―反転―
思えば遠くに来たものだ.
そもそも何故私・・・いや,我々は神に異世界へ召喚されねばならなかったのか.
混沌の女神が言っていた真の次元の狭間も光の世界も闇の世界も,
全て14番目の世界の内に入っているのだろうか.
闇に沈む船アークの甲板にて,私は様々な思索を試みていた.
やがて脳の一部が痺れ出した頃,私はアークの操縦席に戻り一息つくことにした.
アークはどうやら自動操縦で動いているらしい.なぜなら
「最初の演奏」以来何もスイッチを触れていないのにアークは沈み続けているからだ.
操縦席で休み始めてしばらくした後,操縦パネルに新しいテロップが
流れている事に気付いた.テロップにはこう書かれていた.
ゲンソウチョウヤク アンコクノウンメイ
…暗黒の運命か.それはこれから私の辿る未来を示しているのだろうか?
ともかく,これから幻想跳躍するのだな・・・.闇の世界で私の旅は終焉を迎えるのか,
そうでないのか.それが一番の不安であった.
操縦パネルは,色とりどりのスイッチが素早く点滅し始め,
またもや綺麗な音が鳴り響いてゆく.私は目を瞑り,アークに身を委ねる事にした.
以前に光の世界でそうした時は,「何か」が見えた.目を瞑った時に別世界が見えたのだ.
とは言うものの,それが何であるか結局分からず仕舞いであるが.
もしかしたら闇の世界で目を瞑ったら,また「何か」が見えるのかもしれぬ.
…そうこう考えている内,アークの落下速度が弱まり,
大きな重低音と共に次のようなテロップが流れた.
ヤミノセカイ トウチャク
私はゆっくりと重力が回復するのを感じながら,操縦席を離れた.
―暗ノ雲(前)―
暗雲の空に,電気を帯びた粒子のぶつかり合う音が聞こえる.
辺り一面は,透明な炎で大気が揺らいでいて,一体何処へ向かって良いのか分からない.
電気の粒がぶつかり合って出来る光と,僅かに揺らぐ空気の層だけが私に視界を
与えてくれた.それ以外は暗闇で,何も見えない.
試しに目を瞑ってみたが,何も見えなかった.
暗闇に溶け込むのには慣れていた.だが,こうまでして辺りが暗いと,
溶け込めばもう元には戻れなくなりそうな,そんな危機を感じるのだ.私は自ら問う.
光が欲しいか?
残念ながらその質問に応えられるのはまだ少し先になる.
光と層を頼りに,私は迷路の様に壁が設置された床を踏みしめる.
鎧と床の接触音だけが,私が[いま,ここ]にいる証となる.
しばらく歩くと,回転式の発光装置が落ちているのが分かった.ゆっくりとレバーを回し,
やがて闇の世界に光が灯った.私自身が驚いた事に,闇の世界に設置された"壁"とは,
全て鏡だったのだ.
こんな話がある.
友達が誰もいない娘が,鏡に映った自分に対して,延々と話しかけるというものだ.
娘は孤独でなくなり,同じ衣装を見せ合ってはお互い笑い合ったという.
ある日,鏡の向こうにいる自分に会いに行こうと娘は色々試す.相手も自分に会いに来る・・・
ということは,二人が一緒にいる世界など有り得なくなる.孤独を埋めるための鏡は,更に
孤独を感じさせるものとなってしまった.
漆黒の回廊に何人もの私を見た私は,形振り構わず突き進もうと,一歩を踏み出した.
―篝火―
鏡で出来た壁から壁へ伝って行く.発光装置により見えた無数の私は,私と同じ行動をしている.
空は未だに電気の粒がぶつかり合う音と光で一杯だ.
私はやっと一本道から分岐点へと辿り着いた・・・のはいいのだが,
そこで雷に打たれることになる.幸い,甲冑のおかげで電気が逃げてくれた.
古錆びたこの甲冑も・・・いつまで持つのだろうな・・・.
4つの分岐点があった.それぞれの道は全て同じ幅・長さであり,対称的に分かれている.
何処から行けば良いのか迷うところだが,私は適当に1つを選んで進んでいった.
壁を伝って分かった事だが,壁の途中にある透明な炎は,実はダミーであるものが存在する.
ダミーの炎は,その灼熱に全く晒されること無しにそのまま透き通るのが可能であるのだ.
1つの道を選んだ私は,このダミーを利用し近道をみつけ,そして奥へ進んでいった.
奥まで進むと,祭壇に黒水晶・・・闇のクリスタルが掲げられていた.そして,一人の戦士の
身なりをした者が立っていた.他の3つの道の奥にも,全く同じ様に黒水晶が掲げられ,
そして一人の戦士が立っていた.彼らと話をすることは幸いなことに可能であった.
彼らが私に伝えてくれたことをまとめると,次の様になる.
