07:[Spiritual Leaders]



優しい音楽が聞こえる・・・.まるで天国にいるかのようだった.
なんて心地が良いんのだろう.ずっと聞いていたかったけど,誰かの声で僕は起きてしまった.

「もしもし!大丈夫ですか」

少年は,ものすごく長い間眠りに就いてやっと起きたかの如くゆっくりと身を起こし,
薄らいだ視界を取り戻し,そして「誰か」の声に応じた.

「うん,大丈夫.ぐっすり眠れたから.それよりここは・・・」

「ここはマハノン.天界の一角に位置する森の中にある村です」

―そっか,僕は皇帝に負けて気を失ったのか・・・.そんな僕を,この人が助けてくれた?―

「アラボトからよく脱出できましたね.手強いモンスターがいたでしょう」

「脱出って・・・アラボトはどうなったの?」

「崩れ去りました.なんでも,魔王が絶大な力を手に入れたのが原因とか・・・」

「魔王?皇帝じゃなくって?絶大な力って・・・なんだろう」

「はい,魔王です.詳しい事はパブに行ったら分かるかもしれません」

少年は,足早にパブへ訪れることにしたが,自分のいる場所が聖堂であること,
そして「誰か」がマハノンの牧師であることを確認した.
そこで彼は気付く.自分の足が,地に着いている,つまり幽霊ではないことに.
アラボトで入手した武具も消え失せていた.牧師に感謝の言葉を言おうとしたが,
その牧師は何かもの思いに耽っていたようなので,そのまま去ろうとした.
…が.

「この世の支配の為に永遠の命を欲しがる者の話を聞くのですが・・・.
強欲な者が支配者になって何になりましょう?
その先にあるものが,貴方には想像できますか?」

少年は,支配者について尋ねた.すると牧師はこう応えた.

「永遠の命を求める者は,何か過去に未練があるのでしょう.そういった人は・・・
心が折れやすく,よく言えば感受性が高いとか・・・」

今度は,永遠の命について尋ねてみた.

「これは,以前ここに訪れた偉大な白魔道士様のお言葉です.良く聞くのですよ.

『我々は一度死を選択した・・・.
だがそれは死ではない・・・.命を,繋げる為なのだ・・・!』

…人はいつか死にます.ですが,その人の意志を受け継ぐ者がいるのならば・・・
果たしてその人は『死んだ』と言えると思いますか?」

少年は死生観という言葉の意味が何となく分かったような気がした.
牧師はパブへ行く事を促すと,彼はそこへ急いだ.


パブへ着いた少年は,早速聞きだせるだけ情報を得ようと沢山の人たちに話しかけた.
酒の匂いで気付いたが,少年は嗅覚を取り戻していたのだった.

「アラボトは崩れちゃったけど,この天界を抜け出すにはどうしたら良いのですか?」

「我々は恐ろしいモンスターが棲息する洞窟を潜ってここへやって来た・・・.
多くの仲間がモンスターの餌食になったよ.今のお前では,到底奴らには敵うまい.
ミスリルでもあったら,トブールさんが強力な武器を造ってくれるのだが・・・」

「その人はどこに?!」

「武器屋で鍛冶をしているよ」

「気になるんだけど・・・偉大な白魔道士って誰のこと?」

「ん・・・."様"をつけんか"様"を・・・.ミンウ様のことだ.かつて3人の仲間を
引き連れ,この村の奥にある封印の部屋でアルテマの封印を解かれた方だ」

「アルテマ・・・」

「気になるようだったら,言ってみるといい.今は,あいつがいるがな」

「あいつって?」

「アルテマウェポンだよ」

「すごい!あの武器がそこにあるんなら,その洞窟だって簡単に通れるよね?」

「勘違いするなよ,アルテマウェポンというのは伝説の魔獣のことだ」

少年は混乱したが,とにかくこの天界を出なければという思いで一杯であった.
今自分が成すべき事は何だろうか.その様な問いが常に心の中を走り続けていて,
一瞬たりとも止まらなくなっていた.
まずトブールに会いに行って,それから・・・.
ミスリルの様な魔金属さえ持ち合わせていないのに?
こんなに心が焦る時は,こんなに心があっちへこっちへ
彷徨っている時にはどうしたら良い?

―お前は,会いたい人がいるはずだ―

心の中から,マディンの声が聞こえてきた.

