1.


私は悪夢にうなされていた.

「どうしたぁ~セリス,折角得ることが出来た魔導の力,もっと見せちゃいなよ!」


ティナを匿い,彼女の手を癒したいと思って偶然にも得た魔導の力.やっぱり私は魔導士で,
でも,人を傷つける為だけに造られた存在では決してないことは,ティナを癒して分かったことだ.
あの日,ティナと一緒に過ごした時間は,何にも代え難いものとなっている.今を・・・戦場に
いる今を思えば.

私,セリス・シェールは,あの日の数日後に初陣を迎えた.その初陣から,剣術だけで私は次々と
武勲を立て,今では常勝将軍と呼ばれる程までになった.

戦うからには,必ず勝つ.誰にも,負けてなどいられるか.

そう思いに決めてここまで生きてきた.これも,全ては幼い頃に味わったコンプレックスの反動
なのかもしれない.幼い頃・・・ベクタで生まれた私がまだ帝国と何ら関係の無いところに
住んでいた頃の話だ.

不意に後ろから肩をたたかれたので振り向くと,ケフカがいた.

「セリス,今日も魔導の力を使わなかったね」
「ああ」
「どうしてかなぁ?折角得ることが出来た魔導の力,もっと見せちゃいなよ!」
「だがもう戦の決着はついた」
「それはそうだけどさぁ~あ,ハカイするには勿体無いよ,それ」

くッ,火傷を癒しているのを見られたか・・・.

「その魔法を使えば,セリス,お前は少しも動くことなく人を殺せるんだよ?」
「ねぇケフカ.魔法ってなんだろう?」
「決まっているじゃないデスカ!『壊す為の力』デスヨ」

それなら剣だって同じだろう.

「と・に・か・く,次の戦ではちゃんと魔法使ってくださいよぉ~.ガストラ帝国の『力』を
見せ付けるのだぁ!」

辺りは焼け野原が広がっていた.魔導アーマーによる,圧倒的な力で業火に焼かれた哀れな
街,人,もの・・・.私は戦場で一人立って何を考えているんだろう.今の今まで,私は魔導
の力を戦場で使ったことはない.それも,使うとしても,さっきケフカに見られた時のように,
自分が受けた傷を癒している時のみだ.私は誰かを傷つける・・・壊す為になんか魔導の力を
使わない.使えない.「あの日」感じた,希望を持ち続けていたいから.

私は人を傷つける為だけに造られた存在ではない,と.

…私は,魔導研究所にある自室へ急いで帰った.「魔導士」でもなければ「常勝将軍」でもない,
「本当の私」に還るために.


2.


帝都ベクタへ戻る魔導ヴィークルが静かな駆動音を立てている.私は,足を組み肘掛に肘を
置いて手で顎を支え,目を瞑っていた.今日の戦を振り返ってみる.


アルブルグ侵攻作戦は着々と進みつつあった.だが,戒厳令が出されて緊迫した空気のなかでの
戦闘は,そうそう楽なものではなかった.戦闘態勢は,いつも私が先頭で,後続にはケフカが
ついていた.相手国の兵士たちを私とレオ将軍が挟み撃ちにして兵力を弱らせ,そして
最後に・・・ケフカが魔導の力でトドメを刺すのだ.

そうだ,私は人を傷つけたことがあっても,殺したことはないのだ.それなのに,何故常勝将軍
と呼ばれるまでに至ったかは・・・私も分かりはしない.


と,気が付いたら戦のことを考えている.これから「本当の私」に戻るんだ,何を今更,
済んだことを思い出しているのか・・・.私は魔導ヴィークルの中の,自分の為に設けられた
個室で風景を眺めることにした.地上すれすれで空中に浮きながら高速で移動する,この魔導
ヴィークル「オルテガ」から見える風景は,もはや私にとって単調なものに過ぎなかった・・・
が,ベクタでなくとも赤焼けた風に見える空をオルテガと同じ方向に翔るスカイアーマー,
戦利品を運ぶ魔導アーマーを見ると,自然と落ち着くのは何故だろうか.私はもう既に軍人で,
軍仕様のものに慣れていったから?

ベクタに着く頃までにさんざん自問自答した挙句,何の答えも出せないまま自室へ帰って来た
私は,「本当の私」に戻れずにいるように感じていた.小さい頃から慣れ親しんだ自分の部屋も,
軍仕様のものに見えてきて,なんだか殺風景過ぎると思い始めていた.

