1.


「なぁ,ロック.出会ったばかりの俺たちだ.まずはお互いのことを話してみないか?」
エドガーは俺に向かい,それまで座っていた玉座から立ち上がると,そう言ってきた.陽光が,俺たちがいる王の間に差し,部屋中に散乱するホコリのせいでカーペットまで光の道筋が映える.こういうのを,チンダル現象と呼ぶんだ.王の間には,俺とエドガー―フィガロ国の若き王―しかいない.エドガー.エドガー・ロニ・フィガロ.大丈夫だ,今日会う予定のひとのリストには,このフィガロ王しかいない.だから安心して,時間を密にして過ごせる.

俺は答えた.
「そうだな,折角知り合えた・・・というか,これから俺は『リターナー』の一員になるんだ.色々知っておかなくてはいけないことがお互いあるのは確かだな」
エドガーは人差し指を立てると,こう言った.
「ロックよ,そんなに緊張しなくていいんだ.どんなことでもいいから話してくれ.そうだな・・・,例えば俺がお前の立場だったら,話すのは女性に対するフェチとか.そういうことなら赤裸々に語り尽してしまう」
なんだって・・・?女性・・・?!俺は答える.
「別に緊張しちゃいないさ.でも,今のお前の言葉は,心にグサッときた」
エドガーは驚き,ポケットにしまってあった紙を取り出し,眼鏡をかけその紙を見て言った.
「ああ,そうか・・・.ロック,お前のリターナー志望動機は,『大切な人を帝国に奪われたから』だったな.その『大事な人』というのは・・・」
「俺の,恋人だよ」
フィガロ王は玉座に座り,俺は俯く.

別に,隠していたワケじゃない.ただ,昔のことを振り返ると,前に進めなくなりそうで,怖いだけさ.だけど,俺はもう決めたんだ.おまえとのあの日々にもう一度戻れるのなら,俺は戦うって.なあ,見ていてくれよ,レイチェル―――.


2.


玉座に座ったフィガロ王は,やがて語り出した.
「突っ込んだ話をして済まない.誰にだって触れられたくない過去はあるよな.話題を変えようか.ロック.お前はトレジャーハンターだったな.リターナーでは主に情報を集める仕事が多いから,お前は第一線で活躍してもらうことになるが,良いか?」
フィガロ王,エドガーは・・・おそらくリターナーの名簿だろう,それをパラパラ捲りながらそう言った.
「別に触れられたくないとは言ってないさ.ただ・・・」
俯いた俺の様子を気遣ったのか,エドガーは言葉を促す.
「ただ・・・なんだ?」
「ただ,昔のことを振り返ると,前に進めなくなりそうで怖いだけさ」
エドガーは玉座から立つと,窓に目をやり,話し出した.
「誰にだって触れられたくない過去はあるものだ.俺だってそうさ.だがロックよ,お前はリターナーに志願した.それは,新しい自分を作る機会を得ようとしている現れではないのか?」
俺は答えた.
「機会・・・か.そうかもしれないな.何かを変えようとしなければ,俺はずっと・・・コーリンゲンで眠るレイチェルの傍から離れられなかったと思う」
「そうだろう」
エドガーはまた話し出した.

「一つ面白い話をする.何年か前に,とある男が,お前と同じように,『大切な人を帝国に奪われたから』という理由でリターナーに志願して来たんだ.その男の『大切な人』というのは,サマサという村の,エカチェリーナという女性だった.俺はその男の略歴と行動を見てびっくりした」
「ヤバい奴だったのか?」
「それもあるが,完全に孤立していた.お前のような,輝きのある瞳を持っていなかったんだ.俺はそんな彼を突っぱねた.リターナーの意にそぐわないとしてな」

俺は,エドガーが話したヤバい奴のことを想像した.サマサ・・・?聞いたことのない村の名前だ.まだ,俺の知らない場所が世界にはあるんだな・・・.
「ところで」
またエドガーは玉座へ座り,となりにあるもう一つの玉座に俺に座るよう促し,こう言った.
「レイチェル・・・か.良い名前じゃないか.もし・・・もしだが,お前の心の傷が深まらなければ,レイチェルについて教えてくれないか?愛し合っていたんだろう?」
フィガロ王は,侍女にワインを頼んだ.
「昔のことを振り返るのは・・・前に進めなくなりそうで・・・とは言ったが,偶には良いかもしれないな.打ち明けられる誰かがいるってことは」

俺は,エドガーのとなりに座った.

(続く)






最終更新:2014年04月17日 18:36