1.
オペラ劇場での珍騒動の後,飛空艇・ブラックジャック号に乗り込んでセッツァーとの賭けに勝った私たちは,早速南大陸に渡り帝都ベクタに向かうことになった.そして,ロックの計らいで,ベクタより離れた場所に着陸することにした.
…時刻は夜に入ったばかりだ.私は一人,ブラックジャック号の甲板に出て,肘掛けにもたれ,眼下の景色をボーッと見下ろしていた.プロペラの規則正しい音と,身に打ちつける風がただただ心地よく感じられた.・・・・・・・・・何故だろう?プロペラの音はともかく,身に打ちつける程の風が心地よいだなんて・・・.・・・もしかして,過去の私を吹き飛ばしてくれるように感じたから?それとも,自分が育った故郷・ベクタに運んでくれると感じたから・・・?・・・ああ,一時の感情にいちいち理由をつけたがるなんて,なんて私はリクツっぽいのだろう.
…と,あれこれ考えている内に,ロックが甲板まで出て来て,私の隣の肘掛けに背中を預け両手を後ろに組み,こう言った.
「セリス・・・調子はどうだ?辛かったら色々と言ってくれても良いんだぞ.全部受け止めるからさ」
全部,受け止める・・・だって・・・?
「ねぇ,ロック」
私は彼の方へ向き,答えた.
「さっきは・・・ありがとう.私の無茶な言葉を諌めてくれて・・・」
「ああ・・・.『あなたの女になるわ』ってやつか?あれにはさすがに驚いたぜ・・・」
そして訪れた僅かな沈黙.確かにあれは・・・自分でもやり過ぎた感はあった.マリアとの一件があって,私は一人で有頂天になっていたのかもしれない・・・.
「ロック」
私は彼に聞いてみることにした.
「今の私って,そんなに辛そうに見える?輝いてない?」・・・恋する女として?とまでは聞かなかったけど.
ロックは背伸びをしてからこう言った.
「俺には・・・少なくともお前が無理していることは分かる.でもこう言われて『私ってダメなのかな・・・』なんて思わないでくれよ?心の中の宝石が輝きを失ってしまうからな」
「え・・・,じゃあ私は・・・」
「そうさ.辛そうにしてても,十分輝いて見えるよ」
ロックはそう言いながら笑顔で私の想いに応えてくれた.
「ありがとう」
私はそう感謝の気持ちを伝えると,ロックは私の知らない内に飛空艇が進んでいる方向・・・つまり前方を見て,
「どういたしまして・・・.セリス.どうやら今度は全然違う『輝き』が現れたようだぜ」
と,私にも前を見るよう促した.すると前方に沢山のサーチライトが幾方向にも向けられ,その中央には,帝都・ベクタがあった.私はブラックジャック号内の通信機で,ベクタ発見,と伝えると仲間たちが集まるフロアにロックと共に急いで戻って行った.
ブラックジャック号が着陸した後のこと.皆が集まるフロアにて.エドガーが指揮をとっていた.
「俺たち・・・,セリス,ロック,俺,マッシュは,ベクタの魔導研究所に潜入する.他の皆は此処で待機しててくれ」
これを聞いたセッツァーは,
「ああ,俺はいつでも飛ばせるように待っておく」
と応えた.こうして,私は久しぶりに故郷へ帰って来たわけだ・・・.
帝都ベクタは,時間が夜なだけあってか,思っていたより静かだった.
「セリス.俺たちを魔導研究所まで案内してくれ」
ロックにそう頼まれた私は,大事な仲間の先頭に立ち,ベクタを歩いて行った.そこで,沸々と湧いて出て来た思いがあった・・・.それは,「仲間の力になれている」ということ.オペラ劇場のこともあったけど,今の方が,皆の先頭に立っている今の方が,ずっと「仲間の力になれている」実感がある.オペラ劇場のことはオペラ劇場のことで,大切な思い出として心にしまって置きたい.
リターナーの人のおかげで魔導工場へ潜入することに成功した私たち四人は,量産されている魔導アーマーを横目に,どんどん工場の奥へと進んで行った.そうして,遂に魔導研究所に着いたところ・・・.私は思わず懐かしさで胸がいっぱいになって,苦しくなった.
「・・・どうした?セリス」
そんな私を気遣ってくれたのか,ロックが私に声をかけた.
