「――なるほど、妥当なところだろうね」
そう独り言ちたのは、銀髪の青年であった。
外見の年齢は20前後、堅物で難物であることを予感させる表情をしているが、容姿の評価は相当の上であると言える。
その和風の衣装もまた、すらりとした長身によく似合っていた。
彼がこの世界に降り立ち、自分の着ていた衣服ですぐに自分に当てられた容姿を把握できるほどに、その衣服は特徴的であった。
「喜んでいいのか、わからないけどね」
傾いた眼鏡を指の腹で押し上げると、彼は顎を撫ぜる。
主催とやらが何か言い、恐竜(本物など当然見たことはないが、あれがそうなのだろう――)が一人を殺した。
書き手ロワ、というものを信じざるを得ない。自身がその参加者に選ばれたことも、だ。
再び、自身の着ている衣服を眺めまわす。
俄かには信じ難いが、確かにあの主催者の言う通り、ロワでの自分を象徴するキャラクターに“なりきって”いる。
自分に当てられるとすればこのキャラクターだろう、の想像を裏切らないチョイスで、それは彼にとっても満更でも無いのだが、如何せんこの場は殺し合いである。
それを考えると、このキャラクターが当てられたことに、彼は些か苦笑いせざるを得なかった。
同じ出展の、姦しく――美しく騒がしく、弾と踊る少女たち、或いはその力を得たであろう同郷の書き手と比べれば、このキャラクターは戦闘力に著しく欠けるのも事実なのである。
辺りの鬱蒼とした森を見渡して、彼、東方ロワの書き手である◆gcfw5mBdTgは、その容姿の元となった森近霖之助が多くしたのと同じように、深くため息をつこうとして――。
『溜息は幸せが逃げるわよ』『溜息すら我慢しなきゃならないのに幸せっておかしくないかい?』
脳内でフラッシュバックする台詞が、それを止めさせた。
彼の代表作の一、『無々色の竹』の一節である。
『やれやれ。溜息をつくのは、幸せを目一杯確保してからということか。 』と、その後に続くのだ。
やれやれ、自分の書いたものに縛られるなんて書き手は業が深いな――。
そんなことを思いつつ、彼はため息を噛み殺した。
暫しの物思いののち、森近霖之助の容姿を借りた◆gcfw5mBdTgは、パロロワの鉄則に法って支給品の見定めを開始した。
人が通らないであろう森の一画に陣取り、袋の中身を漁っていく。
その一々に、せっかくだから試しにと「道具の名前と用途が判る程度の能力」を発動してみて、そのたびに苦笑せざるを得なかったのだが。
「名前は――大きいおにぎり。用途――『おなかがふくれるぞ』か。やれやれ」
東方ロワ本編ではこの鑑定能力にも制限がかかっていたはずだが、今はそのリミットが外されているようだ。
つまり、本来の森近霖之助に近いレベルの能力が与えられていることになる。
まぁ、常時全開のロワもあることだし、この程度では焼け石に水程度の優遇だろうが。
ロワ定番の一式を再度しまい込むと、今度は支給品として与えられた武器を掴み、取り出した。
「――因果なものだね。いや、何かしらの主催の意図があると考えてもいいな」
それは、彼のよく知っている武器。
いや、現実で見たことなど当然無かったのだが――手に取った瞬間に、それと理解した。
「森近霖之助を殺す、という用途では無さそうなんだけどね」
皮肉を挟み、その刀を一振りする。
名称は『楼観剣』。幽霊十匹分の殺傷力を持つ長刀ということだが、実際それがどれほど強いのかわからない。
そもそも幽霊を殺すとはなんだろうか。成仏させるということなら、剣というよりは除霊具、神具の類であろう。
まぁ、――東方ロワ本編で、この刀は随分と血を吸ったものだった。それこそ、森近霖之助の血さえも。
「霖之助を殺した刀を、その姿を借りた僕に与えるなんてね」
支給品も、その書き手或いは模したキャラに因縁のあるものがチョイスされているのかもしれないと、ふと考えた。
しかし今は、因縁の武器、ということを一旦考慮の外に置く。
戦闘力に欠ける今、この武器はまぁそこそこ当たりと考えていいだろう。
殺傷力は十分だ。リーチは足りないが、そもそも敵と正面切って戦うことになった時点で僕に勝ち目はないのであまり関係はない。
これを持っていることで敵の奇襲を回避できれば、それだけで御の字だろう。
尤も――この刀本来の用途は、『斬る』、それだけだ。
確か、◆27ZYfcW1SM氏が森近霖之助に言わせたはずだと思い出す。
『武器で守るなんて綺麗ごとに過ぎない。武器は相手を倒してこその武器だと思う』
その言葉を借りて真似るならば、この手にあるこの刀は、相手を倒すために使ってこそ、ということか。
力に劣る僕が、異能を手にした書き手達を相手にして、か。
「それは、ないな」
考えるまでもなく、彼はそれを否定する。
結局一度だって、霖之助は武器を“使わなかった”じゃないか。
