程でもなかった.そこでビリーが言った.
「なんだァ・・・てっきり思いっきり大暴れ出来ると思っていたのに・・・これじゃあつまんねェな」
と.
「いや,ビリー,本番はこれからだろう.このまま俺たちも死地へ運ばれる積りでいるわけではあるまい?なんとか車掌を脅して,列車の一番前の動力炉がある部分に乗り込んで,あとは後ろの車両を切り離してもらうんだ」
「なるほど・・・な」
「俺は車掌室の前にいる二人組みの帝国兵を殺る.そしたらビリー,お前はこの忍者刀で車掌を脅しにかかるんだ.それでいいな?」
「分かった,クライド!」
俺たちは,列車の進行方向へと段々歩を進めて行き,いよいよ車掌室のドアの前が見える場所まで来た.ドアの前では,二人の帝国兵が,交互に立つ位置を変え,一定の時間が経つとまた同じ行動をする.
俺は後ろ側の客室と,今自分らがいる車両と車両の接続部分に,完全な隔たりがあるのを確かめると,車掌室側のドアを開け,その二人組みの帝国兵の内の一人へと素早く斬りかかり,討った.
喉元を斬ったので,大量の血液が音を立てて溢れ返っている.正に鮮血の噴水が出来上がっていた.もう一人の帝国兵は,その光景に腰を抜かしたのか,或いは言葉を失ったのか,どぎまぎしていた.俺はもう一刀で同じくその帝国兵の喉元を狙って,討った.
俺の持つ二つの刀身には,二人の帝国兵の鮮血がべっとりと付着している.この,人を殺めた後に感じる感触・・・.今までは,その行為に何の感情も抱かなかった俺だったが,今,この目の前で吹き出ている血を見て・・・恍惚感さえ覚えるようになったのだった.
「ビリー!何をしている!早く車掌室へ!」
その光景に見とれていたビリーは,俺の指示を受け,急いで車掌室へと入っていった.俺,クライドは,多分帝国の中では指名手配人にされているだろうからな・・・.ここからはビリーに頼むしかないのだ.
さあ,もう後戻りは出来ない.
5.
自殺志願者を乗せた列車は車掌室の手前の,車両と車両を繋ぐ連結部分にて,俺は未だに首から血を噴き出している二人の帝国兵と共に,壁にもたれかかっていた.俺の背中側,つまり後ろ,車掌室の中では,ビリーが得意の脅し文句を言って車掌をビビらせているのがよく目にとれた.それだけ,この列車は静かに進んでいて,人の声というのが壁越しでもよく届くのだ.
しばらくすると,車掌室からビリーが出て来てこう言った.
「ふゥー,危なかったぜ.俺が次の目的地を指示しなかったら,本当に俺たちまで死地へ運ばれるところだった.幸い,車掌は一人だけでなァ.クライド,お前から預かったこの忍者刀を車掌の首に突きつけてこう言ってやったんだ.『俺は列車強盗団・【シャドウ】の副団長のビリーだ!今すぐこの列車の進行方向を変えろ!』ってな」
「何,列車強盗団・【シャドウ】だと・・・?随分粋なことを言うじゃないか.ビリー,お前は副団長なのか.じゃあ団長は・・・」
「あぁ.勿論お前,クライドだ!」
「そうか.それはそれで良いが,ビリーよ,結局この列車はどこへ向かうことになったんだ?」
俺がそう尋ねると,ビリーは腕を組んで壁にもたれかけ,煙草に火をつけてから話し始めた.
「この列車・・・『死地へ赴く旅に使われる列車』は元々ガストラ帝国の帝都ベクタからやってきたもんだ.それでよ,ここが一番大事な話なんだがよ,この列車,『死地』へ行くまでの燃料しかねェらしいんだ.つまりは車中にいる全員が死ぬ積りでこの列車に乗ってるってことなんだよ!そこでだクライド,お前が言った,俺が車掌に指示した目的地っていうのは帝国領地内だが,給油地があるオンザトラインっていう中都市だ.そこへならルートを一つ変えるだけで,しかも燃料が十分間に合うんだそうだ.本当に運が良かったよなァ,クライド」
俺は,そうだな,と一言だけ呟き,目線をビリーから客室の方へ移した.俺はビリーから次の目的地の話を聞いて少し安心したのかどうかは分からないが,早くも次のことを考えていた.そのことをビリーに伝えようと,目線をビリーの方へ戻した.
