1.


はァ,はァ・・・どうやら俺の逃走劇も,此処までのようだ.

…結果的にビリーを見捨てることになった俺は,その時から決して後ろを振り返ること無しに,飲まず食わずに,どれくらい時間が経過したかも分からずに,兎に角走り続けた.そして,今,目の前にある大きな木に背中を預け,座りこんだ.その瞬間,今まで走ることに集中していた全身の神経が,座りこんで休むことにより散漫したせいなのか,一気に綻んで,余計に痛みが増し,俺は悶絶しそうになった.唯一感じ取ることが出来たのは,周りは闇だったということだ.俺はまだあのビリーと別れた森の中にいるということなのだろうか?だとしたら・・・.どうやら俺の逃走劇も,此処までのようだ.


…どれくらい時間が経っただろうか.傷口から何か柔らかいものが何回も触れる触感がする.それは温かく,まるで傷口を癒すもののように感じられる.やがて,まぶたの向こうからやってくる光があまりにも強いものだから,俺は思わず,目を開けた.

光の正体・・・陽の光だったのか.

太陽の光が,東の空から照って来ている.日光の眩しさのおかげで,俺は,自分と,自分の周りの状況を把握しようと,辺りを見回すことが出来た.

先ず,先程から俺の傷口から感じる「癒すもの」の正体だが,それは,犬の舌だった.俺が目を開いても尚,傷口を癒そうとひたすら舐め続けるこの犬は,黒色の毛並をしていて,今の時間・・・多分早朝だろう,にはどちらかというと色合いとしては不釣合いな感じに思えた.

そして,俺がもたれかかっている一本の大木周りに,家々・・・が軒並,連なっているのが目にとれたのだ.それでは・・・此処はあいつと別れた森の中ではなくて,どこかの村・・・ということになるのか.

しばらく,傷口を,この毛並の良い犬に舐めさせ,胡坐をかきながら背もたれするのをやめようと,片方の足の膝を立て,じっとしていた.すると,どこかの家から戸が開き閉まる音がすると,

「インターセプター!どこに行ったの?」

という,察するに若い村娘の声がした.やがてその村娘の声を聞いた,この犬・・・多分,この犬の名だろう,「インターセプター」というのは・・・は彼女の元へ駆けて行った.その村娘と,インターセプターが,俺には見えないこの村の隅で合流した・・・のだろう,それから,こちらへ誰かが駆けて寄って来る音がした.その音は次第に大きくなってゆき,やがてその声の主は俺の目の前に現われ,こう言った.

「血の臭いに敏感なインターセプターのおかげね.朝早くにあなたが倒れているのを見つけることが出来て本当に良かったわ.私はエカチェリーナ.エカチェリーナ・アローニィ.あなたは?」
「クライドだ・・・.本名は・・・言えん.此処は一体なんと言う村なんだ?」
「サマサよ.さぁ,クライドさん,肩を貸すから,もう少しの辛抱よ.私の家まで辿り着いたら,早速朝御飯を作ってあげるわね.私,こう見えても料理の腕は大人に負けないくらいなんだから」


そう言って.エカチェリーナ・・・と名乗ったこの女は,自分の肩を俺に差し出し,家まで運び,言った通りに朝飯を振舞ってくれた.・・・しかし,不思議なものだ.普通,これくらいの年齢の村娘ならば,俺のような全身傷だらけの男を見て,少しはビビるはずではないか?しかもそのような,どこから来たかも知れぬ男を自分の家に連れこみ,飯を振舞うなど,普通に考えたら,まず在り得ぬ話だ.しかし,ここら辺の人懐きの良さは・・・この感覚・・・"やつ"の時と同じだ.

朝飯を済ませた後,エカチェリーナは,傷だらけの俺を見てから,こう言った.

「実は私,この村で生まれ育った人間じゃないのよ.この村の人たちって,なんだか閉鎖的で,排他的で・・・.あなた,私がいなかったらきっとあの木にもたれかかったまま死んでしまっていたかもね・・・」

娘は,俺の傷口に,消毒液に浸した綿棒を当てながら,塗り薬を塗ってくれた.彼女は,続けて言う.

「ねぇ,あなたはどうやってこのサマサに辿り着いたの?もしかして,誰かと逸れてやって来たとか?」

俺はますます,この他人の事につっこんで来たがる様を見て,"やつ"とこの女とを重ね合わせて見てしまっていたようだ.


2.


不意に"やつ"の言葉が脳裏を過ぎった.

"他人と組むのは好きじゃないのか?"
"クライド,あんたは自分自身まで殺してしまっているんだな"
"あんたの姿や話を聞いて・・・可哀想な気持ちになったんだよ"

はじめの内は,なんてうっ陶しいことをしてくれるやつなんだと思った.だが,自分でも分からない,"やつ"・・・ビリーと行動を共にする内に,いつからか心・・・と呼べば良いのだろうか・・・そこに,例えるならば,ある種の「芽」が萌えて来ていた.・・・「感情」という名の.


