1.


幻獣界の入り口に飛び込み,マディンと知り合って,その入り口にて私は彼と愛し合い,
そして子どもを授かってからもう一年も経つのね・・・.マディンと私の子ども・・・
ティナはもうすぐ生後一年を迎える.

その日,早朝に目覚めた私は,未だに眠っているティナを抱きかかえ,幻獣界の入り口ま
で来ていた.此処は,一年前・・・私とマディンが愛し合った場所でもある.彼が言って
いた「空気の漏れ」は,もうない.過去に私がそこへと飛び込んだ崩れていた岩盤は,堅
固なそれで修復されていた.私という外部の者がそこから幻獣界にやって来たから,そう
されるべきだったんだろう.


…私は今でもマディンとカーバンクル以外の幻獣たちとは馴染めずにいた.

そう思っていたところ,不意に後ろから,

「久し振りだな,此処も」

と,マディンの声がしたので,私はすぐさま振り返り,彼の姿を認めた.

「俺たちの思い出の場所を見に来ていたのかい?」
「ええ,そうよ.あの時も,早朝に此処だったから.ほら,もうすぐティナの一才の誕生
日でしょう?ティナに私たちが出来ることっていっぱいあると思うの」
「そうだな,記念すべき一才の誕生日だものな.・・・と,それは良いとして,マドリー
ヌ,君はいつもの水浴びの時間じゃないかい?」
「そうね,それじゃあ水浴びに行って来るわ」

私はティナを抱きかかえ直し,いつも行く水浴び場へ行った.

早朝に外へ出るというのは,マディンの言っていたこともあるけれど,もう一つあった.
それはこの幻獣界の人たちが水浴びにやって来る時間帯より早めに来て,なるべく一目に
触れないようにして事を済ませたかったからだ.

でも,今朝は違った.シヴァやセイレーン,セラフィムでもない,けれど私と同じく人間
でも勿論ない女性が,私たちより早く来て水浴びをしていたのだ.彼女は独りだったから
…大丈夫よね,と少し離れたところで私は一日の内で始めの日課をティナと共に行うこと
にした.ややあって・・・,私とティナが衣服を解いて水浴びを始めようとしたところに,
ティナが,

「ねぇ,おかあさん・・・あのひと,だあれ?」

と.私はしまった,と思った.あの女の人に気付かれてしまう・・・.私が思った通り,
私たちは彼女に気付かれた.けど,彼女は私たちに対してよそよそしい態度をとることな
く,寧ろ逆の反応を示した.彼女は私たちに近付き,言った.

「私は幻獣ウィルゴーのローラル・クリャドリュカと言います.あなたは・・・マドリー
ヌさんですよね?」
「ええ,そうよ,でもどうして私だと?」
「それは今の幻獣界でただ一人の人間だからですよ」
「そうね・・・私は人間・・・だけどあなたは?あなたは幻獣と言ったけれど,幻獣らし
いオーラが感じられないわ」
「それはそうですよ.私,まだウィルゴーのままなんですし」
「ウィルゴーのまま・・・?」

それから彼女は私に懇切丁寧にウィルゴーの定めを話してくれた.なんでも,幻獣ウィル
ゴーに属する者たちは,雄の幻獣と交わらないとちゃんとした幻獣として認めてくれない
らしい.その後,私たちは他愛もない話をしながら水浴びを終え,それぞれの帰路につい
た.

家に着いた私たちは,

「今日の水浴びは長かったね.どうかしたのかい?」

とマディンに心配された.私が,初めてまともに他の幻獣と話をすることが出来たのを伝
えると,彼は,良かったじゃないか!,と言って祝福の口づけをしてくれた.そんな私た
ちを見てティナは何を思ったのだろう.この子にも,愛することの素晴らしさを教えてあ
げたいのだけれども・・・,具体的に何をしてあげれば良いのかしら?


2.


私たちの子どもである,ティナ.彼女は,生まれてきた時・・・マドリーヌのお腹から出
てきた時,人間の姿をしていた.改めてこれは一体どういうことだろうか,という疑問に
行き着く.人間の血と幻獣の血….
ティナは,どうやら人間の血の方が強いのかもしれないな.

私は水浴びから帰って来たマドリーヌとティナと話をしながら,そんなことを思っていた.