「ううん,大丈夫.・・・私・・・幼い頃からずっと此処で育ってきたから・・・その・・・懐かしくって・・・」
私はそう言いながら,かつて自分の部屋だったところを見に行った.久しぶりの「そこ」へ行くと・・・.ふふっ.何も変わっていないな.味気のない黒い鉄板で,床・壁・天井が敷き詰められている.回想に耽る暇もなく,私たちは魔導研究所の最奥部まで辿り着いた.辿り着くまでに感じたことだけれど・・・夜の魔導研究所は不気味なくらい静かで,不思議と研究員は誰もいなかったのだ.
最奥部にて私たちが見たものは・・・.
「こ,これは・・・」
ロックがそう呟いた.私も実物を見るのは初めてだったので,思わず息をのんだ.エドガーは言う.
「セリス.これが・・・幻獣から魔導の力を抽出する魔導ビーカーというやつか?」
「ええ・・・そうね.私も見るのは初めてだけど・・・まさかこれほどとは・・・」
続いてマッシュが,
「なんだか,寒気がしてきたぜ・・・」
と呟いた.
…と,仲間たちと話をしている時に不意に後ろから,
「・・・セリス!セリスなのか・・・?」
という,慣れ親しんだ声が聞こえたので私は振り返った.そこには・・・.
「シド!あなたなのね?サウスフィガロでは・・・どうして私を裏切ることをしたの?」
シドは答える.
「あれは連絡の行き違いで・・・.セリス,わしはお前にリターナーに快く迎えられるよう準備をしていたのじゃ・・・」
と必死になって弁解する彼の言葉を聞いて,エドガーは,
「ちょっと待ってくれ.私はそんな話は聞いていないが?」
と.え・・・?どういうこと,私はシドの計らいでリターナーに快く迎えられるはずだったの?でもエドガーは違うって言っているし・・・.
そんな会話をしている最中,研究所の奥から,
「シドさ~ん!いい加減ウソをつくのはお止めになったらどうですか?オーホッホッホッ,答えは単純メイカイ!なぜなら,セリス,お前は!我らがガストラ帝国が遣わした優秀なスパイだったのですからねぇ!」
と言いながら,ケフカが現れた.
シドはというと,首を縦に振っている.え・・・?!なにこの展開・・・!そこでロックは驚いたように言うには,
「セリス?!お前・・・!最初からその積りで俺たちに近付いたのか?!」
私はすぐさま答える.
「そんなはずないじゃない!彼らのいうことを真に受けないで!私を信じて!」
けれど,ケフカはそんな私たちのやり取りを見て高笑いしながら,
「ヒッヒッヒッ,セリス,そんなクサい芝居はもう良いから.こっちへ来るんだ」
と言うのだった.仲間からの視線を浴びる.
「セリス,どうして・・・」
「ロック,お願い・・・,私を信じて・・・.これで私を・・・」
と私は呟き,自身とケフカにテレポをかけ,帝国城のある部屋へ移動した.
ねぇロック?私たちは守り守られる関係よね・・・?今は,私があなたを・・・!
2.
ロック,お願い・・・,私を信じて・・・.このテレポで,ケフカからあなたを守るわ・・・.これで私のことを信じてね・・・!今は,私があなたを守るから.
空間と空間とを繋ぐ狭間にて,私はそう呟いていた.テレポ詠唱者にのみ与えられるその空間の狭間・・・「魔空間」のなかで,私はこれから向かう場所のことを思い,フワフワと漂っていた.
「これから向かう場所」・・・.ロックたちをケフカから守るために,咄嗟に唱えたテレポ.あの時は,「とにかくここから遠いところで,目的地のイメージがつきやすい場所」としか行き先を考えていなかった.それで,実際の目的地は,魔空間に入って初めて分かったんだけど・・・.まさか,あそこだとは・・・.
魔法「テレポ」は,離れた空間を跳躍するものだ.昔,シドの魔導研究を手伝った時,こう教えてもらったんだっけ.
