1.探究者ルカーンII
この世は暗黒に包まれている.風はやみ,海は荒れ,大地は腐ってゆく.アルディの内海から出た時あたりから,気付いていたことだった.海は大波を作ってはエカチェリーナ号へとたたきつけていたし,風も吹いていなかった.メルモンドの町では,大地は腐っていた.
私は,これらの謎を突き止めるべく,かつて世界を探訪していた賢者サーダのもとへ訪れ,原因を知ることができた.彼曰く,「土,火,水,風,それぞれの極大魔法を操る混沌」つまり「カオス」といった者たちが直接の原因だという.実際,メルモンドの町は,極大魔法クエイクを持ったカオスの影響を受け,土が腐っているのだ.更に恐ろしいことには,数百年後,火の極大魔法メルトンで全てを焼き尽くそうとするカオスがグルグ火山で目覚めるらしい.
私は当初の目的―水没したロンカ遺跡を調査すること―からかなりズレたことをしようとしている.故郷クレセントレイクの町から近いグルグ火山に赴いて,色々と調べようと思っている.勿論,私ルカーンは一学者であって,屈強な戦士ではない.もしかすると,グルグ火山へ行く途中で命を落としてしまうかもしれない.だが,事実を知った者ならば,己の眼でそれを確かめる必要があるのではないか.妻,子に反対されたが,私は知るべきなのだ.この世界の真実を.
クレセントレイクの町から,カヌーで幾川も渡ったところにグルグ火山はある.グルグ火山はその名の通り活火山であり,クレセントレイクにも「余波」が来ていた.グルグ山脈は,我々が住む星ガイアのなかでも名だたる高山地帯である.切り立った崖の合間を走る川は,火山を囲む湖へと繋がっている.
これだけのことを知れたのは,全ては地質学者ジムのおかげだ.ドワーフの彼はもともと地中に住むもの故に,こういった地質関連には人の数倍も通じているのだ.
ジムの手記に従って,グルグ火山へ最も安全な経路を通ってカヌーで行くことにした.もともと湖に囲まれた町出の者だ,カヌーの扱いには十分手馴れている.私は水を切り水流に従い,渦に飲まれないよう注意深く漕いだ.いくつもの激流から逃れ,やがて岸が見えてきたのでそこで休もうと思った.
その時だった.
山岳地帯ではよくいる怪鳥の鳴き声がした.ここはグルグ山脈.切り立った崖でいっぱいだ.怪鳥,という程の大きさの鳥は降りて来ないはずだ.しかし,上空から下降してくる気配を感じたのである.羽ばたく音はしなくとも,気配は,感じたのである.私は,その怪鳥だと思われるものを見上げることが出来なかった.正直,畏れていたのだ.気配が近づくに連れ,周囲の気温が上がってゆくのを感じた.ともに,赤みを帯びた風が私を撫でるように吹き込んだ.それが着地したと感ずれば,直ちにそれは,ゆっくりと,なんと人語を話したのである.それも,荘厳で重々しい口調で.私は一瞬だが,カヌーの操作を間違って謝って命を失ったが故にこのような摩訶不思議な体験をしているのだと感じた.命を失って,今前にいるのは神かなにかかもしれないとも―まだ直視できないが―思った.私は,下を向くばかりだった.
「面を上げよ,探求者よ.我の巣に入る汝は何者ぞ?我の眠りを妨げるのは何者ぞ?」
私はもしかすると,これが火のカオスかもしれないと思った.そして,私の旅は,命は,ここで終わると思い,死をも覚悟した.
「我が命は永久に不滅.故に我は不死鳥と呼ばれる存在なり.面を上げよ,探求者よ.我は決して命を奪わぬ.心を安らかにせよ」
私は少しずつ顔を上げていった.
2.不死鳥伝(前)
目を瞑りながら,その不死鳥とやらの言葉に従い,顔を上げた.荘厳で重々しい声は続く.
