1.
あれから三年・・・
ガストラ帝国軍の力の依りしろとなっていた魔導の力を打ち消す事が出来る剣技「魔封剣」を
身に付けてから,もうそれほど経つのか・・・.
この三年の間,色々なことが起きた.新型魔導アーマーによる南大陸征服作戦の本格的な計画
の着手から始まり,ツェン国,マランダ国の陥落後に急に発令した海外遠征,ジドール国,フ
ィガロ国,と帝国軍は世界に散りばめられた都市国家を,次々に手中にし,今や残すところは
東方のドマ国だけとなっていた.
私はと言えば,この三年間で何が変わったところ・・・は,か・・・.
戦闘配置は相変わらず私が先頭でケフカが後ろにつき,レオ将軍と私とで挟み撃ちにする戦法
は相変わらず,だったが・・・,マランダ国を落とした時は,違ったものになってしまった.
帝国軍のいつものやり口を事前に知っていたのだろう,マランダ国軍は逆に私たち帝国軍を挟
み撃ちにしたのだ.武装したレオ将軍と私は辛うじて大丈夫だったが,いつも後続についてい
たケフカが無防備だったので,相手国の兵士達に囲まれ,今にも殺されてしまうところだった.
そこを,またしても私とレオ将軍が挟み撃ちにしてケフカを救おうとした,その時だった.
その,ケフカを挟み撃ちにしようとしていた者たちの中に,捕虜となるべき人が数人いたのだ.
私はそのことに気付かず,背後からその人たちを討ってしまった.これがきっかけで戦場の空
気はガラッと変わり,私の捕虜殺害にケフカは歓喜を覚えたらしく,自分を囲んでいた者たち
はおろか,捕虜となるべき人たちを,次々に魔導の力で殺してしまったのだ.そのせいで,ケ
フカは一段と,私はそこで初めて,帝国軍に反する者たちから恐れられることとなった.
私は,その時から,自分がしてきた行為に疑問を持つようになった.あの時,ケフカが魔導の
力を使って人々を殺めている時,私の魔封剣で彼らのことを守れたはずだった.けれど,そう
しなかったのは何故だろう.私は怖かったのだ.初めて人を殺したという事実が,どうしても
耐え難い心痛となってきたからだと思う.
帝国が北大陸へ遠征を行った時からだろう,私は反帝国組織・リターナーという存在を,小耳
にちょくちょく挟んでいた.始めは,そんな組織もあるのか,ぐらいにしか思っていなかった.
けれど,転機は,ベクタで三年振りに会ったシドと交わした言葉の中にあった.
「久し振りじゃのう,セリス」
「シド!どうしてこんなところに?」
「魔導ヴィークルの整備も,わしらの仕事じゃ.それよりセリス,今回の戦はどうじゃった?」
「・・・いつもと変わらない,ただの焼け野原の掃除よ・・・」
「セリス.例のナルシェ侵攻は知っとるか?」
「ええ,確か新しい幻獣を発見したとかで・・・」
「ナルシェへは,『彼女』を遣わすらしい.まぁ遣わすといっても,ケフカに操られた『彼女』
のことじゃ,また騒ぎを起こすかもしらんがな」
「なんですって?!『彼女』ってもしかして・・・」
「そうじゃ.魔導戦士ティナ・ブランフォード.
たった三分で50人の兵士を倒したと噂の彼女じゃ」
「どうして今更彼女を・・・」
「分からん.ただティナは幻獣たちとの相性が非常に良くてな・・・.セリス.お前は・・・
帝国の外の世界をもっと詳しく知るべきだ.
このまま帝国にいたら,お前はおかしくなってしまうだろう」
「それは分かっているわ!でも私は将軍で・・・
今そんなことをしたら確実に罪をきせられるに違いないわ」
「リターナーという組織を知っているか,セリス?彼らの力になれば,お前は変われるぞ.青
空だって見ることが出来るし,守るべきもの,それに愛すべき人が出来るはずじゃ」
私はこのシドの言葉を受け,改良したオルテガに乗って,帝都ベクタの外へ・・・いや,ガス
トラ帝国から脱出したのだ.魔導ヴィークル,オルテガに乗って南大陸を脱出し,そのまま北
上した私は,サウスフィガロという城下町へと着いた.
