どっぷりと日が暮れて、既に四半日は時が経っていた。
静まり返った闇の中で、篝火がパチパチ燃え上がる音と夜になって動き始めた動物や虫達の声ばかりが響いている。
季節はもう夏の訪れが近いこともあり、吹き抜ける夜風の生暖かい温もりに嫌気がさす。
ここ【モリス】と呼ばれる小さな村では、深刻な面持ちで集会が執り行われていた。
『今晩、皆に集まってもらったのは他でもない。奴らのせいで、田畑は荒らされ、家畜も殺され、更には村の者からも犠牲者が出始めている。共に暮らした者達が村を離れ、出稼ぎの男手とも連絡がつかない。こんな辺鄙な村には足を運ぶ者も少だろう…。そんな望み薄いものを待っていては、我々は直に飢えに苦しむことになる』
篝火に照らされながら老人は一段高い台上から訴えかける。
『最後にはこの村に残っている、我々自身でやるしかないのだ! 鋤を武器に樽を鎧に我々自身で立ち上がらねばならん』
『村長、お考えは分かります。しかし、村の者が出向いたところで何になると言うのですか? 私達では返り討ちに合うのが判りきっています……!」
一人の反論によって辺りからはざわめきが起こり始めた。
「分かっている。しかし、このまま手を拱いていては、いずれ我々自身が追いやられることになる。それは皆も承知して居るだろう?」群集のざわめきにも動じることなく村長は尋ねた。
「それは、わかってます。しかし…」
「我々だって、黙っていても始まらないことくらい分かってます! ですが、男手の少ないこの村から義勇を募れば村はがら空きだ!? そう成れば今度こそここはおしまいだ!!」声を遮って若い男は叫んだ。
確かにここに集まっている群衆は女性が多かった。
普通なら一家の大黒柱である男達が集まるような会にも関わらず、女性が多いと言うことは男手の少なさをあからさまに証明していた。
モリスの村の男達は出稼ぎの為に鉱山都市ドートンへと出ているのだ。
おそらく、今ここにいる若者の中からも来年には都市へと旅立つ予定だったものも居ただろう。
「そんな事は私こそ百も承知しておるわ! では、お前に問おう……このまま留まってどうしようと言うのじゃ!?」
自然に村長の口調も荒くなっていた。
「…………」
男は返す言葉もなくドッカリと腰を下ろした。このままではどうしようもないとは思っているが、ここで動いてもどうにかなるとは思えない。出稼ぎに出た男手達に手紙を出しては見ても帰ってくる返事は『村を捨ててこちらにでて』
「お取り込み中かな?」
不意に篝火の外から見知らぬ少年が姿を現した。
「ちょっと旅の途中に通りかかったんだけど、できれば宿を借りたい…」
突然の出来事と目の前の少年の軽い喋りに辺りの緊迫感は一瞬にして解けていた。
「…………?」
少年も彼らの反応がないことに少し戸惑っている。
髪も瞳も黒色の少年。年は十五、六を過ぎたと言ったくらいだろう。腰には短めの小剣(ショートソード)と短刀(ナイフ)それに短めの杖(スタッフ)を挿し、肩には弓に矢筒、それに長い旅をして来たのだろうボロボロになった背負い袋を背負っていた。そして、今もまだバツが悪いように苦笑を浮かべている。
「あ……俺、邪魔だったかな。気にしないで続けてくれて良いよ。俺、待ってるからさ」
皆の反応を待つのに耐え兼ねたように少年は口を開いた。そして、困ったように頭を掻きながら篝火の外へと向かう。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!!」
村長の叫びに少年は足を止めて振り返った。
「なに? なんか悪いことしちゃったかな?」
少年は振り返ってはいるが、いつでも逃げ出せるように体を横に向け少しずつ篝火から遠ざかろうとしている。
「君は見たところ冒険者のようだが……」
「まぁ、そう言うところかな……で、なに?」
村長は少しずつ少年との距離を詰めていた。そんな気迫に押されているのか未だに少年は後退している。
「我々の村は少し前に近くへ移り住んできた赤肌鬼(ゴブリン)どもに食料を略奪されておるのだ。今はまだ、村の者達への被害は出てはいないが、おそらくそれも時間の問題だろう……」
長老は救いを求めるように少年の手を握った。
「俺にそいつらを倒して欲しい。と? 悪いが俺は一人だ。それにこの村で見たところ戦った経験のある者はいないんだろ? そんなのでゴブリン一家族を相手するようなことはしたくないね」
そう言うと、長老の手を振りほどき闇に向かって足を進める。
「いや、そこまでしてくれなんて厚かましいことは言いません。この村に来るゴブリンだけ相手をして下されば良いのです。それにあなたは剣術も嗜(たしな)まれておられるのでしょう? 若者も数名いますゆえ、彼らに指導をつけて頂けないでしょうか?」
闇に入ろうとする少年の手を掴むと離して成るものかとでも言うように引き戻した。
「自衛と指導か……それなら受けない事もないけどなぁ。だけど、条件がある。俺が滞在している間の宿と食事を用意してくれることが約束だ……いいな?」
「は、はい。お泊りは私の家に開き部屋がありますのでそちらをお使い下さい。食事も妻に言っておきますので、お召し上がりに成りたい物がございましたら、出きる限りのことはさせて頂きます。それでは……どうかよろしくお願いいたします。あ、名乗り遅れました。私はここミラノの村の長を務めさせて頂いておりますロブ=カーターと申します。宜しければお名前の方をお伺いしたいのですが……」
少年の手を両手で握りなおすと激しく上下させ、何度も頭を下げた。そして、目の前の少年の目を見つめながら自己紹介を交わす。
「俺はアベル。アベル=フォード=マクレインだ。悪いがいい加減に手を離してくれ。」
そう言うと、村長は慌てて手を離した。握られていたせいか、アベルの手はほんのり赤み掛かっていた。そして、それを宥めるかのように摩った。
「明日は村で戦える者を見たいから、若い男と狩人達を集めてくれ。じゃあ、俺は疲れてるのでもう寝かせてもらうよ。村長、家はどっちだ?」
そう言うと、とっとと広場を後にすると、村長は慌てたように自宅へ案内に向かった。
最終更新:2008年07月11日 01:45