1.


魔導アーマーから噴出される魔導蒸気がコォォと音を立て,立ち昇ってゆくなか,私はあるもの
を見つめていた.魔導研究所の出撃ゲートに狭苦しく並ぶ魔導アーマーの中でも,とりわけ巨大
なそれの"足元"近くに,「彼女」はうずくまっていた.

赤錆びた鉄格子の檻の中にいる彼女.目は虚ろで,ただ膝を縦にして座っている少女を,私は
始めはただの興味本位で視ていた.

ガストラ皇帝が幻獣界から持ち帰ったと言う少女・・・いや,幼子といっても良いくらいの年齢
の少女を,私はずうっと見ていた.

出撃ゲートの最上部では,今日も忙しなく,有事の際の準備に追われる帝国兵が動いているのが
目にとれた.

視線を少女に戻すと,今度は彼女が私の方をもの珍しそうに,膝立ちになって見ていた.私は
彼女に話しかけようとしたが・・・

「ケフカ様,お時間です」

部下の邪魔が入り,叶わなかった.

少女の名前は,ティナ・ブランフォードといった.私は部下に訊いてみた.

「あの鉄格子の檻,何とかならないのか?
いくら力が未知数とはいえ,あまりにも危険過ぎるのではないか?」

部下は返す.

「私に言われましても何とも・・・ただ」
「ただ,何だ」
「皇帝陛下は,『この上ない戦利品だ』と仰っていたと聞きます」
「戦利品だと?私にはそうは見えないのだが・・・.
それにしても陛下は酷い言い方をなさるものだ」
「ケフカ様!それは暴言ですぞ!」

魔導アーマーを眼下に,私と部下がエレベーターで魔導研究所を脱し,帝国城に着いた頃,この
ベクタという帝都は何と味気のない都市なのだと思った.例の魔導蒸気により赤焼けた風に見える
空は禍々しさを帯びている.まるでこの世の終わりかと思うくらいに.

スカイアーマーが上空を飛び交い,帝都の中心部へ向かって魔導列車が行き交っている.
このベクタにいるのは,武装した帝国兵と魔導機械のみだ.・・・やはり,此処は軍事国家だと
思い知らされたと同時に,未だに慣れない帝国城へと向かう魔導ヴィークルに酔わされながら,
私達は皇室に入った.

その日の事,ガストラ皇帝に謁見し,南大陸の3国の視察報告を終え,その日の謁見は何事も
なかったかのように思われたが・・・

「宰相ケフカよ,朕の『この上ない戦利品』に興味があるようだが・・・優秀なお前の成果次第
では,あの娘の『世話係』にさせても良いぞ」
「陛下,世話係をして,私に何の得があるのです?」
「全くお前は大胆なヤツよ,朕の素晴らしい褒美をむげにするつもりか?」
「と言いますと?」
「例の魔導の研究の計画は知っておろうな?」
「ええ,何でも新開発の魔導機械兵で南大陸の3国を支配下に入れるとか・・・」
「それには,あの娘の力がいる.朕の言葉の意味が分かるであろうな?」
「つまり・・・私を軍事指揮官にする,と?」
「その通りだ」

私はその時,光栄です,と言って皇室を去ったが,内心では反吐が出る程の思いだった.
ドロッとした血を何回も見なくてはいけないことになるとは.しかし,「あの娘」の世話係に
させる,という事だけは,違ったものだと思っていた.私はもう一度彼女に会いに,魔導研究所
の出撃ゲートへと向かった.


2.


少女の為に造られたその巨大な魔導アーマーは,今日も魔導蒸気を吹かしている.そして
幾本にも魔導アーマーに繋げられた黒いパイプが微かに揺れていた.この魔導アーマーと
やら・・・は,まるで恐竜のようだ.部下の話では,古代に世界を席巻していた八竜に
似せて造ったそうだが,それにしても本当に動くのだろうか?

やがて私は今日此処へ来た目的を果たそうと,例の檻へと足を進めた.少女は私がやって
来るのを待っていたかの如く,既に膝立ちで鉄格子につかまり私を見ていた.

