1.


精神を―
精神を集中させろ.
お前の眼の中に入ってくる者は,全て敵だ.
討て・・・討て・・・ッ!!!

今日の剣術の訓練は終わりだ.私は額に浮かべた汗を拭い,通常着に着替えた.
…何故だろう,最近訓練中に頭だけが妙に熱っぽくなるのは.他は日々鍛えているせいか
汗すらもかかないのに.全く,おかしな体だ.これも,「あの日」の魔導注入の実験のせい
だろうか.もしそうだとしたら・・・私「達」はもう,純粋な人間・・・じゃない.

では一体なんだと?

人は―正確には「帝都ベクタの人間」は―私達を「魔導士」と呼ぶ.
「マドウシ」―気にくわない呼び方だ.


その日,レオ将軍による実戦の為の訓練を終え,魔導研究所内の自室に戻った頃には,時間は
夜に入ったばかりだった.自分の部屋・・・だけが,私を「本当の私」にしてくれる.
本棚には何度も読んだ絵本がずらり.背表紙が崩れてボロボロになっているものが少々.
部屋の奥には私とシドの秘密の隠れ庭「ミシディア」がある.
ここらでは,私は「魔導士セリス」から「本当のセリス・シェール」になれるんだ.
まぁ,魔導士と言っても何も魔導の力は使えないんだけどね・・・.

私は本棚から適当に絵本を選び,何も考えずにパラパラと頁を捲っていた.そうすること
5冊目で私の部屋に夕食が届けられた.そしてそれと一緒に届けられた一通の手紙.

誰からだろう?

私は夕食をそっちのけにして手紙を急ぎ開いた.手紙に書かれた文字からは几帳面さが窺える.
読み始めの時は内心ワクワクしていた私だったが,読み進めてゆく内,次第にそんな気は
失せていった.

要約すると,

「明日,ガストラ皇帝との謁見がある.
陛下はお前を連れて来いとのご命令だ.光栄に思えるよう」

という,レオ将軍からのものだった.私は次第に精神が興奮してゆくのが分かった.

ガストラ皇帝は,実を言うとベクタに住みながら一度も顔を見たことがなかった.…いや,
見ることを許されなかった,というのが正しい.それ程,皇帝と自分に距離があると
感じていたしまた同時に,皇帝の顔を見てはいけない,というよく分からない気持ちもあった.
明日は一体どうなるのだろう,と,期待と不安が混ざり合う中,私は夕食を済ませ,
隠れ庭―温室とも―の植物たちに水をやり,そして眠りに就いた.


2.


次の日,ガストラ皇帝に謁見するべく,私達3人は魔導ヴィークルに乗って帝国城を
目指していた.私の他の2人・・・レオ将軍とケフカは黙ったままだ.その重い沈黙に
押し潰されそうになりながら,私は外の風景を見ている.

2人の内一方は,剣術の先生.今日も訓練があるはずだけど,謁見の時間と被っている.
一体どうなるのかしら?
もう一方は,私と同じ,「魔導士」.ずっと昔,私とシド以外に唯一温室に入ってきた人だ.
思えばあの後の魔導注入の実験の後,この人は段々おかしくなっていったんだっけ.

そんなことも考えながら,ふと魔導ヴィークルが進む先を見ると,巨大な城が立ちはだかって
いるのが分かった.い,いつの間に,こんな大きな建物が・・・.「帝国城」と呼ばれるその
城に入り,魔導ヴィークルから降りた後,すぐ様私達は皇室へ案内された.


レオ将軍とケフカが戦況報告をした後,話は別の方に向いた.陛下が言う.

「ときにレオ将軍とセリス・・・セリス・シェールよ.実戦の為の訓練はどうなっておる?」
「近頃は私を凌ぐ剣技を見せるようになりましてね.もうそろそろ戦場に出ても
大丈夫かと思われます」

そこでケフカが口を挟む.

「えぇー?!まだ魔導の力を使えないのにですかぁ~?」
「ケフカよ,それは真か?」
「ええそうです.そこで~,このワタクシが~,とっておきの訓練を考えてきましたぁ」
「ほう,それはどのようなものだ?」
「あの娘を使うんです.お互いに戦わせればきっと魔導の力が芽生えることでしょう」
「陛下!私は反対です.剣術だけでも十分なのに更に『力』を植えつけるなんて!」

私は彼らの話を聞きながら,内心ビクビクしていた.ケフカが言った,「あの娘」とは
十中八九,例の魔導戦士のことだろう.レオ将軍の抗議を聞いてから,陛下は私の方へ
顔を向け,

「セリス,お前はどう思っているのだ?」

と訊いて来た.始めは,そんなことを言われても,と言い返したい気持ちだったが,
正直なところ,魔導の力が出せないのは純粋に悔しかった.私は答えた.

