1.
飛空艇を,未知の鉱物・アダマンタイトで,シドと彼の孫であるミドに強化してもらい,かの船は「4つの心」を持つ者たちを乗せ,更に天高く空へと飛んだ.
突如として地中から天高く空へと浮かび上がった謎の飛空体・・・と呼べば良いのだろうか.誰が言い始めたのか,或いは書き始めたのかは既に忘却の彼方だが,この謎の飛空体・・・「ロンカ遺跡」は,「遺跡」という名は冠しているものの,外観から察するに,今も尚駆動し続けている巨大戦艦のようにも見えるし,空中に浮かぶ巨大都市のようにも見える.ロンカ遺跡の防御システムである,ランチャーとソルカノンを撃破した彼ら・・・バッツ,レナ,ガラフ,ファリスの,「4つの心」をそれぞれ一つずつ持つ4人は,その強化された飛空艇に乗って,かの遺跡の中へ入っていった.
「これがロンカ遺跡ってやつのなかなのか?見たことのない機械でいっぱいだな.それに・・・歯車も沢山だ」
他の3人が興味津津にロンカ遺跡の中を無言になるほど夢中で調べている時に,バッツがそう口にした.その次にファリスが口を開き,こう言った.
「おれもそう思う.さっきまで一頻り調べてたけど,分からないところだらけで参っちまうな」
その次に,彼女の妹であるレナが,バッツとファリスのいる場所までやって来て,言うことには,
「バッツ,姉さん・・・,私も,奥にある大時計以外はさっぱりだったわ」
バッツが返した.
「奥にある,って・・・.レナ,お前,いつの間にそんなことを知ったんだ?」
「ここへ来る前に古代図書館でロンカ遺跡について予め調べておいたのよ」
そこでファリスが,「大した勉強家だなぁ」と素直に褒めたのだった.
「それで,ガラフはどこに?」
バッツがそう言うと,レナは,
「ガラフなら,その大時計を調べてもらっているところよ.二人とも,行きましょう,その大時計のところへ.もしかしたら土のクリスタルが見つかるかもしれないわ」
と言った.それを聞いたバッツとファリスは,互いに目を合わせ,
「よし行こうぜ!」
と二人同時に叫んだのだった.
「う~む.どうしても分からんのォ.ここの歯車は…ブツブツ」
などと,大時計を前に,なにやら独り言を言っていたガラフのところへ,3人がやって来た.
「ガラフ.どう?何か分かった?」
レナがそう訊くが,ガラフは,「い~や,さっぱりじゃわい」と言って,諦めかけていた.そこをバッツが,
「待ってくれよ.おれたちにもよく分かるよう説明してくれないか?」
と言ったので,レナが,分かったわ,と言い,話し始めた.
「まず,この大時計がどうしてロンカ遺跡にあるのかが分かったか,ということだけれど・・・.これはさっきも言った通り,古代図書館にある古い文献から見つけたことなのよ.その文献・・・『ルカーン記』って言うんだけどね?この書物は,ルカーンという歴史学者が若い頃に書いたものらしいわ.そのなかに,マトーヤという魔女との対談から始まる章があるんだけど,その章のなかに出てくるのよ.『ロンカ』王朝っていう言葉がね・・・.それで私,もしかしてこれって今私たちがいる『ロンカ』遺跡のことじゃないか,って思ったのよ.それで,その対話で得た情報を元にルカーンがロンカ王朝について調べていて,その記録も残しているの.それでね・・・」
レナは腰巻きからメモを取り出し,読み上げた.
「ルカーンはこう記しているの.『私が世界を探訪して得た重要な事実・・・いや,真実を,この二つの文書にまとめ,空気の水によってロンカ王朝大時計において後学のために保管させてもらう.全ては時の真理のままに・・・./双魚宮20日06時10分50秒』とね」
バッツはこのレナの話を聞き,今度は彼が話し出した.