「よ~し,ティナ,いつもの『高い高い』をしてやるぞ」

私がそう言ってティナを担ぐと,ティナは,わーい,と喜びながら私の肩の上で楽しんで
いた.人間の姿で生まれてきたにもかかわらず,幻獣である私を怖がらずにいるところを
見ると,慣れもあるのであろうが,やはり幻獣と人との子なのだなと改めて思わされる.

彼女たちが水浴びをしている間に私が作った朝食を三人一緒になって食べ,やがて日々の
日課である畑仕事へ行こうかと思っていたところ,私の家へ,ヴァリカルマンダがやって
来た.ティナは開口一番に,

「あ,ことばのせんせいだ!おはよう!」

と言い,ヴァリカルマンダのところへ駆け寄って行った.ヴァリカルマンダは,

「おお,今日は三人家族皆おいでか」

と言い,ティナの頭を撫でた.ヴァリカルマンダは,生後まもないティナに言葉を教えて
くれた幻獣だ.加えて,魔法の使い方を教えてくれた幻獣でもある.

「マディンよ.もうティナは生まれてから一年になろう?そこで此処幻獣界の我ら幻獣た
ちでティナの誕生会を開くことになってな.勿論,そなたの妻,マドリーヌ殿もご一緒だ」

私はマドリーヌの方へ振り返り,

「マドリーヌ,ちょっとこっちへ来てくれないか」

と,彼女を私の家の入り口へ誘った.そして,その誕生会の話を聞かせてあげると,

「はい,ありがとうございます.いつもいつも,ティナがお世話になっています」

と言って,慎ましく一礼した.


…私が畑仕事をしている間,マドリーヌは私の家で家事を,ティナはカーバンクルと一緒
にヴァリカルマンダが開いている,言葉と魔法の教室に通っている,というのが,毎日の
習慣だった.ティナは毎日新しい言葉を覚えては,私とマドリーヌに披露してくれた.生
まれてから一年しか経ってないというのに,ここまで順調に育ってきてくれて私たちはこ
の上ない幸福感に満たされていったのである.


ヴァリカルマンダの言葉と魔法の教室へティナたちが行った後,私は今日の日課を早く終
わらせ,家へ帰って来た.

「あらマディン.今日は早かったのね」
「ああ.最近,日中ずっと独りで家事をしている君のことが気になってね.
寂しくはなかったかい?」
「いえ・・・寂しくはないわ」

と言いながら私の元へ来て,私を抱きしめた.

「マドリーヌ,君はいつから嘘つきになった?」
「分からないわ・・・.ティナに色々教えてくれているヴァリカルマンダにも,勿論あな
たにも感謝しているわ.だけど・・・だけどね,マディン?此処で独りでいると,時々昔
の私に戻されたように感じて・・・.
私はまた独りぼっちなのかしらって思うことがあるのよ」
「人間界の出来事を思い出したのか・・・.どうして楽しい時間はあっという間に過ぎる
のに,昔あった嫌なことはしつこく心のなかに居続けるんだろうね・・・」
「マディン,どうしたの?なんだかいつものあなたらしくないわ.どうかしたの?」
「いや,なんでもないよ.心配かけさせてごめん」

と言って,私はマドリーヌを強く抱きしめた.そして,熱い口づけを交わし,そうしたら,
自然と彼女の胸に手が行く.彼女は恍惚とした表情で,熱い吐息と共に喘いだ.私が彼女
の胸を揉みしだき,やがて服の中に手を潜らせ,上半身だけでなく下半身にも刺激を与え
ようとしたら,マドリーヌは私の手を取り,

「だめよ・・・もうすぐティナが帰って来るわ」

と言った.

「いいじゃないか,偶には・・・」

と私は返し,滾るペニスを彼女の中に入れては出したりした.段々と私たちの息づかいが
荒くなり,やがて私たちは絶頂を迎えた.

久し振りのセックスは,夫婦の絆をより強固なものにする.
…マドリーヌは,情事が終わりしばらく経っても荒い息づかいをしていた.


3.


幻獣界にいる皆で一緒に,ティナの誕生パーティを開いてくれる・・・.その席には勿論,
私がまだ話したことのない幻獣たちがいることになるだろうし,見知った幻獣たちもいる
ことになるだろう.私は沢山の幻獣たちがいる中で果たして平常心を保てるだろうか.視
線を感じて,途中で席を外してしまうことはないだろうか?

