―陰陽魚―


最初の幻想の平行世界から,光と闇の狭間へ.
私が今まで辿って来た世界を整理すると,次の様になる.

14番目の世界で秩序の神に召喚された私は,秩序の聖域から次元城,パンデモニウム城,
過去のカオス神殿へと移動してきた.そして,月の渓谷にて岩場の影に溶け込んだのだが,
気が付くと別世界にいた.白い太陽らしき円が天頂にあり,その円の縁側から紫色の流体が,
造形師達の住む街へ一様に降り注いでいる.混沌の女神によれば,
「真の次元の狭間」と呼ばれるその世界の最低部に位置する街には,
造形師という種族が住んでおり,中心部へ行くほど,真っ白な建物,
邦畿の白砂宮が群を成しており,郊外へ行くほど,真っ黒で
紫じみていて竜をかたどった建物,郊墟の黒蛮宮があちらこちらに建っている.
黒蛮宮の近くでは,神竜の成れの果てであり,この世界の蛮族でもある骨蛮竜がたむろしている.
私は暁の4戦士と1人の竜騎士と漂流者と会話していく内に,そして造形師達と話していくなかで,
この世界の成り立ちを知る事になる.この世界は最初の幻想の平行世界であり,
フーリエの骨が砕け散って出来た「砂」によって時間が調整されている世界である.

この「無の世界」とも呼ばれる世界に住まう造形師達・・・だが,彼らには役目があった.
相反するものによって出来た境目のせいで世界の均衡が崩れる時,
彼らは相反するものや力の象徴を造り,それを観測者に委ねるという.
ならば今まさに私の目の前に存在する光と闇の狭間・・・これも相反するものではないか.
この狭間の均衡が崩れた時,造形師が生まれ調停が行われるというのだろうか.


指先を光と闇の狭間へとゆっくり進ませる.
陰陽魚太極図に酷似したそれは,本物の魚の様に光の中を闇が,闇の中を光が泳いでいる.
この狭間の寸前へ案内してくれた一人の造形師に,私は尋ねた.

『相対するもの,どちらにも属せぬ者はどうなるのであろうな?』

と.今,私はこの世界の真実を知るという興味本位でここまでやって来たわけではない.
混沌の女神から,この14番目の世界での神竜による浄化を防いで欲しいと頼まれているのだ.
そして,この狭間の寸前にて長時間立ち続けて,今までの事を振り返っている.

女神に頼まれたから?

違う.それだけではない.これは私自身の戦いでもあるのだ.
今度こそはっきりしようではないか.私は光と闇,どちらに属するのかを.


近づけた指先が,狭間に触れる.すると,光の魚と闇の魚がぐるぐると勢い良く回り,
やがて速度を落としていった.指先を狭間に軽く触れたままただじっとその様子を眺めていた私は,
どちらの魚を目で追いかけていたのだろうか.今となっては,
忘却の彼方へその記憶は沈んでいる.
どちらの魚が私の指先に食い付いたか.

それは,光の魚であった.


―通信―


私の指先をくわえた光の魚は,狭間へと私を導いていった.
一体,この先には何が待っているのか.
当初の願いどおり,ディリクレがいることを期待していた.
造形師すら入った事の無い光と闇の狭間へゆっくりと身が埋まってゆく.

かくして,私は狭間の向こう側へ入っていった.

光の世界.
私には眩し過ぎる程の光の粒が牡丹雪の様に降り注いでいる.
狭間の向こう―光の世界―に来た私は,先ず何者かがいないのか確かめる事にした.
両の腕を前に押し出し,精神を集中させる.
辺りには目映い程の光が氾濫している様に感じられた.
目が痛くなる程に光が溢れている此処は,私には少々居心地が悪かった.
…私は目を瞑って辺りを探る事にした.

しかし,だ.目を瞑ると,別世界が見えたのだ.其処には「何か」があった.
そもそも目を瞑ると完全に視界が遮断され文字通り何も見えなくなるだろう.
だが,この光の世界では事情が違うらしい.兎も角私は目を開いて神経を集中させた.

気配はあった.しかし,実際のところ周りには誰もいない.

そこで私は初めてこの光の世界の概観を視る事にした.真の次元の狭間とは違い,
この光の世界はきちんとした「空」がある.光の粒のせいで,空の向こうは霞がかっていたが,
それ程遠くない場所は一応見渡せるようになっていた.地面はというと,何かの結晶で出来ている.
そして,特筆すべきは,空中だが空の向こうの手前に浮かんでいる4つのクリスタルだった.