「なぁビリーよ.そのルートとやらはもう変わってしまったのか?」
「いや,まだだぜ」
「お前は,車掌に俺たちのことを列車強盗団・【シャドウ】と言って脅したんだろう?じゃあ,ルートが変わる前に,客室を動力炉のあるこの車両から切り離す前に,客が身に付けてある金品を奪ってやるってのはどうだ?」
「そいつは楽しそうだな!いかにも『強盗団』っぽいことをしているみたいだな!」
「そうと決まったら・・・,ビリー!」
「ああ!」
…それから俺たちは,一号車から順々に,客が身に付けている宝石やその他金品を強奪していった.客の中には,
「この宝石しかあの世に持っていけるものはないんだ!」
などと言う輩がいたが,俺たちは非情な列車強盗団・【シャドウ】なのだ.そのような言葉では俺たちの行動に支障をきたすことは出来ない.目的はただひたすら金や宝石を奪い去るのみだ.…最終号車まであらかた貴族たちから金品を奪い去った俺たちは,急いで動力炉のある一番前の車両へ戻ることにした.戻る途中,金品を奪った俺たちに対して「復讐」する者がいたが,そういった者は,見せしめに俺が殺してやった.これからもうすぐ死にに行くというのに,何故わざわざ死を早めるようなことをする?全く以って,理解不能だ.
その車両へ着いた俺たちは,動力炉のある車両と,後ろの全車両を切り離し,自殺志願者たちとはオサラバした.あとは,ビリーの言っていた中都市・・・オンザトラインへ向かうだけだ.俺たちを乗っけた列車は,うっ蒼とした木々がおい茂る深い森を抜け,広々とした荒野に出た.外の概観を掴もうとデッキへと,ビリーと共に出た俺は,心地良い空気を吸い,外の景色を堪能した.ビリーは,子どものようにはしゃいで,
「見ろよ,クライド!あのずっと海の向こうに見えるのが,帝国軍でも未開拓なので有名な大三角島だ!いいなァ,いつか俺も行ってみてェもんだぜ」
などと言っていた.俺はというと,まだアサシンの職のクセが取れていないのか,すぐ次のことを考えられずにはいられなかった.いつか・・・心に余裕ができるようになったら,ビリーのように,「今」という時間を大切にしたいものだ.
…と,そうこうしている内に,列車はどうやら,オンザトラインに着いたようだ.俺はビリーに尋ねた.
「ビリーよ.オンザトラインとは,どれくらい発達した都市なんだ?」
「ん~,そうだな,最初に俺たちが出会った都市と同じくらいだと聞いているが・・・.ただ,列車の給油地があるから,交通面を取り仕切る帝国兵がいっぱいいるっていう噂だぜ」
「なるほどな・・・.問題は,俺たちが何処まで逃げ切れるかだな」
「ああ,そうだな,クライド.・・・・・・今ふと思いついたんだが,大三角島へ向かう,っていうのはどうだ?」
ビリーがいきなり素頓狂なことを言うので,俺はやつの方へ振り返り,こう言った.
「バカ言え.帝国でも未知な土地だって言うのにどうやって其処へ行けば良いって言うんだ?」
すると,ビリーは,とある一両の帝国軍所有のものと思われる列車を指差した.俺は,その方向へ顔を向かわせた.そこには,帝国軍の魔導兵器であるスカイアーマーを乗せた列車があった.なるほど,海をスカイアーマーで渡り,乗り切る作戦か.俺はビリーのその案に同意の意を示そうともう一度ビリーの方へ振り返ると,やつは俺が殺めた帝国兵の軽鎧を着ていた.俺もビリーのやつと同じ格好をし,列車から降りる準備をした.
やがて,オンザトラインの駅に到着したかの列車は,ゆっくりとスピードを落とし,そして停止した.デッキにて,車掌室から車掌が出て来る気配がした.俺は忍者刀を構え,殺そうとした.しかし彼は,不敵な笑みを浮かべたまま出て来ると,こう言った.
「魔列車に乗った者たちをそのまま安らかに死なせなかった罰じゃ,お前たち,ならず者のことは既に帝国の方へ報告済みじゃわい・・・.そうやって帝国の者として装って奴らの中に紛れ込」
鮮血が,その男・・・車掌の首から走った.ブシュゥゥゥ・・・と心地良い音を立てて,今,その男は俺の視界から姿を消した.
「全く,やってくれるぜ,このじいさんはよ.しかしクライド,こうなったらスカイアーマーどころの話じゃなくなってきたな・・・」
「いや,逆にチャンスかもしれないぞ?ほらビリー,あれを見てみろ」
俺は,スカイアーマーを乗せた魔導列車の別の車両に,捕虜が乗り込んでいるのを示した.
