1.故郷に帰りたい
フラットレイ様・・・貴方が生きていて下さって,本当に良かった・・・.例えこの私,フライヤ・クレセントのことをお忘れになろうとも,貴方が生きていてさえ下さるのなら,私は一生,何処までも貴方について行きましょうぞ・・・!
あの日,皆と別れイーファの樹からブルメシアへ帰る途中の出来事だった.私が数体の魔物に襲われた時のこと.その時の私は,旅の疲れの為か,まともに戦える身ではなかった.じゃが,しかし・・・.
「旅のお方よ!この私,竜騎士フラットレイ・ハイウィンドが助太刀致す!どうか遠慮されるな!」
と,小気味よい声が,聞きたくて堪らなかった声が,かつてクレイラにて颯爽と現れ私と私の仲間をお救いなさったあの方の声が,聞こえた.しかも自ら名乗ってまで・・・.魔物をあっという間に片付けたその方のもとへ駆け寄り,私は尋ねた.
「フ・・・フラットレイ様・・・フラットレイ様なのですか?私はフライヤ.フライヤ・クレセントです.覚えて下さったのですね?」
私はてっきり自分のことまで覚えて下さっているのだと思ってばかりいたのじゃが・・・.
「すまない,旅のお方よ.私は貴女のことを今初めて知ったばかり.私は,自らの名と竜騎士であることしか知らぬのだ・・・」
私はうなだれる気持ちではあったが,今はクレイラのように振る舞う時でもない.
「でしたら・・・私の旅の同行者になってはくれませぬか?それに,貴方に是非見て欲しい都があるのです」
フラットレイ様は快諾して下さり,こうして私とフラットレイ様の旅が始まった.
思い返せば・・・何年前になるじゃろうか・・・.ほんの僅かだけの,フラットレイ様との幸せな日々.私の故郷・・・「いつか帰るところ」は,ブルメシアでの,貴方との甘き日々なのです・・・.前を歩く彼に,そんなことも言えずに,私はひたすらついて行った.ああ・・・やはり忘れられることは辛いことじゃ.胸がしめつけられる気持ちになる.
「フライヤ.此処か,お前が言っていた『是非見せたい都』とは?」
気付くと,既にブルメシアに着いていた.願わくば,此処でフラットレイ様の記憶が蘇りますように・・・.
2.そよ風の誘惑
ブルメシアに帰って,数ヶ月が過ぎた.私とフラットレイ様は,ブルメシア王から入国許可を貰い,毎日のようにブルメシア復興の為に汗を流した.フラットレイ様は,記憶を失ったこと自体が嘘のように,この都に慣れ親しんでいったし,私のことも親しくして頂いている.
そんなある日のこと,ブルメシアは,数年に一回しか訪れないと言われる,晴れの日を迎えていた.更に,ブルメシアの空の向こうに,二つの虹がかかっていたのだ.国民はかの日が訪れたことを素直に喜び,また私たちも喜んだ.
「フライヤ.今日は・・・珍しいこともあるものだな」
「はい,フラットレイ様.この日に貴方のお側につけて私は幸せにございます」
「ああ,私もだ・・・」
言い忘れていたが・・・,私と彼の恋仲も,この天気のように晴れ晴れしたものに・・・,とてもすがすがしいものになっていた.一度記憶を失ったという事実は変えられぬ.しかし,思い出など,また新しく作り直せば良いのだ.
フラットレイ様は徐に立ち上がると,
「フライヤ.一緒に踊らないか?ずっと前,お前が踊っていた,『永遠の豊饒』を・・・」
私は応える.
「え,覚えて・・・思い出して下さったのですか?あの時のことを・・・」
石畳に座ったままの私に彼は手を差し出し,言った.
「いや,思い出したわけではない.ただ,お前のことを想っていたら,不思議と音楽が思い起こされたのだ」
一瞬,そよ風が吹いた.私は彼の手を取り立ち上がると,
「嬉しゅうございます.では,踊りましょう.『永遠の豊饒』を・・・」
… … …
私たちは,一頻り踊ると,今度はかの都の噴水に腰かけた.彼は,唐突に言う.
「フライヤ.さっき一緒に踊って私の気持ちは固まったよ.結婚しよう.これからは,ずっと一緒だ.もうお前を置いて何処かへ行くことは無い」
またそよ風が吹いた.私は,私なりの,精一杯の言葉で返した.
「ありがとうございます.貴方の想い,しかと受け止めました.これからも,ずっと一緒です」
失ったものがどれだけ大きく大切であったとしても・・・.過去に捕らわれず,「『生きよう』という気持ち」を忘れないで.
その内,奇跡を運ぶ「そよ風」がやってくるかもよ?
ハイウィンドに,乾杯!
最終更新:2013年07月07日 02:02