「魔法・テレポは,詠唱者の生命力をも削る,恐るべきものである」
と.実際今,テレポを唱え,魔空間にいる私だけど・・・.全く苦しく・・・生命力を削られている感じはしない.教えてもらったことと違うのは・・・,多分,私が魔導戦士で魔導の力に耐性を持っているからなのだろうと思う.・・・魔空間は,本当ならば詠唱者の生命力を削る場所なんだろうけど,私はただフワフワ,漆黒の空間を漂っているだけ.見えるものと言えば,詠唱した場所と,目的地のイメージのみだ.それら二つの光景が,相対するように向かい合っている.魔空間は,その二つの場所を繋ぐチューブのようなもので,テレポ詠唱者はそのチューブのなかを通される仕組みになっている・・・ということも昔シドから教わった.
…もうすぐ漆黒の魔空間から目的地へ着く.闇が晴れて,そこは・・・.
帝国城のなかにある,かつて私が住んでいた部屋だった.魔空間から脱出し,かつての自分の部屋に辿り着いた時,私は部屋の内装が大きく変えられていたことに気付いた.子どもだった頃は魔導研究所で育まれ,戦場に出るようになってからは此処,帝国城の一室にて暮らしていた私だけれども・・・.今は住んでいないにせよ,自分だけの空間に「異質なもの」が入ると気分が悪くなる.要するに,この部屋はもう完全に私が住んでいた名残りが消され,代わりにケフカを称賛する張り紙や,ケフカ好みのインテリア・・・沢山の鏡や,人形が置いてあったのだ・・・.
ケフカと一緒にテレポで空間を跳躍してきたのだから,当然ケフカもこの部屋にいるはずだ.けれど,彼の姿は部屋中見回してもみつからなかった.その代わりに,どこからともなく,
「セリス.もしかしてボクちんをお探しかい?嬉しいねェ,ヒッヒッヒッ・・・」
とケフカの声がした.やがて,部屋の隅に気配を感じた私は,すぐさま振り向く.
そこには,ケフカと数人の・・・恐らくは彼の配下の者だろう・・・帝国兵がいた.その帝国兵たちが,それまで座っていたところを立ち上がって私の方へ身構えこう言った.
「我らは宰相ケフカ様をお守りする親衛隊なり!」
「ケフカ様に魔法を放つなど言語道断!」
「お前はケフカ様のお顔に泥を塗った!」
そんなことを言う彼らと一緒にいるケフカは,高笑いし,
「ヒッヒッヒッ,裏切り者セリス・・・.ここに軍上層部から,お前への処罰が届いているよ・・・.あとで読んでみると良い.・・・それじゃあボクちんは,お前が引き連れたあいつらを殺しに行って来るからね.ああ,なんて余計なことをしやがるんだ!」
「待て,ケフカ!」
私の呼び止めにケフカは一切応じず,帝国兵と共にテレポで去ってしまった.
軍上層部からの処罰・・・?それはきっと,私が帝国を裏切ったことに対するものだろう.去り際にケフカが床に投げ捨てた,その一通の書簡を手に取り,中を見てみる.すると,次のような文面があった.
「あとで 洗脳室へおいで ケフカ」
と.・・・何が軍上層部からの処罰だ,全然中身が違うじゃないか!そして,書簡を開いた時に気付くべきだったが,紙には特殊なニオイのする眠り薬が浸み込ませてあって・・・.気付いた時には既に遅し,私は眠ってしまっていた.
洗脳室・・・か.あそこは,かつてケフカがティナにあやつりの輪をつけた有名な場所として聞いているが・・・.一体,何が起きようとしているんだ・・・.私はただ,ロックを・・・皆を守ろうとしただけなのに・・・.
「・・・リス.・・・きたか・・・?」
そんな声がしたのか,私は目を覚ました.
「セリス.起きたかい?」
これは・・・間違いない,ケフカの声だ.私は仰向けになって寝かされていた.身を起こそうとして,ケフカに話そうと思ったけれど,手足が拘束されていて,体の自由が利かない.・・・仕方なく,仰向けのまま話すことにした.
「今起きた.それより,私の仲間をどうした?」
ケフカは答える.
「・・・あとちょっとのところで逃がした.それにしてもセリス,お前はまだあいつらのことを仲間だと思っているのか?あいつら・・・もうお前のことなど仲間だとは思っていないよ.ボクちんが本当のことを言ったんだからねぇ・・・」
私は,ずっと抱えていた仲間の安否が分かって良かった反面,更なる不安も増大した.