2.
サウスフィガロの城下町は,既に帝国軍の手中にあり,戒厳令が出されており,重苦しい雰囲
気だったことが,オルテガから見下ろせた.折角,帝国から抜け出せたと思ったのに・・・と
悔しい思いを胸に,オルテガから降り,町へと入っていった.
「これはこれは.セリス将軍ではありませんか.一体どのような任務でこのサウスフィガロへ
お越しになったのですか?」
町の入り口に立っている帝国兵が私を見るなりそう言ってきた.私はガストラ帝国を抜け出し
た時点で,もう既にリターナーに何らかのかたちで協力することを決めていた.そしてその思
いを持った時点で,帝国とは縁を切ることに,いや,帝国を裏切ることになるのに,十分過ぎ
る程理解していた積りだった.常勝将軍セリスから裏切り者セリスに成り代わるわけだ.
私は答える.
「リターナーという組織を追って来た.彼らはどこにいる?」
「はい.我ら帝国軍は,サーベル山脈の麓付近にリターナー本部を見つけ,制圧したところで
す.ですが肝心の・・・」
「もういい」
「え?」
私は目の前にいる帝国兵を無視して町の中へ入ろうとした.
「セリス将軍,お待ちを!」
「なんだ.もういいと言っただろう」
「何故リターナーを追ってきたのです?緊急の任務でしょうか?」
…しつこい.
私はその兵士に剣の切っ先を向け,言った.
「それ以上喋るな.私に斬られたくなかったら,早く持ち場に戻れ」
「は,はい!」
やっとのことで帝国兵を振り切った私は,実のところ,焦っていた.リターナーが制圧された?
じゃあ私がガストラ帝国を抜け出した意味はどうなる?リターナーとは,そんな簡単に潰され
る程貧弱な組織だったのか?!私は,私は・・・.
町に一歩踏み入れると,ギロッという厳しい視線を感じた.帝国の上級兵たちと魔導アーマー
に乗った兵士たちのものだ.彼らは私に向かって,
「下級兵に剣を向けるとは,将軍らしくないですなぁ,セリス将軍」
「セリス将軍,貴女がリターナーを追っているのは本当にどういう理由でしょうか,お聞かせ
願いますか・・・」
なんだ,彼らのこの馴れ馴れしさは.私は馬鹿にされているというのか?上級兵にせよ,ただ
の帝国兵が,将軍という立場にいる私に向かってこのようなことを・・・.私はもう帝国から
離れた積もりだったが,こんなに憤りを感じるとは・・・.
「そこまで問い詰めるなら聞かせてやろう.私は帝国をもう捨てたのだ.リターナーを追って
いるのは,彼らに協力する為に他ならない」
するとどうだろうか,兵士たちは驚く風もなく,ただ嗤っているだけだ.気付くと,私は複数
の魔導アーマーに囲まれていた.
「セリス将軍・・・いや,裏切り者セリス,お前が帝国を裏切ったのは此処にいる皆が知って
いることだ!内通者がいたんだよ・・・そいつの名前を聞きたいか?お前を懇ろにしている,
シドさ!さぁ,裏切り者は魔導アーマーの餌食になるがいい!」
シド,どうして・・・?
私は沢山の魔導砲を受け,気を失った・・・.
… … …
こういった経緯で,私は地下室に閉じ込められてしまい,そして,兵士たちから暴行を受けて
いた.ああ・・・私はどうしてこうなったのだろう.シド・・・どうしてあなたはいつもそう
やって,私を欺くの?もう,信じられない・・・.
「裏切り者は,こうなるんだ!」
「常勝将軍セリスも堕ちたもんだな」
堕ちてゆく私・・・か.
私は言い返す言葉も見つからず,手枷から感じる痛みに必死に耐えていた.
「聞けばこのセリスは,まだ処女らしいじゃないか.
どうだ?俺たちがこいつの操を破ってやるっていうのは」
「そいつはいいぜ,ここのところずっと溜まっていたんだ,
この女を手篭めにして日頃の鬱憤を晴らそうじゃないか」
しょじょ?・・・てごめ?どういう意味だろう?何も解らないでいると,いきなり服を脱がさ
れそうになった.私は唇を噛締め,渾身の蹴りで兵士たちを遠ざけた.