「なーるほど!それなら納得がいくぜ.それでレナとガラフは,この大時計の仕掛けを解くために試行錯誤していたってわけか.大時計の手前には,大きい歯車が3つ横1列に並んであって・・・真ん中の歯車の手前には人が乗ると作動するタイプのスイッチがあって・・・か.ちょうどおれたちができることかもしれないじゃないか!」
そこでガラフは,
「しかし・・・じゃ,この歯車,3つ同時に操作せんといかんらしいのじゃわい」
と言った.ファリスはその言葉を聞いて,
「なら尚更,バッツの言った通りのことをすればいいんだよ!要するに,3人同時にこの歯車を操作して,スイッチは残りの1人が乗ればいいわけだろ?」
と言ったところ,レナは,
「さすが姉さんね.人を束ねるのも,こうやって実行に移させるのもうまいわ」
と言った.ファリスはどう思ったのか,
「レナ!それは無事この仕掛けとやらを解いてから言ってくれよ!」
と何やら少し照れたようにして言ったのだった.
歯車の前には,レナ,ガラフ,ファリスが立っていた.これでバッツの指示通りにいつでも歯車を同時に動かすことができるようになっていた.
「問題は,どう歯車を動かして止めたらいいのかっていうことだな」
とバッツは言う.彼は,先程のレナの言っていた言葉を思い出していた.
"そう言えばだけど・・・空気の水って一体なんだ・・・?それに,ルカーンってやつ,すごく時間にまめなのな.だって,秒単位で記録をつけるなんて・・・"
と,そこで,彼は,とある考えに行き着いた.
「えぇと・・・,ガラフにファリス!お前たちの前にある歯車,それぞれ,60度まで目盛りがついてないか?」
ガラフとファリスはそれぞれ,あるゾイ,あるぜ,返した.
「みんな!案外この仕掛け,簡単に解けるかもしれないぜ?レナ,ガラフ,ファリス!それぞれ『6』と『10』と『50』に歯車を合わせてくれ」
バッツがこう言うと,3人はそれぞれキチキチと歯車の音を立たせながら,バッツの言った通りの数字に合わせた.そして,バッツが,
「スイッチ~,オン!」
と言ってスイッチに乗ると,どこからか扉の開く音がした.すると,天井から2つの文書が落ちて来たのだった.それを見たレナは,
「私が口でしか言っていないルカーンのメモを覚えているなんてバッツ,あなたすごいわね」
とバッツに向かって言った.バッツは返す.
「いやあ,大したことないさ.ただ妙に引っ掛かってただけだし.それよりその歴史学者さんの書いた文書とやらを開けて読んでみようぜ.なんだかワクワクするなあ」
4人は第2階層の小部屋で,テントを張り,じっくりとその文書をまわし読みしていった・・・.
2.文書I
まず最初に,マトーヤとの対談で,彼女が狂言めいたことを言っていないかどうかを確かめるために,私が実際にアルディの海深くへ探索しに行ったことを述べておく.アルディの海深くへ行くまでには,さまざまな経緯があったが,それを述べようとしたら,本が一冊できあがってしまうほどのものになるので,ここでは省いておく.
さて,アルディの海深くに潜水した私だが,なるほど,確かにロンカ王朝の名残があった.王国の大城門から始まり,多くの民が住んでいたであろう,ものの見事に区画された綺麗な街並みが続いているのが目にとれた.次に確認できたのが,多くの国民が集まる広場であった.広場には柱が建てられていた・・・のだろう.
ロンカ王朝が謎の伝染病に引き続き,突如起こった大地震で南亜大陸のアルディの平原ごと海に沈んでしまった・・・というのはマトーヤとの対談で実際に聞いたことだが,私はこの海底に眠る,今は亡きロンカ王国・・・のとりわけ大王宮にて,マトーヤの言葉は確かなものだ,と確信できたのだ.なぜなら,今でこそ海底に沈んではいるが,大王宮の壁画の間と思われる場所に,マトーヤと,彼女を愛した王・ザイネンとが交わした神前の儀の様子が描かれた壁画と,それを記念する碑文が書かれていたからである.
少々話が飛びすぎたようだ.私の知的興奮が,これを読んでいる者を混乱させたのなら,私は既に学者でなはく,ただの欲を満たそうとする業魔に過ぎぬのだろう.