私は,昼下がりの情事の後,荒い息づかいをする私を見て心配そうににしているマディン
を横に,そんなことを考えていた.息づかいが元に戻るまで,しばらくしてから,その考
えていることを,マディンに相談しようと思った.

「ねぇ,マディン」
「うん,なんだい?」
「ティナの誕生日には大勢の幻獣たちが集まって来るのよね?」
「それは・・・そうだろうね.なんだい,君は他の幻獣たちとうまくやれるのかってこと
を気にしているんだね」
「ええ・・・」
「以前君は俺に,『自然』と解け合うのが好きだと言っただろう?他の幻獣・・・彼らも,
俺やカーバンクルもヴァリカルマンダも,その自然からの産物さ.その事実を知れば,ど
うだい,少しは考え方が変わってくると思うんだけど・・・ダメかな」
「いいえ,そうね,幻獣たちだけでなく,私,人間も自然からの産物よね.よく考えたら
解け合わない方がおかしいくらいよね」
「あとは,そのことを他の幻獣たちにも知って欲しいのだけど・・・ね.どうしても頭が
カタイ方々には悩まされるよ」
「マディン,あなた眉間に皺が出来てるわよ」
「あぁ,ごめん,最近の癖なんだ.なんだか,人と幻獣について考えていると,どうして
もこうなってしまうんだよ」
「そうなの・・・?・・・あ,もうすぐティナとカーバンクルが帰って来る頃ね」

と言うと,誰かが走って来る音が段々と大きくなり,そして私は,ティナとカーバンクル
が帰って来たんだな,と思った.

ティナは,家に帰って来るなり,大きな声で,

「ただいま!おとうさん,おかあさん!」

と言い,マディンと私が座っている長椅子に飛び込んだ.

「おかえりなさい,ティナ」

私がそう言うと,ティナは満面の笑顔で,

「あのね,きょうならったことがあるの!『なぐさめる』ってことばよ.せんせい言って
た.『もし君のお友達や家族・・・他の人でも,ずっと下ばかり見てたり,肩がガックリ
としている人をみつけたら,ティナ,君の笑顔をみせてあげなさい,そして,こう言うん
だ.わたしはあなたことをいつも想っているから,諦めないでね,ってね』って」

と言ってくれた.ティナは,私とマディンの間に座り,

「きょうわたしがかいた『え』だよ!」

と言って私と彼にその絵を見せてくれた.

クレヨンで描かれた多分・・・緑色で塗りつぶされたところからポッと細長くて赤いもの
が出ているから,多分カーバンクルの絵だろう.・・・人間の子どもなら,生後一年くら
いでようやく自分の力で立って歩けるようになるだろう.けど,ティナの場合は違った.
私のお腹から生まれ出て来るや否や,すぐ二本足で立って歩いたのだった.

「おかあさん,どうしたの?下ばっかり見てる・・・.・・・!」

ティナはにっこりと笑顔で私と顔を合わせ,言った.

「わたしはあなたのことをいつもおもっているから,あきらめないでね!」
「ティナ・・・」

私はティナを強く抱きしめた.私は,ティナの肩の後ろで,嬉し涙を流していた.そんな
私を見て,マディンは穏やかな顔をして微笑んでいた.彼が今,心の中でなんと想ってい
るのか分かるような気がした.

"気持ち良いものだなぁ,家族というのは"

あれこれ考えて心配ばかりする私だけれど,自分の子どもから慰められるとは思っていな
かった.・・・いなかっただけに,私は幸せ者だ,と思いながら,ティナに精いっぱいの
笑顔を返した.


カーバンクルは,そんな私たちをこれまた穏やかな顔をして,少し間を置いてから,

「長老様からの通達です.『明日行われる長老会には,
マドリーヌ殿もご出席されるよう』だそうです」

えっ,どうして私が長老会に?と思ったその時,マディンは私の肩に手を乗せ,

「きっと例のパーティについてのことだろう.だからそんなに深刻になることはないさ」

と言ってくれた.

そうだ,いつまでも俯いてばかりはいられない.真っ直ぐ前を見ないといけないんだ.
幻獣界に一年も住んでいるし,これからも此処で一生住むことになるのだから.


4.