―会いたい人―

『あ・・・あぁ,でもまた来ても良い?』

自分が発言した言葉を,少年はすっかり忘れていた.

「そうだ,魂の祠へもう一度行こう・・・」

彼はマハノンを後にし,魂の祠へ向かった.


魂の祠の入り口前に着いた少年は,未だ入り口らしき部分が塞がっている事に愕然とした.
しかし,彼はあきらめなかった.入り口付近で,取り戻した五感の全てを使い,調べ回った.
赤焼けた空の下,禍々しい光を浴びながら,少年は必死になって祠の入り口を探した.
この祠の中にいる人物は,きっと自分を導いてくれる人だと信じて.

数十分過ぎた後,少年はやけになって,腰に帯びていた短剣で入り口部分の岩を
掘り出そうとした,その時だった.

「これこれ.ウネの魂に傷を付けてはいかん」

と,聞き覚えのある嗄れ声が頭の中で響いた.

「この声・・・.あなたは・・・」

「もう良かろう,ウネ.扉を開けてやれい」

また頭の中で声が響くと,塞がっていた祠の入り口が開いた.

「さぁ,少年よ,行け,ウネの祠の中へ」

声に促されるまま,彼はウネの祠の中へ入っていった.


祠の中は,耳が痛くなるほど,静謐であった.岩に埋め込まれた水晶石が時折キラキラ
光っている.その光をもとに,少年は手探りに祠の奥へ進んだ.・・・そして.

ベッドに眠る老婆と,オウムを見つけた.その老婆を見て,少年.

「なんて懐かしい・・・あの時の幽霊はやっぱりウネだったんだ」

その声に反応したのか,眠っているウネの斜め上にいたオウムが歓呼した.

「やあ久しぶり!見ての通り,夢の世界の守護者は眠ってる.
さぁ,弾いちゃいなよ,そのノアのリュートでさ!
そうすれば君もきっと元気になるはずさ!」

マディンから貰った楽器とは,ノアのリュートだったのだ.少年は真っ白く細い指を
絃に添え,早速弾こうとしたが,どんな曲を弾けば良いのか分からなかった.

「ねぇオウム」

「なんだい?目が虚ろだよ」

「命って一体なんだろうね・・・」

「どうしたの?早くウネを起こそうよ!」

「そうだね・・・」

彼は意気消沈しながらも,思い付くままにリュートを弾いた.それは,いつか過去に弾いた
曲とは違い,メランコリックな音色のするものだった.弾いている間,彼はこの曲で
果たしてウネが起きてくれるのか心配になってきた.

―そもそも過去に僕はウネを―

そう思った瞬間だった.

「ムニャムニャ・・・大丈夫・・・そのまま弾いていておくれ・・・」

彼は,曲のテンポを速めた.白く細い指が素早くあっちの絃こっちの絃へ移動する.

「あぁ,よく寝た」

「ウネ!やっと起きたのか!」

「オウムよ,私の肩にお乗り. ・・・そう,いい子だね」

「ウネ?」

「さぁ,起きたら目覚めの体操だよ!ほら,あんたも!」

ウネは少年の手を引きながら,祠中を走り回った.
…しばらくした後,ウネは走るのを止め,息を切らせながら,彼に呼びかけた.

「さすがに・・・久しぶりはこたえるねぇ,どうだい,少しは元気になったかい?」

「う,うん」

「いつまでもショボくれていちゃ,誰も振り向かせる事ぁ出来やしないよ!
さぁ,もういいよドーガ,入ってくるんだ」

「おおとも!作戦会議じゃ」

「作戦会議って・・・何をするの?」

「簡単な事よ.お前の持っている2通の手紙の内容を解読するのじゃ」

「2通・・・?僕が持っているのは1通だけ・・・あれ?もう1通ある・・・.それに
解読って?この・・・1通目の,多分あの魔女から貰った手紙は普通に読めるけど・・・」

「意味は理解できたか?」

「良く分からないけどなんとなく」

そう少年は答え,ドーガに魔女の手紙を渡した.

「そうか,意味が分からぬか,仕方あるまい.わしにはこの文の真意が見えるのじゃが・・・
良かろう,わしの魔力でお前にもこの文の真実を見せてやろう.『あの時』と同じ
魔法の言葉じゃが・・・・・・,一緒に唱えられるか?」

「は,はい!」

「さぁ,では・・・」

二人はドーガの描いた魔方陣の上に乗って,あの言葉を共にゆっくりと唱えた・・・.