けれどそんな自室とは一画を成すところが私にはある.シド博士と私だけの秘密の場所,温室だ.
そこでなら私は「本当の私」になれるだろうと,いつも訪れる時間帯をワザと遅らせて,前準備
をすることにした.

簡単な食事を済ませて,シャワーをいつもより2倍くらい時間をかけて浴び,自分の体を丹念に
磨き,戦場の熱気で火傷した箇所を魔導の力で癒し,一点の穢れもないようにした.シャワーを
浴び終わった後は,風通しの良いリネンの服を着て,ゆっくり絵本を読んだ.

温室へ入る前にこういう風に沢山のことをこなしてからするのは,ぶっちゃけて言えば
「楽しみにする心」を倍増させるためだ.もうすることが無いくらい別事をこなすのは,後から
やってくる楽しみを沢山にする為なんだということを,昔,シド博士・・・いや,シドに
教えてもらったことがある.

絵本を数十冊読んで,部屋の掃除をして,殺風景な自分の部屋にあるインテリアの位置を変えて
みることまでした.段々,「もういいだろうセリス,さぁ,温室へ行こう」という思いが沸いて
来た頃,私は靴を履き替え,温室へと続く壁を回し,ゆっくりと入っていった.


私の部屋の奥に設けられた温室,隠れ庭ミシディアは,日々刻々と変化している.それはシドが
常に植物を植えかえたり,新しい苗を植えたりしているからなのは勿論のこと,私がそういった
植物たちを世話しているからだと思っている.色鮮やかな植物たちに,彼らの蜜を求めにやって
くる,これまた色鮮やかな蝶々たち.私の目の前に広がる極彩色の世界は,今日も私に,はやく
おいでと手招きしているように感じられる.それが歩んではならぬ禁忌への道への甘い誘惑
なのか.

…なんだか今日の温室はおかしい.どうして私にこんなことを思わせる?禁忌?誘惑?一体何の
ことやらさっぱりだ.私は探検家のように,極彩色が溢れる世界へ,ずっと楽しみにしていた
世界へ,垣根を掻き分け,一気に足を踏み入れた.私には最早,恐れは無い.

と思っていたのだが,その思いは一瞬にして崩れ去ってしまった.隠れ庭の奥に,人が倒れてい
るのを発見したのだ.・・・あれは他でもない,シドだった.私が味わったようなおかしな思い
に負けてしまい,幻惑されてしまったのか?!

私は急いでシドのもとへ駆け寄った.


3.


「シド!!!大丈夫?!」

シドは,ぐったりして地面に伏していた.私は,温室に入る者―最も,「温室に入る者」と
言っても私とシドしかいないのだけど―なら必ず携帯しなければならない気付け薬を取り出し,
シドに飲ませた.数分後,彼は平静を取り戻し,いつもの調子になった.彼は言う.

「セリス,ありがとう.わしとしたことが気付け薬を持って来るのを忘れとったわい・・・」
「いいえシド,あなたが倒れていた原因はそれだけじゃないはずよ」

私は温室に入った時点で,今日の温室はいつものとは違うことに気付いていた.・・・何かが
おかしかった.まず,植物たちが毒々しい程まで色鮮やかだったし,彼らから放たれる臭気は
明らかにいつもの匂いではなく,鼻にツンとくる禍々しさがあった.さっき私を幻惑しようと
したこの臭気の発生源は一体何処だ?!私は其処を探る為,目を瞑り,精神を集中させた.

「セリス,一体どうしたんじゃ・・・」

後にシドから聞いた話では,この時の私は,全身から冷気のような,そんな青いオーラを放っ
ていたという.ともあれ,精神を集中させた私は,温室の中心に位置するものに何か気配を感
じたのだった.

私は一度自分の部屋へ戻り,愛用の剣を携えて来た.そして,剣を構えながら,温室の中心部
へ歩を進めていった.・・・しかし酷い臭いだ.鼻が曲がる.それは中心部へ近付く程酷さを
増し腐った垣根を切ったところで「それ」は姿を現した.私の後ろについて来たシドが言う.