ロンカ王朝の最後の王となったザイネンと,その妃であるマトーヤがどうして結ばれるに至ったか,そして何故ロンカ王国が海底深くに沈んだのかは謎の大地震によるものだが,この二つについては,私,ルカーンの著書,「ルカーン記」の,対談の章に詳しいので,敢えてここでは触れない.そして,この秘密文書Iに記しておきたいのは,次の三つの項目だ.
1.謎の伝染病について
2.「秘術」について
3.「天空城」について
以下,この三つの項目について,私が調べたことをまとめていきたいと思う.
まず一番目の項目についてだが,前にも述べた通り,そもそもロンカ王朝を滅ぼしたのは大地震ではなく,謎の伝染病であった.ザイネン王の父であり,この現在ある南亜大陸とほぼ同等の面積を占める海の名にも使われている,アルディ先王を亡き者にしたのも,この同じ伝染病だということがマトーヤから確認が取れている.ここから二番目の項目の話と密接に関わってくるのだが,彼ら,ロンカ王朝の王族やその血族は,「秘術」という今尚現存する魔法や科学とも違える力,を行使できる者たちなのだ.私も一応,マトーヤから秘術に関する断片的な知識を教えてもらったことがある.彼女の話によれば,「秘術」を用いれば,あらゆる難病を忽ち治すことができたり,壊れたものを完全に修復することができたりするらしい.そしてその逆もできるというのだから,恐ろしい話だ.その話をマトーヤから聞かされた時,私は,ロンカ王朝を滅びの道へ招いた謎の伝染病について,一つの考えに辿り着いたのだ.あくまでも仮説に過ぎないが・・・.もし,その「秘術」で,人を難病に侵し,更にその病を他の人へ移すような,所謂「細菌」を作れたら?もしそれが可能で,誰か一人でもその考えに至り,実行できたら?
…私はこの考えに至った時,思わず身の毛が弥立ったのを覚えている.たった一人の企てにより,もしかするとロンカ王国は滅んでいたかもしれない・・・.それを逆に考えると,ロンカ王朝の歴史のなかで,どうして今までそういった者が出て来なかったか不思議に思えてこないだろうか?
私は伝染病の原因を調べるために,現在でも「秘術」を伝えているというエルフたちに協力してもらい,海底に眠るロンカ王国のなかでも,確かに伝染病で亡くなったという.アルディの墓から,数ヶ所の生命泉の乱れを感じ取ることができた.
生命泉とは,生きとし生ける者なら誰でも持つ,生体エネルギーの噴出口のことだ.この生体エネルギーが正しく外部と出し入れができていないと,その生物は調子を崩し,もっと酷いとなんらかの病に侵されるという.
アルディの墓から見つかった生命泉の乱れには,エルフたちでも不可解な乱れがあるという.エルフたちが言うには,もしかしたらあなたの仮説が正しいのかもしれません,とのことだった.私はエルフたちにそう言われた時に,「秘術」というものは,本当に畏怖されるべき力なのだと思った.何故自分で前述した恐るべき仮説が正しいと言われたのに「恐怖」という言葉ではなく,「畏怖」という言葉を使ったのかというと,それは三番目の項目の,「天空城」について私が得た知識が,その仮説の正当性と同じほど衝撃的だったからだ.
私とマトーヤが初めて対面してからその後も,何回も彼女からロンカ王朝について詳しい話を聞きにマトーヤの洞窟へ赴いていることは,拙著「ルカーン記」の読者なら分かっていることかもしれない.その数回の対談の中で,断片的にだが,マトーヤ自身が独り言のように呟く時が偶にあった.それはロンカ王朝の王族や血族からによる,「テラ&ガイア治安計画」という言葉だった・・・.これは王室にいることができたマトーヤだからこそ知れたことである.私はそのことについて彼女に問うことはしなかった.なぜなら,彼女の記憶がその部分だけあやふやで,これは私自身が調べに行くしかないと思ったからだ.実際,海底に眠るロンカ王国の名残をあちこち調べていった際に,私と一緒に潜っていたエルフが,特殊な物質泉を見つけたというのだ.
物質泉とは,物質の均衡を保つための物質波が噴出されるところのことで,その物質波が正しく外部とのやりとりができていないと物質は均衡を崩し,所謂,「壊れた」状態になってしまうらしい.
