―仮初めの生を受けて―


フフフ・・・ゴルベーザ,君はとんでもない勘違いをしているよ.ビショップは暗闇の雲だって?
君は実際にクリスタル鉱石で出来た暗闇の雲を見たことがあるのかい?
見知らぬ世界で憶測なんか立てても,所詮は机上の空論,
台本のないお芝居に過ぎないのさ.舞台は・・・役者がいてこそ
成立するんだよ.

4番目の幻想の探求者の物語は終わった.14番目の世界の冒険は彼がしてくれた.これからは
解決策を練ろうじゃないか.僕が謎に満ち満ちた14番目の世界の仕組みを紐解こうじゃないか!
なんたって,僕は探求者を弔う為に生まれた死神なんだからね!クリスタル鉱石で出来ていない
肉体でここにいるってことは,僕はイミテーションじゃないってことだろう?
そうだろう,ベルトレ.

彼はそうです,と言って造形師特製の美酒を持ってきてくれた.この54編にも渡る物語の
全てを紡ぐ人物であるフーリエ,の友人であるベルトレは,僕にとても
良くしてくれる良い子だ.ベルトレの話によれば,フーリエとベルトレを含む5人の子ども達は,
とある業績で異世界から連れて来られた孤児なんだってね.とある業績というのは・・・
数遊びらしい.彼らが言うにはタイムアタックと呼ぶようだけど具体的にどのようなものかは
僕にはサッパリ分からない.これは・・・どうやら違う物語ではっきり語られているみたいだ.

今日の解決編はこれくらいにして下さい・・・

とせがむベルトレに僕は「お仕置き」を施した.ロープで縛られ,蠢くベルトレを見ると,
相も変わらずウットリする.

僕はもっとこの世界を知りたかった.次の謎は,フーリエとシド夫妻を無理やり引き離した
テラホーミング作戦の発端だ.この戦役の発端を知ることが出来れば,フーリエとシド夫妻が
離れることを事前に防ぐことが出来るだろう?

ここでの物語の鍵となるものは,ガイアとテラは一体どういう国なのか知る事だと思う.
ロープで縛られた僕の可愛い芋虫は言う.

クジャ様・・・今日はどちらへ向かわれるのですか・・・

と.勿論テラに決まっているだろう?ゴルベーザはガイアにあるものを丹念に調べたみたい
だけど,それじゃあ足りないんだよ.テラにある魔導文明を一度でいいから見に行きたいと
思ってね.

…そうすれば僕がいつか過去に見たもう1つの「テラ」に何か恩返しが出来るのかもしれない
と・・・思っただけだ.



生んでくれて,ありがとう.あなたの子どもで,嬉しかったです.



―生まれた意味を求めて―



僕がこの14番目の世界の,真の次元の狭間に召喚された身であることに,僕はなんら疑問を
抱いていなかった.次元の狭間の中にある,真の次元の狭間.そこは,正しく,13回も戦いを
繰り返してきた戦士達が一方的に相手に攻撃を加える事ができる空間だった.僕の場合は・・・
ラストレクイエムだっけ・・・か.その名前が頭に浮かぶのがただただ久しかった.

テラへと向かう魔導ヴィークルの駆動音が心地良い音を奏でている.
探求者を弔う為に召喚された,悪魔に仕えるビショップ・通称「死神」か・・・.
魔導ヴィークルを運転するベルトレに訊いてみた.

ねぇベルトレ.死神が弔うなんてこと,普通するかい?それに・・・僕は誰に召喚されたか
分からない・・・キミに訊いても無駄だったね.訊いても無駄じゃない事・・・そうだね,
例えば,そもそもキミ達造形師ってどういう存在なんだい?

その問いに答える為には,この真の次元の狭間の成り立ちから説明しなければなりません.
しかし・・・この事は既に答えが出ているはず・・・.4番目の探求者ゴルベーザ様が丹念に
調べ,論考も書かれているはずです.

論考・・・?あぁ,造形師白書のことだね?それなら僕も読んだよ.キミ達がオカルト風に
書かれている記事に随分と憤慨していたみたいだけど.

クジャ様,テラに着きました.本日はごゆっくり,遊覧をお楽しみ下さいませ.

ベルトレがそう言うのを聞き流しながら,僕はテラの地に足を踏み入れた.



パパ!ママ!ぼく,すきなひとができたよ!



―黄昏に身をまかせて―



真の次元の狭間の中にあるテラは高度な魔導文明を持つ国,だと聞かされていた.だけど,
実際僕自身が見たテラは,魔導というよりか,幻獣を飼い慣らし日々の糧を得る,
そういう国だった.ガイアが造形師の国なら,テラは幻獣使いの国と言えるだろう.まぁ,
幻獣を飼い慣らすのは僕が過去にした事がある・・・.浄化によって記憶が消されていても,
過去の忌まわしい記憶が残されているのは・・・辛いものだねぇ.