「こやつはマンモスプラント・・・何故奴が此処に?!」
「シドは下がってて」
「セリス,気を付けるんじゃ,奴は触手の先で生命力を奪うぞ!」
「分かった,ありがとう!」

マンモスプラントと呼ばれた,この温室の中心部に居座る怪植物はすぐさま私に向かって触手
を伸ばして来た.私はそれを剣で弾き,斬った.だが,この怪植物は触手を,驚くべき生命力
で再生させ,再び私をめがけて触手を伸ばして来る.これではマンモスプラントのコアまで辿
り着けない.どうしよう・・・.触手は2本,3本と増えてゆく.そこで,シドが叫んだ.

「セリス,お前の得意な冷気魔法を使うんじゃ!」

そうか,それで触手を凍らせれば,コアのところまで近付く事が出来る!・・・その時私は,
自分以外の生物に魔導の力を使うことを何の躊躇いも無く思っていた.だってこれはこのミシ
ディアを守る為でもあるし,何よりシドや自分自身を守る為に使うのであって,いきものを傷
つける為のものではない.触手には,一時的に凍っててもらうだけだ.

私は魔導の言葉を唱え,冷気魔法を発した.触手は思い通り凍りつき,私はマンモスプラント
のコアまで一気に距離を詰め,剣でそれをグサリと刺し込んだ.すると,マンモスプラントは
断末魔をあげ,枯れ始めた・・・.

その時だった.

「オーッホッホッ,やあっと自分以外の生き物に魔導の力を使ってくれましたね」
「ケフカ!何故此処に?!」
「さぁあ,何故でしょうね.とにかくセリス,お前は魔導の力を使い,生き物を殺したんだ.
もう十分戦場で余すことなく戦えるよね?」
「違う!私は・・・」

私は・・・なんだって言うのだろう.魔導の力を使い,生き物を殺した.その事実が,今にな
って心痛となって来た.でも,シドなら分かってくれるはずだ.

「私は大切な人,ものを守る為に魔導の力を使っただけだ!」
「ではセリス.このクサ~イマンモスなんとやらが何故ここまで凶暴化したのか,シド博士に
訊いてみましょう」
「何を言って・・・」

シドが答えた.

「すまない,セリス,マンモスプラントを育て,こんなになるまでしたのも,お前に魔導の力
を使うよう仕向けるようにしたのは他でもない,このわしじゃ・・・」


そんなことって・・・!!!

ケフカとシドが温室の外へ出て行く.私は四つん這いになって大粒の涙を流していた.

もう誰も信じられなくなった―

温室の主を失った植物たちは,栄養源がなくなったことだからなのか次々と枯れてゆく.
此処温室も,もう終わりだ.

涙を流す私.ある意味,「本当の私」に戻れていたのかもしれない.


4.


あの日から数日が経った.

私が唯一「本当の私」に還ることが出来ると思っていた温室,隠れ庭ミシディアは,マンモス
プラントの一件のせいで焼かれ,そして植物たちが綺麗に一掃され,味気ない鉄板床・壁だら
けの部屋に改装された.研究所とミシディアを繋ぐ私の部屋は当然のように移され,その移さ
れた先は,帝国城にある一室だった.私が"常勝将軍"だから?そうだ,きっとそうだ・・・.

その日も私はベクタの赤焼けた空を見ながら,ぼんやりとしていた.思い浮かぶ言葉・想い
は,無い.ただただぼんやりと,まるで魂が抜かれたように私はここ数日,自室に引き篭も
っていた.理由は分からないけど,戦力外通告を受けてしまったのだ.戦う意志を無くした
私は,戦線から外されて,今や「充電中」の身にある.充電中と言っても,何か力を溜めて
おくとか,そういうのじゃない.きっと今の私は,休むことが一番大事なんだろうと,勝手に
解釈している.

そもそも私は何の為に戦っていたのだろうか?それさえも見出せずにいたとは・・・つくづく
自分に失望する.あの日・・・ティナの火傷を癒した日に感じた希望は,まだ持ち続けている
けれど,私は確かに生き物を殺した.その事実が怖くって・・・.殺した理由は自分自身とシ
ドを守る為だったけど,それはシドとケフカの策略だった.シドはあの時,「すまない」と
言っていた.私はシドに裏切られたという思いが強い今だけど,彼はケフカの姦計に加わった
だけなのかもしれないじゃない!


シドに会いたい.
会って,話を聞いて欲しい.
裏切られたことはそうそう水に流せないけれど,とにかく会ってみたい気持ちが胸いっぱいに
溢れてきて,結果,私は弾むように立ち上がり,部屋を出るまでに至った.