「こいつ・・・ふざけやがって・・・」
もう私は堕ちてゆくだけなのだろうか.・・・と,そこへ,
「やめろ!!!」
開きかけたドアのところから,そんな声がした.
3.
「やめろ!!!」
その声は,地下室に響き渡り,やがて静寂が訪れた.声の主は,帝国軍の兵士のようだった.
私に暴行を加えていた二人組みの兵士は,その新しく来た兵士が自分たちより階級が上だと知
ったようで,慌てふためいた.二人組みの兵士とその兵士は,地下室のドアのところで何やら
会話した後,二人組みの兵士は去り,地下室は,私とその兵士の二人だけになった.私は相変
わらず手枷から感じる痛みに苦しんでいたのだった.
私に暴行を加えていた二人組みの兵士を追い払った兵士は,ドアのところから私の方へゆっく
り近付いてきた.この者も私に暴行を?・・・いや,それはない."やめろ"と言ったのだから.
では何の為にそうした?サウスフィガロの兵士たちは,皆,私がリターナーに寝返ったことを
知っているはずだ.その者は私の目の前まで来ると,兜を取り,こう言った.
「帝国軍の兵士たちから聞いたぜ,リターナーに協力してくれるんだって.俺は反帝国組織・
リターナーに与する者,ロック・コール.・・・腕から血が出ているじゃないか!」
この男は帝国の兵士じゃない?!ロック,と名乗ったこの男は,私に自分のジャケットをかけ
て,手枷を解いてくれた.そして,うずくまる私に,
「さあ,手枷は解いたぜ.立てるか?」
と言いながら,私の腕に包帯を巻き始めた.
「リターナーの者か・・・.私はお前たちに協力しようと帝国から抜け出してきた裏切り者の
セリス・シェール.元は帝国の将軍だった・・・」
「・・・そうか.さ,これで止血は出来た.行くぞ!」
「私を連れてか?」
私はやっとの思いで立ち上がり,応えた.
「いや,無理だ・・・立っていられるのもやっとだからな・・・それに私は堕ちてゆく身だ.
お前と一緒にここから抜け出そうとしても帝国から追われるだけだ」
「そんなのは百も承知さ.リターナーは帝国と戦う組織だからな.リターナー本部が制圧され
た今,俺たちに必要なのは共に戦う仲間,なんだ!セリス,お前がリターナーに加わってくれ
れば,リターナーの力は数倍にも跳ね上がる.それに・・・」
「それに・・・何だ?」
「もう既に帝国側の魔導戦士もリターナーに協力してくれると決意してくれた」
「帝国側の魔導戦士・・・.ティナ・ブランフォードのことか.
そうか,彼女もリターナーに・・・」
「そうだ,セリス.お前は独りじゃないんだ!」
「ありがとう・・・」
私はロックから薬を貰い,少しだけだけれど,体力を回復させることが出来た.
「行く宛てはあるのか?リターナー本部は制圧されたんだろう?」
「ああ.新しい幻獣が見つかった,ナルシェへリターナーの皆が結集しようとしているはずだ」
「ここからはどうやって脱出する?」
「この建物はサウスフィガロの町の外に出られる隠し通路があるんだ.
俺たちはそこから抜け出せば良い」
「だが,仮にお前が私を連れ出しても,帝国兵は五萬といる.お前は守りきれるはずがない.
それならばいっそのこと・・・」
「それならば守り合えばいいさ.・・・でも今は,俺が,お前を守ってみせる!」
私たちは,この建物の隠し通路を通り,出口へと向かった.
守り合う・・・?ロックが,私を守ってくれる・・・?
ベクタに生まれてから,今の今まで,男の人にここまでハッキリと「お前を守る」と言われた
ことはなかった.私はいつも,「守る側」にいてばかりだったから・・・.成り行きで同行す
ることになったこのロックという男・・・.彼を,信じても良いのだろうか.そうするには多
少の時間が必要になるだろう.
『それならばいっそのこと・・・』の後に私が言おうとしていたことは,あっさりとロックに
かき消されてしまった.彼は,堕ちてゆく私に,手を差し伸べてくれた.だけど,そこで素直
にその手を掴んでいいものか迷っていた.