「ゼハビド ムウー カイネ!」


その言葉が発せられると,なんと声の響きに合わせて,手紙に書かれた支離滅裂な様に
思われた文字群が次々に位置を変え,次の様な文面になった.


"乙女を守る少年よ
十二冊の書物と 十六枚のカードを手に入れ
十六の心得を 身に付けるがいい
さすれば お前は輝ける決意に
満ちた 立派な 騎士になるだろう
そう 大人にも・・・"



「凄いや!ちゃんと意味の通った文章になった・・・」

「これで,あんたが何をすべきか分かったね」

「そうだよウネ!だけど僕には,必殺技が使えない・・・」

「おまけにあんたは忍者にも賢者にもなれないよ」

「そうじゃ,詳しくはもう一通の手紙に記されておる」

少年はすかさず手紙の内容を音読した.


「『17の武具を手に入れよ.
そして次の14の場所へ行け.レプリト, ダ ン・ハイン,アレク  リア,ディ ト,
サロニア,コー   プ  リス,ダスター,ファルガバード,ドーガの村,オン トラ ン,
トーザス,エブ  マ,クレセントレイク,エウレカ』


…かすれて読めないところがあるや」

「少年よ,この手紙に従ってわしらが元いた世界を旅するのだ」

「でもまず天界から脱出しないと・・・」

「それは私に任せるんだよ.それから倒すんだろ?あいつを・・・」

「はい」

「わしにはお前の次に行くべき所が見えるのだ・・・.
それはウネにも分かっているはず」

「行くべき所?ウネ『にも』?」

「そうじゃ,何故ならウネは・・・」

「ドーガ!止めとくれよ・・・.さぁ,出発の時間だよ!」

「何が何やら・・・」

「大丈夫,この夢の世界の番人,ウネがついてりゃ鬼に金棒さ!」



In this way, the boys adventure has just begun ... !


08:[Fairy Tale]



「さぁ,行くとするかい?」

少年とウネとドーガはの三人は,水晶石が煌く祠にて,
それぞれこれから起こす行動の準備をしていた.
少年は短剣を丁寧に研ぎ,愛用の青と黄が映える剣を取り出し,また研いでいる.
彼は何も考えずに夢中になって研ごうとしていた.

―あの時.自分の手で倒してしまった二人が.闇の世界へ行く直前に,
あいつの前に倒れた僕に魂を与えてくれた二人が.どうして今,目の前で準備体操やら
手紙を丹念に調べる事が出来るんだろうか?そもそも,天界って確か,強大な悪の力や
理不尽な力により亡くなった人たちのはず・・・.僕は悪とか理不尽とかそういうので
二人を倒したわけじゃ・・・―

祠の中では,少年とドーガ黙ったままそれぞれ研ぎ,調べ,一方のウネは二人の準備が
出来るまではファッファッファッと独特の息の切らし方で辺りを走り回っていた.

この微妙な沈黙を破ったのは,オウムだった.

「ねぇドーガ.僕たちが元いた世界にはどうやって行くの?」

ドーガは手紙に視線を集中させたまま応える.

「それはお前さんが乗っとるウネが知っている事じゃ」

「え!ウネが!良かったね,光の戦士!」

「あ,あぁ. ・・・よし,準備万端だ!行こう,ウネ!」

「やっと終わったのかい?随分丁寧に研いでいたようだけど」

「だって,天界から脱出する途中にある洞窟で,強いモンスターがいるから・・・」

「なるほど.あんた,怖くはないのかい?」

ウネの質問に少年は答えることが出来なかった.

「こっちも準備万端じゃ!かすれていた部分はどうやら魔女の手紙と繋がりがあるらしい.
『十二冊の書物』という言葉と魔相が揃っておる.それはそうと,何故お前と戦った魔女
とやらがこの様なお前を導く手紙を送って来たのじゃろうな?」

「それは僕も思いました.なんでアルティミシアがこんな事を・・・」

「考えるのは後さ.さぁ,準備が出来たのなら,さっさと行くよ!」


ウネは少年の手を引き,祠を出ようとする.それはまるで,真新しい店で色めき立つ彼女と,
それに付き合う彼氏の様だった.