此処幻獣界の長老宅で不定期に行われる長老会.カーバンクルによれば,明日行われる長
老会に,マドリーヌも出席せねばならないという.彼女には,深刻になることはないさ,
と言ったものの,長老会で何が議題になるか私ですら分からないでいた.私は家の門に見
張りに戻ってゆくカーバンクルを,マドリーヌとティナに気付かれないよう呼び止め,訊
いた.カーバンクルよ,長老様が仰っていたのは本当にそれだけか,と.すると彼は,は
い,それだけです,とあっけなく返した.私は先程マドリーヌに言った言葉に自信が持て
なくなってきているように感じた.

その日の晩,夕食を三人で食べている最中にこんなことがあった.

「ティナ?どうかしたの?晩御飯冷めちゃうわよ」

と,マドリーヌが,なにやら様子がおかしいティナに気遣いの言葉をかけたのだ.それ程,
ヴァリカルマンダのところから帰って来てからのティナと「差異」があったのだ.私はと
いうと,自分自身の言葉に自信が云々のことで,ティナの変わりようには気付かなかった.
…やがて,ティナは打ち明け始めた.

「うん・・・じつはね,
ことばのせんせいのところから帰るとちゅう,いやなかんじがしたの」

すぐさまマドリーヌは返す.

「嫌な感じ・・・?!それってまさか・・・」

彼女が何を言おうとしているのか,彼女から送られたアイコンタクトで分かった.

"まさか・・・他の幻獣たちからの,視線とか・・・?"

私は彼女にアイコンタクトを返した.

"ここは慎重にいこう"

と.私が言う.

「ティナが嫌だと感じたもの・・・それはカーバンクルからは感じられはなかったかな?」
「ううん,ちがうの.カーバンクルのお兄ちゃんからはいやなかんじはしなかったの」
「そうか・・・.カーバンクルにはそのことを話したのかな?」
「ううん,お兄ちゃんにははなさなかったわ」
「成程・・・」

私とマドリーヌはこの時,早くいつものティナに戻ってくれるよう,ただそれだけを願っ
ていたのだった.嫌な感じ,か・・・.それがマドリーヌの思った,「他の幻獣からの視
線」だったら,大変なことだ.マドリーヌだけじゃなくって,ティナにもそれがあるのだ
ということが本当ならば・・・カーバンクルに一言言っておかなければならないし,明日
の長老会でも話すべき話題になろう.


翌日,私とマドリーヌは,長老会に出席した.ティナはというと・・・スリプル草で眠ら
せてマドリーヌにしっかり抱きかかえらせている.ヴァリカルマンダの教室があるが,
彼も長老会に出席せねばならない身だった.

私たちは早速,昨晩ティナが伝えてくれたことを話した.長老会に出席した者たちは皆,
悩み始めた.その隙に私はマドリーヌに,視線を感じないかい,と訊いたら,彼女は,え
え,大丈夫だから,と返してくれたので私は幾許か安心した.

「それは幻獣カトブレパスのせいではないのかの?」

と一人の幻獣が話し始めた.

「彼らは醜悪な姿をしておるが,心まで醜悪しきってはいない者も多い.ティナは,もし
かしたら彼らの視線を感じたのかもしれん.カトブレパスのことじゃ,自らの姿と比較し
て劣等感を抱き,それでティナを『みつめた』のじゃろうて」

長老は,彼の言う通りかもしれんぞ,どうだ,マディンと私の方を見て話を振ってきたの
で,こう答えた.

「確かにそれは一理あるかもしれませんが,幻獣界には何もカトブレパスばかりではあり
ません.やはり他の幻獣の視線も感じたに違いありません.現に私の妻であるマドリーヌ
も,水浴び場でシヴァやセイレーン,セラフィムから視線を感じたと言っておりますし・・・」

そこで一人の幻獣が立ち上って,私の発言を遮った.

「いいえ,彼女たちには私からそのようなことをしてはいけませんと言ったので,
大丈夫です」と.

