1.甘いため息


双魚宮の半ば頃,二人の冒険家がナルシェの宿屋にて見つめ合っていた.一方は男で,一方は女だ.

世界が緑を取り戻してもう何年にもなるだろうか.年中雪で覆われた都市国家であるここナルシェも,大分活気が戻って来た.多くの人は,一攫千金の夢とロマンを求めて坑道ののなかへ入り,昔そうであったように岩を掘り始めた.ナルシェの街道には,蒸気機関がいくつも並び,人々の生活の基盤となっている.

暖炉にくべられた薪が炎を浴び真っ黒になりパチパチと音を立てやがて崩れた.
「ルーローショコラみたい」
そんな薪に横目をやった女は,そう呟いた.男は,彼女の一言にすぐ興味を抱き反応する.
「ルーローショコラ?なんだそれ?新しいお宝か?」
女は彼の方に目線を素早く移し言う.
「ふふっ,あなたったら.簡単に言えば,チョコレートのロールケーキのことよ」
男は女と同じように微笑み,言う.
「なんだ,やっぱり新しいお宝じゃないか.ここのところ甘いもの,長いこと食べてないもんな,セリス」
セリスと呼ばれた女は,口元に深い下に凸の湾曲を湛え,肯き答えた.
「そうね,ロック.女にとっては・・・甘いものは欠かせないわ.今の私,輝きを失っているかもしれないと感じる時がたまにあるのよ.やっぱり・・・スイーツを摂ってないからだわ」

セリスは,重いため息を吐いた.

… … …

数日後,港町・サウスフィガロの宿屋にて―――.

「な?おまえたちにならできるだろ?」
ロックは,セリスのいない場所で,この町にティナとリルムを呼びつけて何かを頼み込んでいた.ティナはロックの想いを汲むと,言った.
「分かったわ,ロック.私とリルムで,スイーツを作れば良いのね,セリスのために.それで,当のあなたは何をすると言うの?」
ティナの率直な問いにリルムも便乗する.
「そうだよ,肝心のあなたは何するの?」
ロックは,二人に問われてもビクともせず,こう答えた.
「俺は,双魚宮のコルツ山にしか咲かない一輪の花,『甘いため息』を採りに行く.トレジャーハンターの俺にしかできないことだ」
二人は納得し,部屋から出ていくロックの背中にセリスのボディラインを重ね合せた.セリスもティナもリルムも,それぞれの愛の意味を持っていたし,知っていたし,経験していた.彼女らには「永遠」など存在しなかった.時はやはり過ぎ行くものなのだ.

二人は,重い,だが確かに生きるがためのため息を吐いた.


2.ベッキーダンス


ナルシェへ向かうティナとリルムは,駆けるチョコボにまたがり,言葉を交わしていた.
「久し振りだね,セリスに会うの」
「そうね.私も久しぶりだわ.ねぇ知ってる?セリスがトレジャーハンターになった話」
「え?リルム知らなかったよー!でもどうして?」
「それは…」
ティナは右手の人差し指を立て唇にやり,続けて言った.
「セリスに会うまでのお楽しみよ」

… … …

ナルシェは,活気を取り戻すのに,数多くの採掘師や技術者を呼び込む必要があった.長老会では,自分らが住まうこの都市国家がどれだけ魅力的かを宣伝することがまず第一だとされた.その宣伝の一環として,初心者の館が増築されて「まちカフェ」なるものが造られた.まちカフェは,都市内外のあらゆる人とが交流可能な,コミュニケーションスペースなのだ.

ティナとリルムはナルシェに到着してすぐに,まちカフェに入った.ちょっとここで一休みしましょう,というティナの計らいだった.彼女たちは,まちカフェ内の一角にあるソファに座った.
ティナはソファの横に置いてあるマガジンラックに沢山詰めてあるフリーペーパーに目を通し始めたし,リルムはスケッチブックを取り出しカフェ中央にあるトピアリーをデッサンし始めた.カフェ内では,今オペラ劇場で公演中の「嘆きの天使」シーン3で使われる曲が流れていた.
往来する人々,椅子に座ったまま複雑な思考に耽る人々,何かを熱く議論し合う人々….まちカフェは,いつしか色々な人生の交差路となっていた.ティナとリルムも,そんな交差路に溶け込んでしまいそうだった.かつて世界を守った英雄も,今では「普通の人」としてみなされてしまう….時代がそう変わりつつあった.
ただ,「彼女」だけは違った.