「『本当のこと』だと?私はもう帝国から離れて,リターナーに自分の意志で入ったんだ.今更,帝国の人間にどうこう言われる筋合いはない」
私がそう返すと,ケフカはニタニタ笑い,
「皆さぁん.今の言葉,聞いてましたかぁ?」
と高らかに言い放った.そのすぐ後,此処・・・多分洗脳室だと思う・・・の照明がつき,周りが明るくなった.すると,ケフカと私を取り囲むように大勢の人たちが席についているのが目にとれた.皆,ジッと仰向けに拘束された私を見ながら何か話し合っている.やがて,「静粛に」と声が聞こえると,周りは静かになった.
…これはなんだ,裁判か?
「ルーンナイト,セリス・シェール将軍に,以下の処罰を下す.我がガストラ帝国に謀叛の罪を犯したことにより,数日後に死刑を処する」
…どうやら,その考えは正しかったらしい.
あぁ・・・私はやはり,そうなる運命なのか・・・?ケフカと私を取り囲む人々がいなくなると,ケフカは,洗脳室の明かりを落とし,また私を眠らせた.
現実と夢の間で私が心の中で思っていたこと.それは・・・.
仲間たちにも疑いをかけられ,帝国側からも裏切り者扱いされて・・・.結局,私のした努力は報われないまま.私の「居場所」も,もうない.ねぇロック.それでもあなたは,こんな私を見て,「輝いてる」って言ってくれるの?受け止めて・・・くれるの?
3.
リターナーでもなく,帝国の者でもない・・・.私の「居場所」は・・・何処にあるっていうんだろう.みんなから仲間外れにされて・・・.誰か安心して話せる人がいて欲しいけどいない.これが,「孤独」というものなのね・・・?
ふと身を起こすと,私は暗がりの中にいた.それまで横たわっていた臥所より少し離れたところにあるロウソクのおかげで,ある程度辺りは見渡せた.ロウソクを持ち上げ,辺りを手探りに少しずつ歩き回ってみる.すると,錆びついた鉄格子に触れ,視た.更にその鉄格子に付された文字をロウソクをかざし,読んでみる.
「サブ キャッスル 死刑囚用」
サブ・・・か.ということは,此処は帝国城の地下牢なんだろう.
やがて,コツコツと私が居る牢屋の方に誰かが歩いてくる足音が聞こえた.多分,その足音の主は・・・.
「おや,セリス.もう起きてたのかい.悪夢は見たか?ボクちんは出て来た出て来た?」
…ケフカだった.
うなだれた私を見て,ケフカは一人で喋り出す.
「セリス.お前をクサくてキタナーいここに運んだのは俺でねぇ.大変だったんだからねぇ,洗脳室からここまで運んでくるの.なんてったって,その前にガストラの野郎に,『見せかけの牢屋』に入っていろと言われたのだからさぁ~.・・・・・・・・・つまらん!」
「みせかけの牢屋?」
「あれ,そうか,お前は知らなかったんだっけか.リターナーのカス共がまた帝国にやってきていること」
え・・・?!そうなの・・・?でも,どうして・・・.私は戸惑いを隠し,ケフカに訊いてみた.
「何故,彼らが此処に?」
「・・・セリス.もうすぐ死ぬお前にそんなことを教えて一体何になる?死ねば無になってしまうのに.でも,これだけは聞いておこう.どうして私の元から離れた?」
ケフカ・・・?いつもの彼らしくない・・・.返す言葉に詰まっていると,ケフカは,
「ティナもお前も,そうだ.みんな,私の元から去ってゆく・・・.どうして・・・!」
彼は俯き,悔しそうに地団駄を踏んだ.私は思わず,
「ちょっと・・・大丈夫?」
と声をかけた.すると,
「大丈夫じゃナイ!セリス,死刑執行までお前はここに幽閉される.それまではお前は帝国の裏切り者としてせいぜい生き地獄を味遭うんだな!」
と,普通のケフカに戻ったので,ある意味私は安心した.
「さあ,これからどうしましょうか.リターナーを欺くために牢屋に入る役目は終わったし・・・魔力でも高めに行っておきますか」
と言いながら,ケフカは地下牢から去って行った.
私は牢の奥でうずくまって,手を擦り合せていた.帝国城の地下にあるこの地下牢は,それだけひんやりとしていた.偶に,吐く息が白く見える時がある.・・・今度はロウソクの炎に手をかざしてみた.あ,ちょっとあったかいかも・・・.
