αのはなし
いにしえの時,私はその星にはまだいませんでした.その星は熱く,周りの星々を引き付けてはぶつかっていたのです.
それにしても不思議ですね.どうして直接触れてもいないのに遠くから周りの星々を動かすことができるのでしょうか?とても離れているのに.まるで,その星があまりにも魅力的で,周りの星々たちを虜にさせて誘っているかのようです.
どうして引き付けることができるのかは,後で詳しく説明しましょう.
宇宙は不思議でいっぱいです.夜空に星々や銀河を見る時,とても幻想的な風景に酔うことでしょう.私もそうですよ.ブラックホールに膨張宇宙,そしてダークマター….これらの単語を聞いただけでワクワクする方がいらっしゃるはずです.それだけ,宇宙は老若男女に問わず親しみ易いものなのでしょう.
さて,少しだけ宇宙についておはなしをしました.これからおはなしをする物語には,かけがえのないとても大事なものです.
さきほど,熱い星について言いましたが,今はどうなっているでしょうか.熱いその星は,周りの星々を十分に引き付け,十分時間が経ちました.その星ガイアは,内部に熱としてエネルギーを溜め,段々とですが小さくなっていきます.ガイアの地上は冷め,多量の水蒸気が固まり水となり最初の雨が降りました.雨は地形により河を作り,湖を作り,そして…,私を作ったのです.
Est gaza
私は毎晩,月を見るのが好きです.青い光の球が夜空にぽっかりと浮かぶのを見て,少なくとも「きたない」と言う方はまずいないでしょう.
月を見ていると度々ですが,二組の家族がやって来るのを見ます.彼らは私と同じように青い光の球を見て,楽しそうに会話した後,その名残を私のすぐ側に残すのです….
「知っているか?私たち生ける者たちの起源を」
「ええ,他説あるけれども,やっぱり海岸における乱流によるものとされているみたいね.あなたはどう思うのかしら?」
「ああ,私もその説が正しいと思う.流れの混沌…カオスが,生命の源である複雑な高分子化合物を作ったというのは驚くべきアイディアだ.岩場の最中にうちよせる海水の複雑な流れが『生命のスープ』と表現できることに最初は驚いたさ.でも…」
「でも,なに?」
「私は,ひとりの歴史学者がそういう海のことを,『創生の海』と呼んでいたことを思い出してね.畑違いではあっても,探求の風が吹く方向は同じなんだなというを思い知らされたよ」
「その話,もっと詳しく知りたいわ」
「そうだな,あの子が貝殻採りから帰って来るまで話していようか.
まだ私がガイア国軍に勤めていた頃のはなしだ.もっと細かく言うと,丁度君を幻想跳躍させた頃のことだ.ひとりの来訪者が研究所の門をたたいた.その頃の私は,自分の分身を造っている真っ直中だったので,突然の来訪に正直焦った.分身を造っていることを知られたくなかったんだ.来訪者は自らの名を言うと,こう言った.
『私を旅立たせてください』
私はもっと焦った.幻想跳躍の話は,私たちの間でしか秘密にされてないことなのに,どうしてその来訪者は知っているのか,と.そうして聞いてみると,彼はどうやら私の出自を知っていたらしい.北大陸の辺境の町出身だということ,その町は記憶士という民が集まった集落であること,私が幼い頃に書いた読書感想文まで知っているから余計に驚きだ.来訪者の名前は,ルカーンといった.南亜大陸クレセントレイクの町出身の歴史学者だ.私は,もっと彼のはなしを聞いてみた.そうしたら,今でも忘れない,鋭い言葉が返って来たのを覚えているよ.
『カオスと呼ばれる者たちについて研究されているそうですね.副研究長のガーランドさんと何かあったのですか?』」
「ガーランド….とても懐かしいひとだったわね,今思えば.それで,あなたの分身の内のひとりと,そのルカーンさんが旅をする幻想ができ上がったわけね?」
「ああ.ルカーンは,エカチェリーナ号で海を渡っているとき,よく私にこう言ったものさ.
『私の戦友シド!海を見るんだ!全ての命をつなぐ創生の海を!エスト・ガザ!』」
「エスト…ガザ?」
「いにしえの言葉で,『宝あり』という意味らしい.ルカーンはその時から海を特別なものとして見ていたんだ.…そろそろ時間じゃないか?青い月がかなり動いたが」
「そうね.ちょっとあの子を呼んでくるわ.シド,あなたはここで待ってて」
「ああ,セーラ,分かった」
これは,ちょっと驚きのおはなしを聞けましたね.私にとっては,かなりの驚きですよ.だって,自分のことを「宝」と言ってくれたひとを知ったから.生けるものは,誰しも自身を認めてくれることがあったり,ひとがいたりするとうれしいものだと思います.あなたもそう思いませんか?シドとセーラと「あの子」は,今夜も砂浜に足跡を残してくれます.私自身うれしいのですが,かたちあるもはいずれ滅びるものです.しかも砂浜の足跡というものは,私の末端が消してしまうものですから,ときおり悲しくなってしまいます.
セーラは,「あの子」を見つけられるのでしょうか?貝殻は,耳に当てると音を奏でます.そう,あのリュートのように….
最終更新:2015年04月09日 22:23