【Shadow】
破落戸の溜り場であるその酒場で,男は静かにお湯をすすっていた.ただ,静かに,すすっていた.
そして今宵は,どうしてか舌がヒリヒリする.
お湯が熱すぎるから?いや,違うさ.昔のおまえがどうしてか脳裏をよぎって,つい懐かしんでしまうんだ.
おれはいま,酔っているのか?いや,これはお湯だ,酒なんかじゃないさ.だから酔わないはずだ.
しかし,なんだって今日の日に限っておまえのことばかり思い出すんだ?なあ,教えてくれよ・・・.
人は,過去を引きずる生きものなのか,それとも完全に払いきれる生きものなのだろうか.男はお湯を更に口に含み,そう考えていた.同じところをグルグルと思考しては止まっていたのだ.もしかしたら,男が飲んでいたのは,お湯ではなかったのかもしれない.酒場のマスターが,頻繁に来るその男のことを思い,お湯にアルコールを混ぜたのかもしれない.それを確かめる術は,我々には出来ない.その男の言葉を追って,判断するしかないのだ.
いま,彼の言葉に耳を傾けるべき時がやってきた.
【Edgar】
誰だって,リーダーにならなければならない時がある.彼もまた,そうだった.
ただ彼は,幾分かそう決断する時が他の人より早かったのかもしれない.その背景には,何があるのだろうか.
それがお湯だって?そう主張したいのなら,まずは自分から犠牲になればいい.おまえが,最初の一例になればいいんだ.
彼は,いつも周りを引っ張っていた.時々,休みの合間に工学の本を読みふけっていたが,それは束の間.なにか一大事が起きれば,皆は彼のもとへ集まる.彼は,それだけ皆を導く力と洞察力を兼ね備えていたのだ.フェミニストだという彼の一面は,その次の次の話ぐらいだろう.彼は,勉強熱心なのだ.片時もメガネを離さないでいたし,弟からすすめられた茶をすすっては専門書を読んでいた.
【Celes】
生涯の大舞台に出る時,果たして人はどう振る舞うのであろうか.
少なくとも彼女は,見事に,且つ大胆にその大舞台に出て,彼女自身の人生にデビューしたといっても過言ではないだろう.
分かったわ.私が最初の一例になればいいのね?ただし,条件があるわ.
"あなたがきちんと幕締めをしてくれること"よ.
あなたがキッチリキレイに終わらせてくれれば,私も幸せだし,あなたもみんなも幸せじゃない?ねぇ,夢追い人さん?
恋は,人を一変させる.まるで別人のように.彼女が良い例である.受け止めてくれる人ができた彼女は,"それまであった悲観的なものの見方が消え,大分落ち着いた"と彼女のパートナーは言っている.彼女たちパートナーを別つものなど無いくらい,絆の深さは計り知れない.恋は,人生を輝かせる.例え恋で敗れても,何度も自己を磨き,再度アタックする.そうして,より洗練された自分を形作ってゆくのだ.
(続く)
最終更新:2014年09月24日 17:29