…と,色々手先から体まで温まる工夫を凝らしていた時に,またコツコツと足音が聞こえてきた.今度は誰なの・・・?
「セリス,無事か?」
「レオ将軍.どうしてこんなところへ?」
「此処の地下牢は,昔から獄中死する者が頻繁に出てたことで有名なのだ.だから,戦友であるお前に再び会おうと危惧しに来るのは別段不自然ではあるまい?」
緑色の軽鎧を身にまとい愛剣を携えるレオ将軍は,そう言いながら一錠の鍵を取り出した.
「実を言うと先程ケフカとすれ違ってな.相変わらず,酷いことを言われたよ・・・」
レオ将軍は,鍵を人差し指でクルクル回し始めた.その鍵で私を牢屋から出してくれるというんだろうか.
「レオ将軍.ケフカから聞いたけど,今,リターナーの人たちが来ているって?」
そう私は問うと,彼は指で回すのを止め,答えた.
「おっと,すまない.そのことでとても大事な話があったのだ.・・・先程,ガストラ皇帝陛下とリターナーの代表者たちとの和平会食が行われた.その代表者たち・・・のなかにはティナもいたが・・・,彼女は帝国にいた時よりもずっと活き活きしているようだったよ」
「あなたも同席したのね?」
「そうともさ.その会食中にお前のことが話題にあがったのを伝えたかったのだ.名前は分からないが,青黒いバンダナを頭に巻いた青年が語っていたよ,『セリスは仲間だ』とな・・・」
ロック・・・!私のこと,仲間だと思ってくれているというのね.ありがとう・・・.
「話は移るが」
レオ将軍は,また人差し指で鍵をクルクル回し始め,続ける.
「・・・裁判では,ケフカにやられてしまったな」
「あなたも見ていたの?」
私の問いに,レオ将軍は,
「・・・」
と,黙したままだ.再度,私は問う.
「どうしたの?」
すると,レオ将軍は,それまで回していた鍵をぎゅっと握りしめ,また語り出した.
「セリス.帝国への忠義を示す機会がある.私と一緒にアルブルグへ来るのだ.勿論,帝国の将軍としてな.そうすれば,軍上層部もきっとお前の罪を許すだろう.アルブルグには,ティナと先程言った青年がやって来る」
「アルブルグに・・・?分かったわ」あの人に会えるのなら,私はどんな肩書きを背負ってでも行くわ.・・・ただし,"裏切り者"以外のね.
私のその言葉を聞いたレオ将軍は,神妙な顔つきでこう問うてきた.
「セリス.・・・敢えて聞くが,帝国を出たのは何故だ?」
私は即答する.
「帝国のやり方に疑問を感じたから.ただ,それだけよ」
そんな私の答えを聞いたレオ将軍は,私が閉じ込められている牢屋の鍵,それも何重もの鍵を開け始めた.開けながら,彼は言う.
「お前は・・・まだまだ若い.正しいと思った道を進んだら良い.決して一つの思想に捉われないことだ.・・・年をとる毎に,考え方・生き方というものは変えにくくなるものさ.この私のようにな・・・」
「レオ将軍・・・」
私は思わずそう呟いた.幾重にもかけられた牢屋の鍵を開けると,彼は地下牢から立ち去るようだった.そのまま行ってしまうのか,と黙って見ていたら彼はドア付近で一度立ち止まり,振り向き様に私を見ると,
「・・・明朝,魔導ヴィークルでアルブルグへ」
と言い,今度は去って行った.「ええ・・・」と返すだけだった私.
アルブルグではティナとロックに会えるのね・・・.ティナとはナルシェで幻獣を守った時以来の再会になる.久しぶりね・・・.ロックとは・・・.レオ将軍から,和平会食の話を聞けて,本当に良かった.彼は,私のことを「仲間」だと言ってくれたんだ.その言動に対し,私は・・・.嬉しかった.・・・確かに嬉しかったのだけれど,別の思い?感情?が湧いてきて,少し複雑な心の状態になってしまった・・・.
4.
翌朝,私は専用の魔導ヴィークル「オルテガ」に乗って,アルブルグへと向かっていた.リターナーに加わったにも関わらず,未だに私専用の魔導ヴィークルを残してくれていたなんて・・・.本当にシドの考えはよく分からない.