テラで飼い慣らされている幻獣は数百種類にも及んでいるようだ.十数ある内のどの幻想にも
見られない幻獣の方が多かった.

実際テラを歩き回ってみると,さすが高度な魔導文明を持つ国だ,町中には魔導具が散りばめ
られている.魔導・・・実に心地良い響きだよ・・・.僕はこの国にしばらく滞在することに
した.その旨をベルトレに伝えると,うつむいた表情で首を縦に振ってくれた.

モノトーンが主体の光と闇が混在するガイアに比べ,テラは色彩豊かな国とも言える.
豊か過ぎて,この僕が目眩を催したくらいだ.人によってはある種ケバさを感じるだろうけど,
僕にとっては実に甘美な世界さ.赤焼けた空.僕はここで黄昏に沈むのも良い,と思った.

物語の主人公が背徳に身を委ねる時,その作者も既に耽溺しているんだ.

テラにひっそりと構える教会にあるパイプオルガンを弾き,ワインセラーで極上酒に溺れて
いく・・・.この物語・・・いや,これは戯曲だね・・・の作者はどんな終止符を打ってく
れるのか楽しみになってきたよ.喜劇に終わるか悲劇に終わるか・・・観測者・・・キミ達
ならどうだい?どっちの結末がピッタリだと思う?

…久しぶりに度数が高い美酒を口に含んだので,僕としたことが少し酔ったみたいだ….
赤焼けた空を背景によろりと立ち上がった僕は,テラにきた本来の目的を忘れそうになった.
テラの事を良く知るため,か・・・.今の僕にとってはどうでもいい事だった.早くこの
禍々しい空をバックに,大勢の観客が僕を呼ぶカーテンコールがしないかと恍惚とした表情
で―おそらくだけど―うずうずしていた.


ハッ,と目が覚めたのはこの世界で言う昼の時間帯だった.

大丈夫ですか?

見ると,見知らぬ女性が僕を看ていた.訊くところによると,僕はこの世界で言う昨日に,
教会の前で泥酔していたところをこの女性の息子に発見され,彼女の家に運ばれたらしい.

私はアンセーヌ.あなたは?

自分が惨めになるくらい明るく快活とした表情と声で僕に話しかけてきた.

僕は・・・クジャだよ.9番目の幻想の探求者さ.キミはテラの人かい?

と尋ねると,彼女は,

なるほど,クジャ様ですか.私はフーリエの妻のアンセーヌと申しま・・・あっ,さっき
言いましたね.ごめんなさい.シャンポリオンがあなたを見つけなかったら,今頃昇天
していたかもしれませんよ.

と,空を見た.つられて僕も視線を移すと,昨日の赤焼けた空が嘘みたいに真っ青な空が
見えるじゃないか.


―儚きものへ―


フーリエに家族がいたとはね・・・いくらなんでもこれは,僕でも驚かざるを得ないことだ.
そしてこのアンセーヌという女性・・・.僕は問うてみた.

キミ,出身はどこだい?

私ですか?はい,トレノのとある貴族の出身です.

何だって・・・?!それじゃあ,この女性は僕が元いた世界と同じ世界からやって来たという
ことになるじゃないか.しかもトレノと躊躇いもなく・・・.僕はいよいよ混乱してきた.
昨晩美酒を沢山飲んだせいもあるかもしれないが,頭痛が少しだけしていた.

大丈夫ですか?まだ横になっていた方が良いのでは・・・.

僕なら大丈夫さ.それより,色々と質問してもいいかい?

ええ,なんなりと.

まずキミはフーリエの妻といったね.彼はどこにいる?

そう言うと,アンセーヌは少しだけ顔を曇らせ,

あの人は・・・今はお出かけ中,もうすぐ帰って来ます.

そうかい,じゃあ次に訊くけど,ここはどこなんだい?

テラの一角にある,新居です.

どうやらまだ僕はテラにいるみたいだね.・・・良かったよ,ゴルベーザのように知らない
間に幻想跳躍されていたらかなわないからね.

それじゃあ,横にならせてもらうよ.僕もフーリエを待ち焦がれているからね.

ええっ,大丈夫じゃなかったのですか?

僕はわざとらしい咳をした.
このアンセーヌという女性は表情がころころと変わる変わった人だ・・・.


それから数十分経っただろうか,玄関らしき扉が開き,フーリエが帰って来たという.
僕は寝ているふりをして,彼らの会話を聞いていた.

ただいま,アンセーヌにシャンポリオン.

あなた,お帰りなさい.

パパ!ぼく,きのうすごいものをみつけちゃった!

なんだい,またお宝探しでもしてきたのかい?

うん,クジャって人を見つけてきた!向こうのへやでねてるよ.

…なんだって?

どうしたんです?