「ちょ,ちょっとウネ!ドーガは行かないの?」

「ドーガはもう先に私たちが元いた世界へ行ったよ」

ふと,ドーガの方を見ると,なるほどウネの言う通り,彼はもうそこにはいなかった.


マハノンに着いた彼らは,まずトブールのもとへ訪ねに行く事にした.

魔金属は持っていないけど・・・何とかなるさ,
というウネの提案のもと,武器屋の扉を叩いた.

「なに,出来るだけ強い武器を作ってくれじゃと?それは無理じゃ・・・.
なにせここら一体は鉱山すらない死の世界だからの.外は危険じゃし・・・」

「そうかい,ならこれでどうだい?」

そう言って,ウネはどこから取り出したのか,シルクスを取り出した.

「これは・・・凄い!良い武具が出来るぞ!」

少年がウネにどうしてシルクスを持っていたのか尋ねると,彼女はなんのこっちゃない,
夢の世界から取り出したのさ,と応えた.

夢の世界・・・.彼は過去の古代遺跡の一件以来,ずっと疑問に思っていた事があった.
ズバリ,そこはどんな世界なのだろうと.トブールがシルクスを溶かして,
武具を叩いている間,彼は率直な疑問をウネにぶつける事にした.

「ねぇ,ウネ.夢の世界って一体どんなところ?」

「ん?夢の世界に興味があるのかい?簡単な事さ.世界中の人々が想像した産物が全て
集まるところだよ.想像の世界だから,どんなものでも置いてある.
勿論,私自身が想像したものもね.私はさっき,シルクスを想像し,
夢の世界から取り出した.それだけのことさ」

―それって何でもありじゃないか―

彼はツッコまずにはいられなかったが,真剣な表情で汗を沢山かきながら
シルクスを叩いている老鍛冶の傍で大声を出すわけにはいかなかった.

「出来た!これは素晴らしい出来じゃぞ!名付けて,『シルクスの光』じゃ!」

トブールが作ってくれたのは,「シルクスの光」と名付けられた防具のセットだった.
シルクスを材料に作られた小刀,軽鎧は,透明色をしていた.少年が始めから
身に付けていた赤色をした胸当てに違和感なく軽鎧のトップはおさまり,同じく赤色を
したボトムは,シルクスの糸で編まれた布がピッタリおさまった.小刀はシルクスで
出来たものに変えた.そして・・・.

「最後は髪飾りだねぇ.どれ.私が結んであげるよ」

髪飾りも,透明色をしていた.なので,外見は何も変わっていないのだ.

気をつけるんじゃぞ,というトブールの言葉に少しばかり戦きながらも,少年はウネと
共に天界を抜ける洞窟へと足を運んだ.


"堕天使の封印所ラキア"

そう書かれた看板は酷く朽ちていた.洞窟の奥からは,恐らく堕天使のものと思しき
叫び声が響いてくる.おまけに,冷たい空気が辺りを占めていた.少年は一歩引いた.

「そんなに怖いのかい?そうかい・・・.よし!あたしが夢幻を見せてあげるから,
その間にあんたは通り過ぎるんだよ!」

そう言って,ウネはどこかへ行ってしまった.

「夢幻.か・・・」

彼はそう一言もらした後,洞窟を覗き見ようと,二三歩踏み出した.
するとどうだろうか,冷たい空気が温かい空気に代わり,洞窟の奥からは子守唄のような
声が聞こえてきた.恐れは興味深さに代わり,彼はすかさず洞窟へ踏み入れた.


…洞窟は真っ暗で何も見えなかった.代わりに,音がする.古時計の振り子がゆっくり
と周期運動をする様な,音.何かが胎動する様な,重低音.星が煌くのが目に浮かびそうな
キラキラとした音.そして,リュートとは別の美しい絃の響き.彼が,

「ウネ!どこにいるんだ!」

と叫ぶと,白い光を上からスポットライトの様に浴びた老婆が現われた.と同時に,
その老婆へ続く白く光る道もまた現われた.老婆は光を浴びながら,
動かずしゃがみこんでいた.異様に曲がった背中―丸みさえ帯びている―を見て,
彼は胸が詰まった.そして,その老婆のもとへゆっくり歩を進めた.
…振り子の音と同じくらいゆっくりと.