それに気付いた時,向こうから物音が聞こえ始めた.鉄の様な硬い金属が擦れ合う音だ.
一定のリズムでそれは次第に音量を増し,やがて私に姿を見せた.

それは,私の目の前までやって来ると,一時停止し,光の枠を私の周りに展開させた.

「ニンシキチュウ・・・・・・・・・

ゴルベーザ」

これは・・・ロボットか.ロボットは,どうやら私の正体を探っていたらしい.
ロボットの胸部にあるパネルに,私に関する情報がずらりと表示されていた.
やがて,私の周りに,先程の気配が現われた.

「フウインサレシ カコ シュツゲン」

そうパネルに表示されたのを確認し,私は辺りを見回した.
すると,どうだろうか,14番目の世界に私を召喚した男にそっくりな格好をした者達が
私を中心に並んでいるではないか.

「ル・・・パ・・・ガミ・・・ド?」

そう言った彼らに,私は成す術はなかった.どうやら私の知っている言語ではない言葉を
伝えようとしているようだった.

「ロゼッタシステム チュウニュウ」

とロボットのパネルに表示された瞬間,激しい頭痛がし始めた.
何が起こっているのかさっぱり分からない私は,その頭痛に耐える他無かったのだった.

数分後,私はようやく頭痛から解放された.
何か・・・脳の中で新しい言語野が出来上がったようだ.
その証拠として私の周りにいる者達の話している言葉が理解できるようになっていた.

ルフェイン語と呼ばれる言語を習得した私は,もっと注意深く彼らの言葉に耳を傾けることにした.


―天空人―


「我々の祖先シドが生み出されたカオスを・・・我々は崇拝するという行為に
及ぶまで達していた・・・今思えばそれは愚かしいにも程がある・・・」

「偉大な研究者カオスは・・・やがて我々の及ばないところまで到達した・・・
それを恐れた我々は・・・4大元素と闇の力を使い封印した・・・」

「シドが発明した浮遊石を・・・我々は4つに分けた・・・
1つは砂漠にそのまま,
2つはアダマンタイトとして,
3つは黒水晶として,
最後の一つはそのまま浮遊石として我々の住処である城を浮かばせる為に使った・・・」

「4大元素の象徴であるクリスタルをあの少年,フーリエは・・・最終決戦の目前に・・・
この光の世界に置いた・・・」


かつて私が秩序の神に召喚された時にいたあの男,シドと全く同じ様に,
その者達は目の前に誰もいないかの如く一方的に話を始め,終えた.
一体この者達はなんだというのだ?
また興味深い謎が彼らの言葉から読み取れた.この者達はシドの子孫であり,
カオスを崇拝していたようだ.そしてカオスの力に恐れた彼らは
4大元素・・・土,火,水,風のクリスタルと闇の力を使いどこかに封印したらしい.
そしてこの者達は,地上に住んでいないようだ.黒水晶とは・・・闇のクリスタルのことか.
最後に話した者だけが,フーリエについて語り,
4つのクリスタルが正にこの世界に浮かんでいるものだという事を示してくれている.
「最終決戦」,か・・・.おそらくあの冷凍睡眠されている間にディリクレから読み取った言葉,

『これが師匠の最期の言葉だった』

に繋がるところがあるのだろう.

「ツウシンカイシ ゴルベーザ ト ルフェインジン」

ロボットがそう言い,パネルにもそのテロップが現われていたので,
私は彼ら・・・ルフェイン人,の方へと向いた.彼らは語った.