そのエルフに私はどのように特殊か,と訊くと,なんでも,南亜大陸の東部にあるクレセントレイクの町の近隣に在する氷の洞窟に安置されているという「浮遊石」の中に見られる物質泉と同じものだというのだ.浮遊石・・・.私もだてに歴史学者をやっているわけではない.浮遊石の存在は確かに知ってはいたが,それがロンカ王国にもあったとは・・・.いやな予感がした私は,その特殊な物質泉があったところ近くに刻まれている碑文を見つけ,読み,そしてゾッとした.この文書の結びとしてその碑文の内容を記すが,もしロンカ王国が滅ばずにいたら,世界はきっととんでもないことになっていたことは確かであろう.それは,恐らく誰かが後から刻んだ妄言からよく分かることだ.
… … …
おお!あそこにおわしますは,
我々が今正に近付かんとする原初の炎星,太陽!
かの土陽士が曰く,
「災いが起きるのならば,それを阻止しようとするのが生きとし生ける者の理.よってそなたたちはこの特殊な石でこれから起きる災いを防がんとするが良い」
と.かくして我々は北大陸の争いを治めるための事始めに,ロンカ天空城建造計画発足記念としてここに記す.
おお!眼下に逃げ惑うのは,
テラの国の者か,それともガイアの国の者か.
どちらにせよ我々が秘術により造ったこのランチャーと「太陽砲」を意味するソルカノンには敵うまい.散り散り逃げ惑いおって,小賢しい.どうせ逃げるのであれば,一ヶ所に集まれ.そして天上からの光をこの城から浴びせてやろう.全ては我が手中に収まらん.
3.文書II
まず最初に,この文書IIは文書Iの述べているようなこととはまた別な話であるということを事割っておく.
現コーネリア王国から北北東に歩み進むとマトーヤの洞窟が見えてくるのは周知の事実で,今までマトーヤについての話も沢山してきた.それでこの文書では,現コーネリア王国を今度は北北西に進むと見えてくる,「カオス神殿」という建物に焦点を絞って,私が知り得た限りの知識をここに記そうと思う.
カオス神殿・・・.この言葉を聞いて,人は何を思い浮かべるだろうか.「神殿」というからには,我々人の力を超越した何か・・・例えば神などを祭っている場所なのだろう.その神の名は・・・,「カオス神殿」と言うからには,「カオス」とでも呼べばいいのだろうか?・・・などと,色々思うことはある.
私は,自身の生前から建てられているが,実際に訪れに行く人の話を耳にしたことが未だに無いこの不思議な建物の歴史を紐解いてみようと思ったのだ.すると,結果,この世界を揺るがすにするほどの沢山の出来事があって,この「カオス神殿」という建物が建立されたのを知った.
まず,研究の手始めとして,カオス神殿に最も近い町,現コーネリア王国の城下町に住んでいる人々に,かの神殿について訊くことから始めた.すると,私が思っていたより町の人々のカオス神殿に対する知見は深いものだったことが分かった.インタビューの結果を簡潔にまとめると,大体このようになる.
「昔々,一人の『カオス』という名の研究者が冥界の王『ジェイド』様の名前をむやみやたらに乱用したせいで,バチが当たりあんな薄気味悪い建物が建ってしまった」
なるほど,これなら「カオス」神殿と言われが付くのは納得ができる.そして薄気味悪い,ということだが,実は私も数回カオス神殿に足を踏み入れたことがあって,「神殿」と言うには程遠い,どちらかというと「廃墟」と言った方が相応しいところだったのだ.中にはモンスターもいたが,全てゾンビ系のものばかりであった.更に,「ジェイド」という言葉が出て来たが,これは,南亜大陸に伝わる土着の宗教のなかに出て来るものだということが分かっている.マトーヤが南亜大陸全土から業魔によって呼び寄せた原住民たちによって,創りあげられたこのコーネリアに,その土着の宗教が今尚あると考えるのは不自然ではないだろう.私は王国に保管されている,カオス神殿に関する文書を特別な許可を貰って追ってみることにした.そのなかで,特に私が興味を引かれた箇所があったので,ここに引用しておく.