…それはそれとして.昨晩から,「とある思い」のせいで私は気持ちの整理が出来ずにいた.
そう,和平会食の時にロックが言ったという,「セリスは仲間だ」という発言についてだ.私はその言葉について,勿論嬉しかったという思いもあったけれど,一方で戸惑いもあった.その戸惑いとは・・・.
オペラ劇場の楽屋で,ロックに告白された時・・・あの時は,正直どう言葉を返そうか困っていた.でも,その時はマリアの言葉がまだ印象深かったから,なんとか乗り切れた.「嬉しい」という気持ちを,迷いなく素直に伝えることができたのだ.・・・でも,今はマリアの言葉が何故か遠いところにある.だから・・・今も正直,実際にロックに会った時,どう振る舞えばいいのか分からなくって・・・!
私はそれまで,あんなに真っ直ぐな想いを受けたことがなかった.「セリスは仲間だ」か・・・.その台詞,私がケフカにテレポをかける直前に言ってくれたら良かったのに・・・.・・・あ,ああ!私はなんてわがままな女なんだろう.真っ直ぐな想いをもらっただけでも素晴らしいことのはずなのに.
そんな風に頭がグルグルしている内に,あっという間にオルテガはアルブルグに着いてしまった.オルテガから降り,数人の帝国兵からの敬礼を受け,少し気が引き締まった.朝のアルブルグは,思ったより重々しい空気は漂っていなかった.・・・と思うのは,私が今,軍仕様になっているからだろうか?アルブルグの港へ行くと,帝国の船が一隻泊まっていた.兵士に船の中へ通された私は,早速レオ将軍の姿を認めた.
「レオ将軍.今,参りました」
私がそう言うと,レオ将軍は,
「ははっ,今はお前は私と同格の将軍なのだ.そう畏まる必要もなかろう」
と返した.ふむ,確かにそうだ・・・.色々と悩んでいたら,自分の今やるべきことをすっかり忘れてしまいそうだ.私は訊いた.
「レオ将軍.今回の任務は何?」
「うむ.簡潔に言おう.幻獣たちが,これから向かう大三角島の何処かに飛び去ってしまった.我々は,彼らの行方を捜すべく,帝国から派遣されたのだ.上手くみつけたら彼らと和解をしたい.以上だ」
「・・・分かったわ.とにかく,幻獣を捜せばいいのね.それで・・・リターナーの人たちは?」
「昼過ぎに来る,との連絡を受けている」
そうなのね・・・.私の知らない間に,リターナーは帝国の・・・私たちと協力して幻獣とコンタクトをとろうとしている・・・.そういうことね.
しばらく帝国船内で,私は休憩をとっていた.軽く手足を伸ばしたり,読書をしたり.何もしていなかったら,きっとロックのことばかり考えてしまうんだろうなあ・・・.次は剣の素振りでもしようかと思ってソファから立ち上がった瞬間,呼び出し音が鳴った.私はそれに応えると,レオ将軍が
「今,リターナーの者たちが来た」
とのことだった.つ,遂に・・・!ど,どうしよう,ロックに再会する心の準備がまだできてない・・・!船上に上がっている最中,レオ将軍の声が聞こえてきた.
「待っていたぞ.私と同行するのは帝国の将軍一人と町で雇った男一人だ」
そして,私が船上に姿を現すと・・・彼は続けて言う.
「紹介しよう.セリス将軍とシャドウだ」
その時,ロックは驚いた顔をしてから,私の方を真剣に見つめていた.・・・なんだろう,この気持ちは・・・.ただ,ひたすら視線が痛い・・・.別に悪いことはしてないのに.ロックは,会食の時,私のことを仲間だって言ってくれたはずなんだ.なのに,何故こんなに彼に対して後ろめたさを感じてしまう?私は,あなたに信じてほしいのに・・・.よく分からない!
…レオ将軍はこれからのことを一通り説明した後,私を見つめるロックに
「どうかしたのか?」
と聞いたけど,ロックは,ハッと我に返ったようにして,「いえ・・・」と答えるだけだった.
「さて,出港は明日だ.君たちのために宿をとっておいた.今日はゆっくり休んでくれ」
レオ将軍がそう言い,私を含む帝国関係の者たちに「我々は下がろう」と合図を送った.私はロックの視線から顔をそらし,振り返って合図に従って自分も下がろうとした.だけど・・・.