…複雑な心境のまま,私たちはサウスフィガロを脱出し,
ナルシェへと続く洞窟の手前までやって来た.
4.
ナルシェへと続く洞窟,とロックに教えられた洞窟の手前まで来た時,私は今更になって不安
になってきた.それは,帝国軍から追っ手が来るのではないかというものだった.サウスフィ
ガロのどこかの建物の地下室が誰もいない状態になって,帝国軍は何かしらのアクションを起
こしているに違いない.
「ロック」
私は彼を呼び,その不安を打ち明けた.
「サウスフィガロから追っ手は来ないだろうか」
…今思えば,随分とぎこちない言い方だったな.私の言葉を受け,ロックはこう答えた.
「いや,その心配はない」と.
「どうしてそんなことが言える?もしかしたら・・・」
「あの二人組みの兵士には,『セリスは秘密裏にこの私が処刑しておく』と言ってごまかした
からな.あいつら多分,もうお前は死んだと思ってるぜ」
「帝国軍のことをお前は結構知っているようだな」
「まぁな.戦う相手さんのことも良く知っておかなければ,太刀打ちなんて出来やしないさ」
私は心の中で,なるほど,と頷いた.そして,ロックが促す.
「それより,早くこの洞窟を抜けてナルシェへ行かなければ」
こうして,私たちは,ナルシェへと続く洞窟へ入っていった.
洞窟内は,さすがフィガロとサウスフィガロを繋ぐ場所だけに,松明や橋などがそこかしこに
置かれ作られていて,綺麗に整備されていた.松明を持ったロックの後について,私は歩く.
後につく,と言っても,ロックは後ろに続く人を無視してどんどん先に行ってしまう人ではな
かった.後ろに続く人のペースを考えて自分の歩調を合わせ,且つ皆の前に立って歩く.そん
な感じを,私は彼の後ろについて歩きながら思っていた.
暴行によって傷つき,歩くのもままならないところを彼が持っていた薬によって,ようやく,
速さは遅いが,普通に歩ける程になった私のペースを考えて先頭に立ってくれている・・・.
この時からだろう,初めてロックという男性に興味を持ち始めたのは.
やがて,先が明るくなってきた.洞窟の出口か,と思い始めた時だった.突如として岩盤を抉
り取るような激しい轟音がしたかと思うと,私たちの目の前にあった岩がどんどんとヒビが入
り,そして広がり,割れてゆく.ロックが叫んだ.
「何だ,この音は?!」
「まさか,これは・・・」
「知っているのか,セリス!」
帝国の新型も新型の魔導アーマー・・・
「壁の中から来るぞ!帝国の最新鋭の兵器,ディッグアーマーだ!こいつの魔導の力を受けた
らひとたまりもないはず!」
「おいおい,じゃあどうすればいいんだ?!」
「魔導の力は私が何とか封じてみせる.ロック,あなたはその間に反撃を!」
「本当に封じられるのか,魔導の力を・・・」
「まぁ,見ていなさい!」
「よし,分かった!」
私はこの時,彼の先程の台詞の意味が分かったような気がした.成程,
守り合えばいいさ
か・・・.
ディッグアーマーを撃破した後,ナルシェ手前の森にて,私たちは休憩していた.
「ふーっ,さっきのには驚いたなあ」
「ディッグアーマーのこと?」
「ああ.あいつ,帝国の最新鋭の兵器なんだろ?なんでそんなのがあの洞窟に・・・」
「・・・」
「どうした?」
「まさか,帝国軍の追っ手が・・・」
「あ・・・なんかごめんな・・・」
「いい.私が勝手にそう思い込んだだけだ.それよりロック.
私はあの時のあなたの台詞の意味が分かりかけてきたんだ・・・」
「さっきの俺の台詞?」
「守り合えばいいさ,と・・・」
「ああ.さっきのディッグアーマーとの戦いでは,セリス,お前に守られたな.
次は,俺がお前を守る番だ.安心していい」
そこで私は,三年前の疑問が解けたような気がしてならなかった.
"私にとって,守るべき人は本当に私の目の前に現われるのだろうか"
今は,というかこれからも,私は守り守られ生きてゆくのだろう.
この,ロックという男性と共に,新しい自分が,始まるんだ.
最終更新:2011年12月27日 17:35