「古の昔,最初の神々は冥界王ジェイドを地底深く封印した.そして結界を張ったその場所こそがカオス神殿であると伝えられている.邪悪な空気の漂う,朽ちた神殿である」
これは,城下町の人々の話とはまた違った解釈がとれるだろう.町の人の話では,「カオス」という名が付いたのが分かった風ではあったが,ここでは,土着の宗教に登場する「ジェイド」に注目が当てられていることは,読者にもお分かり頂けるだろう.
さて,下調べはここまでにしておいて,私が解き明かした,「この世界を揺るがすにするほどの沢山の出来事」を述べておきたい.先の文書でも書いたが,ロンカ王朝が滅んだのは,謎の伝染病のせいだが,実はこれは,ロンカ王朝とガイア国の二国間に起こった一時的な紛争の一つに過ぎなかったのだ.というのも,先の文書の最後に記した,ロンカ王朝がテラ&ガイア治安計画のために建造したという,碑文にもあった「ロンカ天空城」は,実は碑文のなかだけでの,空想的なものではなかったのだ・・・.私が「妄言」と呼んだ箇所も実は真の話で,実際,ロンカ天空城はガイア国の領空内に入り,天高くから地上へ一本の塔を突き建て,辺り一帯を砂漠化させるほどの大災害を起こしている(私は「ソーリスカノンの制裁」と呼んでいる).これに対しガイア国は,今まで眼中になかったロンカ王国にそんなことをされたものだから,当然のように敵視し,とある兵器生命体をロンカへ送った.その兵器生命体こそが・・・ロンカに伝染病をもう一度もたらした張本人だったのだ.その名はフーリエと言うらしい.その報復行為(私は「ヤーニクルムの報復」と呼んでいる)でロンカは滅んでしまった.そして話はその後に移る.
ロンカ王国を伝染病で滅したガイア国は,予てより文明の発達を競い合っていたテラへと,何を血迷ったのか,本格的な武力行使に打って出たのだ.こうしてガイア,テラとの間に起こった戦争を世界中の人々は「テラホーミング作戦」と呼んでいる.そして,結果だけを言えば,その戦争で,魔法文明で栄えたテラ国は滅びることになる.更に何の目的かは分かり得ないが,ガイア国は第二次テラホーミング作戦を開始させるも,自国が保有する兵器生命体フーリエによって,ガイア国自体が謎の滅亡を遂げているのだ・・・.
こうして当時この世界を治めていた三大国が一斉にして滅びてしまった・・・かのように考えられるが,実はそうではなかったのだ.僅かにだが,生き残った人々や,三大王国とは関係のない地方部族がいたのだ.例えば,コーネリア国は,テラホーミング作戦とは全くと言っていいほど関係がなかった.そして,戦時中,かの洞窟に引きこもっていたマトーヤは,戦後,故郷であるテラを憐れむかの如く帰り,また「業魔」なるものを作って,オンラクという町を作った.
さて,ガイアの方の生き残った民だが,実は,彼らこそが後の「カオス神殿」の建立に深く関わっているということを,私は現在にあるガイアの町に残る四つの碑文を読み,知ったのだ.その四つの碑文には,それぞれこう書かれている.
… … …
第一の碑文:
我ら,ガイア国軍研究所のなかで,苛烈な戦争を生き延びた者こそ,鷹のような眼差しで危機を生き延びてきた我らこそ,所長シド様のご専門としていた鷹揚物理学を受け継ぐのに相応しいだろう.今後,この地方で使われている言語で「鷹」を意味する「ルフェイン」という言葉を借りて,我らをルフェインの民と称する.
第二の碑文:
終に思想を同じくしていた我らルフェインの民を天が二つに別つ時がやってきた.このことを聞いたら,我らの長であったシド様もさぞお嘆きだろう.全ては,かつての軍研究所が異世界より招来したフーリエに起因するもの・・・.