「ウ・・・ネ?」

ウネのもとへ辿り着いた彼は,彼女が息を切らしていることに気付いた.

「ウネ!大丈夫?!」

ウネは顔を上げず,皺くちゃの腕を上げ,指パッチンをした.すると,
洞窟の奥へ続く道らしき白い光が現われ,天井は満天の星空を露光したようになった.

「ちょっと・・・力を使い過ぎたようだね.
つかれたから・・・悪いけど,私をおんぶしておくれ」

少年は,ウネの体が異様に軽いことに驚き,また胸が詰まった.

「ありがとうね・・・.さぁ,行こうか」

「・・・・・・・・・」

白光で輝く道を「星空」の下,ゆっくり歩きながら,二人はしばらく無言だった.
途中,いくつかの円陣があった.それを通り過ぎる度,洞窟の中は「賑やか」になっていった.
ゆりかご,沢山のおもちゃが詰まったおもちゃ箱が宙を浮かんでいる.
洞窟の壁と天井は,それぞれカラフルな暖色を用いた絵が,歩を進めるにつれ増えた.

…そして,ウネは語りだした.

「私の話を・・・聞いてくれるかい」

少年は何も言わずに頷いた.

「ありがとう・・・.他愛の無い話だけど,ばあさんの独り言だと思って聞いておくれ・・・」

彼は目を伏せる.


「むかしむかし・・・一人の少女と,二人の少年がいました.彼らは尊敬する魔法使い
がいたのです.その魔法使いは,彼らの『あなたのような魔法使いになりたい』という
願いを聞くと,早速彼らを弟子にしました.その魔法使いは,『ノア』といいました」

―え?!それって―

「ノアは自分の命が尽きる事を悟ると,三人の弟子それぞれに自分の力を分け与えたのです.
少年のうち一人には魔法を,そしてもう一人には自分の命を授けたのでした.少女には
人の見る夢を守る力を授けました.そしてノアは死に際に三人にこう言いました.
『私が授けたものを決して乱用してはならぬぞ』と.ノアの命を授かった少年は,
乱用するにしても出来ないよ,と言いました.しかし,ノアはそれに応じないまま,
息を引き取ったのでした.おしまい」

ウネはゆっくりとした口調から素の口調に戻ると,重要な事実を口に出した.

「この何もかもが交じった世界には・・・いや,私たちが元いる世界にも・・・彼は7人いるよ」

「彼って?」

「ザンデだよ」

ザンデ・・・.少年とウネやドーガが元いた世界で以前災厄を起こした男だ.

「何故7人いるのか分からない.
ただ,あんたが弾いたリュートの旋律でそうだと分かったんだ. ・・・おっと,
もうすぐ洞窟の出口だよ.おんぶはここまでにしておくれ.もう自分の足で歩ける・・・・・・?!」

ウネは洞窟の出口付近で跪いた.

「私ぁここまでかい・・・.じゃあ大事なものを渡しておくよ」

そう言って,彼女はポケットから出したものを少年の手を握りしめながら渡した.

「いいかい,良く聞くんだよ.この洞窟を抜けたら,シドという人物を探して,この歯車で
『ゆめのオルゴール』を作ってもらうんだ」

歯車には,「時の歯車」と細かい文字で書かれていた.

「今作ってもらうように言った『ゆめのオルゴール』は,あんたが今まで訪れた
不思議な場所からいつでも,私たちの世界に行き来できる道具なのさ」

「どうやって使ったら・・・?」

「そりゃあ簡単さ.オルゴールを流しながら眠りさえすれば,行けるよ.
ただ気を付けなくちゃいけないのは,眠るから,もちろん安全な場所で使うこと.
それと,覚えておいき.眠っている間は,あんたの体が別の場所へ移されるからね」

「移される・・・?」

「そうさ・・・これは,音が時空を越え・・・いや,何でもない」

「?」

「じゃあね,気を付けるんだよ」

そう言って,ウネの姿は薄らぎ始めた.

「ちょ,ちょっと待って!もっと話―」

言い終えない内に,ウネは消えてしまった.

―話をしたかったのに―

先程握りしめた手は,異様に冷たかったことに激しい痛みを
覚えた少年は,涙を流しながら黙って洞窟を抜けていった.


