2013年6月29日
今日は,朝九時に起きた.もうすぐ七月になる頃だから,天気はそろそろ梅雨明けして晴れ晴れしているものばっかりだと僕は思っていた.けれど・・・.今日は,どしゃぶりの日だった・・・.
地下室まで雨音が聞こえる.・・・僕は,地下室でいつも朝ご飯をとるのが決まりだった.レーズンパンに,アルバイトで淹れ方を練習したコーヒーに,果物と目玉焼き.「アーバンけけ」を聞きながら,それらを食す・・・.僕にとっては,最高の贅沢だ.
朝食後,いつもの化石集めに,村のみんなに会いに行こうと,クロゼットから傘を取り出した.僕の家の一階真ん中の部屋では,とたけけの曲のなかで一番のお気に入りの,「ニューオリンズそんぐ」がかかっている.これを聞かないと,一日が始まらないのだ.
そういえば,今日は土曜日.クラブ444に,とたけけがライブしに来る日だ.とたけけとは,もうすっかり顔馴染みになっていた.今日は,何を歌ってもらおう?「ニューオリンズそんぐ」は欠かせないとして・・・.「けけビリー」もいいなあ・・・.
こんな風に,何かを楽しみにする心があれば,外がどしゃぶりでも元気いっぱいでいられるんだ.
2013年7月4日
今日も,生憎の曇り空だった.掲示板には,
「ことしの つゆは まもなく あけるもようです」
と書いてあったのに.本当に,いつになったら梅雨明けするのだろう?
朝食を済ませた僕は,村のはずれにある女神像へ足を運んでいた.女神像は,清らかな音を立て,肩に担いだ壺から水を流している.僕は片膝を地に着け手を合わせ,数分間,女神像へ祈った.
…この女神像が,一体何を祀って造られたのかは,村長である僕にも分からない.だけど・・・.だけど,祈らずにはいられなかったんだ・・・.そんな僕を見て,キャビアさんがこう言ってきた.
「かい村長.どうしたんですか,普段は女神像に目もくれず元気いっぱいに走ってゆくあなたが・・・」
「いやあ,祈っている姿を見られるなんてね.ちょっと最近,曇り空が多いのが気にかかってさ.それだけだよ」
「そうですか・・・」
次に僕は,カフェに行って,コーヒーを飲みながら書きかけの小説を完成させ,カフェの前にあるハンモックで30分くらい昼寝をした.
明日は晴れると良いなあ.
2013年7月20日
今日は,ムシとり大会だった.村のみんなは,あみを持ち,ムシとりに夢中だった.普段僕を見たら必ず話しかけてくる村民も,今日は違った.
僕は,一通り水やりとムシとりを終えると,どこか寂しさを覚え,村の東にある土管に腰かけた.しゃっこい.そして,独り言を吐く.
「ああ・・・,僕を引き止めてくれる人がいないものだろうか・・・」
と.すると,土管のなかから,ツバクロがニヤニヤしながら出て来た.ハッ,まさか・・・!
「ハハっ,今のオマエの独り言,オイラ聞いちゃったぞー.ヘンリーみたいにキザっぽくしても,オマエのキャラじゃないな」
彼は,僕の隣に座った.やっぱり誰かに聞かれていたか・・・.
陽は落ち,辺りは暗く,もう星空が見える頃になっていた.不意にツバクロが言う.
「そういえば,オマエの『みんなが笑顔でいられますように』っていう夢,叶ったのか?」
僕は首を横に振った.
「うんうん,簡単に叶わないからこそ,『夢』なんだよな!」
彼はそう言って,家に帰って行った.
ありがとう・・・!やはり,普段のみんながいいよ.僕は家へ帰り,また机に向かった.
2013年7月31日
今日は,ムーの誕生日だ.僕は,以前買っておいた,「めいさいなかさ」を彼にプレゼントした.どうしてかというと,雨が降っている時にムーがさす傘は,いつも「こわれたかさ」で,とても見ていられなかったからだ.
ムーは傘を受け取ると,少し浮かない顔をして,
「う~ん・・・いや,なんでもねぇ!こういうのは気持ちだからな!オメェのプレゼント,大切にするぜ!」
と言った.一緒に誕生パーティーに来ていたシェリーが拍手で祝ったのだった.
…僕は,二人にこんなことを尋ねてみた.
「ねぇ,二人とも.『ともだち』ってどういう存在だと思う?」
と.すると,シェリーが,
「どうしたんだい,アンタ?!いきなり・・・」
と呆気にとられているようだった.一方のムーは,こう言った.
「うーん・・・そうだなぁ,あんまり小難しいことは言えねぇけどよ.例えばこうやって,オメェが悩んでいる時に自分のことを忘れて真剣になって向き合うオレらみたいのが『ともだち』って言うとオレは思うぜ.何かあったら,手紙でも送って来いや」
パプリコ村の皆は,優しい人たちばかりだ.魔法の谷にあるこの村の村長になって,僕は本当に良かったと思っている.
2013年11月9日
「お待たせ,かい君」
そう言って,サラは僕の隣に座った.彼女はブレンドを頼み,続ける.
「ねぇ,アナタ.三ヶ月のトカイ生活はどうだった?色々聞かせてちょうだい」
僕は,晩秋の今の時期にしか煎れられないオペラを頼むと,サラにこう返した.
「やっぱり,君というガールフレンドを持てて僕は幸せ者だよ.トカイでの生活は,とても寂しかった.友だちも出来なかったし,充実感も得られなかった.皆,死んだ魚のような目をして,往来を続けていた」
マスターが,僕とサラにそれぞれのコーヒーを持って来てくれた.
「彩りがなかったのね?」
「ああ,そうさ」
サラは,テーブルの上に自身の小さな手を置き,組み,言った.
「私も昔,トカイでシャンソンを歌っていた頃は・・・寂しかったわ.だから悲しい歌ばかり歌っていた・・・.でも,パプリコに来て変わったわ.アナタというひとがいるし・・・,全然寂しくないもの」
僕は言った.
「ありがとう.君にそう言ってもらえてとても嬉しいよ」
そしてやって来た,僅かな沈黙.この沈黙は,決して気まずいものではなく,心地よいものだった.少なくとも,僕はそう思っていた.サラは,どこをみつめるでもなく,なんだか嬉しそうに微笑んでいる.とても可愛らしい,と僕は思った.
ややあってコーヒーを飲み終えた僕らは,会計を済ませ,ハトの巣の前で言葉を交わしていた.
「ねぇ,かい君.これからアナタのお家へ行っても良いかしら?久し振りなんだし・・・」
ああ,と僕が言いかける前に,サラは急に手を握って来て言った.
「私は欲張りな女なのはアナタも知っているでしょう?今は,少しでもアナタと一緒にいたいの.アナタを,ひとり占めしたいの・・・」
僕は,握り返し,言った.
「心の中のアンセーヌ」
「知っているわ.アナタの書く小説に出てくる女性の名前よね.主人公とアンセーヌ・・・寂しさを埋め合う二人は,どうなるのかしら」
「それは,僕たちでも分かち合えることだよ」
こうして,晩秋の冷たい風が吹くなかに.
僕たちは,温もりを共有し合った.
(続く)
最終更新:2013年11月09日 15:49