「クライドさん,どうしたの?なんだかボーッとしちゃって」

いけない.つい思い出に浸り過ぎたようだ.

「すまない.エカチェリーナ,お前に礼を言わなくてはな.色々と,ありがとう」

すると彼女は,こちら側が惨めになるくらいの明朗な声で,

「どういたしまして,クライドさん!」

と返した.続けて言うことには,

「ねぇ,クライドさん.私がさっきあなたに尋ねたことって覚えてるかしら?」
「ああ.俺がどうやってサマサに着いたか,だろう?あと,俺のことは『クライド』と呼んでくれても構わんぞ」
「覚えていてくれていたのね!良かった・・・.私,最初にあなたを見つけた時みたいに,また意識不明になってしまったんじゃないかって心配で心配で・・・」
「その質問に対する答えは至極簡単なものだ.俺は,ただ,『走り続けた』だけでこのサマサに辿り着いたんだ」
「えっ?!陸地をただ走り続けて,サマサに来たっていうこと?」
「そうなるな」

…エカチェリーナは,忙しなく表情を変える女だ.

「それは有り得ないわ.だって,このサマサは,北大陸から海によって隔てられている大三角島でも辺境にある村なのよ?」
「なに・・・?大三角島・・・だと?!」

俺は驚きつつも,"やつ"が言っていた言葉を思い出していた.

"見ろよ,クライド!あのずっと海の向こうに見えるのが,帝国軍でも未開拓なので有名な大三角島だ!いいなァ,いつか俺も行ってみてェもんだぜ"

「クライド?あなたまたボーッとしているわよ?」
「あ,ああ,すまない,少し此処に来る前のことを思い出していたんだ」
「サマサに来る前のこと?」
「ああ.今度は二,三俺から訊きたいことがあるんだが,いいか?」
「いいわよ.私が答えられる範囲内のことだったら,なんでも答えるわ」

エカチェリーナは,そう言いながら,木製で背もたれのある椅子に深めに座り,手をぎゅっと握りしめたまま,肘から手までの部分を自身の太ももに置いた.・・・言葉では余裕をかました積りでも,身体では緊張している様子がありありとみてとれた.

「エカチェリーナ,お前はこの村出身の者ではない,と言っていたな.今度は俺が逆に訊く立場になるが,お前はどうやってサマサに辿り着いたんだ?」

エカチェリーナは深く息を吐くと,こう言った.

「なるほどね,クライド.それを訊かれたら,話は大分長くなるのだけれど・・・構わないかしら?でも正直,ちょっと驚いたわ.第一印象は,あまり他人に興味を抱かない孤高な人なのかな,なんて思ったんだけど・・・,どうやら的外れみたいね?」

俺はそこで何を思ったのか,

「昔組んでたやつに・・・似てるんだ」

と不意に言ってしまったのだ.エカチェリーナはそこで,"え?"と言った風に口をぽかんと開けていたが,やがて,自らの立場を再認識したのか,ああ,ごめんなさい,と言って,また語り始めた.

「私は元々,とある貴族の家の一人娘だったの.幼い頃は・・・それはそれは裕福な家だったから,何も不自由が無かったわ.そうやって私は,所謂『お嬢様』として育てあげられていった.欲しいものがあった時や,何か面倒なことが起きた時は,全部お金が解決してくれた.でも,心身共に成長してゆくに従って,段々とお金では解決できない問題が起きて来たのよ.心って色々複雑なものでね・・・.

ちょうど思春期に入った頃からかしら,今までの貴族の娘としての生活にちょっと飽きちゃった時があったのよ.そしてこう思うようになった.

『今の私から【貴族である私】を取り除いたら何が残るんだろう』

ってね・・・.それをとある召使いに話したら,今現在のエカチェリーナお嬢様にピッタリなご本があります,って言われてね.その本の中に出て来たのよ,私と同じく貴族の娘,だけど,その身分を捨てて自分の才能を活かしに色々な街へ行く女の子の話がね・・・.私,その本を何回も読んだのを覚えているわ.

そして私は一大決心することにした・・・.私は特に才能は無い.けれど,それを見つけに旅に出てもいいでしょう?って.それは,始めは家族全員に大反対されたわよ.でも,最終的には,身分に溺れてなあなあに生きるよりは,きちんと目標を掲げて生きる方が良いっていう私の熱弁を聞いてくれたみたいで,許してくれた・・・.そして,私の親が,もしも怪我した時に,ということで簡単な傷を癒すことが出来て,血の匂いに敏感な,あなたも知っての通りのあのインターセプターを連れて旅に行かせてくれたってわけよ」

エカチェリーナはそう語り終えると,深呼吸をし始めた.やがて,それを終えると,彼女は俺の方へ向き直し,

「次に訊きたいことは何かしら?」

と言った.俺は,戸惑っていた.これまで生きて来て,自身に正直なやつ・・・自分のことをありのままにうちあけることができるひと・・・に出会ったのは,この女で二人目だ.