「セリス・・・」
後ろからティナの声が聞こえた.私を・・・呼び止めようとしてくれているの・・・?だけど・・・今は・・・これまでにないくらい緊張が解けていなくて・・・.そして,後ろにロックの気配を感じた.その時,私は心臓が止まるかと思った.この状況に耐えられない・・・.どうしよう・・・.
「セリス?」
ロックの声が背後から聞こえると,それにビクついた私は,何を思ったのか,何も言わずその場から立ち去ってしまった・・・.
時刻は夜.私は帝国船内の自室にて,ウロウロしていた.なんであの時,あんなに緊張したんだろうか.どうしてあんなに後ろめたさを感じてしまったんだろうか.冷静になって考えてみれば,何もそう感じることはなかったのだ.私は,ロックに昼間のあの態度を謝りに行こうとアルブルグの宿の前まで出向いた.
宿屋の前の欄干にもたれ,「昼間のあの態度」について考えていた私.・・・緊張は,さほどない.多分,昼間は帝国兵がいたから緊張し易かったというのもあるんだろう.・・・今なら大丈夫よね?・・・と思っていた矢先,宿屋のドアを開け,誰かが外に出て来たようだ.私はその方向を敢えて振り向かなかった.なんとなく,誰かは分かったからだ.その誰かさんは,私に近付き,話しかける.
「セリス・・・.どうして・・・どうして何も話してくれない?少しでも疑ってしまって・・・だが,仲間として・・・」
…まただ.また,彼の熱い視線を感じる.・・・私の氷でできた冷たい心を溶かしてくれそうだわ.でも,あなたの眼差しには,今の私はとてもじゃないけど,耐えられない・・・!冷静になろうと・・・,冷たい心を保とうとすればする程,私の心は溶けてしまう・・・.私は彼の元から走り去ろうとした.だけど・・・.
「セリス!」
呼び止められた.私はどうすれば?ねえあなた.今は,あなたの真っ直ぐな想いと,熱い眼差しに,受け止め耐えることができそうにないわ・・・.
結局私は,一度立ち止まったけれど,何も言わずにその場から立ち去ってしまった.
ロック・・・ごめんなさい・・・!
5.
幼い頃から,私は「本当の私」をできるだけ表に出さないように生きてきた.「本当の私」を出すのは,例えば魔導研究所の自室だったり,帝国城の自室だったり・・・.思えばリターナーに加わってから,私は「本当の私」を出す機会・場所を失った・・・,そんな気がする.「本当の私」を出そうと,心を開こうとやっと思える仲間に出会えたはずなのに.今まで色々な人と出会ってきたけど,なんだか私はいつも心を閉ざしてばかりのような気がする・・・.私のことを好きだと告白してくれたロックにさえ・・・.「本当の私」を出してしまったら,彼の私に対する想いが変わってしまうんじゃないか,って・・・恐くて・・・.その一方で,「私を信じて」か・・・.矛盾しているなあ・・・.
"信じてもらう為には,どうすればいいというの?"
…実を言うと,その答えはもう出ている.「本当の私」を出せば良いんだ.冷たい心と,冷静になろうとする心を変えれば良いんだ.だけど・・・頭では分かっていても,実際行動に移すとなると,難しいんだ,これが.・・・難しい,と感じながらも・・・,ロックはそんな私の心をいとも容易く溶かしてくれたと思ってもいる.彼の熱い眼差し.そもそも,なんで彼の視線が痛いと感じたり,後ろめたさを感じたりしたのだろう?やっぱり・・・,「本当の私」を出せずにいるから?うーん,まだ分からない・・・.
翌朝,帝国船がアルブルグから出港し,大三角島に着いたのが更にその翌朝だった.私はレオ将軍と,ロックはティナとシャドウと二手に組み,幻獣捜しに行くことになった.帝国船から降りる時,私はロックにとにかく謝ろうとした.
「あ,ロック・・・あの,私・・・」
ああ,なんかまた緊張してきた.でも・・・ロック,あなたは優しい言葉で私を受け止めてくれるはずよね.・・・だけど・・・.
「いくぞ」
彼はそんな私を無視して,シャドウと共に船から降りていった・・・.ティナだけは残ってくれたけど,彼女も何も言わず,去ってしまった・・・.
え・・・?これはどういうこと,ロック・・・.この前はあんなに私のことを見てくれたのに・・・.
