ミシ,ミシとブーツで雪を踏みしめ,わしは今日の長老会へ赴いている.先週から引き続いて
いる大寒波の影響を受けてか,此処ナルシェには人の背の高さと同じくらい雪が積もっておる.
雪削機のおかげで雪かきが大分楽になったとはいえ,已然ナルシェは雪に埋もれているといえ
るだろう.ナルシェの街道の一つを通り,わしは長老宅へと入っていった.
わしが座すると,やがて長老が部屋の奥からやって来た.曰く,
「さすがにあれはわしの力だけでは持てんわい・・・.皆の衆,手伝ってくれはしないか」
"あれ"とは一体なんであろうか.兎に角長老の手伝いに参加しようとした.
わしの他に長老会に出席した者が訊いた.
「長老様が持てないものとは一体・・・」
「うむ.実はな,"剣"なんじゃよ」
「剣・・・?」
「そうじゃ.今朝,この家の裏にある広場の地面に突き刺さっておった.
武器屋のお前さん,この剣をどう見る?」
長老が,剣を包んでいる布を丁寧に広げながら,
わしに話を振って来たので,わしは見たままの感想を言った.
「これは,武器の中でも,大剣に部類するものじゃ.
刀身に何か古代文字が刻まれているようじゃが・・・わしには読めぬな」
長老は,学者のお前さんならどうじゃ,と言って古代文字を専門とする者に,
その文字を読ませた.その者は,寒さで手が悴みながらも,
震える手で字引きを引いて,やがて解読し始めた.
「『地上の全ての生命よ,光あれ.神々が創りし魔獣をも凌ぐ生命力に満ち溢れよ.
強き心を持つ者共,光をもたらす者共.仲間を求め,内なる光を捨てずに,勇みを持って
前へ出よ.そして邪なる力を討て.神剣・ラグナロク』・・・と書いてあります」
わしは思わず叫んだ.
「神剣ラグナロクじゃと?!
あの魔大戦以前より伝わる,神々にしか扱えぬ伝説の剣が何故地上に・・・」
そこで長老が,わしに向かい,言った.
「この神剣はお前さんが持つべきじゃろう.
いつか災いが起きた時,本当にこの剣を扱える者が現われるやもしれぬ」
「そうじゃな,災いが起こるまでわしが大切に保管しておくわい」
長老会が終わった後,わしはラグナロクを革製の布で包み,自宅へ持って帰った.
ここのところ,ナルシェでは普段ならざる出来事が起きている・・・.氷漬けにされた幻獣
の発見に,神剣の登場か.長老の言う通り,災いが起こったら・・・本当に持つべき者たち
にこれを渡そう.
時刻は夜にさしかかった.街道は人っ気が少なくなり,家々の明かりが段々ときえてゆく.
今夜も寒くなりそうじゃ・・・.わしは,居間にある暖炉の木炭を火鉢でいじりながら,
神剣が地上に降りた意味を考えていた.これから何か災いが起こるような・・・そんな気が
してならなかった.雪で大部分が覆われた窓の硝子が,外の吹雪を受け,カタカタと音を立
てていた.外に置いてあるストーブにくべられた木炭を家の中の暖炉に加え,わしは手をか
ざし,しばらく温まっていた.
災いが起こるとして,それは一体どのようなものであろうか?1000年前の悲劇を繰り返さね
ばよいのであろうが・・・.ふと,テーブルの上に置いてある,
布に包まれた神剣に目をやる.
「終末の日,ラグナロク,か・・・」
古より伝わる伝説を思い起こしながら,わしは暖炉を離れ,ラグナロクを家の奥にある棚に
しまい,木炭からの火を消し,床に就いた.
最終更新:2012年02月26日 14:21