「正直に言うと」

俺は,俺自身も彼らのように,「正直」になってみようと思った.

「ここまで長く語られるとは思わなかったものでな.次に訊くべきことを忘れるくらい,聞き入ってしまったようだ・・・.しかし,なるほどな・・・.それでお前は長旅の末,ここサマサに・・・」

エカチェリーナは現在は大分落ち着いた座り方をしているので,俺は幾許か安心した.彼女が言う.

「私も同じようなものだわ・・・.旅を続けていたから,こんなに長く自分ではない誰かに対して私の身の上まで語ったことなんて・・・きっとあなた,クライドが初めてよ」


時刻はもう昼を通り越して夕方にさしかかろうとしていた.そのことに気付いた俺たち二人は,互いに驚いた.エカチェリーナは,弾むように椅子から立ち上がり,

「あら,いけない!インターセプターに餌をあげる時間だわ!クライド,あなたもおなかが減って来たでしょう?晩御飯,すぐ作るから」

と言って,玄関の方へ行き,ドアを開け,どこかへ行ってしまった.

俺・・・はと言うと,エカチェリーナの言う通り,腹が減っていた,というのもあったがそれよりも強烈な眠気が襲って来たので,しばらくの間,エカチェリーナには申し訳ないが,微睡に身を委ねることにした.



… … …

これは・・・,起きているのか?それとも,眠っているのか?どちらともつかない,夢のようでありながら,ものすごく五感全てにはっきりと傷痕が刻み込まれているような,そんな感じだ.・・・何か,声が聞こえる.

「・・・ラ・・・ド・・・」

なんだ?俺の名を呼んで,何かを呼びかけているというのか.

「クライド・・・相棒の俺をよくも酷い目に遭わせやがったな・・・.お前も・・・俺のところに来いよ・・・なあ クライド・・・」

この声は・・・ビリー,お前のものなのか・・・?


3.


辺りは何も無い真っ暗な世界で,不気味なゴォォウン,ゴォォウンという,何か船のようなものの駆動音らしき音だけが聞こえる.闇の向こうから,ゆらりと姿を現してこっちへ誰かが向かって歩いて来る・・・.間違いない,それはやつ・・・ビリーだった.そこでパッと背景だけが移り変わり,やつは,魔導列車内のあの鉄柱に独りだけ拘束されている俺を見下ろして,こう言ったのだ.

「クライドよ・・・よくもあの時,俺にトドメを刺さずに逃げ去って行きやがったな・・・.相棒の俺を見捨てたお返しに,見せてやるよ,『その後の俺』ってやつをな・・・.せいぜい楽しみにしてるんだな」

そうやつが言うと,またしても素早く場面が切り替わり,今度はオンザトラインの死体収集場の光景を,俺が宙のある一点から見下ろすかたちとなった.かの街の死体収集場には,次々と死体が運ばれている.そして,俺が見る"光景"が段々と収集場入り口にズームアップしてゆくと,やがて担架に乗せられたビリーが,やってきた.

………やつには,首から上の部分が,無かった.


大分,俺は寝ていたようだ.ガバっと布団を跳ね除けて起きたものだから,隣部屋にいたエカチェリーナがすぐに俺の元に来てくれた.

「クライド!やっと起きたのね!インターセプターの餌ををやりに行って帰って来たらあなたはぐっすり寝ているものだから,部屋の電気を消して,晩御飯を作るのは後でいいかなと思って,それで私・・・」
「エカチェリーナ」

俺は気が急っている彼女の言葉を遮り,言った.

「色々と心配をかけたようだったな.すまなかった」

と言ったと同時に,俺の腹の虫が眼を覚ました音がしたので,場の雰囲気は幾許か和やかなものになった.

「クライド,あなた,すごい汗・・・」

部屋の明かりを灯したエカチェリーナはそう言って,

「待ってて,向こうの部屋からタオルを持って来るから」

向こうの部屋へ行った.

…俺がいる居間の奥から何か美味そうな匂いがする.多分,エカチェリーナが言っていた晩御飯の下ごしらえか何かなのだろう.

やがて,タオルを五萬と持って来た彼女は,すぐ晩御飯を作るわね!,と言って,鍋に火を点けた.俺は彼女から一応見えないところに立ち,上半身をさらして,汗をあらかた拭き取った.傷はまだ完治していないものの,エカチェリーナが塗ってくれた塗り薬のおかげで,大分良くなっていた.

俺はふと思ったことがあった.エカチェリーナのような年頃の娘が,俺のような年齢の男の体を見る機会はそうそうないだろうと.塗り薬を塗っていた時も疑問に思っていたが,年頃の,しかも,お嬢様育ちの彼女はこのような男の体を見て何らかの感情を示すものではあるまいか?