大三角島に着いて,大分経った.ロックは・・・一体,今何をしているんだろう・・・?
ロック・・・,あなたの瞳は,あの時何を語っていたの?私のことを見ていてくれて・・・ありがとう.あなたの瞳から私がいなくなった時,私はやっとあなたの眼差しの意味に気付いたわ.次に再会した時は,お願い,何も言わずに私だけを見て.私も,あなただけを見るから.
毎日,ロックのことを想った.愛しの彼が,また私を・・・私の氷でできた心を溶かしてくれることを願いながら・・・.いえ,違うわね.私から,心を溶かしていかないと,また同じ風になってしまうわ.「本当の私」をどんどん出してしかないと,また同じ風になってしまうわ.そうするにはどうしたら良いのかって言うと・・・.・・・・・・・・・.閃いた!「本当の私」を出せるのが自分の部屋だけなら,いつでも自分の部屋にいるように思えばいいのよ!いつでも個室.いつでも気が楽で,リラックスできる.なんか,いいわね!そのためには,自分周りのことをある程度知っておく必要があるわね.この時,私は嬉しかった.一度離れてしまった彼に近付く方法を思いついたから?きっとそうだ.
そうしてまた日を挟んで,私たち帝国組は,サマサという村に来ていた.その日の午後,サマサにロックたちがやって来た.幻獣たちを引き連れて.彼は,空を見上げながらこう言った.
「これで俺たちの役目も終わる.本当の平和が訪れるかもしれないな」
私は,彼に歩み寄り,言った.この場が,自分の馴染みのある空間だと思いながら.
「戻りましょう.ベクタへ」
彼は,「セリス・・・」と私の名前を呟いた.私は,
「なにも言わないで」お互い,想い合ってきたはずよ.と言って思った.彼の瞳には,私の姿が映っている.同じく,私の瞳には,彼の姿が映っていることだろう.私たちは,何も言うこと・目をそらすこと無しに,次のような想いを交わしていた.
"ありがとう.真っ直ぐに私を想ってくれて.見てくれて"
"冷たい心とやらはどうなった?"
"あなたの熱い眼差しのおかげで・・・溶け始めた.でも,本当に溶かさなきゃいけないのは私自身なのよね・・・"
"別に,冷静さを保とうとしなくて良かったのに.そんなに俺の目線が気になったのか?セリス,お前はありのままで良いんだよ"
"そうね.私もそう思い始めてきたわ.・・・ねぇロック,私を信じてる?"
"ああ,信じているさ.これからどんなことが起きようとも,セリス,お前とずっと一緒だ"
"ありがとう・・・ロック"
その時の私たちの間には,言葉など要らなかった.これから,「どんなこと」が起きても・・・,私たちはお互いの心を埋める・・・パートナーなのだ.その心の会話の直後に起きた悲劇があった.・・・あったけれど,「どんなこと」が起きても,私たちは一緒だ.
…彼は,インターセプターに手当てをしていた.
「これでよし」
そんな彼に,私は
「優しいのね」
と一言.そして,ロックが唐突に話し出した.
「セリス.どこかの王様の言葉だけど・・・.『心を裸にさせて信じ合うこと』が愛することなんだって」
へぇ,あの人がそんなことを・・・.彼にも,早く本当のパートナーがみつかるといいわね.
「ねぇロック」
私は彼に聞いてみた.
「今の私,どう見える?」
ロックは,すぐ返してきた.
「なんだかすごく自然体に見えるよ.そして輝いているようにも見える」
やったわ・・・!私,やっと「ありのまま」でいる,て言われた・・・.「本当の自分」を出せているってことよね?良かった・・・.これから,ありのままの私と一緒にいきましょう,ロック・・・!
その時,私は,18年間ずっと身に付いていた枷がやっと解けたような気がした.「最愛な人と,ありのままの姿で一緒に生きてゆける」・・・.これも,相手のことを信じ,また信じてもらったからこそ・・・!願わくば,全ての人が,心の枷を解き放ち,大切な人を信じ,信じられるようになりますように・・・.大切な人を愛し,愛されるようになりますように・・・.それから・・・,もしあなたが今恋をしていたら・・・相手の人にこう言ってあげて.
"Believe Me!"
―私を信じて!―
と・・・!
最終更新:2013年05月26日 11:53