第三の碑文:
私は,シド様,彼の妻であるセーラ様,そして彼らの養子であるフーリエを大変愛おしく想っている・・・.幻想跳躍でシド夫妻が旅立たれてもう何ヵ月が経とうとしているのだろう.私たち,ルフェインの民でも穏健派の者たちは,この世界から去ったフーリエのことを「兵器」だとは決して思ってはいない・・・.愛に全てを.
第四の碑文:
我々は,もう無能となった一研究所所長に縛られることはない!我々が崇拝するまでに至った新たな研究者,カオス様につき従うのみである.
… … …
これらの碑文から読み取れるのは,まず,「ガイアの方の生き残った民」がルフェインという名の民であること,そしてそのルフェインの民でも二つに別れたこと,その一方がどうやらカオス神殿に深く関わっているのではないか・・・ということであろう.ルフェインの民に関する私の考察は拙著「ルカーン記」に詳しいので,ここでは述べない.その代わりに,私が再度カオス神殿に訪れた時,よく見ると壁中に刻まれてあった碑文を引用し,これを考察し,この文書の結びとする.
… … …
第五の碑文:
おお!バハムートで旅立った我らが先達,シド様よ,我々もあなた様と同じようにして旅立ち,そしてお供させてくれはしまいませぬか!
おお!我々の無能な先達に替わる新たな研究者,カオス様よ!あなた様があの先達のコピーであるという事実さえなければ,我々はもっとあなた様のことを崇拝できていただろうに!さあ,カオス様,この闇のクリスタルで永遠に生き続けるのです!
私,研究者カオスは,死期が近いと思い悟った瞬間,私を崇拝する人たちに乗せられて,うっかり闇のクリスタルに手を出してしまったのだ.神殿に捧げられていたこのクリスタルは私に,「汝の幻想跳躍法を言い給え」と言われたので,私はここら一帯で信仰されている,「死んだ後の世界を司る」と言われる冥界王ジェイドの名を適当に言った.しかし,「幻想跳躍ジェイド」は失敗し,私はそのまま「死んだ後の世界」へ,そしてその代わりに世界へやって来た者がいた.その者とは,私のコピー元である,シド,の養子であるフーリエが作ったとされている,この世界(私がまだ生きていた世界)のパラレルワールドにいるもう一人のカオスだったのだ・・・.そう,正に怪物,の名に相応しい,あのカオスを・・・.なんということだ,私の安易な信仰心としっかりした法則に対する無知さを露呈してしまった・・・.私は,この死後の世界,「冥界」で,ずっとその苦しみに耐え続けなければいけなくなった・・・.
… … …
カオス神殿にまつわる重要な事実は,灯台もと暗し,カオス神殿にあったのだ.この第五の碑文の最初の部分のものは,「バハムートで旅立った」という不可解な点があるが,シド様,書いてあるので,もしかしたら,ルフェインの民のなかでも穏健派の者が刻んだものかもしれない.二つ目のものは・・・語り口調からして,穏健派とは立場を異にする者たちが刻んだものなのだろう.そして,闇のクリスタル・・・のことだが,私が生きている今現在でも,カオス神殿のなかに黒水晶といったかたちで見ることができる.なんてことのないその黒水晶がそんな力を秘めているとは・・・.そして最後の,研究者カオス自身が刻んだ碑文だが・・・.未知の単語・事実が溢れかえっている.幻想跳躍・・・?この世界のパラレルワールド・・・?とにかく,研究者カオスは,永遠に生き続けることができる幻想跳躍ジェイドに失敗し,亡くなってしまったというのは分かる.宗教と科学は切っても切り離せない関係にあるのは,いつの時代・場所でも言えることだ.研究者カオスは,「適当に」と書いてあったことから,おそらく全く信心深くはなかったのだろう.それが,現在のこの世界に蔓延る混沌を招いたのであれば,私はこの二つの文書のまとめとして,こう言いたい.
「始まれば,必ず終わる.だが,記憶は始まりもなければ終わりもない」
と.
4.
ロンカ遺跡第二階層の小部屋にて,バッツ,レナ,ガラフ,ファリスの四人は,大時計がある部屋の天井から落ちてきた二つの文書をまわし読みして,それぞれの感想や考察を言い合っていた.
一番早くに読み終わったファリスが言った.