やがて,

「クライド!晩御飯,出来たわよ!」

と言って振り返った彼女は,着替え直し通常着に戻った俺を見て何を思ったのか,少しだけ微笑み,テーブルに座った俺の方へ晩飯を盛り付けてある皿を数枚差し出した.そして,エカチェリーナと二人で揃って,いただきます,と言い,晩飯を食べ始めた.

ある程度食事が進み,俺が飯を食べるのを見て彼女は嬉しそうに微笑むと,

「私ね,クライド」

と言って話し始めた.

「私の家・・・貴族の家を出て,北大陸の各地を転々として旅をしていって,このサマサに辿り着くまでに,分かったことが一つだけだけどあったの・・・.それは,

『大切なのは,結果じゃない』

ってことよ.この私の旅の終着地点・・・まあ『結果』が,この閉鎖的で排他的な村であっても,此処まで旅して来た『過程』が一番大事なことだっていうのが,分かった・・・.いろいろな人たちを見て来たわ.いろいろな村も見て来たわ.それは,私の心の中で,何にも代え難い『思い出』となっている・・・.これは,実家の貴族の家にいたままでは,絶対に手に入らないものなのだわ・・・」

俺は,感慨深く語るエカチェリーナの話を聞きながら,彼女の分の皿洗いまでしたのだった.そのことに気付いた彼女は,

「ああ,クライド,ごめんなさい!私,何だか分からないけど,あなたがいると,どうしてもありのままを語ってしまうっていうか・・・」

そんな彼女の頭に,俺は手をポフっ,と乗せ,

「大丈夫か?少し熱っぽいぞ.後で休むといいかもしれん」

と言うと,エカチェリーナ・・・彼女は,顔を真っ赤にしながら,一言,

「・・・ありがとう」

と呟いたのだった.


それから夜が更け,サマサの家々の明かりが消えていき,そしてこの・・・借家も明かりを消し,俺たちもそれぞれの寝床に就こう,という時だった.俺が居間にあるソファに寝込み,目を瞑ると,誰か・・・が,掛布団をかけてくれたのだ.・・・誰か?それは決まっていることではないか.エカチェリーナ以外に誰がいるというのだ.俺は,心の底から・・・多分,今まで生きてきた中で初めて・・・ありがとう,と思えるようになったのだった.

表情をころころと変えたり,何気なしに微笑んだり,俺を相手に正直になったり,少々恥じらいを見せたり・・・.彼女は一体,俺のことをどう思っているというのだろうか?俺はというと・・・最初の頃は,ただの世話好きな娘,としか見ることができなかった.しかし・・・,まだ出会って一日も経っていないが,この・・・今まで湧いて出て来たことのない感情は,一体なんと呼べば良いのだ?



………

目を瞑ってから,おそらく数十分は経っただろう・・・.俺は,また,起きているのか,寝ているのか,どっちつかずの状態にいた.また・・・俺は,あいつの「その後」を見らされることになるというのか?

そんなことを考えていると,また,周りから不気味なゴォォウン,ゴォォウンという音が聞こえたかと思うと,闇の向こうからビリーが現われた.そしてやつは,前回と同じように,鉄柱に拘束されている俺を見下ろし,こう言ったのだ.

「そっちの世では,可愛いお嬢ちゃんとイチャイチャごっこか,クライド・・・.うらやましいよ,本当に・・・.今回の夢では,特別にキツくないのを用意してやる.俺の情けってやつも・・・忘れんじゃねぇぞってんだ,この色男が・・・」

やがて,俺が見る光景が,オンザトラインの死体収集場から今度はかの都市近隣の森林に移った.そこにはやつ・・・ビリーが倒れていた.

「ク・・・イ・・・よくも俺を・・・」

しばらくすると,下級帝国兵がビリーの姿を見つけると,彼はこう言った.

「隊長!列車強盗団の一人と思われる男を発見しました!」

と.すると,隊長と思しき人物が,ビリーに近付き,

「まだ生きてるみたいだな.おい!名を名乗れ!」

と声をかけると,やつは,

「ビリー・・・だ」

と答えた.そうすると,その森の場面から,またしても急に場面はどこか・・・多分オンザトラインの断頭場の光景を見下ろすシーンとなった.帝国兵が,ビリーに向かって,何やら怒鳴り散らしている.

なんと言っているのだろう?

「列車強盗団・【シャドウ】は二人組の男たちで結成されていると聞いているが・・・.ビリーとやら,良く聞くがいい,お前の相棒の名前を今この場で言ったら・・・そうだな,帝国軍の下級兵士の更に下っ端にでも就かせてやるが・・・.言わなかったら,コイツで,お前はあの世行き決定だ」

と言いながら,断頭台を指差したのだった.


4.


またしても,折角エカチェリーナがかけてくれた掛布団を跳ね除けて起きた俺は,例によって例の如く,汗びっしょりだった.悪夢などで寝汗を大量にかくとは・・・.アサシンだった俺には全くと言って良いほど在り得ぬ話だ.

