月の運命の物語

「うー…怖いなぁ…」
私は夜の町を歩きながら呟いた。
だってそうでもしなきゃ怖いんだもの。

ガザッ

びくぅ!!!

物音がして私はものすごくビックリした。
「だ…誰!?」
見ると、植え込みが動いている。
「………」
私は勇気を振り絞って植え込みをのぞいた。
見ると、見覚えのない少年がバラを加えている。
「アナタ…誰?」
少年は振り返った。
『私はリーシュ、吸血鬼だ』
「…吸血鬼って…血を吸う?」
『そうだ』
そう言って彼はバラをくわえた。
『私は…あまり人を殺めたくない。だから代わりにバラを食べている』
「…そうなんだ…」
『お前の名前は、なんと言う?』
彼は、私に聞いてきた。
小さいくせに『お前』なんて随分生意気だなと、思わず笑ってしまった。
「ルルナ。ルルナよ」
『ルルナか?良い名だな』
彼は、そう言って笑った。

これが、私と彼との出会い

それから私たちは真夜中に出会った。
私は公園のベンチで絵を描いていて、彼はバラをくわえながら見ていた。
『ルルナは絵がうまいな』
「そう?まだまだ勉強中よ」
『そうなのか?』
「うん。いつか…もっとうまくなったらリーシュの絵も描いてあげるね」
『本当か?』
彼は笑った。
綺麗に笑った。

私たちは幸せだった。

あの日までは…。


リーシュは、走っていた。
ルルナに会うため、そのために。
けれども…。

=タ イ セ ツ ナ モ ノ ハ ナ ン デ ス カ ?=

不意に声が聞こえた。
『誰だっ?』
彼が振り返っても誰もいない。

=ダ イ ショ ウ ヤ ク ソ ク ダ カ ラ ア ナ タ ノ タ イ セ ツ ナ モ ノ モ ラ イ マ ス=

『代償…?約束…?なんの話だ!?』
彼は姿の見えない相手に対して叫んだ。

ドグンッ…!

彼の胸が高く鳴った。
『うっ…』
不意に、苦しみが来た。
何かが、彼の中から抜けていく。
『あっ…がぁっ…』
彼は頭を抑え、唸った。

だいじなものが、こわれていく

ルルナとの思い出も、彼女への思いも。

大切に持ってきた綺麗な花束が地面に落ちた。

彼女への思いだった。

彼女への愛しくて、一番大切な思い

それが奪われた。

何もなくなった。

ドグンッ…

彼の『心の音』が止まった。

感情のない瞳で、彼は歩き出した。
何も言わない、何も感じない。
花束を踏みつぶし、彼は歩く。

目の前に一人の少女がベンチに座っていた。
何か、声をかけてきたが、彼は聞いちゃいない。
『うまそう』
ただそれだけだ。
彼は少女を見据えて彼女に歩み寄った。
少女が不思議そうな顔で、また何かを言った。
彼は構わず口を開ける。
少女が初めて顔に恐怖を浮かべた。
少女は泣いたが、彼は構わず彼女の首筋に牙を差し込んだ。
「ねぇ…リーシュ…どうして?どうして…?」
少女は虚ろな瞳で叫んだ。
その言葉だけ、やけに耳に残った。
彼は少女の胸に手を突っ込んで、心臓をえぐり出した。
それを喰らい、彼はその場を後にした。



=…ん?=
玖楼は前方を見た。
ベンチの上に少女の幽霊がいる。
=おい、テラ。幽霊だぞ=
『みたいですね』
テラと呼ばれた青年は幽霊に歩み寄った。
テラは人間ではない、死神だ。
(ねぇ…リーシュ…、どうして…?どうして私を殺したの…?)
少女はうわ言のように言い続ける。
=テラ…リーシュって確か…=
玖楼は言った。
『えぇ、先日死亡を確認した吸血鬼ですね』
彼はそう言って幽霊を眺めた。
(リーシュ…リーシュ…)
幽霊少女はうわ言を続ける。
『玖楼、一つ頼み事、いいですか?』
=…皆まで言うな。『魂の保管所』に連絡だろ?=
『えぇ…』

魂の保管所とは、肉体が死んでしまった魂たちが一時的に留まる場所。
最近では魂の量が多すぎて成仏させるのに時間がかかるのだ。
よって、先日死んだ吸血鬼の魂もきっとあるはずだ。

=まだ残ってるってよ=
玖楼はテラに告げた。
『じゃあ、面会です。連れてきて下さい』
=分かったよ=

しばらくして彼は淡い色の魂を連れてきた。
(…何か…用か?)
気怠そうに魂は言った。
『リーシュさん、彼女に見覚えは?』
テラはそう言って幽霊少女を指した。
(……!?ルルナっ…!?)
彼は、叫んだ。
『彼女…ずーっとあそこで泣いてますよ』
(………)
リーシュは、何も言わない。
『…月の一族の掟だそうですね。大切なものを失うことって…』
テラは言った。
『アナタにとって大切だったのは、彼女と、彼女の想い出…違いますか?』
(…そうだ…。だから、心ごと、私は全てを失くした…)
『哀れですね…。アナタも…彼女も…』
リーシュはルルナに歩み寄った。
(ルルナ)
短く、彼は彼女を呼んだ。
(…リー…シュ…?)
朧げな視線でルルナは、彼を見る。
(ねぇ…どうして…?どうして私を殺したの…?)
(…それは…)
彼は口ごもった。
(ねぇ…?分からない…分からないよ…)
(………)
リーシュは口を開いた。
(ルルナ、すまなかった…。アレは…私たち一族の代償なんだ…)
(だいしょう…?)
彼女は言った。
彼は語る、一族のこと、代償のこと、あの夜のこと。
(…そっかぁ…)
理解したのかしていないのか、ルルナはフッと視線をちらつかせた。
(ゴメンねぇ…リーシュ…渡したいものがあったのに…。もう時間が経ち過ぎちゃったから…ボロボロになっちゃった…)
彼女は笑って、一枚の絵を出した。
リーシュがバラの植え込みの向こうで笑っている。
(ルル…ナ…)
彼は、彼女を抱いた。
(よかったぁ…。リーシュ…私のこと嫌いになっちゃったのかと思ったよ…)
二つの魂が浄化されていく。

魂の保管所にあるのは、未練のある魂ばかり。
それを成仏させるのは、本当は難しいこと。

二つの魂が消えていく
(リーシュ…大好きだよ…)
(あぁ…私も…それが言いたかった…)
ルルナはテラを見た。
(ありがとう…本当にありがとう)
(私からも…礼を言う…)

フッ…

二つの魂が光の粒子とともに深い夜の闇に消えた。
=テラ。ほれ、ハンカチ=
『あ…ありがとうございます…』

(ねぇ、リーシュ。もう…大丈夫?)
(あぁ、大丈夫。また共にいられるさ)
(よかった…)

<FIN>

本編では語りきれなかった月の一族の物語。
リーシュとルルナの綺麗な恋。
最終更新:2010年02月19日 15:40
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