01:[夢の竪琴~前~]



「ねぇ,ギルバート!ダムシアンにはどうやって行くの?」

「村の外に置いてあるホバー船に乗ればあっという間さ」

そうやって,私達の一大決心である駆け落ちが始まった.ギルバートは不思議そうに私の顔を
窺う.大丈夫,心配しなくていいのよ,これは二人で決めたことなんだから.


ホバー船のエンジンが音を立て始め,やがて動き出した.…私達の運命と共に.不意に私の彼,
ギルバートが竪琴を取り出して,美しい旋律を奏で始めた.さっきから何も喋らない私を不安
そうに思って,励ましてくれようとしているの?ありがとう,ギルバート…私,あなたのそう
いうところが大好きよ.

何も喋らないのはこういう何気ない静かな雰囲気が好きなだけ.だから大丈夫,ギルバート…
.私のせいで,そんなに不安そうな顔をしないで….私とあなたの旅は始まったばかりじゃな
い.

「いつもの歌,聞かせて?」

そう伝えると,いつでも彼は私の好きな歌を歌ってくれる.王族であり吟遊詩人でもある彼は
,気取らない性格で,いつも優しくて,いつも微笑んでいてくれて….歌と一緒に私のことを
抱きしめてくれるみたいで,とっても気持ちが良いの.


砂漠の上を颯爽と駆けるホバー船は,私達の行く道がまるでなんでもうまく行くように思わせ
る.私の父…賢者テラはかなり頑固なところがあるけれど,私が王族と結ばれることを知った
らきっと大喜びするに違いない.でも私は…吟遊詩人の彼の方が好きだな.

許してくれるだろうか.私達の結婚.お父さんにしてみれば,娘がいきなり自分の知らない,
どこからともなくやって来た男性に連れて行かれたと聞いたら,それは怒るだろう.今頃…お
父さん,カイポでどうしているんだろうなぁ….きっとカンカンになっているに違いないわ.
でも,それを覚悟しての駆け落ちなんだからね?ギルバート.

ああ,そうだね,と言いたげに彼は私の方を向き微笑んだ.その時,彼と一緒になって良かっ
た,と思う.

「ねぇ,ギルバート.これから何が私達を待っているのかしら?」

そう言うと,彼は私の大好きな"エストレラス"を歌ってくれた.

ギルバート…私,あなたと一緒になれて本当に良かった.
だってほら,こんなにも私,あなたのことを愛せてる!


02:[夢の竪琴~中~]



「ほら見てごらんアンナ,海が見えるよ」

「本当!なんて綺麗な青…」

ホバー船は浅瀬を難なく駆けて行く.今まで砂塵一面だった周りが,
海のブルーに染まってゆく.砂漠の熱い空気は段々と爽やかで心地良いものとなった.

ギルバートと駆け落ちするまで,私は海というのを見たことがなかった.広大な
ダムシアン砂漠の中心にある小さな村に生まれた私は,ずっと周りが砂一面の世界に
住んでいた.村の外,といっても高い防砂壁に囲まれて見ることが出来なかった.
外へ出ようにも,いつもお父さんに止められた.

それをギルバートはいとも簡単に私を村の外へ連れ出してくれた.村の外へ連れ出して
くれるだけじゃなくて,こうやって私が見たことのない風景を見せてくれた.
彼の歌を聴きながら,海を眺めていると,改めて自由になったことを実感できる.
大好きな彼と一緒に外の世界へ行けるなんて,なんて私は幸せなのだろう.けれど,
これからもっと大きな幸せが待っているはずよ.それを掴むまでもう少し.

「大丈夫かい?アンナ」

「えぇ,大丈夫よ.初めての光景にちょっとびっくりしただけ」


ギルバート…私,何だか胸がどきどきするわ.…これは何かの予兆?


そういう彼は,何やら草らしいものを耳に当て,真剣な表情をしてひとりごと…?を
言っている.どうしたのかしら.私は彼が言い終わるまで待ち,そして訊いてみた.

「ギルバート,どうしたの?さっき何か一人で喋ってて」

「ごめんよ,アンナ.君を不安にさせてしまって….この草が気になるのかい?
これはひそひ草といってね.遠く離れた物の音や人の声を聞いたり,その逆も出来るんだ.
今,城の者に出迎えの準備をさせるように言っていたんだよ」

「そうだったの….ねぇ,いつもの歌,聞かせて?」

彼は,あぁ,分かったよ,と優しく答えて,そしていつもの歌を聞かせてくれた.
でも,私の緊張感は消えなかった.真っ青な世界に2人きりでいるから?この落ち着かなさ
の原因,そうだといいな.

「アンナ,もう少しで砂漠に戻る.…浜辺で少し遊んでいくかい?」

ありがとうギルバート….私を励まそうとしてくれているのね.私,やっぱりあなたの
そういうところが大好きよ.

ホバー船を降り,彼の提案通り浜辺で少し遊んだ.それから誰もいない浜辺で,私達は.