そんなことを思いながら目を開けると,部屋の明かりが不思議なことに既に灯されていて,俺が寝込んでいたソファの向かい側のそれにエカチェリーナが座っていた.彼女は一度,大きな欠伸をした後に,こう言った.

「やっぱり私の予感通りね・・・.クライド,あなたは寝る度に,そんな風にすごい汗が出るほどの悪夢を見るんだろう,って・・・.すごくうなされていたわ.はい,これタオル」

と言うと,彼女は頬を紅潮させて視線を窓の方へ移した.これは・・・一応,俺に気を使ってくれていると判断して良いのか・・・?そう思って俺は上半身をさらし,タオルで汗を拭き取り,また通常着に戻った.エカチェリーナはそのことに気付くと,

「クライドがまた悪夢を見ませんように.それじゃあ,おやすみなさい」

と言って,自室へ戻っていった.

本当に,エカチェリーナの言う通りだ,と思った.床に就く度にいちいち起こされるのでは,たまったものではない.それこそ悪夢だ.俺は今度は注意深く目を閉じた.すると,翌日は,気持ちよく目覚めることが出来たのだ.


その日から・・・,俺がサマサに辿り着いた日から,数日が経った.その数日の間は,何事も特に変わったことも起きずに・・・いや,少しはあったが,此処数日の何ら変わり映えの無い出来事に比べれば些細なものだ・・・日が過ぎていった.相変わらず,エカチェリーナは嬉しそうに俺が飯を食うのを見ているし,俺は俺で悪夢で目を覚ます日もあれば,そうでない日もあった.

変わったこと・・・と言えば,俺のこの全身に受けた傷が完治し,ようやく常人と同じような生活を送れるようになった・・・のだが,已然,傷跡が残っている.まるで,あいつが夢に出て来る理由みたいだ.この傷跡が消えた時・・・俺はもう,あいつが出て来る夢を見ずに済むというのだろうか.俺は,許される,ということになるのだろうか?

もう一つ変わったことがあった.それは,この借家に度々,奇抜な格好をしたじいさんが訪れるようになったということだ.どれくらい奇抜かというと,モヒカン頭に,赤色のタンクトップを着ていて,こげ茶色のローブを羽織っているのだ.年齢としては・・・60代前半,といったところか.そのじいさんは,この借家の玄関でエカチェリーナと話していては,よくモメていた.俺は,第三者である自分がその会話の中に入っていっても,更にモメごとを大きくしてしまうだろうと思い,その様子を気にしないようにしていた.


そのような日々を続けて,もう一週間くらいになるだろうか.ある日の夜,またビリーによる「その後」の夢を見らされた俺は,一度目を覚ましたものの,全身が痙攣を起こしているのに気が付いた.体を動かせないものだから,また目を瞑り,夢の内容を思い返していた.…とそこに,いつものようにエカチェリーナがやって来て,どうやら俺の体の異変に気付いたらしく,バタバタ部屋中を彼女が探すような音がして,数秒後.唇に何かむっちりとした感触がしたかと思うと,今まで味わったことのない液体が,俺の喉の奥へと入れ込まれたのを感じた.

これは・・・所謂,「口移し」というやつか.

エカチェリーナの唇は,本当にむっちりとしていて,最初の方こそ驚いたが,薬を入れ込まれている時に感じた感触は,素直に言うと,とても気持ちが良かった.そして,しばらくすると,痙攣が治っていった.

そうこう考えている内に,エカチェリーナは何を思ったのか,俺の着ている上着を脱がし,どうやら・・・汗を拭いてくれようとしているらしい.俺はそこで,そろそろ目を開けて話しかけても良いだろう,と思い,こう言った.

「毎回思うんだが」

そこでエカチェリーナは,甲高い声をあげて,顔を真っ赤にさせて,体を反らせた.

「理由は訊かないのか?どうしてこんなに体中傷だらけなのか」

彼女は体を反らせたまま,言う.

「いっいえ!別に気にならないわ!でもまさか起きていたなんて・・・!そ・・・それよりもあなたの方こそ,私みたいな女にく・・・口移しされてびっくりしたんじゃないの?!」


そこで俺は自分でも気付かぬ内に微笑み,こう思ったのだった.

可愛い女だ

と.


やがて,エカチェリーナは,反らせた体を元に戻すと,神妙な顔つきで,

「ビリー・・・って・・・,あなたのお友だちか誰か?」

と言った.俺は返した.

「やっぱり気になるか.まぁ・・・そんなところだ」
「だって,クライド,あなた悪夢を見て起きる時にいつも"ビリー!!!"って叫ぶんだもの.ねぇ,話して.私,もっとあなたのこと知りたいのよ」

俺は,一瞬だが返答に躊躇った.というのも,俺がこのエカチェリーナと出会って間もない頃・・・に湧いて出てきた,「今まで湧いて出て来たことの無い感情」を整理しきれずにいたからだ.そもそも何と名付けて良いのかすらも分からずにいた.・・・俺は,「正直」になって返すことにした.