それは決して、無力だったから、勝ち目がなかったからではない。
そう、なのだから、同じ役割を与えられた彼が、霖之助を否定することは無い。
だから、彼の方針は決まった。否、最初から決まっていたのかもしれないが。
彼は、剣を腰に結わえた。これを抜くことがなければよいと、彼は願った。
「そうであるべき、だね。それがベストだし、僕自身がそうありたいとも思う」
彼のスタンスは、揺るがない。
与えられた能力は、とても殺し合いに向いているものではない。
異能者の中の一般人キャラクターの役割(ロール)は、だいたい変わらないものだ。
ただ守られるだけの役を除外すれば――それは考察役。目立つようなこともせず、裏方に回り、知恵と知識を提供する。
戦闘は能力のある者たちに任せ、自分は思考と補助で協力する。
簡単ではないが、パロロワ的にも重要な役割だろう。
森近霖之助がそうしたのとはやや趣が異なるが――。
(森近霖之助の考察は有り余る知識の結晶であり、同時に半分以上は薀蓄で占められているため、
◆gcfw5mBdTgと言えどその思考までは完全にはトレース出来ないであろう、と付け加えておく)
もっとも、と彼は思う。
◆Ok1sMSayUQ氏が見事に書ききった、森近霖之助の生き様をなぞるのも、また乙なものかもしれない。
フランドール……そうでなくても魔理沙や霊夢なら、ほかの書き手に姿を割り当てられててもおかしくはない。
中の人が男であろうことは(非常に)残念だが、美少女を庇って死ぬというのは中々に絵になるだろう。それこそ本編と同じように、だ。
そして叶うことならば――やはり最後は、“例の言葉”で物語を締めくくりたい、というささやかな願望もあった。
◆gcfw5mBdTgは、残りの支給品も一通り確認すると、荷物を整え立ち上がった。
今使えそうなものと言えば、その刀くらいであった。他のアイテムも興味深いと言えば確かにその通りだが、今すぐに使える武器というわけではなかったのだ。
結わえた楼観剣を再度少しだけ握り、思考に混ざるその“斬る”だけの用途に、“それはどうかな”と皮肉めいた疑問を投げかけた。
目標は見えている。まず自分に必要なのは、考察のための情報収集だ。
森近霖之助と八雲紫がそうだったように、契約という形での護衛を探してもいいだろう。
一人で情報を探せたらいいのだが――やはり、パートナーも欲しいというのが素直な気持ちでもあった。
彼は、一歩、踏み出して――足を止める。
振り向けば、そこには深緑の森。
この場所の季節は不明だが(暑くも寒くもない――)木々の様子は夏のように思えた。
彼は、ここから移動する前に、一つだけ、試してみたいことがあった。
東方ロワ書き手としての彼を位置づける、森近霖之助とは違うもう一つの色――。
◆gcfw5mBdTgは、彼が“彼女”にさせたように、右腕を颯爽と振り上げた。
『一瞬の静寂。
――全てが静止した空間の中、葉の一枚に紅色の一欠片が生まれる。
紅の欠片の縁取りが波紋を描き、疾走り、延々と広がり――。
葉の緑は見る見るうちに削れ――自己を主張する紅と無限に交差する。
無限憂色の雄大な光景が紅色のスーツを身に纏い――幾千、幾万もの紅葉による天然の屏風と化してゆく。
荘厳な紅葉は見る者を否が応にも圧倒し、枝の隙間から差し込む月明かり程度では彩りを鮮やかにする飾りにしかならない。
周辺の環境も秋の空気へと変容し、落葉が時を刻むように振り撒かれる。
広大な箱庭世界の一角は、僅かな時間の経過を経て、秋の趣そのものの紅葉林に場を支配された。 』
それは、東方ロワ『たなびく真紅/Crimson Wisps』の中で彼が描いた一つの場面。
美しく彩られた絵画のような風景の遷り行くさま。
秋静葉が紅美鈴に魅せた“たなびく真紅”の姿を、◆gcfw5mBdTgはこの場に再現して魅せたのである。
そして――彼は、自分で思い描き、文章にしていた描写が、寸分違わず真実であったことに安堵し、同時に満足し――
――紅葉林を背に、再度、その場から歩き出す。
後に残された彩と寂とを着飾った紅葉の木々は、風も無いのに細波のように揺れ、
静かに落ちる紅の葉たちが、闇に溶けゆく彼の後姿を、彼がそこにいたことすら幻であったかのように隠していった。
【一日目・深夜/E-1・森】
【◆gcfw5mBdTg@東方ロワ】
【状態】健康
【外見】森近霖之助
【装備】楼観剣@東方ロワ
【所持品】基本支給品1~2(武器は無し)
【思考・行動】
基本:この殺し合いを考察する。
1.情報収集
2.仲間探し
※森近霖之助の『道具の名前と用途が判る程度の能力』 秋静葉の『紅葉を司る程度の能力』を所持。その他は不明。
※E-1の森の一画が秋の空気に包まれた紅葉林になっています。
最終更新:2013年04月23日 03:22