私は反論したかったが,マドリーヌが,待って,と言い,立ち上がって続けることには,

「あなた・・・ローラル・クリャドリュカさんでしょう?ウィルゴーだった・・・」
「ええ,そうです.今はラクシュミ族に所属しています」
「じゃああなた,幻獣として認めてもらえたのね?」
「はい.全ては,あの時が始まり・・・」

彼女が言った「あの時」とは何のことだか分からなかったが,私は長老の方へ体を向き直
し,

「取り乱してすみません」

と言った.長老は,

「皆の者よ.もはや偏見など持つべきではないのだ.そして,偏見は教育の最大の敵じゃ.
ティナのことを我らで祝ってやろう.教育してやろう.此処幻獣界には,転機が訪れてい
るやもしれぬ.わしらにも,人間という存在を正しく見つめ直す時が来ているのだ.帰っ
たら,皆に今あったことをきちんと話すのだぞ」

と言って,今朝の長老会をお開きにした.

私とマドリーヌと,眠りから目覚めたティナは,無事家に帰ってきた.ティナはカーバン
クルと遊ばせ,長老会であったことをマドリーヌと二人で振り返っていた.自分たちの子
どもが,村の宝のように扱われてゆく様子をしみじみと感じ,マドリーヌは嬉し涙で泣き
出し,私も泣いてしまった.私たち家族は,なんて恵まれているのだろうか.


5.


マディンと共に嬉し涙を流しながら,私たち二人は抱き合っていた.私たちの愛の結晶を,
幻獣の皆で祝ってくれる・・・ということが,どれだけ私たちにとって嬉しいことか….

カーバンクルと遊んでいたティナが,そんな私たちを目前にして,言った.

「おとうさん,おかあさん,どうしたの?」

その一言で私たちは,ハッとして涙を拭い,私とマディンがティナに一言ずつ,言葉をか
けた.先にマディンの方が,

「おおっと・・・これは困ったなあ・・・」

と言って,目の部分を手で覆った.そして,次に私が,

「大丈夫よ,ティナ.お母さんとお父さん,ついさっきすごく嬉しいことがあったから,
こうして気持ちを分け合っているのよ」

と言うと,ティナは,

「すごくうれしいことって,なあに?」

と返してきたのでマディンが,

「それは秘密さ,ティナ.ティナにもすごく嬉しいことがきっともうすぐ来るから」
「そうなの?」
「あぁ,『秘密』といっても,
お父さんとお母さんがティナに対して悪いことはしてないからね」

と,ティナと言葉を交わした.


…そういうやりとりがしばらく経った後,私とティナはまたいつもの日課である水浴びを
する為に,水浴び場へ行った.今日はいつも行く時間より大分遅れている.この時間だと
きっと多くの幻獣たち・・・いえ,ひとたちでごった返しているだろう.つい昨日までは
ひとの目を気にしていたのに,今ではそういうのを全く気にせず,難なく事を済ませるこ
とができると思った.何故そう思えるか・・・きっとさっきの長老会でのことのおかげね.
そのおかげで,水浴び場には沢山の人たちがいたけれど,そこでは皆からの「視線」を全
く感じることなく水浴びをすることが出来た.思えば,こんなことって,私が幻獣界に来
てから初めてのことなんだ.初めての筈なのに,当たり前のことのように思える・・・な
んだか不思議ね.

水浴び場から帰って来ると,マディンはいつものように,私たちの朝食を作ってくれて待
っていてくれた.朝食をとっている時の会話は,ティナが今日,ヴァリカルマンダの言葉
と魔法の教室で覚えてくる言葉についてのことで話題が尽きなかった.そうして時間があ
っという間に過ぎ,ティナはカーバンクルと一緒に例の教室に行き,マディンは畑仕事へ
行った.

…私は,一人で家事をこなしている.そうしている間に,私は一つ,気付いたことがあっ
た.昨日,マディンと交わしていた言葉の一つ.私の好きなこと,つまり,

「自然」と解け合うこと

考えてみれば,私は,「自然」を愛して,そして信じていたのだ.だからこそ,自然と自
分の殻を破っていけたのだ.だからこそ,あの時,マディンの胸の中へ飛び込んでゆけた
のだ.幻獣界に来て始めの頃は,他の幻獣たちと解け合うことが出来なかった.それは,
彼らの私を見る時の視線を気にし過ぎて,不信を起こしていたから.だからこそ,彼らと
は馴染めずにいると感じていた.

そうだ,あの時マディンから指摘された,

「自然の産物なんだから」

ということの意味が分かって来たのだ.そしてティナという,私たちの愛の結晶の存在.
信じれば,愛が実る.マディンと愛し合うことが出来たのも,彼を信じていたからこそな
んだ.