「どうしたんだ?今日はやけにつっこんで来るな.それに・・・そもそも俺がこのサマサの村に着いてからといい,何故,俺にこんなに良くしてくれるんだ?」

すると,エカチェリーナは,まるで堰を切ったかのように,話し出したのだ.

「私・・・もう独りは嫌なの!独りで旅をするのには段々心細くなってきたし・・・それにこの村の人たちって全然友好的じゃないし・・・だから私,村の外からやってきたあなたを見て,精いっぱい介抱してあげたいと思ったわ!そうしていく内にだんだんとあなたのことを・・・」

俺は,彼女の発言を促す.

「俺のことを・・・?」

すると.彼女は,ふっきれたかのように,

「好きになった!」

と言った.・・・言ったのだが,そう言うと同時に,目を瞑って緊張している様子が見てとれた.

一つ,「彼女に対する気持ち」の中で,変化していったものがあった.それは,先程心の中で思った,可愛い女だ,という言葉のようにもあったように,俺も彼女に次第に惹かれていったのだ.ならば,迷うことはない.俺は今の自分にやはり「正直」になって,俺なりに心を込めて彼女へ言葉を返した.

「なぁに目なんか瞑ってるんだ.ここまでしてもらってお前のことを嫌うわけ無いだろう?俺も同じさ.好きだ,エカチェリーナ.お前のことを愛している」

すると,彼女は目に涙をいっぱいに溜め込んで,

「クライド・・・ありがとう」

と言ったのだった.


5.


リリリリリ・・・・・・・・・

心地良い眠りを妨げるかの如く,それは大きなベル音を鳴らした.俺はそのベル音を止めるべく,ベッドのシーツの中から,にゅっと手を伸ばし,その音の発生源・・・目覚まし時計のスイッチを切ろうとした.だが,先にエカチェリーナの手が目覚まし時計のスイッチを切っていた.切っていた・・・.正に,その最中であった.エカチェリーナの小さな手を,俺の手が包むように重なり合っていた.その事実を触感として気付いた俺とエカチェリーナは,特に際立った反応を示し合うこともなく・・・言ってしまえば,このようなことは日常茶飯事だったので,ある程度の「慣れ」が芽生えた,と言えるだろう.

あの日・・・俺とエカチェリーナが互いの気持ちを伝え合ってから,もう一週間ほど経とうとしていた.先程の,手が重なり合う,といったことでも,いちいち恥じらいを感じるほど初々しい関係では俺たちはもうなかったし,かと言ってこの関係に飽きたというのでも勿論のことない.では,どういう関係?と訊かれれば俺は返答に困ってしまうが・・・.

「クライド!朝ごはんできたわよ!」

と,未だ寝室にいた俺をエカチェリーナが呼びに来てくれた.彼女は,目覚まし時計のスイッチを消した後,すぐ朝食の準備をしに台所に向かいに行っていたのだ.

どういう関係?か・・・.いざ考えてみるとやはり困ってしまうな.ずっと独りで生きてきた俺にとって,女性と共同生活をするなんて,夢にも思っていなかったからだ.だが,エカチェリーナはどうだろうか.彼女は独りで旅をして来たが,今のこの,俺との関係のことを,どういう関係だと思っているんだろうか?

「クライド?どうしたの,なんだかさっきからずっと考えごとをしているみたいだけど・・・」
「・・・さすがだな,エカチェリーナ.実はお前の言う通りなんだ.・・・その・・・なんだ,朝っぱらからこんなことを訊いてすまないと思うが,エカチェリーナ,お前は,今の俺たちの関係について,『どういう関係か?』と訊かれたら,なんと答える?」

彼女は俺の話を終始神妙な顔つきで聞いていた.そして俺が話し終えると,彼女は朝御飯を食べるのを一時止めて,深く息を吸って吐き,こう言った.

「なるほどね,クライド.『どういう関係か?』ね・・・.素直に言うとね,今の私たちの関係は,『信頼し合える関係』にあると思うの.クライド,あなたいつだか私に言ったことがあるでしょう?『自分のことをありのままにうちあけることができるひとは自分にも相手にも正直なひとなんだ』って.私たち,お互いそれができるひと同士だと思っているから,それで・・・」
「『信頼し合える関係』にあると?」
「ええ,そうよ.あと,勿論,『お互い愛し合っている関係』っていうのもあるわよね」

そう言って,彼女は朝御飯を食べるのをまた始めた.俺も,また食べ始めた.食事中に,エカチェリーナが,「好きよ」と不意に言うので,俺も,その想いに応えた.そうして,この日の起床から朝御飯にかけての時間は,無事平穏に過ごせた.

…過ごせたのだが・・・,丁度,エカチェリーナが朝食の後片付けをし終えた直後だろうか,そんなところに,また例の奇抜な格好をしたじいさんがいきなり玄関をどっと開けて,エプロン姿の彼女にこう叫んだのだった.