「なんだか長過ぎて途中で飽きちゃったよ.この学者さん・・・ルカーンっていうんだっけか,この人が言いたいことって要するにこういうことだろ?『ロンカ王朝が滅んだ原因を調べ,仮説を立ててみました.カオス神殿建立の謎を解き明かすために,各地から情報を集め,碑文を載っけて,自分の考えも載せてみました』ってだけじゃないか?全然土のクリスタルとは関係ないだろう?」
そこをガラフが,
「しかし,じゃ,ファリスよ」
と言い始め,こう語りだした.
「このルカーンという歴史学者,大層な体力を持った者だと思われる.なにせ,本当にロンカ王朝が過去にあったかどうかを調べるために実際に海深くに潜ったと書いておる.それにコーネリアの城下町へ行ってインタビューもしているし,モンスターが出現するカオス神殿にも赴いておる・・・.あと,どこにあるか分からんが,ガイアの町に碑文を読むためだけに訪れている.わしが察するに,このルカーンという男,かなりパワフルな学者だと思うんじゃよ.自分の足で調べに行っている.史書には頼らず,自分の目で見たものの記憶を信じる・・・調べ方が立派だと思わぬか?」
ファリスは,ガラフにそう問われ,
「そう言われれば・・・そうだけど・・・.でも,文書Iの最初のくだりからして,なんかもう,読者を突き放しているような・・・それこそ,このルカーンが言っている通り,業魔だよ」
と言うが,そこで素早くレナが,「待って姉さん」とファリスの言葉を遮るかの如く,言った.
「姉さん・・・『業魔』の意味・・・分かってて言ってるのよね?」
ファリスは返す.
「勿論だよ!おれもおれなりに古代図書館で調べてきた身なんだぜ?『業魔』っていうのは,人の造りし魔物,ってことだろ?」
ファリスの自信ありげな答え方にレナは安心した.
「そうね.姉さんの言っている意味で正しいわね.ただ・・・」
そこで,ようやく文書I,IIを読み終えたバッツが言う.
「ただ・・・?どうしたんだ,レナ?」
レナは,バッツに言葉を促されるまま,喋り始めた.
「私はただ,その言葉の意味も知らずに使っている人たちが苦手っていうことを言いたかったのよ.話が飛び過ぎたわね,ごめんなさい.それで姉さんの言っていた,『読者を突き放している』ってことだけど・・・.これはマトーヤとの対談があった,っていう前提を私が一応補足しているはずだけど・・・.分かってくれたわよね,バッツ?」
話を振られたバッツは,
「おう!事前にレナの説明が無かったら,思わず面喰ってたところだったぜ.ありがとな,レナ」
と答えた.それに対し,ファリスは,
「そっか,レナの説明,正直忘れてた・・・ごめん」
といまにも肩を落としそうだったところを,バッツが支え,こう言った.
「気にすんなって!聞き漏らしは誰にだってあることさ.だからそんなに落ち込むことはないよ」
「バッツ・・・ありがとう・・・.でも,どうしても学者の書いたものって苦手でさぁ・・・」
といったファリスに対し,バッツが,
「じゃあさ,みんなで分かりにくかったところを話し合うってのはどうだ?」
他の三人は,彼の言葉に頷いた.
まず彼らは,自身の気になるところから話していった.バッツが言う.
「えぇと・・・おれが気になったのは,文書I,IIのつながりだな.例えば,ルカーンが,ロンカ王朝を滅ぼしたのは謎の伝染病で,そしてそれは秘術で作った『細菌』によるものでは,って仮説を文書Iでは書いているけど,文書IIでは,兵器生命体・・・フーリエが伝染病をもたらした,って書いてあるだろ?仮説を折角立てておいて,あとから史実ををふっと言うなんてなんか悲しくないか?」
「それは,わしも思ったゾイ」
ガラフが答えた.
「そういうような不自然なところは他にも見受けられる.それは,『ロンカ天空城』のくだりのところじゃ.ルカーンは,文書Iでは,例のロンカ王朝の碑文のことをまるで敬遠しているかのような態度をとっとるが,文書IIでは,いともたやすく,『碑文の中なかだけでの,空想的なものではなかったのだ』と述べておるじゃろう?わしが思うに,このルカーンと言う歴史学者,文書IとIIを年の間隔をあけて書いたものだと・・・」
そこでファリスが少し怒った風にして言う.