「はい陛下.私は悔しいです」
「何がかな?」
「魔導の力を使えないことが,です」
「よかろう,よかろう.それだけ聞けば十分よ.それではケフカ,
お前の考えを実行してみせよ」

私はレオ将軍に合わす顔がなかった.そうだ,私は後悔していたんだ,この時から.
魔導の力を使いたいという気持ちに.心の中から,レオ将軍が今何と思っているのか
分かる気がする.

"残念だよセリス.お前には失望した"

「これ」も魔導の力だとしたら,私は「これ」だけでも十分に心が痛む.


その日の謁見が終わると,私の「世話係」はレオ将軍に代わってケフカになった.

「お久しぶりですねぇ~,今日からボクちんがお前の世話係になったのだぁ!
オーッホッホッホッ」

ケフカの高笑いが魔導研究所内に響いた.もう「私」は終わりなのかもしれない.


3.


魔導の力の為の訓練は,陛下へ謁見した次の日から早速行われた.

その日の朝,私は寝汗びっしょりで目覚めた.私は悪夢を見ていたんだ・・・.どんな夢を
見ていたのか,今はもう思い出せないが,とにかく私にとって悪夢を見ていたことは
間違いない.

朝食と共に,手紙が届けられた.差出人は・・・ケフカか.内容は,狂気じみた文面で,朝食を
とったらすぐ自分のところへ来るように,とのことだった.朝食を済ませ,隠れ庭の植物たちに
水をやり,私は魔導研究所内の戦闘ルームへ向かった.

「おはよう~ん,セリス.気分はどうかな?」
「最悪ね.私,夢にうなされてたみたい」

戦闘ルームは,いつもとは違った雰囲気だった.細長い廊下が続いていて,サイドには・・・
これはシャッターか,そんなもので閉じられていた.

「ケフカ.これは一体なに?」
「そう慌てない慌てない.戦う準備が出来るまで待ってますよ」

どういうこと,と返そうと思った時だった.シャッターの向こう側に何かとてつもなく強大な
力を持った何かが在ると私は感じた.それに恐れながらも,私はケフカに準備ができたことを
伝えた.シャッターが開かれていくなか,

「シャラーン!狂宴の始まり~!」

ケフカはそう叫ぶ.叫び終わると,彼はボソッと,

「戦え」

と呟いた.刹那,業火を背景に黒い影が,高速で私に急接近してきた.私はそれを認めるので
精一杯で,かろうじてよけることは出来たものの,大きく体勢を崩してしまった.そこに,
早くも2撃目がやってくる.私は剣を構え,その一撃をなんとか受け止めることができた.
そこで私は黒い影が「彼女」だと分かった.剣と剣が重なり合って,鋭い音がする.そして,
一度私と「彼女」は互いにバックステップし,離れ,体勢を立て直すことになった.
「彼女」は,魔導戦士ティナ・ブランフォード.くっ,こういったかたちで出会うことに
なろうとは.ケフカが言う.

「ま・ほ・う☆」

そうすると,ティナの手のひらからボッと炎が湧現し,私に向かってそれは放たれた.これが
魔導の力というものなのか?!私はドッジロールで炎をかわして行った.ケフカがそこで,

「ま・ほ・う☆ま・ほ・う☆まほまほまほま・ほ・う☆」

というものだから,ティナは炎弾を連発してくる・・・近付けられない.ティナはケフカの
指示通りに動いていると,のっけから気付いてはいたが,これ程までとは.

「どうしたぁ~セリス!もっとボクちんを楽しませなさい!!!」

そうだ.どうした私.炎弾から逃げてばかりいてはどうしようもない.反撃のチャンスは…
ケフカが「まほう」と言っていない今しかない!!!

私はティナに向かい猛ダッシュで距離をつめ,ティナの剣を弾き飛ばし,剣の切っ先を彼女
の喉もとに向けた.

…なに,これ?この娘はケフカの命令がないと何も出来ないの?切っ先を見もせず
恐れで震えもせず・・・.あやつりの輪ってつくづく恐ろしい.