「おはようゾイ.サマサの現役モンスターハンター兼臨時不動産屋兼借金取立屋じゃわい」

その声が響いた瞬間,場にただならぬ空気が漂って来た.エカチェリーナの方を見やると,彼女は一瞬,皿を洗う手が止まり,数秒間石像のように固まったように見えた.そして,ハッと何かに気付いたような仕草をすると,そのじいさんのところへ,玄関の方へ走ってゆき,以前の時のように話し出し,そしてモメだした.俺は,また第三者のように振舞おうとしたが,果たしてそうして良いものかどうか迷っていた.何故かというと,じいさんが開口一番に言った言葉が気になったからだ."不動産屋","借金取立屋"という言葉だ.そして此処は一応借家ということになっている.俺は事の真相を知りたい欲求に駆られ,あとでエカチェリーナ本人からこの借家について色々訊いてみたくなったのだった.

結局その日も,やって来たじいさんを追い払ったエカチェリーナは,朝御飯の後片付けの続きに戻り,皿を洗いながら,後ろ側にいる俺を振り向き様にして,こう言った.

「なんだか朝から慌しくってごめんなさい,あの人,この村の人なんだけど,最近色々うるさくってね・・・」

そして時刻は昼過ぎとなり,俺とエカチェリーナは机をはさんだかたちで座っていて,ティータイムの時間を共に過ごしていた.俺はそこで,先から気になっていた例の真相を知るべく,なるべく当たり障りなく訊いてみた.だが,そうした積りであっても・・・

「なぁ,エカチェリーナ.お前はどうやってこのサマサに家を借りることが出来たんだ?」

"知りたい"欲求の方が勝ってしまい,こんな風な味気の無い訊き方になってしまった・・・.・・・が,彼女はまた深呼吸すると,やがて語りだした.

「やっぱり気になるわよね・・・.いずれクライド,あなたに話さなきゃ,って思ってたんだけど,この話を聞いたらきっとあなた呆れ返っちゃって私の元から離れてしまうかもって思ってたから今まで話さなかったの・・・.でも,私たちって『信頼し合える関係』よね.だから,この話をしても大丈夫,って今思った・・・.

前置きが長かったわね,ごめんなさい.このサマサの村って,村人以外の人に対しては閉鎖的で排他的なのは以前話したわよね?それで,私,旅を続けて来て,此処が地の果てだって噂に聞いていたものだから,思い切って一軒家を借りることにしたのよ.資金は,私,一応貴族の家出だからそれなりにあったわ.でも,この村の人たちは,私が村の人間じゃないことを知ると,どんどん借り値を上げてゆくのよ?ひどいと思わない?それで,あっという間に資金も尽きてしまって・・・.それで私,ある人から借金をしてしまってね・・・.・・・で今度はその借金を返すために,自分でお金を稼がなくてはいけなくなって・・・まあ,仕事をしなくてはいけなくなって・・・でも・・・」

エカチェリーナの声がトーンダウンしていくのが十分すぎるほど分かった.続けて彼女は言う.

「貴族出の私は仕事の仕方っていうのがイマイチ分からなくって・・・.で,でもあなたに迷惑はかけたくなくて!」

俺は,懸命に「正直」になろうとしている彼女を抱きしめた.


6.


俺が少し力を入れてエカチェリーナを抱きしめると,彼女も,ぎゅっと力を入れて俺を抱き返してくれた.そんな彼女は唐突にこんなことを言ったのだった.

「思えば・・・私,色々な人に迷惑かけているなぁって.家族には勿論,旅先で色々とお世話になった人たちにも・・・.そして,私は今も尚,クライド,あなたに迷惑をかけようとしている・・・」

俺はそこで,一旦,抱きしめるのを止め,彼女の両の肩をなるべく優しく掴み,真っ直ぐ彼女の瞳を見ながら,こう言った.

「エカチェリーナ,お前は誰にも迷惑などかけてなんかいやしないさ.人間,育つ環境も違えば得手不得手もある.仕事のことなら,この俺に任せておけ.絶対,その借金なんかも返してやるさ」

すると,エカチェリーナは目にいっぱいの涙を溜め込んで,

「ありがとう・・・クライド」

と返したのだった.


そういうやりとりがあったその日のティータイムは,あっという間に終わり,時刻は夕方にさしかかろうとしていた.俺はというと,今日の朝方,この借家へやって来たあの奇抜な格好をしたじいさんの住む家を探していた.エカチェリーナの代わりに,俺が働いて金を稼ぎ,彼女が今まで借りていた金を全て返済してやる,と言いに行くためだ.俺は村人に話しかけてそのじいさんの家を訪ねようとしたのだが,どうやら俺がこの村の者ではないということを知っているらしく,あからさまに無視された.これでは埒が明かないと,途方に暮れていた,その時だった.