先ずこの闇の世界の成り立ちだが,この闇の世界と光の世界を作ったのはフーリエだということ.
彼は,一切の無から「境界の力」によって光と闇の世界を生み出した.「境界の力」とは,
以前私が聞いた,あらゆる隙間を裂き,強烈なエネルギーを放出し,
いかなる時空間へ移動できる力に等しいという.そして彼は自分の宿敵を此処闇の世界の奥に
封印したというのだ.封印されたフーリエの宿敵は,あの骨蛮竜に弄ばれているという.
以上が5人の内4人の,ルフェイン人の戦士達の話をまとめたものだ.ルフェイン人の戦士達は,
フーリエの様子を見に行ったディリクレの安否が気がかりだそうだ.
しかし・・・彼らから聞いた話と私が今まで得た情報といくつか食い違っている部分がある.
そもそも今は一体どの幻想のどの時代の話なのだ?私はいよいよ混乱させられる.
「四番目の幻想の者よ」
彼らの内1人が私に話しかける.
「四番目の幻想の者にして14番目の異世界の探求者よ.そなたに頼みがある.
その8つのクリスタルを持って,吾子らの行方を探って欲しい.全てはルフェインの英知と共に」
私は託された.この闇の世界の奥にフーリエの宿敵がいるのだな・・・.
ならば,先へ進むしかあるまい.
私は分岐点へ戻り,新たに現われた深奥部への入り口へ入っていった.
―欠片―
鏡に話しかける娘の話には,実は続きがある.
鏡の向こうに行けなかった娘は,やがて自分の見るもの全てに不信感を持つようになった.
悟ったのだろうな,今まで自分が見て,話しかけて,時間を共有して来たものが全て幻だった
ということに.娘は,鏡の向こうのもの以外のものでも,自分が見るものは全て幻なんだと
信じきってしまうようになった.そして,見るもの全てに対する不信感は増大していき,
聞こえるもの・触れるもの・味のするもの・においがするもの全てに対しても不信感を
抱くようになった.自分が五感で感じるもの全てが幻と思い込んでしまう・・・哀れだとは
思わぬか.
結局娘は鏡を割り,不信感の元凶だったものを壊す行為に至ったのだが・・・
悲劇はそこで終わらなかった.鏡を壊す事によって不信感から解放されるかと思いきや,
どうやら思い込みが激しいせいもあるのか,本当に五感で感じられることが不可と
なってしまったのだ.目に映るもの全てが輪郭を失い,聞こえるのは雑音,母親特製の
スープは水を飲んでいるかの如く.その事実に直面した娘は,割った鏡の欠片で自殺しようと
するが,鋭く尖った欠片を掴んだ手から流れる自分の血を見て,こう思ったという.
「私の,この怖いと思う心も幻なのかしら?」
と.
「なるほどね,ゴルベーザさん」
闇の世界の深奥部.鏡の間にてディリクレが私に応えた.
「感覚反射の導入部の話にしては,よく出来てると思うよ」
そうか,と私は返す.鏡の間では,あのディリクレが,自身の数十倍もある"脳"に何か
手を加え続けていた.彼は脳味噌を食べようとする骨蛮竜から脳を守るように,何か
保護膜を貼り付けているように見えるが・・・.
「それだけじゃないよ.感覚反射を防ぐ為に"鏡"を貼り付け続けているのさ.
この・・・師匠の脳にね.ゴルベーザさん,あんたはもう帰った方がいい.此処にいたら,
あんたも感覚反射に遭ってしまう」
…肥大化した脳.フーリエはまだ亡くなっていなかったのだ.
「そうだよ.あんたはこの事をセーラ様とシド様に伝えるんだ」
なるほど・・・それが私の役目か.だが,どうやって伝えれば良い?それにディリクレは
気付いてないようだが,私は既に感覚反射に陥っている.・・・目の前にするものが
信じられなくなっている.いや,私にはクリスタルがある.これで何とか帰・・・・・・.
何処に,だ?セーラとシドが何処にいるか分からぬのに,そして帰るべき場所が分からなく
なった私はどうすれば良いのか.今はただそれのみが問題となっている.
神竜の浄化など,忘れてしまっていたのだ.
―暗ノ雲(後)―
光が欲しいか?
この問いに今なら答えられる気がした.光などいらぬ.
あの忌々しい"鏡"から発せられる光などな・・・.ディリクレは最後にこう言っていた.
「残念だよ,ゴルベーザさん.折角集めた8つのクリスタルの力を無駄にしてしまうなんてね.
幻想跳躍エデンで,光の道を歩むことが出来たのに」
この鏡を滅するには,光と闇の力を同時に使いこなせる者が必要だ.私の弟ならそれが可能
であろう.私は幻想跳躍ディアボロスでお前に試練を与える存在となった.
託したぞ,我が弟よ・・・・・・.
それでは・・・
さらばだ・・・・・・・・・.
最終更新:2011年02月18日 17:29