3.


「誰なんだ?その『さすらいのギャンブラー』って」
手紙に書いてあった一文を見て,ロックはエドガーに訊いた.エドガーは,
「さぁな.俺にも分からない.ひとまずこのアウザーの屋敷に入って詳しく事情を聞くのが一番だろう」
と答えた.そういった経緯でアウザーの屋敷へ訪ねた私たちだったけれど,最近疲れ気味な私のことを思ってくれたのか,ロックから,
「情報収集は俺とエドガーに任せておいてくれ.その間,サロンに行って精神を落ち着かせるといい」
と言われ,私は彼の言う通りにした.

サロンには,ロックが仕入れてきた情報通り,沢山の絵画があらゆる壁にかけてあった.その沢山の壁のなかに,ひときわ色鮮やかに描かれた,ある女性の人物画があった.他にもいっぱいの人物を描いた絵画があったけれど,私はふと目に止まった,ある女性の人物画の前にしばらく立ち止まらざるを得なくなったのだ.題名は「水を抱く女」と,その絵の下に小さく書かれていた.

「水を抱く女」・・・.私がこの絵の前に立ち止まらざるを得なくなった理由は,ちゃんとあるはずなんだ.でなきゃ,こうして立ち止まってなんかいないもの.でも,いざ理由を言え,と言われても,パッと出ない・・・.だけど,この「水を抱く女」がどういう絵かは,言うことができる.・・・拙い言葉だけれど.まず,この絵は,裸の女の人が,彼女より手前に流れている青い流水を両の細い腕で抱きかかえているようにしている.私が強く受けた印象としては,女性の肌の色と流水の青い色が鮮やかに描かれていて,まずそれに惹かれたんだった.そしてこれは・・・水彩画っていうのかしら,それで描かれていて,女性の肌の柔らかさや,流水の水々しさがすごく伝わってくると,あとになって分かってきことだった.私はそれから数十分ほど「水を抱く女」を凝視していた.そうしてゆく内に,私は段々この水を抱いている女性に色々疑問を投げかけているようになった.
「あなたはなんていう名前なの?」から始まり,
「流れる水を抱えられるなんてすごいわね」とか,
「どうしてあなたは裸なのにそんなに穏やかな表情をしているの?」とか.
…このような,時間をかけて絵を鑑賞する行為を,あとからエドガーに教わったことだけれど,「絵と対話する」ことだというらしい.とにかく私はこの「水を抱く女」を通して,何かしらの新しい道が開けた気がした.

なんてことを思いながら,サロンからアウザーの部屋へと続く階段を降りていくと,丁度ロックとエドガーとマッシュが,アウザーからあらかた情報を聞き出していた.そして,彼らは外へ出る支度をしていたので,私は彼らからどこへ向かうことになったのかを訊いた.なんでも,この世界に一台しか無いと言われる飛空艇を所有しているセッツァーという人物に会いに,オペラ劇場へ向かうそうだ.確かに,飛空艇があるのならば南大陸の帝国へ向かうことができる.でも,どうしてそのセッツァーとオペラ劇場が繋がるんだろう?・・・という疑問を,ジドールからチョコボに乗ってオペラ劇場へ向かっている最中に,ロックに訊いてみた.すると,彼はこう答えてくれた.
「・・・セリス.アウザーの屋敷の手前で俺たちが見た手紙の内容って覚えているか?」
「ええ.さすらいのギャンブラーさんが,マリアをさらいに来るんでしょう?」
「ああ,そうさ.実はその『さすらいのギャンブラー』ってのが,飛空艇を持っているセッツァーってやつなんだよ.そして,マリアっていうのは,多分・・・だが,セリス,お前にドアをぶつけたあの人・・・オペラ劇場の団長さんが仕切る劇団の女優のことだと思うんだが・・・」
「私に向かって,『あまりにも似ている』って言った,あの団長さんね.そしてさらわれるのはその劇団の女優のマリア・・・」
と,段々会話をすることで,何が起こっているかを理解できていた.私は,何が起こっているか分からないまま行動させられるのが,一番嫌なことの内の一つだった.所謂「おいてけぼり」扱いされるのだけは一番して欲しくなかったので,私は今もこうやって,仲間で,一番親しいロックに事情を訊いて,一生懸命「仲間の力になろう」と努力している積りだ.

そうして私たち四人はジドールの町から更に南下して,オペラ劇場に着いた.入り口には,例のアウザーの屋敷の手前で私にドアをぶつけたあの人・・・団長がいた.ロックは,我先にと入り口に入ってその団長に言うことには,
「よぉ,団長さん.あんたが落としていった手紙,読んだぜ.なんでも,マリアをさらいにセッツァーという男が来るそうだな?」
と,手紙を片手に持ち,ヒラヒラとたなびかせた.団長は青ざめた顔をして,ロックからその手紙を奪い取ると,こう言った.
「い,いつの間にこの手紙を見た?!さてはお前たち,セッツァーの仲間かなんかなんだろう?お願いだから,芝居を台無しにすることはやめてくれ.劇場からクビにされるんだ」
そこでロックは慌てて団長の誤解を解こうとした.
「おいおい団長さん,何か勘違いしてないか?俺たちはあんたたちに協力するためにやって来たんだ.要するに団長さん,あんたは,『劇は成功させたいし,かといってマリアをさらわせたくないし・・・』ってことで悩んでいるんだろう?」
団長を落ち着かせるためか,ややゆっくりめの口調でそう言ったロックに,団長はコロッと態度を変え,
「ああ,君の言う通りだ!」
とロックの両肩に手を置き,自分の言動に猛省しているかのようだった.一方ロックは,額に両の親指を突きながら何かを考え込んでいるようだった.彼の,幾重にも頭に巻かれたカラフルなバンダナが,オペラ劇場のとあるカーテンから差し込む一条の光によってそのカラフルさが一層際立って見えてきた.やがて,彼はハッと何かを思いついたように,こう言った.

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最終更新:2013年01月06日 20:59