そっか・・・愛する,ということは,信じる,ということでもあるのね・・・.

今日,ティナが帰って来たら,そのことを教えてあげよう.


誕生日パーティまで,あと僅か.


6.I Shall Believe


その日の畑仕事を終え,家に帰る途中,言葉と魔法の教室から帰って来るティナとカーバ
ンクルと,偶然会った.

「あっ,おとうさんだ!」

と,ティナは私の姿を認めるや否や,私の方へ駆け寄って来た.来た・・・のだが,私の
ところへ走って来る途中,何かに躓いて転んでしまったのだ.私はすぐさまティナに駆け
寄り,大丈夫かい,と声をかけようとした,その時だった.ティナは,転んで出来た傷を
自分で回復魔法・ケアルで治していたのだ.

「ティナ・・・いつの間に魔法が使えるようになったんだい?」

私がそう問いかけると,ティナはにっこりと微笑み,

「きょうだよ.きょう,つかえるようになったの」
「そうか・・・」

傍にいたカーバンクルは,良かったですねぇ,と言わんばかりの表情を浮かべていた.
魔法の力が覚醒した・・・ということは,幻獣としての一つの成長段階を経た・・・とい
うことになるであろう.

「ねぇ,おとうさん,いつもの『たかいたかい』やって」

とティナがせがんできたので,私はティナを担いであげて,マドリーヌが待つ私の家へと
帰ってきた.

「あら,ティナ.今日はお父さんと一緒に帰ってきたの?」
「うん!」
「今日はどうだった?」

そうマドリーヌが言うと,ティナは,私と一度顔を見合わせ,そして私の肩から降りると

「おかあさん,どこかけがはない?」
「怪我?・・・そうね,怪我はないけれど,少し疲れているくらいかしら」

ティナは,えへへ,おかあさん,じっとしててね,と言い,一瞬気を溜め,

「ケアル!」

と言って,マドリーヌの疲れをとった.やがて彼女は,

「これは・・・もしかして,回復魔法?」
「そうだよ.きょうはことばじゃなくってまほうをおしえてもらったの」
「そうだったの・・・」

とやりとりをした.

その日の晩飯時の話題は,ティナがどうやってケアルを習得したかで尽きなかった.そう
して晩飯を終え,皿洗いをしている私の後ろで,マドリーヌとティナが何か話していた.
そう,随分長い間,話していたな.



そして,今日,ティナの誕生パーティーの余興として,私とマドリーヌはチークダンスを
をしながら,互いに小言を交わしていた.

"今日の日を無事に迎えることができて,本当に良かったわ"
"そうだね,俺も良かったと思っているよ"

天井に仕掛けられたミラーボールが煌いた.

"あの日・・・ティナが魔法を使えるようになった日,ティナと君が話していたことって
なんだい?"

"やっぱり気になる?"

"ああ"

"私たちと同じように,ティナにも,愛する人と幸せな時を過ごして欲しいものね"

"そうだね"

"私,あの時,ティナに「信じる」っていう言葉を教えていたのよ"

"「信じる」だって?"

"そう,「信じる」という,誰かを愛するにはかけがえのないこと・・・"

"愛する,か・・・.ティナは一才になったばかりだぜ?理解するにはちょっと,いや,
かなり難しいことだと思うが・・・"

"それでもね,マディン.私は信じていたいの・・・.いつかティナにも,愛すべき人を
見つけることができる,と・・・"

"信じることができるように・・・と?"

"えぇ,そうよ"

ミラーボールが更に煌いた.

"なぁマドリーヌ"

"なあに?"

"ティナは,幻獣である俺と,人間である君との子どもだろう?あの子が,自分のことが
ハーフだっていうこと・・・に強い悩みを感じるようになるかもしれない"

"その時は・・・あなたと私で,しっかりとティナのことをみてあげましょう?"

"ああ.ティナがその悩みを解決した時,幻獣・・・いや,あらゆる生命を繋ぐ絆の象徴
として,生きていって欲しいと思っている"

"そうね.ティナには,色々な愛を知って欲しいものね"

ミラーボールの煌きが一瞬消えたその時,私たちは口づけを交わした.この愛が,永遠に
続くように,長く,長く.






最終更新:2012年04月28日 17:09