0.ことのはじまり
あらあらまあまあ,なんてこと!
私の夫がズッカナリア病にかかってしまいました.
風の便りでは,この病,治すのにはカイをみつけないといけないそう.
浜辺に行き着いた貝を拾っても,夫はうんともすんとも.いったいどうすれば…?
1.カイ曲線
「どれ,わしにそのカイを見せてごらんなさい」
とある老人が言いました.腰が曲がり杖をつき,ひげを伸ばした,典型的な老人でした.
老人は,夫人の細く美しい指先からカイを受け取るとこう言ったのです.
「ふむ.美しい曲面であるぞよ」
夫人にとっては意外な言葉でした.
「曲面,ですって?!」
夫人は驚き,思わず声を大きく出してしまいました.そして思ったのです.
≪そういえば夫は最近,キョクリツがどうのこうのと言ってましたわ…≫
あごに手をあて,一生懸命に愛する夫のことを思い出そうとする夫人に老人は言いました.
「行きなされ.もうすぐ微分の詩が始まる」
「ビブンの詩?なんですの,その『ビブン』とやらは」
「行けば分かる.町の広場にいる数学詩人に会いに行けば,自ずと分かる.数学は詩じゃ」
夫人は,広場へと急いだのでした.
2.万国共通語「数学」
―自然はひとを詩人にする.
数学はひとを詩人にする.
ひとは自然を破壊した.
ひとは数学を回避した.
詩人は全てを橋渡しする.
詩人はなにも破壊しない.
全ては言葉であり,
それは橋渡し以外の
なにものでもない.
だから,ぼくはうたう.
生けることは言葉のつむぎ―――
数学詩人は,噴水の椅子に腰掛け,広場にいる皆の目を惹いていました.
万人の共通の言葉をうたい,かなで,そしてひろめることが彼の役目です.
彼は,ナブラを取り出すとかなで始めました.うたい始めました.
「微分の詩」を….
3.アトレッドの役目
広場に着いた夫人は,ひとの耳を虜にしている数学詩人をようやっと認めることができました.
≪地図なんてサッパリですわ….
地図よりひとの声のほうがいいわよ絶対.道案内に聞いて正解でした≫
―偉大なる言葉よ,今こそ発現したまえ.
巨を統べ微をも統べる法則を表す,この上なく明快で拓かれた言葉よ―
夫人は,その言葉のことが何ものか分かりませんでした.分かるのは
数学詩人が,いにしえの琴をかなでていることだけ.
広場に立つ他のひとたちは,拍手する者や称賛の声を出す者,そして涙まで流す者が
いるのだから驚きです.
一体彼らは何に感銘を受けているのでしょうか?
Prelude.夕焼けのダイアローグ
やあ,今日のぼくのうたをきいてくれてありがとう.これで少しでも君の愛するひとが
快方に向かってくれれば良いのだけど
あなた,数学と言葉は一緒だと思っているの?
ああ,そうさ.数学は言葉さ.論理的思考を明確にするための,一番単純な言葉だよ
嘘でしょ?だって,学校の国語の授業と数学の授業が分かれているじゃない?
君は学校で習ったものが全てだと思うのかい?悲しいなあ,数学ほど単純な思考トレーニングは
無いし,役立つものも無いし,新しいものを生み出せるものがないとぼくは思っているんだけどね
じゃあ!私の夫をその言葉とやらで救ってみせなさいよ!カイはどこにあるの?
私の青春を台無しにした,その数学で夫を救いなさい,数学詩人ポエンティアさん!
どうせ学校の先生みたいに,またわけのわからないことを言うんでしょうけど!
―奥さん.まずは,その「青春」を塗り替えることから始めたほうがいいみたいだね….
彼女の数学は,数学ではない.数学のイメージを,根本から変えてあげなくては,
ズッカ-ナリア方程式は解けない―
これからぼくと一緒に,カイを探しに行こう.
最終更新:2016年07月11日 20:32