「秘密を言ってはいけません」

「またあんたかい・・・.しかし,ザンデはどうやってクローン技術を手に入れたんだい?」

「それも秘密ですよ,ウネ」

「また秘密主義かい,どうして若い娘は・・・ブツブツ」



Do you want to go there?


09:[光明~予兆]



出口へ歩めば歩むほど,洞窟はそれらしさを帯びてゆく.
おそらくウネが見せてくれたであろうあの「星空」と沢山のおもちゃたちは,幻影となって
消え,その代わりに何本もの鍾乳石が上からも下からも,少年を今にも噛む牙の様に
連なっていた.途中にあった泉で喉の渇きを潤し,彼は歩く.
天界の先はどうなっているんだろう,と期待と不安を抱きながら.

やがて彼は,出口らしき「もの」に出会った.それは,半径だけでも少年の背丈の数倍はある
黒い球だった.おまけにその黒い球は,電気を帯びている様で,激しくバチバチと
音を鳴らしている.彼は用心深くその黒い球に近づき,武器を構えた.しかし,球は
何の変化もなくただ洞窟に深い闇と電気の粒がぶつかり合う音を湛えていた.

更に球に近づくと,どうやらそれはただの黒い球ではないことがわかった.よくよく見ると,
中心部から小さな光の粒が球の表面へ湧き出している.中心に何があるのか興味を持った
少年は,いつの間にか黒い球の中へ入っていったのだった.
粒を四方八方へ飛ばしているものの正体は.

色は闇に染まっていたが,飛ばしている粒の光で輪郭は分かった.


「ティナ・・・ティナだよね?」

そう少年が言葉を発した瞬間,黒い球は轟音を立て彼を押し潰すかの如く,凝縮していった.
洞窟は静寂になり,黒い球は限りなく小さくなり,そして最後には少年もろともどこかへ
消え失せてしまった.・・・と同時に彼は気を失った.


頂点にだけ,丸く白い円を掲げ.そこから紫色の流体が轟音を立て奔流を作っている.
奔流は都市を包み,何かから守っているようだ.その都市は真っ黒の建造物が多かったが,
都心部だけは違った.白い建物がいくつもそびえ立っていたのだ.その中の一つ,
「邦畿の白砂宮」にて,5人の男たちが何かを話している.

「やはり息子のことが気がかりか,ドルガン」

「当然だ,ガラフ.お前だって,孫のことが気がかりだろう」

「それはそうじゃ.しかし,魂として一緒だから心配ない.あの婆さんが言っている
通りじゃよ.身体が死んでしまっても魂は滅びはしない,と・・・.
さあ時間じゃ,幻湖に例の少年が運ばれてくる.彼の事はわしにまかせて,お前たちは
警備にあたるんじゃ」

「毎度の事ながら思うが・・・何故いつもその役目はお前なのだ?」

「うっ・・・頭が痛い!記憶喪失じゃ!」

「我々に冗談は・・・」

「そう言うな,ケルガー.そしてゼザよ,その事はわしにも分からんのだ.ただ―」

「ドルガンも見たという例の女神の話か?」

「そうだ.じゃが詳しい話はお前たちには話せんのだ・・・」

見張り台にいた五人の内最後の一人,アレクサンダーが叫んだ.

「皆,骨蛮竜だ!」

未だに得体の知れない蛮族は仲間たちにまかせ,ガラフは幻湖へと急いだのだった.


微かに,動物の鳴き声が聞こえる.少年は目を覚まし,辺りを窺った.
動物の鳴き声がするということは,少なくともここは天界ではないということだ.
禍々しい赤焼けた空に,生き物さえ見られなかった―マハノンを除いて―あの世界とは,
大きく違っていた.

まだウネが見せてくれた風景を見続けているような,真っ暗な背景に,星雲の様なそして
光を失った星の様なものがいくつも点在している.360°見渡す限り,ずっとそれらが
点在しているだけの世界.微かな光のおかげで自分の体はうっすらと見ることは出来たが,
それでも暗闇であることには違いなかった.

「ティナ!どこにいるの?!」

少年は叫んだが,周りは反応しないどころか,自分が声を発したかどうかも分からない程
静かであった.自分の息づかいと,心臓のトクトクと鳴る音しか聞こえない世界.
僕はまた五感を失ってしまったのか?と思うとすぐに彼は,大声で少女の名を叫んだ.