久し振りの部屋の外は,已然重苦しい雰囲気が漂っていた.帝国城から魔導ヴィークル
「オルテガ」に乗って翔る.オルテガは私の専用の魔導ヴィークルだ.自動操縦で進んでいる.
このオルテガから見える景色は何度見たことだろう.ベクタの景色は,いつだって甘い絶望感
を感じさせてくれる.

あっという間に魔導研究所に着いたオルテガから降りた私は,早速,シドに会いに,研究所
主任の部屋へ向かった.


5.


魔導研究所内の,研究所主任の部屋の前に私はずっと立っていた.ドアには鍵が掛けられて
いて,入れずにいたからだ.呼び出しのスイッチを押しても反応が無いし,かといってシド
を探しに行くのも手間がかかる.なので仕方が無いからドアの前でシドが帰って来るのを待
つことにした.ドアのすぐ横の壁に背中を当て,そのままうずくまる.

マンモスプラントの一件があった日のこと.シドが,私に魔法を自分以外の生き物に使うよ
う仕向けた・・・というのは紛れもない事実だ.私はその事実を知り,裏切られたと思った.
でもシドは,「すまない」と言っていたし,私がマンモスプラントと戦う前に注意を促しも
してくれた.そこで,私はシドは単にケフカの姦計に加えさせられただけだと思い始めたの
だ.大体,ケフカとシド,といったら,ケフカとレオ将軍,の次に仲が悪いと専ら有名なは
ずだ.そんな二人が何故,一時的にといえど手を組んでいたのかは謎だった.

魔導研究所の床を踏むカタンカタンという音が段々と大きくなってゆく.もしかしてシドが
帰って来たのかと思い,私は顔を上げ,廊下の先を見る.・・・黄色いフードに,黄色い服…
間違いない,あれはシドだ!私は立ち上がり,彼を迎えた.

「おかえりなさい」
「誰かと思えば・・・セリスか.充電中ではなかったのかの」
「ええ,だけど,あなたと話がしたくて・・・」
「そうかそうか.実はわしもお前に話したいことがあるんじゃ」

シドが私に話したいこと・・・.一体なんだろう?シドは部屋の鍵を取り出し,ドアを開け,
そして部屋の中に私を案内してくれた.

初めて入る,シドの部屋.部屋の奥には,通信機やら沢山のスイッチがあるパネルで満たさ
れていた・・・が,それ以上に,私の目を引くものがそれらの手前に散りばめられていた.
バラの蕾が,球状に綺麗に並べられている.その数,十数個・・・.これは・・・一体何?
私がシドにそう聞くと,彼はこう返した.

「これはトピアリー.ローズトピアリーというんじゃ.長年育てて管理してたミシディアは…
焼かれてしまったからのう.それでもわしは趣味に走れずにはいられなかったんじゃ.そこ
で思いついたのがこれじゃ.どうじゃ,セリス,お前も作ってみるか?」
「私にも出来るの?」

ソファにシドと隣り合わせに座り,私は数時間,我を忘れてローズトピアリー作りに夢中に
なっていたのだ.

「セリスよ.今の気分はどうじゃ?」
「なんだか久し振りに達成感を感じて・・・すごく気持ち良いわ」
「そうか・・・」

と言い,シドは私に背を向け,振り向き様に私を見ながら話を続けた.

「どうか胸を詰まらせずに聞いて欲しい.セリスよ,マンモスプラントの一件じゃが・・・
あれは本当にすまなかった.わしは・・・ケフカの策略に加えさせられただけなんじゃ.マ
ンモスプラントは・・・元々ミシディアの栄養源として育てていたのじゃが,いつの間にか
凶暴化してのう・・・そこをケフカにつけこまれたんじゃ・・・」
「じゃあやっぱり,単にケフカの策に付き合わされただけなのね!私,ずっとあなたに裏切
られたものだとばっかり思ってた・・・」
「本当にすまなかったよ,セリス.ところでじゃ」
「なに?」
「魔導の力を戦で使うのは,やはり気が引けるか?」
「ええ・・・.傷つけるのは,やっぱり・・・」
「そうか・・・.実は,じゃ,今度の戦でわしも戦場に赴くことになった」
「ええ?!どうしてあなたが?」
「新型の魔導アーマーの働きを直接見なくてはいけなくなってな・・・.それでセリス,わ
しを守る為に,戦場へ出てはくれぬか・・・?」
「いいわ.人を守る為なら,私は戦えるもの」
「本当に大丈夫か?」
「心配しないで.私があなたを守ってみせる」

私はこの時,シドを守り通す自信に満ち満ちていた.大切な人を守る為なら,私は戦える.
…こういった経緯で,私はまた戦場に投入されることとなった.