「おじさん・・・だあれ?」

それが少女が発した言葉だった.少女・・・ティナ・ブランフォードは,子ども用の茶色
のローブに身を包んでいた.私が飴玉を差し出すと,ティナは嬉しそうに,にゅっと
真っ白で細い腕を檻から伸ばし,私から飴玉を受け取った.まだ人を疑うことを知らない
無垢な少女.そんな彼女が戦争の力になることなんて,その時の私は到底思えなかった.

大体魔導の研究とは縁の無い私にどうして軍事指揮官など出来るだろうか.陛下は本当に
どうかしている・・・と,そこまで思いに至った時,私にある考えが浮かんだ.そう
言えば,陛下も魔導の力を使えるのだった.それもかなり高度なレベルの魔導を.そして
魔導の力は人体に多大な影響を与える.ということは,陛下は・・・.

「ねぇ,おじさん,あめ,もっとないの?」
「あぁ,残念だけどもうおしまいだよ」

私は平静を取り繕うので精一杯だった.

「私の名前を教えておこうか」
「おじさんの名前?」
「そうさ.私はケフカ.ケフカ・パラッツォというんだ」
「ケフカおじさん・・・.わたし,ティナっていうの.ティナ・ブランフォード」
「そうかいそうかい.ねぇティナ,おじさんと約束しようか?」
「なんのやくそく?」
「ティナが危ない目に遭った時は,おじさんの名前を呼ぶんだ.いいね?」
「うん,わかった!」

ティナは,私と話している内に,目が虚ろでなくなって来ていた.活気ある娘になって
いく様を見て・・・この危ない軍事国家を,何としてでも変えなければいけない.私
にはその使命があるとさえ思った.私は,再度ガストラ皇帝に謁見を試みようと,その
場を離れようとした.しかし,鉄格子越しだが目の前にいるこの少女の笑顔をずっと
見ていたいとも思った.

「ティナ.今度は檻の外で飴玉をなめさせてあげるから」

少女は私の言葉を解せなかったようだが,善意のある言葉だと受け取ったらしく,
ニコッと愛らしく微笑んでくれた.


3.


相も変わらず,帝都へと向かう魔導ヴィークルには酔わされてばかりだ.少々気分が
悪くなった私は,横になっていた.

「ケフカ様,大丈夫ですか」

私を気遣う部下の言葉を受け,私は彼に尋ねてみる事にした.

「ガストラ皇帝の事だが」
「はい,なんでしょう?」
「陛下は魔導の力を使える以前と以後では何か変わったところはないだろうか?」
「ええっと・・・そうですね,御発言がやや過激になったところでしょうか」
「過激にねぇ・・・」

やはり魔導の力は人体に少なからず影響を及ぼすようだ.実際,魔導の力を注入された人間は
精神が病むという話は宰相に就任してからちょくちょく耳にしていたことだ.一体陛下は
何をお考えなのだ?

赤焼けた空は,今日も禍々しく異彩を放っている.その日の謁見で,私は陛下に魔導の力に
ついて是非を問い申し上げた.

「陛下,失礼ながら申し上げます.戦争に魔導の力など必要でしょうか?いくら強力な力を身
に宿せるとはいえ人体を壊すようなことがあっては,元も子もないと思われます」
「魔導の力がなくては,民を支配することも叶わぬ・・・.ケフカよ,お前は一体何を考えて
おる?朕の思惑に反する積もりか.思うにお前は知らないのだろう,魔導の力を.よいぞ,
見せてやろうではないか,魔導の恐ろしさを」

と陛下が言い終わると,何も無い空間の一点に,炎が湧現したではないか.皇室は,その
ロウソクのような炎で少し明るくなった.そしていくつもの炎が重ね合わさると,

「ケフカよ.窓の外を見るがいい」

私は陛下の指示通り,窓の外を見ると,四方を鉄の壁で囲まれた天井の無い部屋に,何人
もの人が,うずくまっていた.

「あの者達は一体・・・」
「魔導の研究を外部に漏らそうとした謀叛者達よ・・・その数,数十人」

陛下が窓を開け,魔導の言葉を発すると,先程の炎が大火球となり,謀叛者達が集まっていた
場所に業火が落とされた.彼らは一瞬にして灰と化してしまった・・・.陛下はその光景を
歪んだ顔で嗤っていた.