「ティナーーーッ!!!」

あまりにも大声で叫んだからなのか分からないが,足元周辺の地面が少しばかり揺らいだ
ように見えた.少年はすかさず地団駄を踏んでみる.・・・すると先程聞いた動物のものと
思しき鳴き声・・・いや,呻き声が聞こえた.その時にも感じたことだったが,この
鳴き声,どこか弱々しい・・・と思った瞬間だった.

「こらこら,シルドラをいじめてはいかん」

フチドリが金色をした黒装束を身に纏った老人が現われた.

「シル・・・ドラ?」

そうじゃ,と言って黒装束の男は少年に近づく.そうして少年の背丈と同じ高さに
屈みながら,ニカッと笑い,こう言った.

「わしはガラフ.ガラフ・ハルム・バルデシオンじゃ.よろしくゾイ」

「僕は・・・」

少年は言葉に詰まった.うつむく少年をガラフは一瞬片目で見やり,視線を彼から
外したまま,

「バッツは元気かの」

いきなり思いもよらない人物のことを聞かれ,少年はとまどった.

―何でいきなりバッツの話に?僕は自分の名前を思い出すのに精一杯だったのに―

「さあ・・・元気なんじゃないですか」

少年の答え方にガラフは困った顔をしながら,

「連れんのォ.さては,ティナとやらのことで頭が一杯なのじゃろ?」

「それもあるけど・・・って,何を言わせるんだよっ!」

「いきなり慌ててどうしたんじゃ?さてはその娘にホの字とか?」

「そっ・・・それは・・・」

「どうやら図星のよう―」

「とっとにかく!ここは一体どこなんですか!」

「そう急がなくても良いじゃろう・・・.このシルドラとわしと一緒に,次元の狭間へ
遊覧会じゃゾイ」

一本とられた少年は,今はとりあえずこのおじいさんの言う事に従うしかない,
と考えると同時に,不意にガラフの口から出た「次元の狭間」という言葉に
興味を抱かざるを得なかった.

「次元の狭間・・・一体どんなところなんだろう・・・」

「・・・気になるか?」

少年は頷いた.ガラフは立ち上がり,
自分と少年を乗せているシルドラの進む方向を見て,喋り始めた.

「ここは無の世界と呼ばれる場所じゃ.わしらが今向かっているところが
次元の狭間・・・.次元の狭間とは,無の世界の中にある謎の場所じゃよ」

「ガラフさんはどこからやって来たのですか?」

「次元の狭間・・・いや,バッツたちのいる世界から・・・
来てしまったと言えば良いのか・・・」

「ガラフさん・・・もしかしてバッツの仲間?」

「そうじゃよ.この世界にはバッツの父親もいるゾイ」

少年は思い切って次のような質問に踏み込んだ.

「じゃあ・・・シドという人はいますか?」

今度は立場が入れ替わり,思いもよらない人物の事を訊かれ,ガラフは戸惑った.
今まで幾度となく繰り返されてきたやり取りの中に,突如として入ってきた異分子.
ガラフは,驚きつつもそこを見逃さなかった.

「ちょっとゴメンぞい」

と言ってガラフは,腰巻きから草を取り出し,口にあて,何かひそひそと話し始めた.
少年は,話を中座されて頬を膨らました.ガラフはどうやら仲間と連絡をとっているようだ.
しかし何故に草なのかイマイチ少年には分からなかった.それから数十秒で会話は
終わったみたいで,ガラフは振り向き様に,

「次元の狭間に着いたゾイ」

と言って,シルドラから降り,そして少年もそれに続いた.シルドラって随分静かに
湖を移動するんだな,と少年は湖面を覗きつつ思っていた.

耳が痛くなるほどの静寂が,そこにはあった.遥か上には,丸く白い円を掲げ.
そこから紫色の流体が滝のように最低部をフチどるかの如く落ち込んでいった.
最低部にはサロニアにも匹敵する都市があった.ただサロニアと違うのは,建物が殆ど
紫じみた黒いものばかりであること.都市郊外には,恐竜の骨を形どった建物が五萬と
並んでいた.逆に都心部には柔らかい材料でできていると思われる建物がそびえ立っていた.
あとでガラフに訊いたことだが,その材料は「砂」だという.

「さぁ,ここが邦畿の白砂宮じゃ」

なるほど,確かに足で踏んだ感覚では砂,だ.