6.


アルブルグ侵攻作戦は,未だに続いていた.アルブルグは南大陸で唯一港がある国だ.
海外遠征の為にも,アルブルグはなんとしてでも落としたい場所なのだろう,帝国にとっては.

シドに簡単な戦況を聞いた私は,帝国城へ向かうオルテガの中でそんなことを考えていた.
帝国城に着き,自室に戻った私は,手紙が届けられていることに気付いた.差出人は帝国の
軍上層部からで,要約すれば「戦地へ赴くのを一時的に許可する」とのことだった.私はベッド
に倒れるように伏して,しばしの微睡みに身を任せた.

…私は夢を見ていた.
夜,月を見上げる私の背後に沢山の「この世ならざるもの」たちと,ケフカが乗った魔導アーマ
ーがひしめきあっている,そんな夢だ.「この世ならざるもの」は,燃え滾る紅蓮の業火の様に,
真っ赤になってたゆたっていた.魔導アーマーに乗ったケフカが,私の見上げる夜空を抱きかか
えるようにして,毒々しいと感じるまでに色が混ざり合い,そして全てが一滴の雫となってずっ
と落下し続けている.

地に足が着いていなくて・・・.

そんな心細さだけを残し,私は夢から目を醒ました.夢の影響なのか,両足が痙攣を起こしてい
た.そして寝汗でびっしょり.最悪な目覚めだ.私は早く気分を変えようとシャワーを浴びるこ
とにした.


最近はどうも調子がおかしい.見るのは悪夢ばっかりだ.以前,魔導研究所に住んでいた時,悪
夢ばかり見るのは脳が疲れているからだ,と研究員たちがそう話しているところを聞いたことが
ある.私は脳が疲れているのだろうか.

私は,耳を手で完全に封じて,外界から聞こえてくる音をシャットダウンさせながら,頭だけを
シャワーに浴びせさせた.すると,シャワーから出る無数の雫が頭骨に当たる音がする.まるで,
土砂降りの中で傘を差している時みたいに.これは何も頭だけではなくて,体の他の部位にも当
てはまることだ.遠く向こうから,かすかな雫がぶつかる音がする.


久々にそういうことを時間をかけてしてみたものだから,手の指先足の指先がふやけてしまうま
でになった.シャワーを浴び終え着替えた後,リビングに戻った私を待っていたのは,バラの株
と,15個のローズトピアリーだった.バラの株の根元には,小さなカードが添えてあり,

"誕生日おめでとう セリス"

と書いてあった.そっか・・・今日は私の15才の誕生日だったのね.誰が贈ってくれたのかは,
一目瞭然だった.


マンモスプラントの一件から,もう私は泣くものかと思っていたのだけれども,今日の日にこん
なサプライズがあって・・・私は凄く久し振りに―いや,或いは初めて―嬉し涙を流したような
気がする.ありがとう,シド!

私はしばらくの間ローズトピアリーを眺めていた.よく見ると作りかけのものがあった.それか
ら更に数時間,私は新しく出来た趣味に没頭した.可愛いバラの蕾が幾重にも重なっているとこ
ろを見ると,とても心が落ち着く.シドが贈ってくれたカードの裏には,次のような言葉が書か
れていた.

"新しい趣味が出来て良かったのう,セリス.疲れた頭には,アートセラピーは有効じゃわい.
集中力が脳を鍛え心を癒してくれる.しかしセリスよ,お前はもう立派な女性だ.気品のある
振る舞いを忘れぬ事じゃ.常に凛々しく健やかであれ"

私はまた泣きそうになったけれど,今度は我慢した.「立派な女性」か・・・.私は果たして立
派な女性なのだろうか.それは誰が決めること?シドや,他の男性?美しさって,なに?

…新しく出て来た問いを隠せないまま,私は眠りに就いた.

明日は久々の遠征だ.ぐっすり寝よう.あ,あともう悪夢なんて見ませんように.


7.