私はあやつりの輪を剣でティナの額からすくいあげるように断ち切った・・・と同時に,
ケフカはボソッと「戦え」と言ったが,それももう効かないはず.ティナは命令に従わずに,
向けられた剣先に怯え震えている.ケフカはというと,唖然としているものだから,私は
思い切ってティナの手を引っ張り,シャッターで塞がれていた部屋から出た.

「なっ,何をする気だ,セリス!その娘は・・・!」

私はシャッターのスイッチを切った.すると,シャッターが閉まり,今度はケフカだけが
部屋に閉じ込められることになる.

「シンジラレナーイ!!!」

戦闘ルームからシャッターが閉じたせいで成った細い道を再び走っていた.ティナを連れて.
戦わずとも,魔導の力が身に付くように―私は矛盾していた―なる,
そしてこの娘に自由を与えることが出来る,
という淡い期待を寄せて.


4.


時は夕暮れ,さっきの戦闘が嘘みたいに,私とティナは無防備な姿をさらしていた.ふと,
魔導蒸気で赤焼けた空を見上げると,ティナも同じ様にして見上げる.

ティナを連れて魔導研究所内の戦闘ルームから出た私は,マントで彼女を隠し,何とか自分の
部屋まで辿り着くことが出来たのだ.そして私たちは,自分の部屋の奥にある隠れ庭ミシディア
のもっと奥にある,ベランダで夕涼みをしている.
ティナは,何も喋らない.
私も,何も喋らない.

帝都ベクタの空は,いつも赤焼けているように見える.それは例えて言うのならば,鉄を
溶かした時の色合いにそっくりだ.まるでこれから世界が終わりを迎えるような,けれど
見ようによっては,こういう空も美しいと思えるような甘い絶望感を味合わせてくれる.
私は青空というものを見た事がなかった.小さい頃からずっとベクタの赤焼けた空しか見た
ことがなかった私は,私は・・・はっきりとした「希望」というものを持ったことがない.

眼下には,今日もスカイアーマーが飛び交い,魔導列車が走っている.スカイアーマーも
魔導列車も,皆,軍事用のものだ.帝都ベクタから未だに外の世界に出たことがない私は,
自分の全てを帝国軍に捧げろと言われてきた.それだけに心体に受ける重圧は果てしなく,
私は常に緊迫した状態で生き続けて来たのだった.しかし,この魔導研究所の研究所主任である
シドは,私にやすらぎを与えてくれた.絵本を買って来てくれたり,温室の世話をさせて
くれたり,私の生活に潤いをもたらしてくれた.今でこそ,魔導の研究に躍起になっているが,
影では私のことを想ってくれているに違いない.

私はティナの方へ目を移した.彼女はどうなのだろうか.幼い頃から,帝国の軍事兵器として
ケフカに操られてきた彼女は,自分のことをどう思っているんだろう.ふと,そういったこと
に興味を駆られ,彼女に色々と訊いてみたくなった.

と,彼女をよく見ると,なんとしたことだろう,手のひらが焼け爛れているではないか.
ティナはそのことを気にもせずに,ただ赤焼けた空を見ているだけだった.さっきの炎弾に
よるものなのだろうか.魔導の力を使うことで自分の身体を傷つけるなんて・・・.
大丈夫なの?!と思わず言ってしまうこの感覚.そんなあたふたする私を,ティナは小首を
かしげて黙ったままだった.あやつりの輪はもうないけれど,もしかしたらそのせいで
痛覚を感じなくなっている?!勝手な憶測だけど,そう思わずにはいられない程,ティナは
火傷に対して無頓着だった.

私が彼女の為に出来ることは・・・ただ手を握って,

"お願い,この娘の傷を癒させて"

と願うことくらいだった.私にはそれしか出来ることが・・・ない・・・.と思った
その時だった.

私の手が青白く光り出したかと思うと,手のひらから冷気が放出し始めた.私は最初,ただ
自分の手がいつもの様に冷たいだけだと思った.だけど,実際に冷気が放出し,ティナの
火傷をみるみる内に治していっている.これは・・・なに?!在り得ない!
もしかしてこれが・・・魔導の力・・・?

魔導の力は,人を傷つける,いや,戦争のためのものとしか考えることができなかった.
けれど・・・魔導の力は,人を癒す効果もあるんだということを,ティナを治療したことで
初めて分かったのだ.戦争の為に人工的に造られた「魔導士」でも,癒すことは出来るんだ.
そこで私は始めてはっきりとした「希望」を持てるようになったのだ.

私は,人を傷つける為だけに造られた存在ではない,ということに.






最終更新:2011年10月12日 19:25