「4番目の幻想に属する者にして,14番目の世界の探求者,ゴルベーザよ,良く聴いてくれ給え.
我らルフェイン人の民の名にかけて誓う.これから始まる物語は,
愛する子を捜す父母の物語であることを.真実はそなただけのものではない.
どうか,この14番目の世界で彼らを救ってやってはくれないか.
我々の体がそなたに見える時,我々はもう滅びているだろう.
よって,このようにロボットを通したホログラムでしかそなたに語りかけることは出来ないのだ.
さて,光の世界に辿り着いたゴルベーザよ,そなたはこの世界で4つのクリスタルを手に入れ,
闇の世界へ行くのだ.方法は我々と我々の祖先のみが知っている.
それは,幻想跳躍「アーク」でのみこの世界から行ける事だ.
闇の世界でそなたがする事は,かの世界において黒水晶を探し,
もう一度災厄を鎮めるために4大元素と闇の力によってフーリエの宿敵を討つのだ.
アークはもうそこまで来ている.行くのだ.そしてさらばだ,
幻想跳躍『シヴァ』で旅して来た探求者ゴルベーザよ」

フーリエの宿敵を討つ事が神竜の浄化を防ぐのに繋がるのなら,
私は彼らの言う通りにしようと思った.しかし驚いたことだ,私も知らぬ間に幻想跳躍して来たとは.
私は早速,土,火,水,風のクリスタルを手に入れるべく,動き始めた.


―牡丹雪―


光の粒が降り積もる地面を歩いてゆく.
灰色をした水晶で出来た地面はじっくりと,光る牡丹雪で埋め尽くされている.
思えばこの光の粒はいつから降っているのだろうか.
いや,そもそもこの光の粒は一体なんだろうか.
まさかまたフーリエの体の一部,なんてことはあるまいな?

ここ光の世界では,光の粒が降り積もるなか,
円盤状の灰色をした水晶の足場を飛んで移って移動しなければならない.
もし万が一踏み外したものなら,眼下に広がる幻湖と呼ばれる湖に堕ち,
何処かの世界へ幻想跳躍してしまう危険を伴う.

私は最初に乗っていた円盤から次の円盤へ移ろうとした時,
ロボットを使って色々な事を調べたのだ.
だが,光の粒の正体だけはどうしても分からなかった.
そして,このロボットという存在・・・.
ルフェイン人と呼ばれる人々から話を聞く時にこのロボットを通して行われた事と,
ルフェイン人の話から察するに,このロボットはルフェイン人と何かしら関係があるに違いない.
幸いな事に,ロボットは私の後をついてきてくれた.これで不可解な事が起きても大丈夫だ.

4つのクリスタルを入手するのに,何か面倒な事が起きやしないか私はロボットで調べたが,
案の定,面倒な事をする必要があった.クリスタルの力を吸う化け物がいた.
それを倒さなければクリスタルに真の輝きは戻らないという.土,火,水,風の力をさえぎる
リッチ,マリリス,クラーケン,ティアマットがいるというのだ.それに対し,
私は素手であり,攻撃のしようがない.光の世界では,力を持つ者はそれを封じられるのだ.
…何故かは分からぬが.しかし,私には優秀な配下がいた.土には土,火には火,で
応戦しようではないか.ロボットによると,光の世界で出現する4体の化け物は,本物よりかなり
弱体化しているらしい.闇の力を行使できないからのようだ.

4体の化け物は,あっけなく四天王によって滅ぼされた.
かくして比較的簡単に4つのクリスタルを手にする事が出来た.
だが,力の行使を代償として,私は四天王を手放さなければならなかった.
これではフーリエの宿敵とどう戦えばいいのか・・・.
敗北の2文字しか頭に思い浮かぶものはなかった.更に敗北したらどうなるのか,
を考えてみれば,2文字は恐怖,あるいは絶望へと変わる.
しかし,実際に相見えない事には分からない出来事など,周りにはいくらだって存在するであろう.

闇の世界へ幻想跳躍する為に必要な「アーク」とは一体どんなものであろうか.
4つのクリスタルを手にした私は,そう疑問に感じていた.
ルフェイン人は言った,「アークはそこまで来ている」と.
ならば私の近くにそれはあるはずなのだが・・・.
私は,最初にこの世界に来た時に立っていた円盤まで戻ることにした.

その時だった.

ロボットが足を踏み外して幻湖へ堕ちてしまったのだ.
なんということだ・・・.これで,私は一寸先の闇を手探りで
歩まねばならないことになってしまった.

だが,手に入れたクリスタルが私を導くことになる.
世界の真実を探る為に「探求」して来た.
ベルトレに光と闇の狭間を見せられた時に答えた「希望」.
フーリエが父母と共にいる様子を見た時や,彼の骨と聞いた時の彼に対する「いたわり」.
そして,数多の世界を臆する事なく進んでいった「勇気」.
4つの心が,1つになろうとしていた.成程,これが5番目の幻想の力の源か・・・.
私はそこで既に幻想跳躍していたのかもしれない.ではこの跳躍法に名前をなんと
付けたら良いであろう.跳躍法には,どういう事か召喚獣の名前をつけるのが習わしだった.
ということもあのロボットから得た知識だった.