アルブルグへ向かうオルテガの中で,私は一人,戦闘の準備をしていた.アルブルグ陥落の為
には,今日の戦が鍵を握っているということも,シドから聞いた.それなのに,今日の戦は新
型の魔導アーマーの働きを確かめるという,まるで試験の為の戦・・・実地訓練みたいなこと
をするとは・・・ガストラ帝国の軍は一体何がしたいのだろう?アルブルグを落とすのはもう
余裕です,と言わんばかりだ.その事実にやる気が失せてくると共に,そういう情報が直接私
におりて来ないということに,少しだけだけど悔しさを感じていた.

戦闘の為に武装し,しばらく椅子に座って精神を集中させる.今日はシドを守る為に私は投入
されたんだ.いつものように先頭に立って相手国の兵力を弱らせることはしない.アルブルグ
陥落に,レオ将軍とケフカだけで大丈夫だろうか.あと新型の魔導アーマーの戦力というのも
気になるところだ.

そんなこんなで色々考えている内に,オルテガはアルブルグの帝国軍野営地に着いた.オルテ
ガからゆっくりと降りた私は,ひとまずシドのところへ行くことにした.

「おお,セリスか.待っとったぞ」
「シド,怪我はない?」
「・・・わしは戦線の一番後ろにいるから大丈夫じゃよ,気にすることはない」

…ふぅ,なら良かった.それまでシドの傍についていた兵士と入れ替わりに私がシドの元へつ
いた.帝国軍の野営地は小高い丘の上に張られていたので,目下に広がる戦場を一目で見られ
るようになっていた.私は戦場の細かい状況を把握しようと,望遠鏡を覗いた.するとどうだ
ろうか,相手国の兵士たちと戦っているのはレオ将軍でもなくケフカでもなく,新型の魔導ア
ーマーのみだった.そして,それは,圧倒的な戦力で兵士たちを皆殺しにしている.これは…
ひどい・・・.私はシドに訊いた.

「ねぇ,シド,あの新型の魔導アーマー,ちょっとやり過ぎなんじゃない?」

しかし,当のシドは何も言わずに,じっと目下の戦地だけを見据えていた.

「ねぇシド,私の話を聞いているの?」

また反応なし.私はもしやと思い,シドの肩に触れてみると,手応えが全くなかった.これは
…ホログラムか!では一体,本物のシドは何処に?私はなんだか凄く嫌な予感がしたので,レ
オ将軍たちのいる本陣へ行ってみることにした.私はまた騙されたというの?

本陣へ辿り着いた私が見たものは,普段とは全く想像も付かないシドだった.血走った眼で,
聞くのにもはばかる汚い言葉を発し,魔導アーマーに乗った兵士たちに全てを焼き尽くすよう
命令している.

「シド!」

私は思わず叫んだけれど,彼は全く反応しなかった・・・が,今度のはホログラムなんかでは
なく本物のはず.私は彼を正気に戻そうと,近付き思いっきり手の平でぶってやった.すると,
シドは横転してそのまま気を失ったようだ.シドの頭には・・・これはあやつりの輪・・・が
つけられていた.ということは,元凶はケフカ,か・・・!許せない.私は怒りと共に,ケフ
カの部屋へ訪れた.私の姿を見たケフカは開口一番に,

「やってくれましたねセリス.ボクちんの操りの術を解くなんて」
「そっちこそやってくれたな.シドにあやつりの輪をかけたのはなんの積りだ!」
「新型の魔導アーマーに乗った兵士は,平和主義のシドさんの命令しか聞かないからね.でも
まぁもういいよ.ボクちんが直接命令をすればいいことだし」
「ひどい・・・レオ将軍はどうした?」
「あいつもボクちんが操りの術を使って最前線で戦ってもらってるよ」
「ケフカ・・・どうしてこんなことを?」
「いいでしょう,"充電中"のお前には教えてあげますよ.ズバリ!それは!役立たず以下,だ
からだぁ!人を殺すのに時間をかけ過ぎなんだよ,こいつらは!魔導アーマーに乗った者たち
よ!目の前に広がるものを全て焼き尽くすのだ!精神を集中させろ.お前たちの眼の中に入っ
てくるものは全て敵だ.討て・・・討てッ!」

やめろケフカ!と言いながら私は,本陣の幕をめくり上げ,戦場へ出た.すると魔導アーマー
は今にも目の前に広がる人々を殺めようとしていた.あれは女性や子どもたち,捕虜になるべ
き人たちだ!いくらなんでも,彼らを殺してはいけない!私は彼らの前に猛ダッシュで辿り着
くと,魔導アーマーの攻撃を受け止めるように,剣を振り上げ,魔導砲から出るビームを相殺
させようと剣を振り下ろそうとした,その時だった.発射されたビームは消え失せ,私は剣を
振り上げたままの姿勢で硬直した.これで・・・相殺できたのか?次に発射されたビームも,
同じように私が剣を振り上げると,相殺・・・いや,攻撃を封じるといった方が適当だろう.
魔導の力を封じる剣・・・.魔導アーマーに乗った兵士たちは,次々と逃げていった.レオ将
軍は,操りの術が解けたのか私の方へ駆け寄り,何だ,今の剣技は?と尋ねてきた.これは剣
技・・・なのか?私にも分からない.私たちはとりあえず,本陣の方へ戻ることにした.