「じゃあレナの,ルカーンの言葉を書き写したメモは嘘だって言うのか?」
レナは,
「落ち着いて,姉さん.確かに,あのメモには,『・・・真実を,この二つの文書にまとめ・・・』と書いてあるから,どこか矛盾しているところがあるわよね.でも,私としては,ルカーンが言っていることが本当のことだって信じたいのよ」
バッツは,そのレナの言葉に反応したのか,驚いた風にして言う.
「それって・・・つまりルカーンの言葉を全て過去に起こったことだって認めるってことか・・・?」
レナは返す.
「ええ,私はそう思っているわ」
バッツは続ける.
「確かに,文書Iで出てきた,ロンカとかクレセントレイクとかは,この世界にもあるよなぁ・・・.じゃあ,このロンカ遺跡に入る時におれたちが破壊したソルカノンって・・・そうか,そういうことになるのか・・・」
バッツが青ざめたので,ファリスが,どうした?,と声をかけると,彼は,
「いや,あの碑文の内容を思い出してさ,ルカーンと同じようにゾッとしただけさ・・・.で,でも,文書IIの最後の方の碑文は,読んでてワクワクしたぜ.ああいった伝説っぽいものを聞いたり読んだりすると,すぐに冒険したくなるもんさ」
バッツががいつもの彼らしさを取り戻したのを見て,三人は安心した.
レナが不意に喋り始めた.
「私・・・今思ったことがあったんだけどね・・・.その碑文で思い出したことがあって・・・.昔にも,この世界に戦争があったんだなぁって」
ファリスが呟くように言う.
「レナ・・・それって・・・」
レナはその呟きに反応し,また続ける.
「そう,飛竜に乗って行われた竜騎士たちの戦争よ.お父様からよく聞かされたものだわ.・・・と,今はそれはおいておいて.他にも,碑文で思い出したことがあるわ.私・・・この文書IIの第三の碑文にすごく同感できるような気がするわ・・・.シドって昔にもいたのね,とか,奥さんもいたんだ,とか,実は例のフーリエが養子だったんだとか.幻想跳躍っていう言葉はさすがに分からないけれど,この碑文を刻んだ人は,きっと私と同じく,『いたわり』の心を持った人に違いないわ」
「でも」
ファリスは一言,
「その次の第四の碑文ってやつがヤバそうだぜ?」
とさした.ガラフも一言言った.
「わしは,第五の碑文に出てくる『闇のクリスタル』とやらに興味をそそられたわい」
バッツはその言葉に反応し,言った.
「ガラフもか?!実はおれも闇のクリスタルについては興味はあったんだよ.まだ土のクリスタルも手に入れてないって言うのにな!それに,みんなも,ルカーンさえも全然興味を持っていないみたいだけど,おれは,カオス神殿にまつわる伝承や,ルカーンがコーネリア城下町の人からインタビューで訊いた話の中に出て来る,『冥界王ジェイド』っていうのも気になるんだよな.レナの言う通り,ルカーンの書いたことが,おれたちが今いる世界のずっと昔に起こったことだとしたら,『最初の神々』や,『ジェイドを地底深くに封印した』っていうカオス神殿がどこかに,名残りだけでもあったっていいわけだろ?くーッ,これだから冒険はやめられないぜ!飛空艇を手に入れても,まだまだおれたちの知らない場所があるっていうのはさ!」
バッツの熱意に促されるかのように,レナ,ガラフ,ファリスは,心の装いを新たにして,第二階層の小部屋から出て行った.これから,この冒険の黒幕が現れることも知らずに・・・.
歯車だらけの,このロンカ遺跡に,冒険者は何を見出したのだろうか?秩序だった動きを見せる歯車から出る,「ムーシカ・マーキナエ」を?それとも過去に繁栄を極めたロンカ王朝の混沌たる歴史ぶりを?それを読み解くのは,ほかの誰でもない・・・,そう,あなた自身である.
最終更新:2012年10月23日 00:07