「そして,暁の四戦士と竜騎士登場じゃ!」

白砂宮の奥に通された少年に,ガラフはそう高らかに言いあげた.奥には,
今まですぐ横にいたのに何故かそこへ移動したガラフと,戦士の身なりをした四人の男たち
―一人だけ,人間ではない者がいたが―が座していた.

これから何が始まるのか全く分からなくて,というか自分の質問はどうなったのかと
疑問に思っていた少年は,とにかく全員に挨拶し,同じ様に座した.
まず口を開いたのは,ウェアウルフの男だった.

「この少年の心は,ドルガンの息子と同じものが感じられるが・・・」

続いて,左右に一本ずつ尖った角を生やした兜を被った男が言う.

「そうだな,ケルガー.ドルガンよ,お前の見た夢の話をこの子に聞かせてやるといい」

ドルガンと呼ばれた男は,ああ,と呟き,ゆっくりとした語り口調で夢の内容を話した.

「息子のバッツが,女神のような出で立ちをした女性を追いかけていく夢だ.
その女性は,金髪で白い衣を着ていた・・・」

「それってもしかしてコスモスじゃ・・・」

少年は小さく呟く.

「そして,シドという男が,リックスの私の家でオルゴールを聴いていて,しばらくすると
黄色いフード付きの着物に着替え,どこかへ行ってしまった」

シドという言葉に,少年は目を見開いた.

「僕はシドという人を捜しているんです!」

「シドといえば以前・・・」

ガラフが天井を仰ぎ,徐に喋り始める.

「飛空挺を改造してくれたな・・・.彼には感謝しておるゾイ.大切な仲間じゃ.
…そういえば,古代図書館で『ルフェイン人の伝説』という書物を読んでいた時にも,
シドという名前が出てきたな・・・」

―え・・・シドって一人じゃない?バッツが元いた世界にもいるということに・・・.
それにルフェインって確かあの人が言っていた―

「お前はシドに会いたいのじゃろ?」

「はい」

「しかし一度ここに来た者は,造形師でない限り脱出は無理じゃ」

「造形師って―」


その時だった.


「それ以上の事を話すと私が許さん」


地面に現われた白い円から,暗黒魔道士が湧き出た.

―こいつ・・・あの時の・・・!―

ガラフは叫ぶ.

「お前は・・・エクスデス!何故ここにいる?お前はバッツたちに倒されたはずだ」

「私はエクスデスソウル・・・.エクスデスの魂が具現化した者・・・.
小僧もろとも,お前たちを更なる無へと沈めてやろう」

「そうはいかん!わしらの力でお前を打ち倒してみせる!」

「出来るのか・・・?ここは無の世界なのだぞ・・・」


暁の戦士たちは,光の刃を手にし,エクスデスソウルに立ち向かっていった.
竜騎士は上方へ飛び上がり,槍を垂直にさせエクスデスソウルに刺し落ちにかかった.
その間,少年は時の歯車を握りしめ,ただじっとしていた.

"勝てない相手とは戦わない"

これが彼の主義だった.


「私を倒しても,ここからは出られぬぞ・・・.ただ無の中にあるのみだ.
やがてお前たちは虚無に蝕まれ魂さえも朽ちるのだ・・・」


「そうはさせないぜ」

声がした次の瞬間,エクスデスソウルの方が朽ちていた.

「お前は?!」

ガラフは声の主へと振り返り,驚いた.

「ギルガメッシュ!」

「この無の世界を出たいのなら・・・この『デジョネーター』で・・・」

ギルガメッシュは,一本の剣で空間を切り裂くと,

「さぁ,早く行け!お前の世界へ!」

少年は思わず畏まり,少し躊躇ったが,空間の隙間へ身を投じた.

空間の隙間から出た少年は,自分が空高くから落ちていることに気付く.

―どうしよう,このままじゃ地面に叩きつけられて・・・―

ずっと握りしめていた時の歯車が青白く光り,彼の周りの時間を遅らせた.
おかげで落下のスピードは緩くなり,やがて安全に地に足をつくことが出来た.

着地点は,茶色の岩場が多く目立つ山の麓だった.

「ここは・・・バハムートの巣がある山か・・・.それにしても・・・」

少年はありがとう,と心の中で呟きながら,山頂へ続く道を登っていった.



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最終更新:2011年04月27日 19:24