ティナは,フリーペーパーをいくつか戻しに大きなマガジンラックのところへ行った.すると,手の先を口にやり鋭い目線で何か考えごとを巡らせていそうな,見覚えのある金髪の女性を見た.髪のメインボリュームは肩まであり,残りは腰まで下りている.彼女はボディラインが際立つタイトで温かい色合いの服を,なんてことないように着こなしていた.その表情はどこか不安げだ.ティナは,きっとと思い彼女に話しかける.
「あ…セリス?」
純白のマントが翻る.鋭い目線がこちらへ向けられ,若干の不安を覚えたティナだったが,それは杞憂に終わった.
「あなた…ティナね?」
それまでのセリスの不安げな表情は温かみでいっぱいになり,二人は再会を喜び合った.ティナは,さっきまで自身が座っていた椅子までセリスを招いた.

ティナ,リルムとは対面するかたちになってセリスはソファにゆっくりと腰を下ろした.
「すごく会いたかった!」
セリスはそう口にし,二人に交互に目をやり続ける.
「でもびっくりしたわ.あなたたちがナルシェに来ていること知らなかったんだもの」
彼女は,目線を一度,三人の間にあるテーブルの上にあるフリーペーパーに移した.

「ロックとは今どうしてるの?」
リルムがそう訊くと,セリスは艶っぽく黄金の髪を耳にやって答えた.
「ええ.うまくやっているわ.冒険家としても,男と女としても」
続いて,ティナが落ち着いた風に言った.
「すごくいいじゃない.輝いているっていうことね?…でも,セリス」
セリスはティナの声のトーンの変化に小首を傾げた.
「さっきのあなたからは,何か良くないものを感じたんだけど…」
セリスは一瞬目を見開き,手を口にやった.そして重たいため息をつき言った.
「うん….実を言うとね….最近,ロックが側にいなくて寂しいのと…」
寂しいのと…?と聞き手の二人は複雑な心境でセリスの声に耳を傾けた.

「…スイーツを摂れていないの」

「それよ!」
ティナが弾むように立ち上がると,指パッチンをして,フリーペーパーを2,3枚取り出した.セリスは何なの?と呆気にとられていた.ティナはペーパーを差し出し,セリスはそれを見る.
「こ,これは…!」
「そうよ!今を輝ける女の子に足りないもの,それはスイーツ!」
セリスは,頬を紅潮させて言った.
「わぁ…すごい…!ふふ,このモンブランなんかまるでナルシェの景色をそのまま小さくしたみたいね.…あっ,これもおいしそう.タルトとか,シフォンとか.わぁ…!!!」
そう色めき立ちペーパーを食い入るように見つめるセリスを笑顔で見守るティナとリルム.彼女らも,実は輝いていた.

「ねぇセリス!このなかで一番食べたいものはある?」
リルムがそう訊いた.
「一番食べたいもの?そうね,改めて訊かれると迷ってしまうわ.う~ん,強いて言うなら…,今の私の心の色…と同じのを食べたい」
そう言い残して,セリスは花を摘みに行った.

「リルム,セリスの心の色ってどんな色かしらね?」
ティナがそう問うと,リルムはパレットと水彩絵の具を取り出した.そして思いついたように言う.
「ねぇ,ロックが言ってた『甘いため息』って何色の花だっけ?」
ティナは,人差し指を顎に突きしならせながら,
「図鑑で見たら確か,赤だったわね」

白いマントを背中に羽織る女性のために,小さな点ほどの赤が数本集まる….この愛らしい色のパターンから連想されるスイーツは,もはや一つしかなかった.

「セリスのために作るの,決まったね!」
絵筆でスケッチブックに描かれたスイーツを見るティナとリルムは,微笑み,近頃の主役が戻って来るのを待った.

(続く)






最終更新:2014年03月07日 20:16