「どうした,眼を開けられぬというのか.我が放つ熱気に耐えられぬか,探究者よ.我を恐れるお前のために,一つ重要なことを言ったはずだ.我は決して命を奪わぬ.心を安らかにせよ,と.さてはお前,我が神の使いか何かだといるな?行く手を阻む得体の知れぬ不死鳥がなぜここにいるかを話す前に,どうやら我には成すべきことがあるようだ」
不死鳥の声は止まり,私を包む周囲の空気が少し暖かくなったような気がした.
「さあ,これでも未だに眼を開けられぬというのか.我は,翼でお前を庇護しているのだ.果たして,獲物を狙う獰猛な怪鳥からの襲撃から守られる.守っているだけだ.真実を知りたくはないか.恐ろしいか.怖いか.探究者よ,勇気を出すのだ.我を知れば,この星に住めるあらゆる者の流れを知ることができる」
私は,欲が抑えられなかった.それは,学者故のとしてなのか,それとも人間としてなのかは,分からない.このまだ見ぬ不死鳥の語りには,どこか知的好奇心をくすぐる挑戦的な物言いがあると当時の私は思ったものだ.
「では教えてください,不死鳥よ.生命泉も物質泉もしない,稀有で懇ろなる不死鳥よ.一体あなたの名はなんとおっしゃるのですか?私は知りたくて,たまりません」
私は探究者だった.恐れをを知らぬ,探究者だった.
眼を開けると,極彩色あふれる羽根に包まれている,虹色に包まれている私,ルカーンがあった.
「良いぞ,探究者,ルカーンよ.不死鳥により,常に始まり続ける物語について,いま,語ろう.我が熱気を越え,真実を知ろうとするお前に.この星に住めるあらゆる者の流れを,いま,語ろう.我こそは不死鳥,フェニックスなり」
フェニックスは,一層業火をまとい,語りかけてきた.私の精神…いや,魂というべきか.とにかく,そんな実体のない,けれども己の生たる証たるものに響くように.フェニックスは,私,ルカーンに語りかけてきたのだった.
かの不死鳥は語った.
「我は,はるか彼方の世界によりやって来た者.他にも,仲間は沢山いた.かつての妖星・テラより参る者.そなたの持っているジェラール教典にも我が名は克明に記されている.その昔,人は幻にあり,幻は人にあり…」
フェニックスが突然言い淀んだので,私は対応に困った.私はジェラール教典をパラパラめくり,フェニックスの名を見つけようとするくらいしかなかった.
「探究者よ」
しばらくしてフェニックスにはたと呼ばれたので私は驚いた.
「さて,ここで我が我であるための所以を語ろう.『幻想跳躍・フェニックス』,つまり『転生の炎』の所以を」
フェニックスは,次から次へと新しい言葉を使う.私はメモをとるので精一杯だった.不死鳥,フェニックス,幻想跳躍,転生の炎….私は歴史を学んでいるにもかかわらず,こういった言葉を耳にするのは初めてだった.それはきっと,私が幻に出会っているのかもしれないし,幻が私に会いに来ているのかもしれなかったのだ.こういう意味では,既に私は幻だった.幻という言葉で思い出すのがミラージュの塔なのだったが,このフェニックスに会って,私の「幻」概念が変わりつつあった.
「いにしえの時.いや,限りなき昔.このガイア星に,我々が始め住んでいたテラ星から18回の干渉があった.それを越えた後,我々幻獣とガイアの民の交配が生まれた.その名も,ジェイド」
私は,ジェラール教典に幾重にも刻む彼の名前に反応した.教典を取り出し,第一部第一節から読み始めようとした.…というのも,フェニックスは先の言葉を言ったあと,石のように固まってしまい,一言も話さなくなってしまったのだ.代わりに,緑色の結晶と変わっていった.私はとにかく包まれたフェニックスの羽根から出るために,ジムに教わった採掘の知識で,その結晶に,ある「働き」をかけるのに成功したのだった.
(続く)
最終更新:2015年12月13日 13:09