私は幻湖に堕ち込んだロボットをせめてもの弔おうと,円盤を順々に降りていった.
降り始めると,身の周りに光の粒がくっついて来て,やがてそれは霧となり,
視界がはっきりしなくなって来た.まるで,私の進行を遮るかのように.
そして最下段へ辿り着いた時,私は見つけた.

漆黒の船の形をしたそれは,幻湖の波に少しだけ揺られながら,異彩を放っていた.
私の身の周りにくっついていた光の粒は,その船に近付く程離れる量が増し,
やがて1粒たりとも無くなり,視界がはっきりして来た.なので,
異様にくっきりと見えるその船が不気味に感じられた.
船首の両側にはプレートが打ち込まれていて,おそらくルフェイン語だろう,
「闇に沈む船アーク」と書かれていた.

私は早速アークに乗り込み,闇の世界へ向かおうと操縦室らしき部屋へ入って行った.

―沈没船―


操縦席に乗った私は,早速船を出発させようと,操縦パネルを一見した.
押すことの出来るスイッチが沢山あり,どれを押していいのかさっぱり分からない.
スイッチは色とりどりで,一つ一つが一定のリズムで点滅している.
そして,僅かに聞こえる機械の駆動音.

深呼吸をして,私は落ち着いた.
これから闇の世界へ行き,闇のクリスタルを得,フーリエの宿敵を討たねばならない.
フーリエの宿敵は,闇の世界にいるのだろうか.いや,そうとも限らない.
また別の世界に行かねばならないのかもしれぬ.そうなった場合,
私はまた何らかの形で幻想跳躍せねばならないのだろうか.
分からない事は,山積みだ.

私は操縦室を出て,甲板にて船の様子を見た.
「闇に沈む船アーク」か.船は何の事は無い,黒一色に染まった木造のものだ.
そして,あちらこちらが破損している.少し歩いただけで床は軋むし,
操縦席の様子とは大違いであった.

思えば,アークには他に乗組員はいないのだろうか.
最初にこの船に乗った時には思いもよらなかったその考えに至った時から,
私は自分の冷静さが欠けている事に呆れたのだった.しかし,
そうしてばかりはいられぬ.乗組員が他にいないことを確かめてから私は操縦席に戻り,
また深呼吸をした.全く,これで何度目であろうか.

操縦パネルのスイッチは未だに各々一定のリズムで点滅していた.
果たしてどのスイッチで出発させるのか.私は恐る恐る,とある一つのスイッチを押してみた.
モニターには何も表示されずに,ただ機械のスイッチプッシュ音らしからぬ綺麗な音が出た.
そして,恐らく船の内部で,エンジンがかかった様な音がする.私はもう一度同じスイッチを
押してみた.すると,エンジン音らしき音は聞こえなくなった.一体なんだというのだ?
私は今起こった現象をもう一度考え直してみることにした.そういえば先程,初めて
スイッチを押した時に,他全てのスイッチの点滅が消え,押した後,とある場所のスイッチが
一つだけ光ったのだった.私はその光ったスイッチを押してみた.すると,また別のスイッチが
光る.成程,そういう事か.私は次々に光るスイッチを順々に押していった.
すると船のエンジンが完全に動き出し,船は移動を始めた.
その間,スイッチを押す度に綺麗な音が出るものだから,私はスイッチを押すのに
しばらく夢中になっていた.傍から見れば,私は鍵盤楽器の演奏者の様に映っていたことだろう.


スイッチが点滅しなくなった時,私はする事が無いと思ったので,甲板に出てみた.
するとどうだろうか,船は前にも後ろにも進むことなしに,常に沈み続けているだけであった.
漆黒の船体は,更にどす黒い流体の中へ沈み続けている.
上昇するどす黒い流体の行く先を見ながら,操縦パネルから聞こえてくる「私が演奏した曲」
を聴いていた.

果たして闇の世界とは一体どの様な場所なのであろうか.そして,
どういった方法で黒水晶―闇のクリスタル―を手に入れるのか・・・.
今はただ待つばかりである.


最終更新:2011年04月18日 23:26