「戦地で得た捕虜・・・」
うまく俺の考えをビリーが飲み込んでくれない内に,武装した帝国兵が数名やってきた.そして,俺たちの乗っている列車に沢山光を当てて,帝国兵の内の一人がこう叫んだ.
「列車強盗団・【シャドウ】の者たちよ!!今すぐ手を上げて列車から出て来い!!」
帝国兵に化けて,かの列車から出て来た俺とビリーだったが,すぐにばれてしまった.そして同じく帝国兵が言う.
「捕虜と一緒に帝都ベクタに送ってしまいたいくらいだがな.お前たちは列車強盗団と来た.今後何時帝国の魔導列車を奪われるか分からない.よって,此処オンザトラインにて刑罰を処する」
やはり,捕虜と一緒にベクタに戻る可能性にかけるのは甘かったか・・・.
「刑罰の名だが・・・.」
同じ男が言う.
「喜べ.お前たちにピッタリの罰だ.『流刑・亡者の嘆く地』だ.運転者はお前らで,その他の者などいない.燃料は片道のみで,分岐点なども無い.さぁ,連れて行け!」
上級兵らしき男はそう高らかに言い去ると,数名の下級兵が,拘束具をつけられた俺たちを,その地へ向かう魔導列車へ押し込んだのだった.
6.
「・・・ライ・・・起・・・る・・・か?」
…誰かの声がする.なんだか,意識,感覚が朦朧或いは鈍くなっているみたいだ.俺は,自分が持てるだけの全ての力を,聴覚のみに集中させた.すると・・・.
「クライド・・・,起きてるか?」
という,間違いない,ビリーの声が,背中側から聞こえてきた.今度は言葉を返すのに全力を注いだ.
「ああ,ビリー,今起きたところだ」
するとビリーは,
「そうか,やっと気付いたか,クライド」
と言ったのだった.やがて,急速に意識と感覚を取り戻した俺は,今自分らが置かれている状況をもう一度把握し直すことにした.
俺とビリーは,一両のみの魔導列車の中の,床から天井まで伸びてある太い鉄柱にそれぞれ背中合わせにして,足を床に水平に伸ばしたまま拘束されていたのだ.俺が意識・感覚を大分取り戻したのに気付いたビリーは,話し始める.
「しっかし変な話だよなあ.俺たちに罰の名前を言ったあのおっさん,確か『運転者はお前ら』とか言ってなかったけか?それなのに,どうしてその俺たちはこうやって縛られて,この列車は自動操縦なんだ?」
「・・・その方が確実に俺たちを始末できるからなんじゃないか?それよりもよく分からんのが,どうして罪人2人をこんな大袈裟な方法で始末する必要があるってことだな.それと・・・」
「どうしてこの列車に乗らされた時の記憶がブッ飛んじまっているか,だろ?」
「ああ,ビリー,お前の言う通り,そこなんだよ」
…確かに俺たちは,上級帝国兵に罪の名を言い渡された後,沢山の拘束具を着けられた.そして,自分たちがこれから乗るのであろう魔導列車のところまで下級帝国兵たちに連れて行かれる,そしてそこからの記憶が一切途切れているのだ.多分,脳神経を混濁させる薬を飲まされ,一時的に記憶が喪失するように成ら使めたのだろう.
…と,俺があれこれ考えていると,ビリーが,いつものやつらしくない声のトーンで語り始めた.
「世紀の列車強盗団・【シャドウ】も,たった一回で活動を幕締めか・・・.『悪名高い列車強盗団シャドウ』とか,『Wanted!!賞金10億ギル・列車強盗団シャドウ』とか,フツーの世界でも闇業界でも名を馳せたかったんだがなァ・・・.何がいけなかったんだろうなァ・・・.どこで俺たちゃマズった?折角の俺の夢を・・・叶えられると思ったのに…」
俺は終始無言でやつの話を聞いていた.
「もしかして,あれか・・・?おれがあの時,あの車掌のじいさんに,調子こいて『列車強盗団』・【シャドウ】なんて名前を名乗っちまったから帝国兵に捕まってしまったのか?!・・・・・・クライド,すまねえ・・・しくじっちまった・・・」
姿こそは見えないものの,多分ものすごく落胆しているビリーに向かい,言った.