8.


私とレオ将軍が本陣へ戻ると,さっきまで新型の魔導アーマーに乗っていた兵士たちでごった
返していた.彼らは,私の姿を認めると咄嗟に逃げ出す者もいれば,私に向かって剣を向ける
者もいた.

「やめろ.もう戦は終わったのだ.無駄に争いを起こすこともなかろう」

レオ将軍が彼らを諫めると,私に剣をを向けていた兵士たちは居直り,やがて去った.レオ将
軍は続けて,

「それにしてもセリス,先程の剣技は一体なんだったのだ?」

私に話しかけてきた.私は返す.

「わからない・・・.咄嗟に出来たものだから・・・」
「私の剣技は,剣に気を溜めて放ち相手に攻撃するものだが,セリス,お前のそれは・・・確
かに,魔導の力を封じる剣技・・・」
「なんじゃと・・・?!」

そこでケフカからの術が解け,正気に戻ったシドがよろけながら会話に入り込んできた.
彼は続けた.

「魔導の力を封じる剣技・・・通称『魔封剣』なる技を,セリス,お前は手にしてしまったの
か・・・」
「え?『手にしてしまった』ってどうゆうこと,シド?」
「セリスよ,力を手に入れてしまったら,帝国軍に好きなように利用されるだけじゃぞ・・・」

とシドは新型の魔導アーマーを見ながら言い続けた.

「・・・お前が見につけた力は,帝国の軍事力の源たる魔導の力を封じる力だ.
これから辛い目に遭うぞ・・・」
「セリスよ,私からも一言言わせて欲しい.力を手に入れれば,シドの言う通り,帝国軍にこ
き使われるだけだ.この私のようにな.だがそれをどうやって使うのかは,お前次第だ」

み・・・みんな勝手なことを・・・.私が偶然手に入れてしまった「力」のせいで辛い目に遭
ったり,軍にこき使われるだけになるなんて・・・.私はただ,自分の背中にいる沢山の命を
守ろうとしただけなのに.でも守ろうと思ったから手に入れた力なのだとしたら・・・私はこ
れからも,何かを,誰かを守る為だけに.この力,「魔封剣」を使おう.・・・でも,私にと
って守ろうと思える何か・誰かなんているのかしら?

本陣の幕は片付けられ,私たち四人はそれぞれの魔導ヴィークルに乗って,帝都ベクタへ帰っ
て行った.私はさっきから頭に浮かんだ疑問を反芻ばかりしていた.自室に戻った私は,部屋
の名前が変わっていることに気付く.「魔導士 セリス」から「ルーンナイト セリス」と書
きかえられてあった.そして,軍上層部からの報告書・令状がポストに五萬と挟まっていた.
読んでみるとどれも同じ様な文面で,次の南大陸の侵攻作戦に投入を決定だとか,ルーンナイ
トの称号を与えるとかでいっぱいだった.私は読むのを止め,自室に入っていった.リビング
の机の上には,シドから贈られた鞘があった.そばに置いてあった手紙を読む.

"これはお前の魔力を高めると共に,魔封剣の力を高める鞘じゃ.残念ながらわしに出来るこ
とはこれだけじゃ.魔封剣・・・使うべき時に使えばいい.セリス,守るべき人がお前の前に
現われることを信じておるぞ"


これが私の帝国時代にシドから贈られた最後の手紙だった.私は愛用の剣を贈られた鞘に入れ
た.その日は,テーブルに飾ってあるバラの株をずっと見つめているだけで終わってしまった.
バラの株を見つめながら考えていたこと.

"私にとって,守るべき人は本当に私の目の前に現われるのだろうか"

ということだ.その答えは・・・色々と紆余曲折があったにせよ,三年後に出ることになる.






最終更新:2011年12月02日 15:25