「ギルバート,愛してるわ」

「あぁ,僕もだ」

お互いの愛を確かめ合うように,長い長い口づけを交わした.


03:[夢の竪琴~後~]



黄金色の浜辺を後にした私達はホバー船に戻り,ダムシアン城へ向かうのを続けた.
浅瀬から再度砂漠に入り,ギルバートは,

「このまま進めばもうすぐでダムシアン城だ」

と私に微笑みながら言った.私達,もうすぐで幸せになれるのね.だけど…
だけどね,ギルバート?さっきから胸のどきどきが消えないの.浜辺で交わしたキスで
少しは落ち着くかもしれないと思ったけど…一向におさまらない…これは一体何?

ギルバートにこのことを伝えようと思ったけれど…優しくて繊細なところがある彼に
そうしてしまったら…きっと心配させてしまう.私のせいで彼を不安にさせたくない.
だから私は,この胸の高鳴りのことは彼に伝えないようにした.

私は気を晴らすために,彼に尋ねてみた.

「ダムシアン城ってどんなお城なのかしら」

すると彼は,

「…」

何も返してくれなかった.

「どうしたの?ギルバート」

「…いや,なんでもないよ,アンナ.城の生活を思い出していただけだ」

それ以上訊いてはいけないような,なんだか不穏な空気がしたので,私は別の話題を探す.

「ひそひ草で,どんな事を言ったの?」

これなら大丈夫だろう.どうしてかと言うと,ひそひ草の話をしていた時の彼は,とても
楽しげだったからだ.

「気になるかい,アンナ?まず,僕にとって大切な人を連れて来る,と言ったんだよ」

「それで?」

「それで,その次にその人はダムシアン国にとっても大切な人になるだろうって」

ギルバートにとっても,ダムシアン国にとっても大切な人….ちゃんと考えてくれるのね,
私達のこれからのこと….

「ねぇ,ギルバート」

「なんだい?」

「いえ,なんでもないわ.呼んでみた…だけよ」


―ねぇ,ギルバート.今までの胸の高鳴りって,
きっとあなたとの未来の事で不安になっていたからだと思うの―


こうして,私達は,ダムシアン城に着いた.


[Prelude]



「アンナーーーーーッ!」

そんな大声を出して,僕は夢から目覚めた.夢の内容は,はっきり覚えている.
アンナと駆け落ちするところから始まって,そして…突如ダムシアンがバロンに襲撃され,
それで……アンナが僕を庇って亡くなるところまでだ.結果的に見れば悪い夢…
なんだろうけど,なんだろう…その前のアンナと城に向かっているところでは,不思議な事に
彼女の想っていることが直接夢で感じることが出来たというか….彼女の視点で,
夢の内容が進んでいったように思う.これは一体どういうことだろうか…?

医務室の二人は,目覚める少し前まで僕はうなされていたと言う.それはそうだ.何しろ,
大切な恋人が敵の襲撃から僕を庇って亡くなるという,耐え難い過去をそのまま再現されていた
のだから.けど,そのもっと前では僕は幸せそうに眠っていたと言う.アンナとの日々が
夢によって繰り返されていて,あまりにも幸せだったから?それも,普通なら分からないアンナ
の気持ちが入っていたから?不思議な事も…あるものだ.


リヴァイアサンに船に乗っているところを襲われ,流れ着いた先が,ここトロイア国だった.
トロイアの医者によれば,絶対安静とのことだったが,それでも僕は時々ベットから起き上がり,
夜な夜な竪琴を弾いては,アンナとの日々や,彼女と初めて出会った時のことを思い返していた.

夜に竪琴を弾くと,またアンナに会えそうで….そんな日々が続いていた矢先に,
今朝の様な夢を見るとは….ますます不思議に思えてしょうがない.

トロイアに着いてしばらくした現在,体の調子は大分良くなってきていた.一人でトロイアの
城下町を歩ける程回復した僕は,吟遊詩人としての生活を早くも始めようと思っていた.

「森と水の都」で知られるトロイアの城下町は今日も賑やかだった.町の一角にて腰を下ろし,
竪琴を取り出して僕は歌う.

… … …

歌い終わった後,歌を聞いてくれた皆に礼をして,トロイア城へ帰っていった.

…歌を歌っている間,不思議な事に,竪琴から奏でられる音はもちろん耳に入って来たが,
アンナとの日々の情景が「見えた」のだ.音によって.思い浮かべた想像によるものではなく,
本当に目に見えてきたんだ.

彼女の声.
彼女の姿.そして,
彼女の…温もり.

演奏することで,アンナ,君との日々がもう一度味わえるのなら…僕は奏でよう,思い出の歌を.
君との記憶を.君と僕の愛の軌跡を,詩歌の女神ムーサの名にかけて,私は歌う.

(続きはOFFLINEでお楽しみ下さい)






最終更新:2011年05月12日 16:11