湖面に浮かぶ月を涙で滲んだ視界の端に捉えながら、女はぬかるんだ土の上に蹲っていた。
それは傍から見れば鹿か何かが清涼な水を飲む行為に見えたかもしれない。
――何故なら女の身体は短い体毛に覆われ、頭には二本の巨大な角が頂かれていたから。
「うっ、おえっ……へ、反吐が出たよっ……! ……うぷ」
言いながら胃液で汚れた口を拭う彼女の名は『七市』。テイルズロワ2ndの書き手の一人である。
「反吐が出るよ」が口癖のガジュマ(獣人)、ジルバ・マディガンの姿を模した彼女は文字通り反吐を出していた。
不運にも彼女は目撃してしまったのだ。彼女のいる周辺―――浜名湖付近の光景が一瞬、しかし確実に一変したのを。
例え僅か瞬き数回程度の時間限りの光景でも、そのあまりのグロテスクさは彼女の膝を折るのに十分だった。
鬱グロに定評のあるテイルズロワの書き手とは思えない程に彼女は鬱グロ耐性が欠落していたのだ。
七市は、それはもう偉大な先人であるテイルズロワ1stのマカロニキールを見たヴェイグのように吐いて吐いて吐きまくっていた。
「まさにテイルズオブ『リバース』ってことかい……おえっ、うっえげぇ……」
しかし自他共に認めるTOR厨である彼女は頭の隅でどこか「ヴェイグと同じ」ことや「ジルバの姿」であることに喜びを感じていたに違いない。
そんな余裕はあれども、突然自分自身がバトルロワイアルに参加させられたことに思考をめぐらせる余裕は彼女には無かった。
今の彼女はまさに狡猾な獣の皮を被っただけの只のR厨……もとい繋ぎ書き手に過ぎない。
一通り胃の中身を吐き終え、もう出るものも出尽くし七市は呼吸を整える。口の中に広がる酸の味は至極不愉快だ。
ようやく顔を上げた瞬間、彼女の獣の両耳がぴくりと動く。
ガジュマという種族特有の獣の身体能力。それが彼女に教えてくれた。
何者かが直ぐ傍に存在しているということを。
七市は息を潜めるが、それも無駄なことだと頭のどこかでは理解していた。
先程までの無防備に放出されていた己の気配。嗚咽の音、吐瀉物のつんと鼻をつく臭い。
どう考えても気付かれるフラグである。七市はかたく瞼を閉じる。
只反吐を出すだけ出しただけで退場とはなんともみっともないものだ。
がさりと草を掻き分ける音と共に、くつりと笑う声と音の中間のようなものが七市の鼓膜を震わせる。
恐る恐る目を開けた七市は目を見開いた。
「よう、七市じゃないか」
「な、名無しさん……!!?」
目の前にいたのは同じテイルズロワ2ndの仲間であり、テイルズロワ1st書き手として七市の憧れの先輩でもある
名無しだったのだ。
まさかこんなところまでテイルズロワ2ndお約束の「同作キャラの再会」が起こるとは、と七市は驚く。
そして同時に七市は先程の浜名湖の異変を理解する。――名無しの能力によるグロ描写が原因か、と。
名無しの鬱グロ描写は七市が多いに憧れることであり、そして同時に多いに恐れる部分であった。
「これは……貴方が行ったことみたいですね……」
「鬱グロ耐性のない七市にはキツかっただろうな。でも、テイルズロワの伝統なんだよ、鬱グロは」
すっ、と膝を地についたままの七市に向かい抜き放たれるはダブルセイバー。TOSのドジっ子天使ユアンの使う武器である。
しかしゲーム中のソレよりも歪且つてらてらと黒光りするそれの出展は間違いなくテイルズ1stだと七市は理解した。
塗られているのはタール――猛毒だ。
「矢張り……名無しさんはここでも鬱グロを貫く、ということなんですね?」
「その通り」
にやりと三日月の笑みを貼り付ける名無しの顔は、七市の予想を確信に至らせるに十分だった。