「ファファファ・・・ケフカよ,お前もああなりたくなければ,素直に朕に従うのだ」

私は返す言葉も見つからなかった.これが・・・魔導の力・・・?灰が宙を舞い,業火が
しつこく燃え滾っている様をありありとと見せ付けられ,私は背筋がゾッとし,
冷や汗をかいた.

その日の謁見が終わり,また魔導研究所に戻って来た私は,私の為に用意された椅子に
倒れるように座り,深く息を吐いた.魔導研究所は何やら慌しかったが,私は気にも留めずに
深呼吸を繰り返した.今は,「私」を保つだけで精一杯だった.・・・が,不意に誰かが
肩をたたいたので,振り返ると,そこにはあの少女,ティナがいた.


4.


「ティナ?どうしてこんなところに.君は檻に入れられてたんじゃないのかい」
「うん.だけどケフカおじちゃんにあいたくて・・・おり,こわしちゃった」

私に会いたくて?檻を壊した?あんな鉄格子でできた頑丈な檻をどうやって・・・.
もしかして,魔導の力を使った・・・?研究所が慌しかったのはその為か・・・?

私は自分の為に設けられた研究所の部屋,のドアの向こうに耳を立てた.

「あの娘は何処へいった?!」
「誰か知っている者はいないか?!」
「シド主任に御連絡しろ!!」

一瞬静寂が訪れた.どうやら騒ぎは落ち着いたようだ.シド主任とやらが指揮でもとっている
のだろう.じきに此処にも研究所の者がやって来るに違いない.もしティナが見つかったら,
どうなるというのだろうか?あの檻より更に堅固なところにいれられるのかもしれない.

「ティナ,ここに隠れているんだ」
「おじちゃん,あめは?」
「あぁ,飴かい.ほら,飴ならここに一杯あるから,ここで大人しく隠れているんだ」

私のすぐ後ろで,ティナは飴をペロペロなめている.私は椅子の背もたれでティナを隠すこと
にしたのだ.すると同時に,私の部屋の扉が開いたかと思うと,一人の男を先頭に,その後ろ
には拘束具を持った研究員が数人いた.

「ケフカ様.シドです.例の娘・・・ティナを見ませんでしたか」

私は,見なかった,と答えた.しかし,一旦静かになると,一人の少女の震えた声が聞こえた.

ケフカおじちゃん・・・
ケフカおじちゃん・・・
ケフカおじちゃん・・・・・・・・・

シドは,後ろに控えていた研究員に合図を送ると,研究員達は,私の部屋にどっと入ってきて
部屋の隅から隅まで何かを―ティナを―探し始めた.どうしよう,もう逃れられない.ティナ
は,じきに捕らえられるだろう.そして彼女を匿った私も,何かしらの罪で罰を受けることに
なるだろう・・・.

「ケフカ様,どういったお積りで少女を匿ったので?此処での最高責任者は私でしてね.故に
全ての決定権は私にあるのです.抵抗しても無駄です.ケフカ様,あなたにはこれから魔導
注入の"対象"となってもらいます」
「それはティナを匿った罰か?」
「いいえ,罰ではありません.以前採血の時に,ケフカ様の血液と幻獣から染み出した液体
との相性が最高値を突破しましてね.それで魔導の研究に参入して頂けないかと
思ったわけです」
「それで私が対象になるのは幾分納得したが,ティナはどうする積もりだ?」
「魔導の注入実験とは別個に,魔導戦士を育てる研究の『対象』になります」
「そうか,ついに兵器として扱うわけだな」

私は思いっきり嫌味を込めて言った.だがシドはさして気になったわけでもなく,

「注入実験の対象に関しては,軍に『事前承諾で済んだ』と伝えておきますね」

私とシドが会話している間,ティナはあっけなく見つかり,拘束具をつけられ,どこかへ
連れて行かれてしまった.シドと研究員が退室した後,私は

ちくしょう
ちくしょう
ちくしょう
ちくしょう
ちくしょ・・・

と,自分のやるせなさに悔やみ,そして嘆いたのだった.血が出るまで床を手で叩きながら.






最終更新:2011年09月22日 17:31