村の入り口から二人組みのじいさんを先頭に,多分・・・だが,村の若者数人が数体のモンスターの死体を乗せた台を担いで来ていて,行列を成していた.じいさん・・・モンスター・・・.俺はそこで,今朝方に俺とエカチェリーナが住む借家にやって来たじいさんが言っていた言葉の中でも,"モンスターハンター"という言葉を連想したのだった.察するに,俺が今見ているこの光景は,おそらくそのモンスターハンティングが終わって,村に帰って来た人たちなのだろう.

俺のその思い込みは,段々と確信へと繋がっていった.何故なら,かの行列の先頭にいた二人組みのじいさんの内の一人が,正に,今朝方やって来た奇抜な格好をしたじいさんだったからだ.俺は目立たぬようにその行列の後についていって,その例のじいさんが家に帰るのをこの目で確認した.確認してから,俺はその家の前まで近付き,周りに誰かいないか・・・他に訪問者はいないか・・・を更に確認してから,やがてその家の玄関のドアをノックした.

ノックしても,全く家の中から誰も出て来る気配はしなかった.俺はもう一度,今度は強めにドアをノックした.すると,家の中から,

「だァれじゃ,こんな遅い時間に.今すぐ行くから待っとれい」

という声と,

「もしかすると,お前さんの担当しているあのお嬢様かもしれんぞ?」

という,二人の声を聞いた.やがて,例の奇抜な格好をしたじいさんが玄関のドアを開けて,無言でまじまじと俺のことを観察するように見ると,こう言った.

「お前さんは・・・覚えとるぞ,エカチェリーナお嬢様のところに転がり込んだ色男じゃろ?」

俺はその発言を受けて,すぐこう返した.

「突然の訪問には失礼するが,あなたも随分と失礼なもの言いをなさる人のようで.私はエカチェリーナ,彼女の代わりに金を稼ぐための第一段階として,あなたの家へとやって参った次第でございます」
「なんじゃ,こやつは・・・.・・・こちら側の言葉使いに非があったのは認めるが,金稼ぎとわしの家に来るのとどう繋がるんじゃ?!」
「失礼ながら,先程のあなたたちの凱旋を見ておりまして,それで,是非とも―」

俺は愛用の忍者刀を正座している自身の脇に置き,所謂「土下座」しながら続きを話した.

「あなたたちのモンスターハンティングの御同行願えないでしょうか.そして仕事をさせて下さい」

と.僅かに顔を上げると,二人のじいさんは何やら難しい顔をしていた.そうしてしばらくして,例のモヒカン頭のじいさんが話をし始めた.

「お前さんは・・・なにか,わしらのモンスターハンティングの手伝いか何かをしてそれで金を稼ごうと思っているわけじゃな?じゃがお前さん,根本的なところで勘違いをしとらんかいの?というのはじゃ,モンスターハンターと言っても,これはあくまでもわしらの趣味じゃからのう.仕事と混同されては困るわい」

そう言われても尚,俺は引き下がらなかった.俺は忍者刀に手を添え,また土下座しながら,


「ですが多少なりの手伝いから始まっても良いですから,私をどうか何らかのかたちで仕事に就かせてくださいませんか」

そこでもう一人のじいさんが,

「おい,今度は臨時就職相談屋にでもなるか?」

と,多分冗談のつもりで言ったのだろう,しかし,俺と対面している方のじいさんは,

「やめい,ガンホー.お前さん・・・・・・仕事仕事と言って拘っとるが・・・結局,金が欲しいだけなんじゃろう?・・・そんな人生は・・・つまらん.人は金ではなく,夢で生きる生きものなんじゃわい.そうら,もう晩飯の時間じゃ.お前さんも,あの嬢さんの元へ帰って,色々相談してみることじゃな」

と,結果的に俺はじいさんたちに追い払われたかたちになった.夢か・・・そういうものとは一切関係のない世界で生きてきたからな・・・.

…エカチェリーナの元へ帰った俺は,彼女が作ってくれた晩飯を食べながら,今さっきあったことを話した.すると,エカチェリーナは,いつものように食べるのを一時止め,深呼吸をしてから,ゆっくりとした口調で語り出した.

「私ね,今日のティータイムが終わってから,ずっと考えていたことがあるの.以前,私が旅をして分かったことで,『大切なことは,結果じゃない』っていうのはあなたに話したと思うけど,もっとはっきりしたことでね・・・.自分で決めた人生の選択肢を迷わずに進み,生きてきた過程の中で,生き抜いてきた証として,何を作り出すことができるのかっていうことが,とても大事に思えて来たのよ」

生き抜いてきた証,か・・・.俺はエカチェリーナの話を聞いて,先刻のじいさんの話も思い出していた.今まで金の為だけに,言わば生ける亡者だった俺にとって,彼女のこの話と,例のじいさんの話は,俺のその後の人生を変えんばかりの金言に等しいものになった.

俺にだって,生き抜いてきた証がある.ならば・・・.俺にも持たせてもらおう.

その,「夢」とやらを.






最終更新:2012年08月17日 18:22