「いいんだ,ビリー.もう済んだことだ.俺もしくじったことをしたと思っているよ.だが今は過去の自分を責めるより,どうやって現状を打破するか考えることの方が大事ではないか?」
「そうだな・・・お前の言う通りだな,クライド.ありがとう」
「礼など要らぬさ.そうと決まればどうやったらこの列車から脱出するかだが・・・.先ずは俺たちを幾重にも拘束している,この縄をどうやってほどくかだな」
「あ,あぁ,それなんだがクライド,お前から貰った忍者刀とお前自身の忍者刀とで同時に二重振動・・・まァ振るわせるように小刻みに斬ると縄が段々解けてゆくのがさっき試してみて分かったんだ」
俺はそうか,と呟き,そのビリーの言う「二重振動」とやらで縄をゆっくりと斬って解いていった.・・・全て斬り終わり解ける頃には,忍者刀は傷んで使いものにならなくなってしまった.残すは俺の一刀のみか・・・.兎に角,身が自由になったおかげで,俺たちは沢山の情報を得ることが出来たのだ.
「なぁクライド」
操縦席にいたビリーが振り向きざまに俺のこと呼んだので俺は答えた.どうしたんだ,ビリー?と.すると,やつは,
「クライドよ,お前には聞こえなかったか?俺たちを縛っていた縄が全て解かれた時から,ずっと鳴っているアラーム音がよ」
「いや・・・俺には全く聞こえないぞ?・・・もしかして,あのクスリのせいか・・・」
「いや,だとしたら俺も聞こえてないはずだ」
「それはそうだが・・・」
「それでよ,操縦席のパネルを見たら,『テイコクヘイ ツイセキチュウ』ってテロップが出てやがるんだ.俺たちゃどこまであいつらに追われなきゃいけないのかってな・・・.こうなりゃ,手動運転に切り替えて,何処までも逃げてやらあ!!」
…本当に帝国兵はどうして俺たちに流刑なんて罰を与えたのだろうか?オンザトラインで刑罰を処するなら処するで,早く殺せば良かったものを.こういった風に精神的な苦しみを与えていくことに慣れているのだろう,帝国は.
とかなんとか考えている場合ではなかった.隻眼のビリーに,運転など出来るはずなどないではないか.距離感覚が常人のそれとは違うビリーには.しかし,気付いたところで時既に遅し,列車はレールから大きく外れ,俺とビリーは今まで味遭ったことのない重力の激しい変化に翻弄され,また体のいたるところに何かをぶつけ,意識を失った.
… … …
ややあって,目を覚ました俺は,まず自分が森の中にいること,そして重傷は負っていたものの,運良く歩けるまでしか怪我を負っていなかったこと,そして遥か向こうから松明を持った人間・・・多分帝国兵だろう,彼らが段々とこちらに近付いて来ていることを認めた.俺は早速ビリーを探し回った.
しばらく探し回った後,ビリー・・・やつが横たわっているのを見つけたのだ.
「う・・・うう・・・.ク・・・クライドか?すまねえ・・・またしくじっちまった・・・」
やつは,腕が一つ,無かった.
「なぁクライド・・・あそこに見えるの・・・もしかして俺の腕か?情けねェな・・・俺ァはよ」
「・・・」
「実は俺・・・人を殺したこと,ねェんだ」
「そうだったのか」
やつの手を握ると,異様に冷たかった.
「だからさ,今までただの破落戸だった俺がほんの数日間だけだけどあんたと色々共に過ごせたのが夢のようでな」
やつはそこで血を吐いた.
「すまねえ,クラ・・・」
「もういい.しゃべるな.俺がお前を担いで,どこまでも帝国兵から逃げてやるさ」
「いや・・・俺はもうダメだ.だからクライド!足手まといの俺に構わずに行け!そして俺の分まで生き抜いてくれ!」
「しかし・・・」
「帝国兵に捕まっても良いのか?!捕まったら,今度こそ何されるか分からないぜ.俺はそんな目に遭いたくねえ!だからよ,俺に構わずに行く前に・・・クライド,あんたのその残った忍者刀で俺を一思いに斬り殺してくれ」
「そんなこと出来るはずないだろう?!」
俺はすぐに言い返したのだった.だが,ビリーはその意思を変えずに,こう言った.
「クライド,今,あんたは俺の冷たい手を握っているだろう?・・・そして震えているだろう?今までワルとして気楽に生きてきた俺にとっちゃあ,生まれて初めてなんだよ・・・.沢山しくじっちまった.帝国兵に追いつめられている.マジな世界で生きるには,俺ァどうやら割に合わなかったみたいだ・・・.そうと決まればクライド!俺を『対象』とみなして殺っちまってくれ!」
「俺にはそんなこと,できん!」
「クライド!」
俺はやつの呼びかけには応じず,やつに背中を向けたまま,走り去った.
最終更新:2012年07月23日 15:06