アンセーヌ,僕をクジャと2人きりにしてくれないか?

…はい,分かりました.


こっちに近付いてくる足音が聞こえる.フーリエは僕に何をする積もりなんだ?
足音が止まると,彼はこう言った.

おいで,デスゲイズ.・・・クジャ,君は本当は起きているんだろう.

僕は仕方なく目を開け,フーリエと感動の対面を果たした.見た目は普通の人間となんら
変わらないね・・・.彼は続けて言った.

本当の事を言うよ.・・・探求者達にここまで来られるのは迷惑なんだ.折角家族を
持てたのに,クジャ,君は僕をどうする積もりだい?どうせ14番目の世界の真実を
分かり易く,観測者に語れと言うだろう.でも,それも今に終わる.デスゲイズで
幻想跳躍してもらうよ.さよなら,9番目の幻想の探求者,クジャさん.

フーリエは一気にそう言い,近くにあった機械のパネルに何か打ち込んだ.

待ってくれ僕はキミにそう強いることはしない・・・ッ.

言い終わった時,ちょうど幻想跳躍が始まり,僕はどこかへ飛ばされてしまった.
これは・・・悲劇だね・・・.今はどうか,カーテンコールが起こらないか,
それだけを祈る他なかった.


―誰が為に生まれ落つ―



テラホーミング作戦の発端を掴めれば,僕は満足だったんだ.

「記憶を紡がせること」

それが生きることなんだと,自分の弟に教わった.
幻想跳躍デスゲイズでどこかに飛ばされている間に見たものは,様々な格好をした飛空挺だった.
それと同じく,魔導文明が盛んなテラで作られた,沢山の魔導具が飛び交っていた.
僕はまだテラにいるんだろうか・・・?

瞬間,僕は意識を取り戻した.

そこは,ただただ焼け野原が続くところだった.暴風で僕の美しい髪が乱れていく.辺りを
見回すと・・・というか,暴風ですぐ目が乾き,何度も目を擦ることになったのだけれど・・・
凄まじい体躯を誇る動物の哀れな死体,既に機能を失っている魔導機械兵が横たわっていた.
僕は胃からこみあげる酸で吐き気を催してしまった.いったいなんだというんだ,この絶望的な
風景は?此処は一体何時で何処だというんだ?!

僕はさっき見た魔導機械兵に近付き,もしやと思い操縦席のパネルを見た.周囲の焼け焦げた
金属のかけらが熱いせいのなのか,溶けかけたパネルに表示された文字から読み取れたのは,
この魔導機械兵は「オメガ」という名前であること,此処がテラとガイア両国の境目であること,
そして最後に表示された言葉は,「テラ軍全滅,絶望の丘にて」というメッセージだった.

他にも魔導機械兵の操縦パネルを見たけれど,どれも同じ様な言葉しか書かれていなかった.
察するに,此処,今はまさしくテラホーミング作戦が行われた場所に違いない.僕が幻想跳躍
される前の世界が,フーリエが作った「平和な最初の幻想のパラレルワールド」ならば,
此処はフーリエの力が暴走した後の世界なのだろう.

僕は遥か宙へ飛び,この僕が飛ばされた世界の概観を掴む事にした.・・・北の大陸の内,
東側がガイアの国,西側がテラの国といったところだろうね・・・.最も,西側は後々混沌の
大陸と呼ばれるに至るんだろう.そして僕はオンラク地方にある次元の扉にて幻想跳躍から
脱出したのだろう.

…結局僕も憶測を立てているだけじゃないか・・・.これじゃあゴルベーザと同じだねぇ….
この世界は一体どうやって出来ているんだろうなんて思いは微塵もなかった.そんな探求者
らしからぬ思いを持ちながら,僕は絶望の丘へ降り,そしてゆっくりと歩き始めた.
周り一面が焼け野原,か・・・.フーリエの境界の力とやらも,馬鹿にできないねぇ.

テラ軍の魔導機械兵,通称「魔導アーマー・オメガ」のパネルを弄りながら,僕は絶望の宴を
一人孤独に愉しんでいた.テラホーミング作戦の発端を防ぐ事から始まった僕の旅だけど,
結局は終焉を宴にすることくらいしか出来なかった・・・.それも,自分が召喚された
―生まれたと言ってもいいね―世界を何一つ変えることが出来なかった・・・.結局,
僕は何をしたんだ?ただ遊んでいただけじゃないか・・・.僕は何の為に生まれた?
世界1つを救うことの出来ない,惨めな存在なんだ・・・.
僕はこの世にいらない存在なのさ・・・.

クジャ・・・お前のした事は誰も正しいとも間違っているとも言えないものだ・・・.ただお前の旅で分かった事・・・を知っている観測者が出来たのなら・・・.オレ達はお前の記憶を絶やしたくないと思った・・・.それって不自然な事か?






最終更新:2011年08月14日 16:51